24話 喧嘩を売ればどうなると思う?回復されるんだ
アンブレラ領は東部に位置する領地だ。
水資源が豊富にあり、中心都市には水路が張り巡らされ小舟を移動手段として用いている。周辺にはダンジョンも多く、観光だけでなく冒険者の集まる町としても認知され”水の都”と呼ばれ栄えている。
到着と同時に剣士ちゃんが馬車から飛び降りる。
彼女の向かう先は水路である。
「船がいっぱい! ねぇあれに乗ろうよ!」
「まずは宿ですよ。泊まる場所も決まってないのに観光なんてできませんよ」
「ベルの意見は、もっとも。アカネははしゃぎすぎ」
「え~、あれを見てわくわくしないの? 二人とも大人だなぁ」
「「アカネが子供過ぎるだけ」」
新人ちゃん達は、水路を行き交う小舟を背景に和気藹々と会話を続けている。
アンブレラは初めてのようだから、はしゃぎたくなるのも分からなくもない。
俺だって初めて来た際は綺麗な水が流れる水路と、小舟がぶつかりもせずすれ違う景色にずいぶん興奮したものだ。
俺もそれなりに年を取ったということかな。
「お、おおお」
もう一人景色に感動している奴がいた。
ザインである。
数回訪れたはずなのだが毎回こんな感じで驚いている。
外見はあれだけど彼は本当に純粋だ。
ざっと周囲の様子を窺うと、前回来た時より人の数が少ない気がした。
それから冒険者の割合が多い印象を受ける。
疑問に感じて新人ちゃん達に声をかける。
「聞くの忘れていたんだけど、君らの討伐対象って何?」
「スライムです。ラックスさん知りませんか? 今、アンブレラではスライムが大量発生しているんですよ。他にもアンデッドを見かけるようになったとか耳にしましたけど」
「スライム……どこから湧いているんだ」
「依頼書では地下水道からと」
確かにあそこはスライムが湧くには適した環境だ。アンブレラの中心都市は遺跡の上に建っている。俺達がいる真下は複雑な地下水道が入り組んだ迷路なのだ。誰も知らないエリアも数多く存在し今もなお探索されているダンジョンである。
スライムは湿気が多い場所を好む。人知れず大量発生しててもおかしくはない。
「悪いんだが俺達の部屋も取っておいてくれないか。これから依頼人のところに行かなくちゃいけないんだ」
「別に良いけど、タダってのはあんまりじゃないですか。ラックス先輩」
「しょうがねぇな、晩飯を奢ってやるよ。頼んだぞ」
「はーい」
にんまりする剣士ちゃんに俺は眉間に皺が寄る。
フェリスの前では借りてきた猫のように大人しいくせに、俺だと妙に馴れ馴れしくて気安いんだよな。舐めた態度だとその柔らかそうな乳を揉むぞ。けっ。
じーっと景色を眺めているザインを呼ぶ。
「行くぞザイン」
「し、仕事?」
「そうだ。名称未定を指名した依頼人に会いに行く」
「血は?」
「癒やしはまだだ」
俺はきびすを返し新人ちゃん達と別れた。
◇
町の中心に近い建物がアンブレラギルドである。
指名依頼をしたのはアブリルという人物。
ギルドの受付前で待つと事前に話を受けている。
俺とザインはギルドへ足を踏み入れた。
一斉に向けられる鋭い視線。
縄張り意識の強い冒険者は余所者に敏感だ。
こういう場所に来ると大抵現れるのが――。
「兄ちゃん見ねぇ顔だな。アンブレラは初めてかい? だったら俺達を案内役として雇いな。どこだって好きな場所に連れて行ってやる。もちろん駄賃は貰うがな」
人相の悪い男達がぞろぞろと俺とザインを囲む。
一際体格が良い男は俺を見下ろしながらにやにやしていた。
「それはありがたい。アンブレラは広くて複雑だから迷いそうでさ。で、いくらなんだ」
「四人で金貨2枚。銀貨20枚でもいいぜ」
「案内なら一人で充分じゃないか。適性価格とはとても思えないな」
「おいおい、ぼったくりだっていいてぇのか」
「ぼったくりだろ」
「あ゛?」
指摘しただけで男達は目つきを鋭くし威圧する。
周囲の冒険者達は眺めているだけで助けようともしない。むしろ楽しげに見物していた。
「格安で案内してやろうって善意が伝わらなかったか。痛い目に遭いたくなければ素直に俺達を雇うんだな」
「もういいよ。お前らの相手をするほど俺も暇じゃないんだ」
「ふざけやがって。誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやる。クソ余所者!」
直後に、ずんっ。と重い音がギルドに響いた。
先ほどまで吠えていた男は、天井に上半身がめり込みだらんと下半身を垂らしていた。
右足を上げたまま姿勢を保つザイン。
そこから周囲は蹴りを放ったのだと遅れて察した。
静かに右足を下ろしたザインはだらんと前傾姿勢になる。
「血だ! 血だぁぁああ!!」
「回復させろって意味ね。大人しくしてれば回復されないから」
男達はザインの異様な姿にたじろいだ。
一部の冒険者は彼の蹴りに驚愕しているようであったが。
ザインはぶら下がる男を引っ張り下ろし、聖魔術で回復する。
ただ、無傷になっても気絶したままであった。
「血を、血を!」
「今ので我慢してくれ。怪我人なんてそうはいな――よく見ると結構いるな」
ギルドの中には包帯を巻いた奴らがちらほらいる。
ザインは歓喜に震え、彼らの元へ駆けていった。
建物内に悲鳴が響く中、俺は受付にいる女性職員に声をかける。
「指名依頼を受けた名称未定だ。依頼人のアブリルに会いたい」
「名称未定様ですね。アブリル様より詳細を預かっております」
「直接話せないのか?」
「こちらも詳細と報酬を預かって欲しいとお願いされているだけでして。アブリル様の居場所は把握しておりません。もちろん依頼達成時には報酬をお支払いいたします。そこはご心配なく」
会話を終えて書類を受け取ると、ギルド内がざわつき始めた。
いや、ザインのせいで少し前からざわついてはいたけど。今も怪我人を捕まえ治療中だ。
「名称未定っていえばアバンテールのS級パーティーじゃねぇか」
「どうりで強いはずだ。B級のアムサンを一撃だぞ」
「あの黒いの回復師のザインさんじゃね? うわっ、かっけぇ」
「さっきの蹴り見えた奴いる? 回復師の蹴りじゃないぞ」
しきりに会話が飛び交う。
さっきの男どもはB級だったようだ。弱そうだからDかEかと思っていたよ。
ただ、AだろうとSだろうとザインの蹴りを受け止められる奴が、果たしてこの国にいるのかどうか。
しばらく待っているとザインが戻ってきた。
存分に回復できたらしくどことなくすっきりしていて満足そうであった。
二人で出口へ向かうと、背後から誰かの声が聞こえた。
「名称未定……化け物かよ」




