19話 アンデッドはよく燃える
俺はただ短杖の先をアンデッドキングへ向ける。
仲間は言葉を交わすこともなく即座に行動を開始した。
炎を纏ったフェリスがアンデッドキングへ肉薄する。
振られた一閃は、赤く熱く一筋の軌道を残した。
想定外の速さだったのだろう、アンデッドキングは反撃でなく防御を優先し、後方に飛び下がりながら『ウォーターシールド』を展開し炎の斬撃を防いだ。
「追い詰めたつもりか、愚かな冒険者共! アイスランス!」
展開された氷の攻撃魔術。
直線状に床が凍り付き、無数の太く鋭い棘が貫くように生える。
前に出たグランノーツが壁となり魔術を防いだ。
氷の棘では彼の分厚い鎧を貫くことは叶わず、表面をほんの少し薄氷をつけただけに留まった。
グランノーツが動き出せばばりばりと氷が落ちる。
ウチのタンクはいつだって優秀だ。
世界で最も硬いタンクだと俺は信じている。
壁や天井を鋭角に蹴りつけ移動するザインが、刹那にアンデッドキングに蹴りを打ち込んだ。直後に奴の防御魔術は砕け散り、その足は骨の身体へ強烈にたたき込まれる。
轟音が響き、ばきばきと骨が砕ける音が響いた。
「ぐぅ、防御魔術を突破するだと……? 馬鹿な。魔物の力を得た私の魔術だぞ?」
「しぃいいたいは、墓の下にもどぉおす。やや、やややや、安らかな、眠りに、つけぇぇぇえええええ」
「な、なんだこいつは!?」
さすがザイン。
アンデッドキングすら戸惑っている。
「くっ、麻痺!」
「回避ぃいい」
生前はなかなか腕の立つ魔術師だったようだ。多人数を相手に、防御と攻撃を上手く切り替えながら尚且つ状態異常まで使いこなしている。S級やA級がやられるのも納得できる。こいつは対人戦それも多数との戦闘に長けているのだ。
アンデッドを率いて町を落とすのだって戦術に長けていなければできないことだ。
飛び下がったアンデッドキングは、杖を真上に掲げる。
「私にこれを使わせたことを誇るがいい。骨まで残さず燃えろ」
奴の真上で炎が渦巻き球状へと変化する。
ビッグサイズの火球はじりじり部屋の中を熱し風が発生した。
これは――上位魔術!?
あんなのを落とされたら確実にこの部屋は吹き飛ぶ。
「バーニングフレア」
すっ、とシルクの杖が火球へと向けられた。
「アンチマジック」
次の瞬間、火球は息を吹きかけられたロウソクの火のようにこの場から消えた。
シルクお得意の『反魔術』だ。
魔術を構成する術式を解析し、相殺できる魔術をぶつける魔術師殺しの魔術。
これができる魔術師を俺はシルクしか知らない。
「そんな、私の魔術を相殺した、だと? あの一瞬で術式を解析したのか? ありえない。今のは私が生前に編み出したオリジナルの魔術だぞ。術式は私以外知らないはず」
「昔に似たような魔術を見たことがある。シルクは厳しい。あの程度でオリジナルを称するべきではない。今のは一部を変えただけの模倣だ」
「あ、ああ、あああああ、私の魔術が模倣だとぉおおおおっ!?? ふざけるな! 何なのだ貴様は! 毛玉のくせに!」
「そういうお前は骨だ。シルクは毛玉ではない」
アンデッドキングの意識が逸れたところで、俺の短杖が文字を描く。
付与するのは自分自身への『速度強化』だ。
たっ、小さな床を蹴る音が響き――刹那にアンデッドキングの目の前に移動した。
「なっ!? 貴様、本当に付与士か――!?」
「それ以外の何に見える」
アンデッドキングの身体に直書きする。
付与するのは『嘔吐』である。
「うっぷ、しまっ」
「はぁぁああああああああああっ!!」
口を押さえた奴の胸をフェリスが突き刺す。
嘔吐によって魔術が使えなくなったアンデッドキングはもはやただの動く骨だ。
フェリスの攻撃は終わらない。魔剣の古代魔術文字が輝く。
「骨も残さず灰になりなさい!! 火炎一閃!!!」
すさまじい熱がアンデッドキングを燃やした。
衣も杖も骨も灰すら残さず消える。
剣を下ろしたフェリスはしばし呆然としていた。
「やったな。取り戻したんだ故郷を」
「……ぐすっ」
「おい、泣くなよ! あーと、えーと、ほら、ハンカチ!」
「ありがとうございます」
ハンカチを受け取ったフェリスはこぼす涙を拭った。
これまでどんな苦労をしたのか俺は知らない。出会った時にはすでに彼女は仮面をつけ俺の知るフェリスだったからだ。
その剣の腕に惚れ込みパーティーに誘った。
名称未定は彼女と一緒に作ったようなものだ。
誰よりも信頼している。自慢のサブリーダーだ。
「倒した……アンデッドキングを、あんなにもあっさりと」
「S級じゃないよ。強すぎる。全員化け物だよ」
振り返るとルークとエマが立ち尽くしていた。
顔には驚愕や恐怖の感情を貼り付けて。
ま、そういう反応になるよな。分かってたよ。
これまでの奴らも全員同じ反応したから。
「じょ、じょじょ、浄化ぁぁ」
ザインがフェリスの父親の頬をぺちぺちする
ちなみに取り憑いていたレイスはすでに消え失せている。
父親は、はっとしたように身じろぎ視線を彷徨わせた。三年ぶりに正気を取り戻したのだ。
「私は、そうだ、フェリスは! 領民は!?」
「ここにおります。お父様」
「おおお、フェリスなのか? フェリス!!」
「お父様」
父と娘が抱き合う。
二人きりにしてやろう。
俺は仲間と銀の護剣を連れて謁見の間を後にした。
◇
盛大にラッパの音が空に響く――。
町を覆っていた瘴気は晴れ、大通りには大勢の領民が押しかけていた。
昨日までレイスに取り憑かれゾンビのように徘徊していた人々である。
建物もまだ修復は追いついていない。だがしかし、危機が去ったことで人々は希望を胸に明日を見つめているようであった。
馬車に乗る俺は町の住人に笑顔で手を振る。
彼らは未来の依頼人。名称未定の名を記憶し、いつか割の良い指名依頼を持ってきてくれるだろう。まぁつまるところ営業スマイルなのだ。
「正直ここまでスムーズに故郷を取り戻せるとは考えていませんでした。ザインがいても多少は手こずるだろうと」
横に座っているフェリスは、ドレス姿で呆れた様子であった。
大きく開いた胸元は深い谷間があって、思わずごくりと生唾を飲んでしまう。
とんでもない美人とは思っていたけど、おめかしするとさらに美貌と抜群のスタイルが強調されて目が潰れそうだ。
こんな美人さんと生活をしていたとは、もっと早くその事実を知りたかった。
ちなみに向かいの席にはザインとシルクが座っており、グランノーツは重すぎることから後方の荷車で運んで貰っている。銀の護剣は一足早く町を出立しており、すでにアバンテールに向かって帰還している頃だ。
依頼を横取りしたような形になったが、ルークは特にその辺りは気にした様子はなかった。
何度も感謝を口にしていたけれど、なんかこうどことなく落ち込んでいる印象を受けた。彼以外もヘコんでいる感じはあったかな。
結果的に解決したけど、銀の護剣としては依頼失敗だ。
落ち込みたくなるのも分からなくもない。
生きていれば何度だって取り返せるんだ。生きてさえいれば。
「シルクぅ、人、人がうじゃうじゃぁぁあ、いるぅうう」
「ぐぅ」
「ねてるぅううう!?」
そわそわ騒がしいザインに俺とフェリスは苦笑する。
「このたびの諸君の働きに深い感謝の意を捧げたい。名称未定がいなければ私の意識も領民も取り戻せなかっただろう。フェリス、良い仲間に恵まれたな」
玉座から謝意を示すのは、フェリスの父親フレアハート侯爵である。
あごひげの生えた男前な顔立ちはフェリスとどことなく似ていて血のつながりを感じた。
謁見の間に顔をそろえる臣下や貴族達。
表にいた騎士もそうだが、解放されてまだ一日なのに領主の一声でこうも背筋を伸ばして参列できるのは、これまでの厳しい鍛錬と規律のおかげなのだろう。
さすが武を重んじる王国有数の戦力を誇る領地だ。
「はい。彼らは私が最も信頼する仲間です。彼らがいなければ今日という日は迎えられなかったでしょう。アバンテール最強のS級パーティーです。どうか彼らに褒美を」
「うむ。しかし、これほどの功績にどう報いるべきか悩むところだ。何か欲しいものはないかねラックス君」
「俺、ですか? いやまぁ、普通に金貨がもらえれば」
「それなんだが現在我が領地は復興に多額の資金を注ぎ込んでいてな。金銭に関しての褒美はしばらく渡せそうにないのだ。できれば物か金以外で頼みたい」
あへぇ、金以外の褒美?
そう言われてもすぐには思いつかないな。爵位や領地は俺も含めて興味ない奴ばかりだし、できれば稀少な魔道具や素材が欲しいところなんだけどな。
つんつん、と背中を何かがつつく。
振り返るとシルクが杖で俺をつついていた。
「書庫。古い書物」
「では褒美は書庫の立ち入り。閲覧許可が必要な書物の開示とその許可を」
「書庫は無事か?」
「はっ、アンデッドキングが出入りしていた形跡はございますが、消失した書物はございません。問題ないかと」
領主はこくりと頷く。
「ならば褒美は書庫の立ち入りと閲覧禁止となっている書物への許可としよう。さらにしばし城内への宿泊許可も与えるとする」
「ご許可いただき感謝します」
よほど許可が下りて嬉しいのか、シルクはほわほわ花を飛ばし跳ねっ毛をぴょこぴょこさせていた。
「フェリスよ。ずいぶんと待たせたな。復興が終わり次第良き婿を探して参るので安心してこれまでの生活に戻るが良い」
「はい」
フェリスとはお別れか。なんだか寂しいな。
故郷と父親を取り戻した彼女は侯爵令嬢としての姿に戻るのだ。
男ばかりのパーティーにようやく紅一点が現れたというのに。
しかし、仲間が幸せになるというならリーダーとして祝うべきだろう。
おめでとうフェリス。




