表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

流星群の少年

作者: ろでぃ

ある日の夜。空気の済んだ美しい夜。夜空にたくさんの流星群が降り注いだ。誰しもが流星群に見とれ、流星群を愛した。

そんな輝かしい夜に、彼は生まれた。



ある時、彼は町外れの寂れた家のおかみさんに拾われた。おかみさんは汚れていた彼を水で丁寧に洗い流して、キノコと人参が少し入った温かいスープと小ぶりのパンを1つ、彼に与えた。この家にはお金があまりなかった。おかみさんは、こんなものしかなくてごめんなさい、と言いながら彼の柔らかい髪の毛を 優しく撫でた。彼はテーブルの上の御馳走を見ながら、キノコと人参が少し入った温かいスープと1粒の小ぶりのパンは"こんなもの"という名前の料理なのだと言うことを知った。"こんなもの"はとても美味しかった。彼はお腹も空いていたし、すぐに"こんなもの"を食べ終わるとまた新しい"こんなもの"を欲しくなった。でもおかみさんは寂しそうに笑うと、もうそれしか残ってなかったの、ごめんなさい、と言ってまた彼の髪の毛を優しく撫でた。彼は"こんなもの"はなかなか手に入らない珍しい料理なのだということを知った。彼は"こんなもの"をとても大好きになった。そしておかみさんも。おかみさんは優しかったし温かかった。夜になると家に男が入ってきた。浅黒い顔をしていて変な匂いの水が入った瓶を片手に抱えていた。彼はこの男が好きになれなかった。おかみさんは彼の肩を優しく抱き寄せると、男に彼を紹介した。彼の顔を見ると男は持っていた瓶を床に叩き付けておかみさんに大きな声で何かを言った。彼は男の言ったことは半分も聞き取れなかったけれど、"こんなもの"を全部食べてしまったから怒っているのかもしれないと思った。彼が"こんなもの"を好きになったように、男も"こんなもの"が大好きだったのかもしれない。男は彼を抱きかかえると家のドアを開けて彼を外に放り投げた。おかみさんが悲しそうな顔をして、ごめんなさい、と言ったのが見えた。彼は"ごめんなさい"があまり好きにはなれなかった。

彼はドアの外に転がっていた瓶の欠片を拾うと丁寧にポケットに入れて、星が照らしてくれて幾分か明るくなった夜道をトロトロと歩き出した。



ある時、彼は王様に拾われた。王様は彼を"所有物"と呼び、綺麗な服を着せて美しい宝石で飾った。彼は胸に輝く金色のメダルを見つめながら遥か昔に訪れた冷たくて真っ暗な小さい惑星の事を思い出していた。彼はあの惑星があまり好きではなかったし、このメダルもあまり好きにはなれなかった。そして王冠も。彼の頭は王様や王子様の頭よりも遥かに小さくてお城には彼に合う王冠がなかった。彼は下がってくる王冠を手で押さえながらお庭の高い木を見上げた。これはお母様鳥が小さい坊やを守るためのお家に相応しい、と木に登って一番高い枝に王冠を引っ掛けた。小鳥が鳴きながら飛んできて新しい王冠のお家の中で羽を休めているのを見て、彼は自分がとても大きくなったように感じた。王様は王冠を失くした事を気にしなかった。それか忘れてしまったのかもしれない。彼の姿を眺めながら、頭が寂しいから綺麗な王冠を与えよう、と満足そうに言った。彼はあの高い木のてっぺんは枝が少ないから小鳥のお家は1つしか入らないな、と考えていた。それから王様はディナーは何を作らせようか、と彼に聞いてきた。彼はもう一度"こんなもの"が食べたかったから、王様にお願いしてみた。王様は"こんなもの"を知らなかったけれど、彼の話を聞いて、大きな声で笑うと召使いに言いつけて"こんなもの"を用意させた。だけど、王様が用意させた"こんなもの"は、彼が好きな"こんなもの"ではなかった。温かいスープにはキノコと人参の他にジャガイモと白菜と鶏肉とハーブが入っていた。それから、パンは大きくて柔らかくておかみさんの作るパンより色が白かった。彼は王様の"こんなもの"があまり好きにはなれなかった。そうなると彼は無性におかみさんの作る"こんなもの"が食べたくなって、その日の真夜中、こっそりとお城を抜け出した。星明かりに照らされて少し明るくなったお城を振り返ると、王子様がじっと彼を見つめ、寂しそうに小さく手を振っているのが見えた。

彼は胸に輝くメダルをポケットに押し込むと、暗い闇の中をまたトロトロと歩き出した



ある時、彼は魔法使いの男に拾われた。魔法使いの男の家には小さな子供が7人いた。魔法使いの男は、妖精からもらった楽しい気分になれる粉を分けてやろう、と言って彼にその粉を少し分けてくれた。指の先で掬って舐めてみたけど、楽しい気分にはならなかったし少し苦かった。彼は妖精の粉があまり好きではなくなった。魔法使いの男の家にいた子供は、みんなとても幼く彼よりも背が低かった。7人いる子供の内、3人は部屋の隅で眠ったまま起きてくる様子はなかった。彼は子供達におかみさんの所から持ってきた瓶の欠片と王様からもらった金のメダルをプレゼントしてあげた。彼はこれらをあまり好きではなかったし、それよりも子供達の事が好きだったから何かプレゼントしたいと思っていた。子供達は大いに喜んで彼からもらったプレゼントを魔法使いの男に見つからない秘密の隠し場所に大切そうにしまった。子供達は魔法使いの男が好きではなさそうだったし彼もまた魔法使いの男が好きではなかった。魔法使いの男は、家を訪ねてくる色んな人に妖精の粉を分けてあげて、代わりに金や銀に光る小さなメダルを沢山もらっていた。魔法使いの男はそのメダルを楽しそうに数えながら子供達に大きな声で何かを話していた。魔法使いの男が話す度に子供達は彼を連れて、机の影に隠れて息を殺した。彼は魔法使いの男がやっていることが良く分からなかったけど、あまり面白そうだとは思えなかった。そしてその日の夜、子供達は秘密の隠し場所から彼からもらった瓶の欠片を取り出すと、眠っている魔法使いの男の首を切り裂いた。魔法使いの男は大きな声で何かを言ってくるくる回っていたけれど、しばらくすると眠ったまま動かなくなった。子供達は彼と一緒に魔法使いの男の家を飛び出して、暗い夜道を一生懸命走った。彼は最初は7人いた子供達が今は4人しかいないのを不思議に思ったけれど、それよりもお城に残してきた王子様の事がとても気になっていた。ずっと独りぼっちでお城に閉じ込められている王子様の事を考えると、彼は走る気分になれなくなって、立ち止まる事にした。子供達は前ばかりを見て走っていたから、彼が止まった事に気が付かず、背中がどんどん小さくなってやがて見えなくなった。彼は空を見上げて星を探したけれど、生憎の曇り空で星は1つも見つけられなかった。彼はポケットから魔法使いの男にもらった妖精の粉が1袋入っている事に気がついて少し舐めてみたけれど、やっぱり楽しい気分にはならなかったし少し苦かった。

そうして彼は妖精の粉をポケットに押し込んで、暗くて湿った夜道をまたトロトロと歩き出した。



ある時、彼は画家の男に拾われた。画家は彼がとても好きだった。画家は毎日必死な顔をして絵を描いていた。描いては破り、描いては捨て、完成した絵も最後には真っ黒に塗りつぶされた。彼は画家が描いた絵がとても好きだったからいつも悲しい気持ちになった。それでも彼はいつも一生懸命な画家がとても好きだった。ある日、画家は彼が知っている青年の顔を描いた。あの独りぼっちの王子様の絵だ。画家は、大きな仕事が入った、といつもより張り切って絵を描いた。完成した王子様の絵はとても美しく仕上がったが、彼が知っている王子様より幸せそうな顔をしていて、彼は王子様はこんな顔はしていなかったと、その絵をあまり好きにはなれなかった。それでも画家が楽しそうだったからから彼は嬉しかった。画家は王子様の絵を沢山の輝くメダルに代えて彼に幸せそうに見せた。彼にはメダルの価値は分からなかったけれど、画家が今までより嬉しそうな顔をしていたから、それだけで彼は楽しいと思った。そのメダルで画家は彼に今までより上質な洋服と美味しい御馳走を買い与えた。そしてその代わりに彼は画家に、魔法使いからもらった妖精の粉をプレゼントした。彼が画家にあげられるプレゼントはそれしかなかった。画家は妖精の粉をとても喜んで一気に飲んだ。そして画家は沢山の楽しい絵を描いた。幸せな家族の絵。美しい花の絵。そして輝かしい流星群の絵。だけど、ある時画家は壊れてしまった。妖精の粉がないと絵が描けなくなってしまった。彼は、頭を掻き毟りキャンバスに向かう画家を好きにはなれなかった。薬を、薬を、と呟きながら彼に詰め寄る画家を好きにはなれなかった。

だから彼は空気が澄んで星が美しく輝く夜に、そっと画家のアトリエを抜け出し、何かに導かれるように夜の町を歩き出した。



ある時、彼はお医者に拾われた。お医者は彼の事を良く知っている人だった。お医者はずっと、ずっとずっとずっと君を探していた、と彼に言った。ある人から頼まれたと、彼に言った。更にお医者は言った。


[君は流星群から来たわけでもなければ星の子でもなんでもない、ただの人間だよ。]


でも彼はお医者の言っている意味が良く分からなかった。ただ、あの魔法使いの男からもらった妖精の粉がまた欲しいと、そればかりを考えていた。それからおかみさんが作る"こんなもの"、王様からもらった王冠のお家、画家が描いた似てない王子様の絵、それらが頭の中をぐるぐると回っていた。

瓶の欠片、金のメダル、独りぼっちの王子様、眠ったままの子供達、真っ黒なキャンバス。

それらが頭の中で流星群のように降り注ぐ。目の前が眩い光でパチパチして彼は思わず目を細めた。彼は楽しかった。幸せだった。友達も出来た。学ぶものもたくさんあった。彼の目の奥で強く美しく輝く流星群は、綺麗な弧を描いて流れ、お医者の顔に当たって弾けて消えた。小さくて可愛らしい灯火に残酷で野蛮な水をかけたように。狩人が一発の弾丸で産まれたばかりの子りすを撃ち殺すように。

お医者は彼をまやかしだと、偽りだと否定した。

君は人間だと、全て偽りだと、否定した。

彼はお医者が好きにはなれなかった。

嫌いだった。大嫌いだった。

僕は星だ。

僕は流星群からやってきた。

僕はお空に帰らなくてはいけない。

高い高いお空の星に。

流星群に帰りたい。

僕は、僕は、僕は、僕は僕は僕は僕は僕は僕は。




そうして、僕は全部を理解してしまった。




その日の夜、流星群が降り注ぐ美しい夜。星明かりに照らされて幾分か明るくなった病院の屋上から、1人の少年が身を投げて、死んだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ