23話 ドライアイは辛いですよね
ホームには大きな風呂が備えられている。
屋敷の裏の離れにあって、風呂専用の建物として毎日利用されている。
大人数でも入れる大浴場はウチのホームの自慢であり、他のホームでもそうはないだろう設備。
ここを建てた貴族が大の風呂好きで趣味全開で財を注ぎ込んだとか。
この風呂があったから屋敷を買ったと言っても過言ではない。
湯気が大浴場を真っ白く染める。
浸る湯は透き通っていてちょうど良い湯加減であった。
俺は浴槽の淵に身体を預けながら、頭にタオルを乗せる。
「ふぃぃ、最高」
風呂に入ればどんな疲れも吹き飛ぶ。
これを味わうためにS級冒険者になったといってもかまわないほどだ。
シルクもグランノーツもまだミルディア領にいて不在。新人ちゃん達も入った後だから時間を気にせずゆっくり浸ることができる。
ライオンの口からどばどば新しい湯が注がれていた。
広々とした浴槽は大の字の手足を伸ばしても足りないくらいだ。
がたん。脱衣所で音がする。
(誰か来たのかな? でも表には俺の板をぶら下げておいたはずだけど)
建物の入り口には誰が入っているのかを一目で確認する為に、名前が書かれた板をぶら下げる決まりがある。顔をバレたくない仲間の希望を聞いた結果こうなったのだ。
ドアが開けられ誰かが浴室へと入ってきた。
俺は咄嗟に湯の中へ潜る。
なんとなく嫌な予感がしたからだ。
水中からでは外の様子は窺えない。
不意に水面で人影らしき影が動いた。
浴槽に白い足が差し込まれる。
(誰の足だ? 男じゃないし、フェリス?)
身体が湯の中へ入った。
明らかに女性の身体である。
それもなかなかスタイルが良い。
血行が良くなったからなのか我が分身が覚醒する。そう、血行が良くなったから。決して目の前の裸で覚醒したわけではない。
(そろそろ息が。きつい)
限界を感じ始めたところで、女性は湯から上がり浴室を出て行った。
直後に俺は飛び出し空気を吸い込んだ。
あー、死ぬかと思った。
隠れる必要はなかった気もするが、なんとなく反射的に身を隠してしまった。
しかし、今のは誰だったのだろう。再び入浴しに来た新人ちゃんのいずれか、もしくはフェリス。ザインは男だから除外だろうし。
気になるからもう一度間近で見てみたいな。
◇
身支度を調え玄関へと向かう。
向かう先は依頼のあったアンブレラ領である。
シルクがいれば転移で移動できるかもしれないが、未だにミルディア城の書庫で読書中である。
なので今回はアンブレラ行きの馬車に乗る予定だ。
比較的近い場所なので二、三日揺られていれば到着できる。
ちなみに今回は俺とザインのみの二人旅となっている。
フェリスは残って鍛錬をしたいそうだ。前回のアンデッドキング戦にてまだまだ実力が足りないと痛感したらしい。あれだけできれば充分だと思うけど、彼女自身はまだまだ伸びしろがあると感じている。新技の構想もあるらしいから希望通り置いて行くことにしたのだ。
「気をつけて行ってきてくださいね」
「ザインもいるから大丈夫だよ。しばらくフェリスの食事を食べられないのは寂しいけどさ」
「ふふ、沢山ごちそうを作って待ってますね」
「ところで鎧はやめたのか」
玄関で見送るフェリスはいつもの男性向けの厚い鎧ではなく、女性向けの華やかな軽装備に変わっていた。仮面を外してからより女性らしい格好をするようになったのは心境の変化があったからだろうか。
「正体を隠す必要もなくなりましたから。それに元々私はああいった重い装備より軽めの身動きが取りやすいものを好んで使っていましたので。この機会に元に戻したのです」
「じゃあ速度を殺してあの強さを維持していたってことか?」
「そうなりますね。スピードタイプなのにおかしいですよね」
「パワータイプの自覚がないのか」
間違いなくお前は筋力タイプだよ。
普通の剣士にとって、アラクネもアンデッドキングも斬ることさえやっとの堅さなのだ。
バフをかけていたとしても魔剣を所有していたとしてもあんなにスパスパ切れない。しかも俺は目撃したことがあるんだ。台所で殻が固いことで有名なクルムの実を卵のように片手で割っていたのを。
「ザインさんも気をつけて」
「ち、ちち」
「血を?」
「チーズが、たくさん入った、ごちそうがいい」
「分かりました。用意しておきます」
へぇ、ザインってチーズが好物なんだ。
そういえばこの前もチーズの美味しい店に行ったとか言ってたな。もしかして意外にグルメなのかな? あまりじっくり話す機会もないからこの旅で距離を詰めて悩みを訊きだしたいところだ。
好きなタイプとかで盛り上がれたら最高だな。
同性の仲間って感じがしてさ。
ホームを出発した俺達は、馬車乗り場へと移動する。
アンブレラ行きの乗り場へ向かえば、なぜか新人ちゃん達が顔をそろえていた。
「まさかと思うけど……また、か?」
「え? ラックスさんにザインさんじゃないですか。なんでここに?」
「こっちの台詞だ。あえて訊くけどアンブレラで魔物討伐じゃないだろうな」
「そうですけど。名称未定も?」
きょとんとする剣士ちゃんに、俺ははぁぁとため息を吐いた。
どんだけ縁があるんだ。
こうも重なると意図的なものを感じるよ。
職員がさりげなく俺達と同じ行き先に誘導しているのだろうか。
それとも本当に偶然なのか。
「ラックスさんと同じ行き先なんですね! 付与のお話しを訊かせてください!」
「先生から付与の、指導を受けられる。嬉しい」
「あ、おい」
魔術師ちゃんとシーフちゃんが挟み込むように両サイドに来て、俺の腕をそれぞれ掴んだ。二人ともそれなりに胸はあるらしく柔らかい感触が伝わる。
ぬっ、とザインが目の前に顔を出した。血走った目が凝視する。
「……」
「どうかした?」
「な、ななな、なんでもない」
心なしかムッとしている感じだ。
いや、実際のところは分かんないんだけどね。表情は読めないし言葉数も多くはないから。
「ねぇ、ベル。この前買ったあれをザインさんにあげなよ」
「そうですね!」
魔術師ちゃんが鞄の中をごそごそ漁り、小さな包みを取り出した。
それをザインへと手渡した。
「く、れる? ボクに?」
「その、前々から思っていたのですが、ザインさんってドライアイじゃないのかなって。知り合いの薬師に調合していただいた目薬です。良かったら使ってください」
「あり、ありがとう」
包みから出てきたのは点眼薬であった。
彼は早速片目に目薬を落とす。
「うるぉおおおおおおおおうううううううううっ!!」
めちゃくちゃ効果があったのか、ザインはかつてないほどびくんびくんと痙攣していた。
開いた目は充血がなくなり綺麗な白目となっていた。
「あの充血は乾燥してただけか。でもよく気が付いたな」
「私もドライアイなのでもしかしてと思いまして。ザインさんに喜んでもらえて私も嬉しいで――ひぃ!?」
ザインは魔術師ちゃんに触れそうなほど顔を接近させ凝視した。
未だ興奮気味もあって、はぁはぁと息が当たっていた。
「こ、ここ、このお礼は必ず、する。ベルに、感謝」
「私の名前を覚えていてくれたのですか!?」
「ととと、当然。三人とも、覚えて、いる。ボクは、かしこい」
三人はザインにちゃんと認識されていることを知り喜び合っていた。
そうこうしているうちに馬車がやってくる。
「じゃあアンブレラに出発しますか」
「「「はーい」」」
「わ、わわ、わくわく。新人、と、一緒」




