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「あ。天気予報が始まりました」


 ラウンジでサンドイッチを待つ杉森さんが、テレビを見て声を上げた。

 地方ニュースのアナウンサーが、県内各地の雨の様子が撮影された映像と共に、話を始める。県内全域、見事に傘マークで埋め尽くされている。

 それどころか切り替わった中継先の画面では、レインコートを着たレポーターが激しいに煽られながら必死に声を張り上げていた。


「こりゃ大荒れですね」

「そうみたいですねぇ」


 僕の言葉に、杉森さんが力無く項垂れる。


「杉森さん……でしたっけ。バイクで来られたんですよね?」

「はい。ちょっと気晴らしというか、一人で走りたくなって」

「バイクだと、天気次第で大変そうですね」

「そうなんですよ。雨が止むまで、泊まらせていただけると有難いんですけど」


 そんな話をしていると、八木先生がサンドイッチを二皿手にしてやってきた。


「あら、宿泊延長していただけるなら、うちは大歓迎ですよ」

「本当ですか?」


 一皿は杉森さんの前に、もう一皿を自分の前に置いて、八木先生が僕の隣に座る。


「澤江、足りているか? 良ければこっちも食べるといい」

「これ、先生の分じゃないんですか?」

「それはそうなんだが、私はいつでも食べられるからな」


 どうやら自分の食べる分も兼ねて、僕が足りない時の為にと、もう一皿サンドイッチを作ってきてくれたようだ。

 サンドイッチだけでは少し物足りないと思っていたところだ。ここは有難くいただくことにしよう。


「では、お言葉に甘えて」


 そんなやりとりをする僕と八木先生を見て、杉森さんが大きな瞳をぱちくりと瞬かせた。


「お二人は、お知り合いなんですか?」

「一時期美大の講師をしていてね。その時の教え子なんだ、こいつは」

「ああ、それで先生と」


 なるほどと合点がいったように、杉森さんが頷く。


「杉森さんも、確か大学生でしたっけ」

「はい。なので、天気次第の気ままな旅です」


 社会人なら、雨だから連泊するなんて言えないもんなぁ。


「僕も山道がぬかるんでいるようなら、もう少し泊めてもらおうかな」

「そうしておけ。どうせこんな天気じゃ、予約のキャンセルも多いだろうし」

「大変ですねぇ」


 天気予報が終わると、今度は地方ニュースの特集が始まった。三人でサンドイッチをつまみながら、無言の気まずい時間が流れる。


「あれ。ここって禁煙じゃ無かったんですか?」

「コテージの中は禁煙だが、ラウンジは吸ってもいいぞ。澤江は、煙草を吸うのか?」

「いや、灰皿が置いてあったから」


 テーブルの上には、木彫りの小皿が置かれていた。これも八木先生の手作りだろう。縁の部分に、小さなリスが鎮座している。


「これ、灰皿ですよね? 灰皿にするには、勿体ない」

「本当だ。これ、オーナーさんが作ったんですか?」


 杉森さんもリスが彫られた小皿を見て、声を上げる。


「勿体ないも何も、練習がてら作ったものだからなぁ。前はガラスの灰皿を置いていたんだが、お客さんが落とした時に割れてしまったんだ」

「そういえば、看板にもリスが居ましたね」

「やっぱり見たか。あの看板、澤江なら喜ぶと思ったんだ」

「看板って、コテージの入り口に掛かっていたあれですか?」

「そうそう。コテージごとに全部違う動物が彫られているんだ」


 杉森さんの言葉に頷く。


「僕のコテージは、鷲だったよ」

「私のところは、パンダでした」

「花にするか、動物にするかで悩んだんだよなぁ」


 八木先生が声を上げて笑った。


「花も良いですけれど、動物の方が違いがハッキリしていて、覚えやすいんじゃないですか? 僕のところだけ鳥類でしたが」

「途中から、思い付かなくなったんだ」


 やっぱり、そんなことだろうと思った。八木先生らしい言葉に、笑みが零れる。


「彫刻家さんがやっているコテージって聞いていましたが、あれも全部手作りなんですね」

「まぁね。暇な時期には、アトリエに籠もってばかり居るよ」

「アトリエがあるんですか?」


 思わず、身を乗り出す。


「ああ。ここの二階が住居兼アトリエになっているんだ」


 アトリエのある生活。俄然、ここでの仕事に興味が湧いてきた。


「美大の教え子ということは、澤江さんも美大生なんですよね?」

「はい」

「何年生ですか?」

「四年です」

「じゃ、一つ上なんだ」


 どうやら杉森さんは三年生らしい。


「就職活動はどうですか、やっぱり大変ですか? 美大だと、また違うのかなぁ」

「一応、広告代理店から内定は貰っています」

「そうなんだ。いいなぁ」

「ただ、悩んではいるんですけれどね。そのまま就職するかどうか」

「え~、勿体ない」


 就活について語り合う大学生二人を、八木先生が目を細めて眺めている。


「いいねぇ。私にもそんな時期があったよ」

「八木先生も、就職しようと考えていたんですか?」

「あいにく、私は就職が決まらなくてね。それで、親戚が持っていたこのコテージを引き継ぐことにしたんだ」

「そうなんだ」


 就職活動をする八木先生というのは、どうも想像が付かない。化粧をしてスーツを着た八木先生の姿を思い浮かべると……ダメだ、つい笑ってしまいそうになる。


「澤江、お前妙なことを考えていないだろうな」

「は、あ、いや、人に歴史有りだなぁと思って」

「失礼な奴だなぁ。私だって人並みにちゃんとしていた時期も有るんだ」


 今はちゃんとしていないと認めているような発言だ。


「と言っても、大学卒業してすぐコテージを始めた訳じゃなくてねぇ。卒業後数年は、たまに作品を作りながらフリーターみたいなことをしていたよ」


 驚いた。先生にも、そんな時期があったのか。


「あの頃は、何もする気が起きなくてね……まぁ、若気の至りってやつだ」

「オーナーさんだって、まだ若いじゃないですか」

「いやいや、現役の女子大生に言われても」

「だってぇ、肌とかすっごく綺麗で!」


 話し込む女性二人を他所に、先生の言葉を反芻する。やはり作品を作りたいなら、就職するよりもバイト等で時間に余裕を持たせた方が良いのだろう。それでも僕に就職を勧めたのは、それだけ制作一筋で食べていくのは難しいということなのだろうか。

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