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 僕達宿泊客は全員、管理棟のラウンジに集められた。当然、死亡したと言う田上さんは除いて――だが。

 管理棟に向かうと、八木先生が険しい顔でカウンターにある電話の受話器を置いたところだった。八木先生以外にカメラマンの村井さん、竹之下さんの旦那さん、彼と一緒に飲んでいたらしい岩月さんが居る。僕よりも少し遅れて、竹之下さんの奥さんが杉森さんを連れてやって来た。


「警察はすぐに来るらしい」


 八木先生が、重い口を開く。どうやら今日の宿泊客は、これで全員のようだ。

 警察が来るという言葉に、僕はホッとした。大雨の中、電話が通じなかったり、警察が来られなかったり……そんなの、まるで小説やゲームの世界みたいだ。大雨で孤立した舞台で、殺人事件が起きる。しかも、ただの殺人事件では無い。そういう展開の時は、決まって連続殺人だ。

 一昔前ならばいざ知らず、今は電話線を切ろうとも、携帯電話がある。持っていない人の方が少ないし、電波が届く範囲も拡大している。警察が来るなら、すぐに科学的な捜査が入る。これ以上の事件は起きないし、犯人だってすぐに見付かるだろう。そう、自分に言い聞かせる。


「あの……殺されたって、本当ですか?」


 杉森さんが、恐る恐る声を上げた。


「間違い無い。あれは病死や自殺では、有り得ないよ」


 八木先生が、眉間に深い皺を寄せて答えた。先生のあんな表情、見たことが無い。


「一目見て分かる有様ってことか……」


 呟いたのは、カメラマンの村井さんだ。竹之下さんの奥さんが、ぶるりと肩を震わせる。


「ど、どういう状況だったんだ」


 岩月さんが声を上げる。彼は竹之下夫妻よりも少し年上に見えるが、真面目な実業家と言った印象だ。感じの良い好青年で、ラフな格好が嫌味にならず、様になっている。


「コテージの中は……血塗れだった」


 八木先生が、吐き捨てるように言った。


「田上さんは腹を切られ、その血が壁一面に……くそっっ」


 八木先生は、その現場を見てしまったのだろうか。彼女の顔は、蒼白だった。

 いや、先生だけでは無い。皆青ざめて、言葉を失っている。


「だ、誰か殺人鬼がこの近くをうろついていると言うことか? それとも――」


 竹之下さんの旦那さんが、一同を見渡す。彼が何を言いたいかは、分かっている。

 ――そんな恐ろしい殺人犯が、この中に居るのか。彼の言葉は、そう続くのだろう。


「ひとまず、警察の到着を待とう。話はそれからだ」

「そうだな。素人がどうこう言ったところで、始まらない」


 八木先生の言葉に村井さんが頷くと、再び重苦しい沈黙が流れた。

 気になる。気になりはするのだが、下手に詮索するのも憚られる。凄惨な現場に興味はあるが、実際に見てみるのは恐ろしい。この状況で現場を調べたいだなんて、とても言えない。僕はホラー映画でさえ、尻込みしてしまうタイプなのだ。




 窓の外に、車のヘッドライトが見えた。皆が、一様に安堵した表情を浮かべる。この雨だ、万が一にでも警察が来られなかった時のことを、皆も想像していたのだろう。僕達の想像は、良い方に裏切られた。

 扉が開いて、二人の刑事が入ってきた。一人は若い刑事で、年はおそらく僕より少し上くらいだろうか。スーツはそれなりに様になっているから、童顔なだけで、本当はもう少し上なのかもしれない。もう一人は、いかにもベテラン刑事ですと言った風体だ。年は五十くらいだろうか、立派な体格と険しい目つきをしている。こんな人に凄まれたら、何もしていなくても怯えてしまいそうだ。


「あ……」


 入ってきた刑事二人組を見て、八木先生が身体を強張らせる。流石の先生も、この状況下で冷静では居られないのだろう。怯えたような眼差しを、ベテラン刑事に向けている。


「県警の音羽と堤だ。被害者は?」


 若い刑事が手帳を取り出し、声を掛ける。どうやら若い方の刑事が音羽、ベテラン刑事が堤と言うらしい。


「向こうのコテージです。見つけた後、そのままにしてあります」

「第一発見者は?」

「私と、そこの彼女です」


 八木先生が、竹之下さんの奥さんを指さす。どうやら、二人で田上さんの遺体を発見したらしい。


「よし、案内してくれ」


 音羽刑事の指示で、八木先生と竹之下さんが傘を手に管理棟を出る。刑事二人もその後を追ったが、ベテラン刑事の堤さんがこちらを振り返り、僕達を見渡した。


「今日の宿泊客は、これで全員か?」

「はい」


 扉の向こうで、八木先生が答える。


「現場を確認してくるから、全員ここで待機するように。下手に動かず、じっとしていろ。いいな」

「は、はい」


 ベテラン刑事に凄まれて、僕達は皆、大人しく頷いた。


「じきに鑑識も来るから、ここを動かないように」


 さらに念押しして、堤刑事も現場のコテージに向かった。

 鑑識。鑑識が来る。当たり前のことだが、僕はその言葉に安堵していた。科学捜査が入れば、犯人の痕跡もすぐに見付かるのではないか。犯人さえ見付かれば、変に疑われずに済む。山奥で起きた凄惨な殺人事件も、きっとすぐに解決する。そんな希望が、この時は確かに見えていた。

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