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10話 バックスフロウ遺跡(2)

 

 遺跡の近くの村はよくある小さな農村であった。

 石畳など敷かれていない村のメイン通りでは村人が当然のように牛を引く。のどかで良いところだ。冒険者を引退した後は、こんなところで静かに余生を過ごしたい。

 村に一つしかない宿はこぢんまりとしていて簡素な作りであった。


 どうせ寝て起きるだけの場所だ。贅沢は求めない。

 気にするのは、美味い飯を出してくれるかどうかだけだ。


「いらっしゃいませ」

名称未定(アンノウン)だ。ギルドから予約が入っているはずだ」

「確認をいたしますのでお待ちを」


 カウンターでチェクインを行う。

 女性は「名称未定(アンノウン)様のご予約を確認いたしました。どうぞ鍵です」と部屋の鍵を一つだけ差し出した。


 ひと部屋か……。


 ちらりとフェリスに視線を送る。

 彼はおほんと咳をして女性に声をかけた。


「個室にできないでしょうか」

「申し訳ございません。なにぶん小さな宿でして。皆様にはできる限り相部屋をお願いしております」

「そ、そうですか。ならばしかたありません」


 にやにやする俺に、彼は「なんですか?」とやや不機嫌そうに反応する。


「同性なんだし同じ部屋で寝るくらいなんてことないだろ」

「……寝るときくらいはゆっくりしたいだけです」


 お決まりの返答。

 こいつと宿に泊まる際はだいたいこうだ。

 顔バレするのがいやなのだろうが、こっちとしてはなんかこう距離を取られているようで余り良い気分ではない。人に見せたくないひどい火傷とかあったりするのだろうか?


「ただいま~」

「ひどい目に遭いました」

「つか、れた」


 宿にやってきたのは新人ちゃん達だ。

 なぜかぼろぼろで疲れている様子であった。


 討伐対象のデビルバットは退治できたのだろうか。


「お疲れ様です。依頼の方はどうでした? 退治できましたか?」

「聞いてくださいよフェリスさ~ん!」


 剣士ちゃんは涙目でフェリスに抱きついた。

 微笑みながらよしよしする彼は、妹を慰めている兄のようである。

 魔術師ちゃんがこちらにやってきて事情を話す。


「実はあと少しのところで逃がしてしまいました」

「へぇ、見つけはしたんだ」

「ですがこちらの想定以上に動きが速く、まともに攻撃を当てられないまま追いかけ続け、最後は体力が尽きて全員ダウンしてしまいました」

「魔術すら当てられなかった、か」


 まともに戦えば新人ちゃん達の圧勝だ。

 だがしかし、そうさせてくれないのがデビルバットのような回避能力の高い魔物。事前に相談してくれていたら網を準備しろとアドバイスできたのだが。こんな小さな村では入手も難しいだろう。


 飛行できる魔物には、通常魔術や弓を使って対応する。

 あいにく新人ちゃん達には弓を使える者はいない。相手を地上へ落とせるのは魔術師ちゃんだけだ。倒すには一手間もう二手間欲しいところ。


 考えを巡らせる俺の裾をシーフちゃんがくいくいっと引っ張る。


「そっちは、どうだった?」

「まだなんとも。今日は様子見にと留めたが、所感してはかなり手強そうだな」

「手伝えること、ある??」


 真剣な表情で見上げてくるシーフちゃんに嬉しさがわき上がる。

 彼女の頭を軽く撫で「ありがとう」と感謝を伝えた。


「しばらく二人だけでやってみるつもりだ。もし厳しかったら頼むかもしれないな」

「うん。ベルもそうだよね?」

「はい、いつでも言ってください。お二人のためなら私達頑張ります」


 そこへ先ほどの女性が戻ってきた。

 全員の視線が彼女へ向く。


「夕食の支度ができております。皆様、ぜひ宿自慢のお料理を食べてください」

「やったぁ、フェリスさん行きましょ」

「ふふ、アカネちゃんはいつも元気ですね」


 剣士ちゃんに引っ張られフェリスが食堂へ向かう。

 俺達もその後を追い、夕食をいただくことにした。



 ◇



 ベッドの上で横になって天井を見上げる。

 胃袋は満腹状態、夕食は文句のつけようがないほど大満足であった。


「で、どうして全員この部屋に集まっている」

「えへへ」

「じょ、助言をいただきに!」

「なんとなく?」


 フェリスのベッドを新人ちゃん達が占領していた。

 で、そのフェリスはというと俺のベッドに腰掛け考え事をしている。

 どうせあの遺跡をどう探索するか思案しているのだろう。


 クソ真面目だからなこいつ。


「助言っていってもたいしたことは教えられないぞ。討伐できるって保証もないし」

「それでも何かのヒントになるかもしれません」

「そうそう、私らだけじゃ経験が少なすぎて良いアイデアが浮かばないの」


 魔術師ちゃんと剣士ちゃんが、ベッドの端に座って肉付きの良い太ももをこちらに向けている。その奥にはパンツが……うん、明日も頑張れそうだ。


「デビルバットの、弱点を教えて」


 シーフちゃんが魔術師ちゃんに寄りかかりながら、相変わらずの半眼をこちらに向けていた。

 食後だからか普段以上に眠そうな目だ。


 沈黙していたフェリスがそこで口を開いた。


「音です。デビルバットは人の聞こえない音を出して障害物を避けているそうですよ。音を捉えるには当然耳も良くなくてはいけません。熟練冒険者には大きな音を出して魔物を混乱状態にし狩る者がいると聞いたことがあります」

「大きな音! ねぇ、それって使えるんじゃない!?」

「すみません。音を発するような魔術は」

「そっか、あたしの方こそごめんね」


 落ち込む魔術師ちゃんに剣士ちゃんが申し訳なさそうにする。

 優秀な魔術師といってもまだ新人だ。十全に対応できるほどの術は備えていない。まして音を発生させるような、どうでもいい魔術なんて優先度が低すぎて習得している奴の方が少ないだろう。


 音ね。ああ、あれが使えるかも。


「なぁ、簡易結界って使えるか?」

「はい。少しの間だけなら。でも範囲は狭いですよ」

「もう一つ。爆発系の攻撃魔術があれば」

「イグニッションバーストなら」

「その歳で中位の魔術を使えるのか。なんだよ、めちゃくちゃ優秀じゃないか」

「褒めないでください。恥ずかしいです」


 顔を真っ赤にした魔術師ちゃんは恥ずかしさから身を縮めた。


 簡易結界はその名の通り結界魔術の簡易版だ。

 物理・魔術を防ぐ壁を創る。強度自体はそれほど強くはなく持続時間も短い。ただし、任意の人や物であれば通過することができるため、簡易でもかなり便利な魔術となっている。

 イグニッションバーストは爆発系の攻撃魔術だ。正しくは炎系統に属する攻撃魔術の一つ。習得難易度がそこそこ高いこともあって新人が使えるのは控えめに言っても破格だ。使い始めるのは中堅くらいからなんだけどな。


「そうか! 結界で閉じ込めて爆発で気絶させるのね!」

「よく自力で気が付いたな」

「ば、馬鹿にしないで。そのくらいあたしだってわかるわよ。いちおうリーダーだし」


 まぁ剣士ちゃんが説明してくれたので、俺が事細かに教える必要はなくなったわけだ。

 他の二人もこの手段について真剣に検討を始めた。


「でも相手は飛び回るコウモリですよ。どうやって結界の中に?」

「うん。難しい」

「そこはお前らの腕の見せ所だろ。全て教えて貰ってたら成長しない。俺はあくまでヒントを与えただけだ。なぁフェリス」

「そうですね。手を尽くしてそれでもできなかったなら、その時は手を貸しましょう」


 剣士ちゃんがベッドから立ち上がり「部屋で作戦を立てるわよ」と嬉しそうに二人の腕を引っ張る。魔術師ちゃんもシーフちゃんも大人しく従い、部屋の出口へと向かっていった。


「ラックスさん、フェリスさん、ありがとうございます。依頼きっと成功させますね」

「ああ」

「頑張ってね」


 そう言って三人は出て行った。


「二人きりになったな」

「!?」


 さて、そろそろ明日に備えて寝るか。

 フェリスはなぜか身体をこわばらせていた。


 まさか眠ったところを俺が仮面を剥ぐとでも思っているのか。


「安心しろって。実際、男の顔なんて見てもつまんないし。俺は先に寝るぞ」

「明かりを消します。絶対にこっちを振り返らないでくださいね」

「はいはい、どうぞお好きに」


 暗くなった部屋で、フェリスがごそごそ装備を脱いでいた。


 なんだ服を脱がないと眠れない派か?

 なるほど。一人でゆっくり眠りたいってのは、そういう意味が含まれていたのか。まぁ男の裸なんて興味はないから安心して脱ぐといいさ。ただ、ああ言ったけど顔は気になる。どんな顔をしているんだろうな。やっぱり美形なのかな。


「……もう寝ましたか?」


 そんな声が聞こえた。

 しかし、すでに意識はまどろみの中に沈もうとしていた。

 自慢じゃないが寝入りは早い。


 ぐぅ。



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