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1話 相談したいのですが訊いてもらえますか?

 

 腕を組みうなり続ける。

 俺は無自覚に同じ場所をぐるぐると回っていた。


 教会前の比較的人通りが多い道で、すでに三十分近くこうして悩み続けていた。


「相談すべきか。やめておくべきか。こんなの話したら笑われたりしないだろうか。いいや、きっと笑われる。俺なら絶対笑うね。でも他に話せそうな人も知らないし。あああああ、もう覚悟を決めるか」


 立派な門を越えて教会の重い扉を開いた。


 建物内部は厳かな空気に満ちており静寂が緊張を誘った。

 人々が祈りを捧げるのは、豊穣と繁栄を司る大地の女神である。女神を模したであろう像は美しい女性であり、その身には薄いひらひらとした服とも言えない布だけが纏われていた。実にエロチックだ。興奮する。


「エロい」


 心の声がつい漏れてしまう。

 祈りを捧げていた人々が一斉に俺の方を睨んだ。

 あ、ヤバ。うっかり。


 信者に胸ぐらをつかまれる前に、俺は目的の懺悔室へと向かう。


 ――懺悔室。それは教会が内外信仰心を問わず受け入れる告白の場である。防音の魔術が施された個室により一定の匿名性とプライバシーは保たれている。聞き役である神父も秘密保持に縛られ他言することはない。つまり誰にも言えない相談をするのに最適な場所なのだ。


 木製の古めかしいボックス。ここに置かれずいぶんとなるのだろう表面は色あせ所々塗装も剥がれていた。どれほどの人間が握ったのか。ドアノブはすり減り艶が出ている。


 俺はごくりとつばを飲み込み懺悔室のドアを開いた。



 ***



 不意にベルが鳴る。

 懺悔室へ人がやってきたのだ。


 あいにく今は神父が不在。シスタークラリッサは足早にもう片方のボックスへと入った。


「罪の告白ですね。女神は全ての罪をお許しになります。さぁどうぞ」


 クラリッサの正面には、小さな窓があり向こうから覗けないよう板で塞がれていた。

 壁の向こう側にいるであろう人間は声からして男性のようであった。それもクラリッサと変わらないほどの年齢の男性。


「懺悔ではなく相談したくてきました」

「相談……もちろんかまいませんよ。どうぞ」

「その前に質問しても良いですか? 聞き役ってシスターじゃなく神父がしたりするものでしょ。こう、信用していいのかなって」

「問題ありません。私達の教会ではシスターも女神様の代わりとして罪の告白を訊くことができます。決して秘密は口外いたしません」

「それならまぁ、絶対誰にも言わないでくださいね」

「もちろんです。女神に誓って」


 クラリッサはいよいよだと姿勢を正した。

 懺悔室での相談は非常に珍しい。他の教会ではどうかは不明だ。少なくともこの町の教会ではめったにない出来事。ここに来た時点で誰にも言えない相談事なのは明らかである。


 果たしてどのような内容なのか。


「この町でパーティーを結成したのですが、その、仲間の顔を一人も知らなくて。俺って信頼されていないのでしょうか?」

「……」

「シスター?」

「すみません。状況があまりよく飲み込めなくて。それは誰にも会ったことがないって認識でかまいませんか?」

「違いますよ。仲間はちゃんと冒険者として活動してます。仲間が全員顔を隠しててリーダーの俺は素顔を知らないって話で。でも、全員すっごい頼れる仲間なんですよ。ただ、正体不明なだけで」


 急速に理解が深まったクラリッサは眉間を押さえた。


(どういうこと? 素顔を知らないのに仲間? この人、詐欺に遭ってる??)


 混乱するクラリッサを余所に、壁の向こうにいる男は喋り続けていた。


「最初はソロで活動していましてね。とある事情でパーティーを立ち上げることになりまして、そこでやってくる人を片っ端からメンバーにしていたら、この町最強のパーティーになっちゃいまして」

「この町で最強のパーティーといえば『銀の護剣(シルバーブレイド)』と『名称未定(アンノウン)』でしたよね」

「詮索はやめてください」

「すみません」


 男の冷静な返しにクラリッサはそれ以上の詮索は控えた。

 しかし頭の中では、壁の向こうの男の顔がはっきりと浮かび上がっていた。


 ――『名称未定(アンノウン)


 結成からわずかな期間でS級に至った冒険者パーティー。

 その全貌は謎に包まれその名の通り正体不明の集団。ただしその実力は折り紙付きと言われている。同じくS級の『銀の護剣(シルバーブレイド)』とはライバル関係にあり、ことあるごとにこの二つのパーティーは比べられている。

 当然ながらパーティーのリーダーは超有名人。

 シスターのクラリッサですらその顔と名前は記憶していた。


 『名称未定(アンノウン)』のリーダー【ラックス・サードウッド】


 超絶技巧の付与を施す凄腕付与士。

 ただし評判はよろしくない。口と態度が悪くなにかとだらしない。しょっちゅうギルドで新人をナンパするし、食い逃げ常習犯、巷でそこそこのクズと呼ばれている超一流冒険者。最年少で剣の頂点に至り、単身で魔王を退治した品行方正な”剣聖様”の爪の垢を最も飲ませたい人物。

 

 ――などと噂されております。私はそんなこと考えておりませんけどね。クラリッサは心の中で中指を立てながら微笑みを浮かべていた。


「訊いてますかシスター?」

「もちろん。では、相談とは仲間の素性を知りたいということでいいですね?」

「そうなんですよ。強くて常識的なら種族容姿経歴不問にしたのが不味かったのかな。でもね、実際あいつらは良い奴らなんですよ。だからなおさら聞きづらくって」

「不問にしたのならそのままでいいのでは?」

「一度気になったらずううっとそればかり頭に過って。シスターは二十四時間仮面をつけている知人の素顔気になりませんか?」

「私の知り合いにそんな人はいませんけど」


 しばし沈黙が起きる。

 しかし、男は何事もなかったかのように再び話を始めた。


「ウチには四人メンバーがいましてね。その全員が顔はおろか種族も性別すらも隠してまして。これってもしかしなくても解散の危機ですよね?」

「どうしてそう思うのですか?」

「正体を明かせないってことは一生ここにいるつもりはないってことでしょ? それって信頼されていないって何よりの証拠じゃないですか。そこに思い至ったら夜も六時間ほどしか眠れなくて」

「充分寝てますよ」

「一度でも離脱されたら探しようがない。俺ね、今の暮らしが一番居心地が良いんですよ。だからどうにかこのまま現状維持できないでしょうか」


 クラリッサは男の切なる願いに気を引き締めた。


 壁の向こうの男はいい加減なクズ。しかし、女神の信徒たる自身には誰であろうと手を差しのべ救う責務がある。それに町を魔物から守護するS級パーティーが解散しては大問題。我が身の問題と捉えクラリッサはアドバイスを送ることにした。


「貴方がすべきなのは仲間とのより一層深い信頼関係の構築です。まずは対話を重ね本気で向き合ってみてはいかがでしょう。もしかしたらそうするだけの理由や悩みがあるのかもしれませんよ」

「な、なるほど! 真に信頼されれば素顔も見られて解散もしないと!」

「解散についてはなんとも」

「ありがとうございます。相談して良かった。また相談に来てもかまいませんかね」

「どうぞいつでもお待ちしております」


 男は嬉しそうに懺悔室から出て行った。

 残されたシスターは嘆息する。


 できればもう来ないで貰いたい。





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