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17話 付与士はだいたい嫌なタイミングでやってくる

 

 おどろおどろしい瘴気に包まれたミルディア中央都市メルエル。

 破壊された都市の門を目の前に、銀の護剣(シルバーブレイド)は緊張した面持ちであった。


 ここに来るまでに数回デュラハンと戦闘を行った。

 下位のアンデッドとは数えるのが面倒になるほど遭遇した。

 全てに打ち勝ち歩を進めてきたはずが、なぜか泥沼に足を踏み入れているような重くまとわりつく感覚をルークは感じていた。

 数々の修羅場をくぐり死線を越えてきたS級パーティーである彼らでも、これほど守りを固め戦力をそろえたアンデッドキングと戦った経験はない。


「心配ないさ。僕らは必ず勝つ。アンデッドキングともやり合ったことはあっただろう?」

「そうはいうけど、こんなにも濃い瘴気は初めてだよ。町の中からは凍り付きそうなほど冷たい死の気配が漂ってるし。あのお城、瘴気と死の気配が濃すぎて直視できない。吐きそう」


 回復師であるエマは、杖を握りしめ震える。


 正門から大通りを抜け、その先にそびえ立つ城塞。

 陽光を受けていてもどこか暗く町全体を黒い瘴気が覆っていた。


 ルークはエマの様子に嫌な感覚を覚えた。


 回復師である彼女は他よりも瘴気やアンデッドに敏感だ。

 これほど怖がっているのは初めて。

 それほどまでにアンデッドキングは強敵なのか。

 一度退くべきか? まだ一度も戦っていないのに? 

 冷静に考えろ。こちらにはライザとブロンクがいる。僕もまだ体力も魔力も八割ある。

 アンデッド除けの魔道具もこうして全員に装備させてある。取り憑かれる心配はない。

 最悪勝てなかった場合も想定して、使い捨て転移魔法陣の片方をアバンテールに置いてある。


 大丈夫だ。僕らは勝てる。ミルディアを邪悪なものから解放するんだ。そう考えながらルークは両手剣の柄を握りしめた。


 雷撃のルーク、それが彼の二つ名である。

 両手剣の形をした魔道具は彼の魔力を吸収し雷撃を発生させる。人並み外れた膂力と雷撃により彼はS級の頂まで到達した。


 だが、彼は未だ理想に届いていない――。


 理想を目にしたのは十三の歳であった。

 父親に連れられ訪れた闘技場でその少年と出会った。


 目映いほどに光を反射する艶のある銀髪。背丈はそれほど高くはなく腰に佩いた片手剣から剣士であることは一目瞭然であった。しかし、そのあまりに異質で特異な空気感にルークは一時彼が何者でなぜここにいるのかを失念していた。

 自身とそれほど変わらない歳の少年は、対戦相手の剣を驚くほど正確に繊細に美しく捌いた。

 その一つ一つの動きが芸術作品のようであった。

 いつしかルークはその少年の剣技に心を奪われていた。


 後にその少年が、単身で魔王を倒した剣聖だと判明する。


 ルークは決して英雄に憧れるだけの人間ではない。

 己にできることとできないことはわきまえている。己の強みと弱みも理解している。

 勝てる見込みがあるからこそここまで来たのだ。


 ふーっ、と深く静かに息を吐いたルークは、戦いを前に一度心を落ち着かせた。

 いつもの笑顔を貼り付け彼は前向きで明るい空気を作る。


「問題ない問題ない。ばっと倒してずばっとアバンテールに帰還しよう。全て相手しようと考えるから気持ちが沈むんだ。僕らの討伐目標は? はい、エマ」

「アンデッドキングだよ」

「そう、そのアンデッドキングはどこに? はい、ライザ」

「お城じゃないかしら」

「オーケー。最短最速で向かうには? はい、ブロンク」

「対アンデッドキング戦を考慮するならエマは温存すべきだろうな。敵を避けつつ最短で進むとなれば、私が盾で道を作り三人に後ろから付いてきて貰う方法が確実」

「大正解。やれるかな皆」


 彼の強いまなざしに三人は同意する。

 それぞれがポジションにつくと大盾を構えたブロンクが走り出した。


「住民が出てきたぞ!」

「ダメージは最小限に抑えて。彼らは操られているだけなんだ」

「無茶を言うな。だが、善処しよう」


 うめき声を発しながらぞろぞろ建物の陰から出てくる領民を、大盾は弾いて突き進んでいた。

 取り憑こうとレイスが真上を舞うが、彼らの首にかけたアンデッド除けのネックレスがそれを拒む。


 大通りを駆け抜けた四人は無事に城へと到達した。



 ◇



 最も瘴気が濃い謁見の間。

 ルーク達は扉を開き、どかどかと踏み込んだ。


 最奥の玉座に座るのは、明らかに正気ではないミルディア領主フレアハート候であった。

 白目を剥き半開きになった口からは、涎と意味のない声が漏れている。

 そのすぐ横にもう一つ人影があった。


 王冠をかぶったスケルトン。


 その身には漆黒の衣を纏い右手には魔術用の杖を握る。

 闇の詰まった眼窩からは、確かな視線が四人へ向けられていた。


「ようこそ我が王城へ、歓迎しよう冒険者の諸君」

「貴様がアンデッドキングだな」

「いかにも。人を迎えるのは久しい。どうかな、まずは自己紹介でもどうだろう」

「魔物と交わす言葉はない。エマ」

「うんっ!」


 回復師のエマは聖魔術のホーリーフィールドを展開する。

 温かい光が部屋の中を満たし瘴気を浄化する。


「アンデッドには聖魔術――固定観念は身を滅ぼすと学びたまえ。ダークウォール」

「闇の防御魔術!? そんなものをアンデッドキングが使えるなんて知らないわよ!?」

「ダークスネーク」

「くっ、アイスドレイク」


 闇と氷が絡み合いぶつかる。

 聖魔術を展開し続けるエマを守りながら、魔術師のライザは次の攻撃魔術を構築する。


「僕らも行くぞ、ブロンク」

「おう」


 爆炎を収めた球が放たれた。


 ブロンクは大盾の先を床に落とし、耐えの姿勢をとった。

 直後に爆発が発生する。

 真っ赤な炎は床や壁を舐め天井を炙った。


「休憩なんてさせないわよ。アイスランス――!?」

「ライザ!? ぬおっ!?」


 使い魔であろう二匹のコウモリが、ライザとブロンクのアンデッド除けのネックレスを奪い取る。

 炎が消えた瞬間を狙って前に出ようとしたルークの視線の先には、杖を向けたアンデッドキングの姿があった。


麻痺(パラライズ)

「なっ」

「状態異常ですって!?」

「身体が、うごかな」

「聖魔術が、解ける、待って待って」


 ルークは床に倒れながら歯噛みした。

 炎の攻撃魔術は単なる目くらまし。コウモリでネックレスを奪うと同時にライザの意識を逸らし、レジストできない瞬間に麻痺を付与した。まずい。最悪の展開だ。ルークの脳裏に全滅の文字が過る。


「しょせんは魔物と油断したな。私は人の記憶を持ったままアンデッドになった魔術師だ。人の強さも弱さもよく知っている。そうだ、思い出したぞ。ライザだ。ライザ・フラネット。王立魔術学院で一緒だったのを思い出した」

「は、はぁ? あんたと私が同じ学院に?」

「ノーマン・コルデスカを覚えていないか?」

「記憶にないわね。誰よそれ」

「だろうな。だが、このような場所で貴様を手に入れるとは僥倖だった」

「手に入れるですって? あんたみたいな骨に従うわけ――!?」


 レイスがライザの肉体に取り憑いた。

 同時にブロンクにもレイスが入り込み、二人は意識を失ったまま動き出す。


「ライザ!? ブロンク!」

「無駄だ。レイスに取り憑かれた者は意識を失う。生身を捨てたのをこれほど後悔するとはな。生きていればこの肉体を存分に堪能できたものを。惜しい」


 アンデッドキングの前に立った二人はくるりと背を向け、ルークとエマを白目で見下ろした。ライザの背後に立ったアンデッドキングは彼女の豊かな胸へと手を伸ばした。


 麻痺の効果が切れ始めたルークは、剣を握りしめ立ち上がろうとする。


「きさまぁぁああ! 僕の仲間を!」

「折れない闘志、実に美しい。それでも現実は残酷だ」

「あぐっ!?」


 見えない腕によってルークは首を掴まれ宙へ持ち上げられた。

 いくらもがこうが、見えない腕を彼の腕が掴むことはない。


 立ち上がったエマは、聖魔術を展開する。


「ルーク、今助け――ぎゃ」


 火球がエマの腹部へ直撃した。

 彼女は吹き飛ばされ背中から締め切られた扉へ叩きつけられた。


「エ、マ、エ゛マァァアアアア!!」

「はははははっ、愉快愉快。弱者をいたぶるのは心地がいい」


 その瞬間、聖なる光がどこからともなく走った。

 アンデッドキングは「ぐあっ!? 聖魔術だと!?」うっすら煙を発しながら、ルークを床に落とし後ずさりした。


「げほげほっ」

「何者だ。こいつら以外にも敵がいるのか」


 ごごご、扉が僅かに開く。


「お邪魔しまーす。こちらに銀の護剣(シルバーブレイド)さんはいらっしゃいますか?」


 ボサボサ頭の男がそこにいた。



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