13
九番コテージの前で待つ堤刑事に頭を下げ、鍵を開けてコテージの中に入る。電気を付ければ、暗闇は一瞬で振り払われた。
「一つ一つのコテージが、バストイレ付きなのか」
コテージの中を見回した音羽刑事が、感心したように呟く。
「雨に濡れましたよね。シャワーも自由に使ってください」
「有難うございます」
音羽刑事は濡れたスーツのジャケットをハンガーに掛けて、それではとばかりにシャワールームに消えていった。室内に残された堤刑事が、ため息を吐く。
「すみませんね。あいつはどうも学生気分が抜けなくて」
「僕も学生ですから」
僕からは十分立派な刑事に見えるのだが、堤刑事の目から見ればまだまだひよっこと言うことなのだろう。微笑ましさを感じて、つい笑みが零れた。
とはいえ、ベテラン刑事さんと二人で残されて、話題が有る訳も無い。時計を見れば、短針は十一時を指していた。
「夜のニュース、やっていますかね」
そう言って、テレビのリモコンに手を伸ばす。思った通り、夜のニュース番組が始まったところだった。
「この事件って、もう報道されているんですか?」
「いや、まだだ。犠牲者の名前は署に連絡してあるが、本格的な捜査の前に、マスコミに公開はしていないだろう」
確かに、鑑識より先にマスコミが来るようでは、捜査の邪魔になりそうだ。なるほどと頷いて、再びテレビに視線を戻す。画面の中ではどこかの議員が政策を訴えて、声を張り上げていた。
「はー、有難うございました」
シャワーを浴び終えた音羽刑事が、ワイシャツ姿でバスルームから出てきた。
「バスローブ、有りませんでしたか?」
「有りましたが、流石に備品まで勝手に使わせていただくのは……」
「別に構いませんよ。僕一人で、備品も余らせていますから」
コテージには四人分くらいの備品が置かれていた。僕一人で使い切れるものでは無い。
「でしたら、遠慮なく」」
「スーツで寝るのも、大変そうですしね」
いそいそとバスルームに戻る音羽刑事に、堤刑事が呆れた視線を投げかける。堤刑事には申し訳ないが、年の近い音羽刑事に、僕は親近感のようなものを覚えていた。第一印象より、ずっと話しやすい人だ。
音羽刑事が着替え終わる頃には、テレビで大雨のニュースが流れていた。県内全域に警報が発令され、一部では避難指示まで出ている。学校の体育館に避難した人々の姿が、画面に映し出されていた。
「急な大雨過ぎるんだよなぁ」
テレビを見ながら、音羽刑事がぼやく。画面の中の人々は着の身着のまま避難したようで、支給された毛布を被って震えていた。
「そういえば、お二人は何も食べていませんよね」
画面の中で缶詰と水が配られる光景を見て、彼等がここに来てから何も口にしていないことを思い出す。
「ここに来る前に、食べていたなら良いんですが」
「いや、仕事中なので流石に……」
音羽刑事が言葉を濁す。この分だと、夕食もまだなのだろう。
「竹之下さんの奥さんが、料理をいっぱい作ってくれていたんです。多分、まだ管理棟に有ると思います」
あれだけの量を食べ切れたとは思えない。それに、管理棟に行けば食材も菓子類も販売している。八木先生は休んでいるが、支払いは明日行えば良いだろう。
「それなら……どうしますか、堤さん」
音羽刑事が、堤刑事の顔色を窺う。多分、お腹がすいているんだろうなぁ。堤刑事を見る目は、期待に満ちてそわそわとしている。
「仕方ないな、取ってくるか」
「それなら自分が」
やれやれとばかりに立ち上がる堤刑事に、音羽刑事が声を掛ける。
「外に出てまた雨に濡れて、もう一度シャワーを借りるって?」
「そんなつもりでは無いんですが……」
「なら、お前は待っていろ」
堤刑事の視線が、こちらに向く。
「僕も一緒に行きます」
立ち上がり、扉に向かう。シャワーを浴びてバスローブに着替えたばかりの音羽刑事より、僕と堤刑事が行った方が手っ取り早い。
九番コテージを出て、再び管理棟へ。今度は二人なので、二本の傘で足りる。なるべく森の方を見ないようにして、小走りに向かう。
「さっきも思ったが、森が苦手なのか?」
堤刑事の言葉に、思わず驚いた。後ろを歩いていた僕の様子に気付いていたなんて、流石はベテラン刑事の観察力だ。
「苦手というか、トラウマがあるんです」
「ほう。どんな?」
一瞬躊躇したが、相手は刑事さんだ。別に隠す必要は無いし、変に言葉を濁して、疑われても困る。
「僕の妹が、あの森で行方不明になっているんです」
「行方不明……って、ひょっとして、十年前のあの事件か?」
「そうですね。妹が行方不明になったのは、十二年前ですが」
おそらくその件で間違いは無いだろうと、堤刑事に頷く。
話しているうちに、あっという間に管理棟に到着した。扉を開けて中に入り、恵さんの手料理を探す。
「確か、事務室の奥にキッチンが有ったから……」
事務室の扉を開けて、奥のキッチンへ。冷蔵庫を開ければ、予想通りにローストチキンとビーフステーキの皿が置かれていた。
「こんなところまで入って物色して、申し訳無くなってくるな」
「先生には、僕から言っておきますよ」
眉を寄せる堤刑事に笑いかけ、料理の入った皿を手に取る。一人一皿ずつ持てば、もう片方の手で傘も差せそうだ。
「先生、か」
しみじみと、堤刑事が呟く。
「大学の先生と言っても、リモートの講義しか受けていないんですけどね。元々、八木先生の彫刻のファンだったんです」
「そうかぁ」
僕の言葉を聞いて、堤刑事は何やら複雑そうな表情を浮かべている。傘を差してコテージに戻る間も、彼の表情は晴れないままだった。
「あの、何か?」
「いや、いいんだ」
問いかけても、生返事ばかり。刑事さんだけに、人には話せないことも色々と有るのだろう。そうは分かっていても、物憂げな彼の表情が、やけに気掛かりだった。
「おお、ご馳走ですね!」
そんな空気も、コテージに戻ればあっという間に消えてしまった。バスローブ姿の音羽刑事は、ローストチキンとビーフステーキに目を輝かせている。
「このオーブン、レンジ機能も付いているみたいですし。温めますか?」
「是非」
キッチンには各コテージで調理出来るだけの施設が、一通り揃っている。オーブンレンジで料理を温め、三人分のナイフとフォークを揃えて、ダイニングのテーブルへ。
「遊びに来ているんじゃ無いんだがなぁ」
真面目な堤刑事は一人、頭を抱えていた。
「いいじゃないですか。食べる物は食べないと」
音羽刑事は、食欲が勝っているようだ。
「すまないな、澤江さん」
「いえ、僕も楽しいですよ。こんな風に人と過ごすの、修学旅行以来ですし」
僕の言葉に、ローストチキンをナイフフォークで切り分けながら、音羽刑事が反応する。
「まだ大学生でしょう? キャンプに行く機会も多いだろうに」
「森とか山とか、あまり得意じゃ無いんです」
「そうなんですか? 勿体ない。美大生なら、絵を描くにも良い場所だと思いますよ」
音羽刑事に、悪気は無い。それが分かっているだけに、僕はただ苦笑いで返していた。
「音羽、余計なことを言うな」
「えっ、あ、はい」
傍らの堤刑事が、音羽刑事の脇腹を小突く。気を使わせてしまっただろうか。何故怒られたのか分からない音羽刑事だけが、不思議そうな顔をしていた。




