11話 バックスフロウ遺跡(3)
早朝――。
再び遺跡にやってきた俺達は捜索を再開した。
大広間に設置された五十個の転移魔法陣には六つの足跡が確認できた。
二人一組の三グループで調査をしていたらしく、それぞれ別々の転移魔法陣を使用して移動したようであった。
「どこから行きますか?」
「その前にこいつを」
腰にある小物入れ型マジックストレージから”折りたたまれた布”を取り出す。
布を開いて床に置くと、描かれた魔法陣があらわになった。
こいつは『簡易型転移魔法陣』だ。
布自体が魔道具になっており、起動詠唱を唱えるだけで使用可能となる。
この転移魔法陣にはペアとなる魔法陣があり、もう片方は俺のマジックストレージに収納されている。使い捨ての緊急時避難用魔道具だが、量産できないこともあって使い捨てとは思えないほど値が張る代物となっている。
転移ギミックは、その特性から脱出困難な場所に飛ばされることもままある。
そこで事前の備えとして用意しておくのがこれだ。
もちろん転移ギミックに限らず危機的状況でも使用は可能だけど、前もって片方を置いておく必要があるし、出力的な問題からそこまで遠くの距離を移動もできない。深いダンジョンに潜る際は、中間層に設置するのが熟練冒険者の常識だ。
「設置完了。あの魔法陣から向かうとしますかね」
「承知しました。フォーメーションはいつも通りで?」
「フェリスが前衛、俺は後衛から支援する。明かりとマッピングは任せてくれ」
「ふふ、頼りにしてますよ」
足跡が途切れた転移魔法陣に二人で踏み入る。
次の瞬間、景色は変わり薄暗く冷たい通路に出た。
「足下に魔法陣はなし。次を発見しないと戻れないって感じか」
「敵です」
通路の先から無数の蛇が出現する。
猛毒を有した魔物ポイズンスネークだ。
「付与は?」
「必要ありません」
炎を纏った剣でフェリスは魔物を焼き払った。
さすが名工の打ちし魔剣。一瞬で焼き蛇だ。
「ラックス、先に転移魔法陣があるようですよ」
「ひたすら先に進め、か。嫌な感じだ」
俺とフェリスは次なる転移魔法陣に乗った。
◇
再び転移する。
二十回はとうに通り過ぎた。
調査員と同じ道を辿っているのは間違いない。足跡は途切れることなく続いていた。
ここは転移魔法陣だけでなく無数の罠があった。
幸いそれらのほぼ全ては先に行った調査員が解除しており、解除不能の罠も俺が発見し問題なく抜けている。
いくつか宝箱も発見している。
ただ、ガラクタ同然の品ばかりであった。
「――ようやく本筋にたどり着いたみたいだな」
「出迎えも賑やかなようですね」
移動した先は柱の並ぶ大広間であった。
部屋の至る所に張られた白い糸。
床や壁を無数に這うは蜘蛛の大群だ。
出口は大広間の奥に一つだけあった。だがしかし、行く手を蜘蛛の大群が遮っている。
「ダークスパイダーですね」
「あれは麻痺性の毒持ちだ。念のために毒抵抗を付与しておく」
「ありがとうございます」
宙に魔術文字を描く。
付与するのは二つ。
毒抵抗と暗視。
途端に視界が明るくなり蜘蛛の姿をよりはっきりと捉えられた。
「攻撃は頼むぞ。俺はデバフをかける」
「任せてください」
フェリスの剣から炎が噴き出す。
一振りするだけで糸と蜘蛛を焼き払った。
だが、死体を乗り越え奥から奥から新たな蜘蛛がぞろぞろ這い寄ってくる。
「速度低下」
視界に入る全ての蜘蛛にデバフをかける。
動きの速い魔物にはまずこれ。
さらに『混乱』を付与する。
敵味方の区別が付かなくなった蜘蛛共は仲間同士で攻撃を始めた。
さぁどんどん同士討ちをしろ。殺せ殺せ。
「すごく悪い顔をしてますね。悪役みたいですよ」
「正義のヒーローは姑息な攻撃はしないだろうさ。後方からこそこそ相手の嫌がる付与を施す、それこそが付与士の真髄であり真骨頂だ」
「付与士ってみんなラックスみたいに性格が悪いのでしょうか」
「同じ付与士にぶっ殺してやるって罵られたことは何回かあるけど」
「ウチのリーダーがダントツだった」
炎が蜘蛛を全て焼き払った。
残るのは焦げた臭いと丸焦げになった魔物の死体だけだ。
俺はつま先で死体を軽く蹴った。
「素材は後で回収しよう。それよりも調査員だ。こいつらは捕らえた獲物はしばらく生かしておく。隊員達もまだ生きているはずだ」
「ですが、ここにはいないようです」
「てことはさらに奥か」
細心の注意を払いつつ、俺とフェリスは奥にある通路へと入る。
通路の先には先ほどよりもさらに広い空間があり、石に覆われていた壁や床は剥き出しの岩肌となっていた。壁には無数の穴が開いており至る所に蜘蛛の糸が張られている。
俺達は足を止め周囲の警戒に意識を向けた。
「ずいぶん広い場所ですね」
「遺跡の中心かもしれないな。あれを見ろ、魔道具じゃないか?」
広い部屋の中央に代座のようなものがあり、その上には金色の杯のようなものが置かれていた。
俺のセンサーに反応があった。
でかい何かが近づいている。
攻撃の気配を読んだ俺達は、咄嗟にその場から飛び退いた。
先ほどまで居た場所が強酸によって溶かされた。
天井から壁を伝って降りて来たのは見上げるほど大きな蜘蛛であった。
その頭部には女性の上半身があり、口角を鋭く上げ嗤っていた。
「また来た。獲物がまた来たぞ。我が子の栄養となりに獲物がやってきた」
ざざざ、と穴から大量の蜘蛛が出てくる。
黒い波となったそれらは瞬く間に俺達を囲んでしまった。
「アラクネがいるなんて聞いていないぞ」
「あれはダークスパイダーじゃなくアラクネの子供だったみたいですね」
俺とフェリスは背中を合わせ前後左右を威嚇する。
天井には糸でぐるぐる巻きにされた調査員達がぶら下がっていた。
どうやらまだ息はあるようだ。
しかしながら通常のアラクネより二回りほどサイズが大きい。
ずいぶん長生きしている個体のようだ。
「俺がデバフを付与する。先に周りの奴らを片付けろ」
「そうするしかなさそうですね。こうしていると思い出します。名称未定を作ったばかりの頃を。あの頃もこうして二人で冒険をして危ない目に遭っていました」
「こんなタイミングで思いで語りをするな。俺はまだ死ぬつもりはないぞ」
「私もです。生きて戻りましょう」
速度低下のデバフを子蜘蛛共に付与する。
邪魔されないようアラクネには『硬直』を与える。
「うごけない、!? なんだこれは!?」
「かかってはくれたけどすぐに動き出しそうだ。やれ、フェリス」
「烈火円舞!」
吹き上がる真っ赤な炎が蜘蛛を焼く。
身を焦がすような熱を伴った斬撃は、糸と魔物を切断し空気を膨張させた。
薄暗かった空間は、床に残る炎によって明るく照らし出された。
ずん、ずずん。
「よくも、よくも妾の子供達を! 許さんぞお前達!」
炎をものともしないアラクネが遂に動き出した。
知能の高い高位な魔物だけあってデバフに対しても耐性が高い。
だとすれば施すのはデバフではなくバフ。
「やるぞフェリス」
「いつでもいいです。ラックス」
『速度強化』
『魔力防御』
『物理防御』
『物理攻撃強化』
『属性強化』
フェリスの背中へ直書きする。
これこそ俺の奥の手。
直接書き込むことで通常の付与を超える付与を行える。
五種のバフが発動し、彼はその場から消えるように加速した。
しかし、アラクネは視認できており、闇の魔力で黒い球体を創り出し遠距離攻撃を行う。
高速移動を続けるフェリスは、魔力による攻撃を躱しながら距離を詰めていた。
「餌の分際で妾と対等にやり合うつもりか。数百年生きたこのアラクネに!」
「勝てますよ。私とラックスのコンビは最強ですから」
闇を凝縮し長槍を生み出したアラクネは、肉薄したフェリスの刃を受け止めた。
人外の膂力で突き出される矛先を寸前でかわしつつ一閃。煌めく銀光はアラクネの脚を切断した。
青い血液がまき散らされ切断された足が宙を舞う。
アラクネの悲鳴が部屋中に反響した。
「脚が、妾の脚が! その肉を今すぐ引き裂いてやる!!」
アラクネの周囲に再び闇が凝縮される。
生み出されたのは無数の槍状の闇であった。
「まずい、避けろフェリス!」
「つっ!!」
闇が猛烈な勢いでフェリスに降り注ぐ。
彼は咄嗟に防御態勢を取った。だがしかし、あれだけの高威力の魔力攻撃を至近距離で食らっては、魔力防御を高めていてもダメージは避けられない。
闇の槍はフェリスの仮面を砕き、防具をも破壊する。
「これを耐えるか。小癪なヒューマンめ」
「うぐ、ぐぐ……」
血を滴らせフェリスは片膝を突いていた。
かろうじて剣で身体を支えているが、今にも倒れそうな雰囲気だ。
「フェリス!」
「来ないで。私は、まだやれます」
「その傷で何言ってんだ」
「信じて。必ず私が倒します」
震える足でフェリスは立ち上がった。
炎に照らされ隠されていた顔があらわとなった。
整った美しい顔立ち。頭部から伝う血すら絵になるようだ。
ブロンドの長髪が熱風に煽られ揺らめいていた。
たくっ、言い出したら聞かないからなこいつ。
信じてくれ? いつだって信頼してるよ、仲間だからな。
俺は短杖を構える。
「これからデバフをかける。動きが遅くなったところをお前が斬れ」
「しかし、アラクネは耐性が高く付与は――そうか、直書き付与ですね」
「何をごちゃごちゃ話している。妾を無視するな!」
女王様がお怒りだ。
背を向けお尻を向けたと思えば大量の糸を発射した。
横に飛んだ俺は床を転がりこれを躱す。
「ぼーっとしてはいけません。貴方はいつもそう、そうやって後方だからと油断する」
「耳が痛い、気を引き締めます」
ぷんすか怒るフェリス。ド正論なだけに言い訳もできない。
これは戦いが終わってもしばらく言われそうだ。
一気に加速した俺は、短杖を提げ疾走する。
「臆病者が今頃になって前に出てきたか。ならば貴様から殺してやる」
手に持った長槍を高速で突く。
だが、俺は走りながら全てを躱した。
「小癪。ではこれはどうだ!」
闇の魔力が無数の槍を生み出す。
俺は『速度強化』を自身に付与した。
さらに加速、降り注ぐ攻撃を置き去りにしてアラクネに肉薄した。
「な、んだ、この男は! たやすく妾の懐に!?」
「直書き付与――」
一般的に耐性の強い相手にはデバフは効きづらい。
上位の魔物ともなれば何度も掛けてやっとだ。故に付与士は耐性のない通りそうな付与を探しながら仲間を支援する。
しかし、直書き付与にはそのような欠点はない。
耐性を超えてその効果を発揮するからだ。
「速度低下」
「妾の動きが!? 貴様、何をした!」
振り下ろされる足の先。
俺はひらりと寸前で避け、さらに短杖を走らせる。
『速度低下』『速度低下』『速度低下』
みるみるアラクネの動きが遅くなる。
重複効果は直書きだけの特権。最大である十まで書き切った頃には、アラクネはあくびができるほどスローになっていた。
「フェリス!」
「承知してますよ。飛燕炎斬!!」
跳躍したフェリスがアラクネの身体を真っ二つにする。
俺は彼の元へ駆け寄った。
「無事か!」
「なんとか」
「お、」
「お?」
「お前、女だったのか!?」
フェリスの破壊された防具の下には、下着に包まれた豊かな胸があった。




