エピソード3
~エピソード3~
俺は北海道の田舎町に来ていた。大自然の大地と果てしなく澄んだ青空が、これまでの嫌な出来事を全て忘れさせてくれそうなほど爽やかな空気が俺を包んでくれた。俺はこの地にある『児童養護施設キタキツネ園』に訪れた。
蓮 「確か…この辺りのはずなんだけどなぁ。あそこにいる人に聞いてみよう。すみませーん!」
おばちゃん 「はいはい、なんでしょう?」
蓮 「すみませ、この辺りにキタキツネ園って言う施設を探しているのですが…分かりますか?」
おばちゃん 「ええ、知ってますよ。そこにどんなご用で?」
蓮 「昔そこにいた子供の事で話を聞きたくて。群馬から来ました。」
おばちゃん 「群馬…!?そうですか、わざわざそんな遠くから。なら、ご案内しますので着いて来て下さいな。」
たまたま通り掛かったおばちゃんはとても親切で、俺を施設まで案内してくれるというのだ。俺にとっては右も左も分からない土地なので、素直におばちゃんの善意に甘える事にした。
10分ほど歩くと、木造平屋の少々古びた家屋が目に止まった。入り口には「キタキツネ」の表札があり、庭では数人の子供が遊んでいる様子が伺えた。
蓮 「ありがとうございます。助かりました。」
おばちゃん 「さあ、ここよ。どうぞ中に入って!」
蓮 「えっ!?勝手に入っちゃマズいんじゃ…」
子供たち 「あっ!園長先生だ!お帰りなさ~い!」
蓮 「えぇぇっ!ここの園長先生だったんですかっ!?」
おばちゃん 「フフフッ、初めまして園長の冴木です。」
道を尋ねた人が施設の園長先生だった。しかし、俺はすぐにこの出会いが偶然ではなく"必然"なのかもしれないと感じた。まさに俺の目的はこの人に会い『田中蒼真』の幼き頃である"過去"を聞き出したかったのだ。美咲から引き継いだ手帳には、田中蒼真がこの児童養護施設で過ごしていた事がメモされていたからである。
蓮 「あっ、すみません。申し遅れましたが小鳥遊蓮と言います。」
冴木 「小鳥遊さん、ごめんなさいね、汚ない所で。」
蓮 「いえ。それよりこの施設は冴木園長1人で運営されているのですか?他の職員さんらしき方は見当たらないようですが…」
冴木 「以前は数名の職員がいたのだけど、今は私と役所の指導員が交代で子供たちの世話をしているの。ご存知の通り、ここには親のいない子供や親から虐待を受けていた子供などを預かっているのだけど、この辺りも過疎化が進み、子供の数も減ってきたわ。私も年々歳とともに体力的に運営が厳しくなってきたから、もうこの施設は閉めようと思って。だから、今いる子供たちが最後の私の家族…。」
蓮 「そうだったのですか…。みんな、冴木園長に感謝しているはずですよ!」
冴木 「だといいのですがね!それより、誰の事を聞きたいのかしら?」
蓮 「はい、こちらにいた田中蒼真さんについてです。」
冴木 「・・・やはりそうでしたか。」
蓮 「やはり…と言いますと?」
冴木 「小鳥遊さんが群馬から来たと言っていたのでピンときました。確かあの子も群馬で働いていると言っていたから。」
蓮 「田中蒼真さんとは同僚として一緒に働いていました。しかし、田中さんは…その…」
冴木 「亡くなったのでしょ。ニュースで知ったわ。確か車での事故だったかしら?」
蓮 「ええ。しかし、その田中さんの死についてもう一度調べたくてここまで来ました。」
冴木 「蒼真くんは、ご両親が離婚されて母親に引き取られたのだけど、夜の仕事をしながら育てていくのに疲れてしまったらしくてね…。しばらくの間、預かってほしいと頼まれたの。けど結局、その後、引き取りに来る事はなかったわ。お母さんにも何か事情があったのかもしれないけれど、言い方は悪いけど『捨てられた』って事ね。それでも蒼真くんはとても明るくて、年下の子供にも優しく接する面倒見のいい"お兄ちゃん的存在"だったのよ。そしてこの辺りは田舎町だから、高校を卒業したら就職する為に一人で群馬に行ったのよ。」
蓮 「そうでしたか。それからは田中さんがこちらに顔を出す事はなかったのですか?」
冴木 「そうね…何年か前に一度帰ってきたけど、何か調べたい事があるからって言ってたわねぇ。」
蓮 「調べたい事…それで何について調べていなのでしょう?」
冴木 「さぁ、私に詳しくは言わなかったわ。」
子供たち 「ねぇ、園長先生!一緒に遊ぼう!」
冴木 「はいはい!今、行きますよ!あ、これは蒼真くんの当時のアルバムなのよ。何か役立つか分からないけど見ていって。」
そう言われ冴木園長から手渡されたのは、古いアルバムだった。子供たちが仲良く遊んでいる姿や、水遊び、花火、餅つきなど、季節ごとの催しが所狭しと飾られていた。その中には、あの田中蒼真の幼き頃の姿も残されていた。楽しそうに笑い、時には小さな子供を引率するようなお兄さんらしい姿まで、とても俺や麻依を襲うような非道を思わせる姿ではなかった。
二冊目のアルバムには、高校生くらいの田中が写っていた。先生の代わりに子供たちに農作業を教えているであろう写真であった。写真に写っている田中や子供たちの屈託のない笑顔が、見ている俺の顔まで笑顔に変えてしまいそうな良い写真だ。アルバムを見ていくうちに、この施設がどれだけの子供たちを幸せにし、冴木園長がどんな想いで社会へと送り出して行ったのか…。窓越しの外で遊んでいる子供たちと冴木園長の楽しそうな姿に、キタキツネ園が無くなってしまう事に寂しさを感じられずにはいられなかった。
後半のアルバムには、クリスマス会の写真が飾られていた。サンタクロースの格好をしているのが田中だろうか?これも皆、笑顔が眩しく輝いている。しかし、次のページをめくると、一枚だけ写真が抜き取られている。
蓮 (あれ?ここには何があったのだろう…)
この日、田中蒼真の過去については色々と分かった。いつまでもお邪魔している訳にもいかないので、そろそろ帰ろうとした時だった。まだ宿泊先も決まっていない俺の事情を知った冴木園長の計らいで、ここへ泊まっていく事となった。
蓮 「こんな見ず知らずの俺が泊まってもいいのですか?」
冴木 「フフッ、私がこれまでに何人の子供たちを見てきたと思っているの?小鳥遊さんの目を見れば、あなたがどんな人なのかくらい分かるわよ!」
冴木園長の言葉に、今までに感じた事のない優しさと温もり、そして尊敬の気持ちで心が満たされた。
子供たちには、明日までの臨時の先生だという事にして過ごさせてもらった。夕方までは外で一緒に遊び、今度は冴木園長と夕食の準備を手伝った。皆が揃うと一緒にご飯を食べた。ここにいる誰もが何らかの事情を抱えている。なのに、誰一人として寂しそうな顔をしている者はいない。まさに本当の家族のようで、冴木園長の努力と優しさの賜物である。
夜になると、各々が布団を敷き、就寝の時間となった。俺も子供たちにまみれ、一緒に寝ようと布団を敷いた。すると、向こうの部屋から園長が手招きしているのに気付いた。
冴木 「今日はご苦労様でした。さぁ、お茶をいれましたからどうぞ!」
蓮 「ありがとうございます。」
冴木 「私はね、こうして子供たちの寝顔を見ている時が一番幸せなの。至福の一時ってやつね!ここにいる子供たちは一生懸命に生きようとしている。私はその子供たちの生きるお手伝いをさせてもらっているだけで、幸せな気分をもらっているのよ。」
蓮 「素敵なお仕事ですね!その園長の気持ちは必ず子供たちへ伝わっていますよ。ここで過ごした思い出と恩は一生忘れる事はないですよ。」
冴木 「このアルバムの中の子供たちはもう十分なほど苦労をしてきたの。だから立派な大人になって幸せに暮らしてさえくれればそれでいいの。この写真一枚一枚が私の宝物だから…」
蓮 「それが何よりですね!あっ、そう言えば、アルバムの中の一枚が抜けている箇所がありましたが?」
冴木 「えっ?あら本当だわ。ここだけ写真が無いなんて不自然ね。どうしたのかしら…抜け落ちちゃったかしらね?明日、探してみるわ。」
温かいお茶を飲みながら園長の信念を聞いているうちに、俺の心までもが安らいだ。ここのところ、何かと騒がしい日々が続いていたが、今夜はゆっくり眠れそうな予感がする。そう思いながら、子供たち起こさないように俺は布団へと潜り込んだ。
翌朝、カーテンの隙間から差し込む朝の光に気付き目を覚ました。子供たちはまだ寝ていたが、園長はすでに朝ごはんの準備をしていた。俺も急いで布団をたたみ、園長の手伝いに向かった。手慣れた手つき料理をしている割烹着の園長の後ろ姿は、紛れもなく子供を愛する"母親"そのものであった。
お皿を並べ、朝ごはんの準備を手伝うと、俺は子供たちを起こしに行った。すんなり布団から出る子もいれば、いつまでたっても起きない子、布団に潜り込んでしまう子もいて、本当に人それぞれといった風景に何故か笑みが溢れた。
朝食を済ませ後片付けをしている間に、園長は子供たちを学校へと送り出していた。子供たちのいなくなった部屋は、静けさで寂しささえ感じる。この部屋で…この園庭で…何人もの子供が未来に向かって羽ばたいていったのだろうか。そしてその一人に、田中蒼真がいたのだ。ここでの生活で冴木園長から愛情を注がれてきた田中が、どうして変貌してしまったのか、まったく検討もつかない。ここには田中の人生における重要な鍵はなかったのだろうか…。
冴木 「片付けありがとうね。助かったわ。」
蓮 「いえ、私も泊めて頂き感謝しています。それに、一晩でしたがとても勉強になりました!」
冴木 「あら、それなら良かったわ。それと思い出したのだけど、アルバムの写真が一枚無かったのは、クリスマス会の集合写真だったわ。確かあの年のクリスマス会は役所の推薦で群馬県の高校生がボランティア活動で訪れていたのよ。みんないい子たちでね、その時の集合写真だったわ。」
蓮 「群馬…!?」
冴木 「そうそう。その高校生たちから群馬県の良い所の話をたくさん聞いて、蒼真くんも就職先に選んだのではないかしらね。本人から聞いた訳じゃないから、これは私の憶測になっちゃうけど!」
田中蒼真の生い立ちから就職までが冴木園長の話から得る事ができた。この北海道の地では、これといった豹変する出来事はなかったようだ。やはり、就職先である群馬に田中蒼真を変える何かがあったのかもしれない。俺はお世話になった園長に挨拶をして群馬へと戻ることにした。
俺は真っ先に美咲のいる病院へと向かった。だいぶ体調は安定してきたようだが、やはり会話をするまでには至ってなかった。麻依にも連絡を入れ、俺の次なる目的が田中蒼真の自宅と告げた。その自宅付近で美咲が襲われた事もあり、危険との隣り合わせになってしまう。しかし、田中蒼真がこの地で豹変したのであるならば、あの自宅に何か手掛かりがあるかもしれないのだ。麻依には心配を掛けてしまうが、美咲を傷付けた奴を俺は許せなかった。田中蒼真の事を調べていて襲われたのであれば、きっとそこには何か知られたくない秘密があるに違いないからだ。
俺は車を走らせ、あの思い出したくもない林道へと入っていった。この林道の途中で田中に襲われ、そして田中は事故をお越し炎上する車内で死んでいった。しかし、美咲もそれを知っているにも関わらず、再度、田中蒼真の事を調べ始めた。その真相を探るべく、俺は危険を承知で田中の自宅へと向かった。やがて目の前には人の気配を感じさせない建屋が見えた。
蓮 「あれだっ!田中の家だ!」
車を停め家の前に立つと、あの凄惨な記憶が甦り、俺の足取りを重くした。さらに、家の周りには"立入禁止"の規制線まで貼られ、あの日以来、時が止まったままのようだった。正面からは中の様子も伺えず、俺は家の裏手へと回ってみた。さすがに裏側には規制線は貼られていない事をいい事に、そっと窓から中の様子を覗いて見た。散らかった部屋は、以前、俺と麻依が訪れた時とさほど変わってはいないようだった。ただ、大きな違いと言えば、壁に貼られていた麻依の写真は全て剥がされていた。きっと、田中の死後に警察か誰かが剥がしたのであろう。だが問題はどうやって家の中を調べるかだ。窓ガラスを割る訳にもいかないし、どこか開いてある場所はないか探して見て回った。すると、勝手口らしきドアノブを回してみると、唯一そこは施錠されていなかった。
蓮 「よしっ!ここから入ろう!」
俺はゆっくりドアを開け家の中を覗き込んだ。薄暗がりの部屋は人の侵入を拒むように無造作に置かれた家具と、カビ臭さが立ち込めていた。意を決して一歩を踏み込んだ時だった…。
『そこで何をしているっ!』
蓮 「うわっ!」
振り向いた先にはどこかで見覚えのある男が立っていた。
『ここは立入禁止だぞ…ん!?お前は確か…』
相手の男も俺の顔を見た瞬間、少し戸惑いの様子が伺えた。その時、俺は思い出した。この男はあの時の"真島刑事"だった。
蓮 「すみません。私は小鳥遊です。以前、一ノ瀬美咲の件でお会いした事があります。」
真島 「あぁ、あの時の!だが、何故あなたがここにいるんだ?そして何をしようとしていたのだ?」
俺は美咲から預かった手帳を元に、田中蒼真の事を一から調べていた事を話した。死んだ者の事を調べるなんてバカげていると思われるかもしれないが、以前に俺や麻依が田中に襲われた事、美咲が田中について調べていたら襲われた事、何か裏があるような気がしてならない思いを素直に伝えた。そして、この田中蒼真の自宅にはまだ何かしらの真相へと繋がる手掛かりがあるかもしれないという思いでここへ来た旨を伝えたのだ。
真島 「理由は分かった。だが、あなた一人で動くのは危険過ぎる。一ノ瀬美咲の件についても我々警察に任せて下さい。その為に、私も今こうして捜査をしているのですから。」
蓮 「真島刑事!お願いがあります。どうか少しの時間でいいですから、田中の自宅を調べさせもらえませんか?」
真島 「・・・いいだろう。ただ、もうこれ以上はむやみに事件に首をつっこまないと約束してくれるなら…が条件ですよ。」
蓮 「ありがとうございます。」
警察からのお墨付きをもらった俺は、堂々と田中の過ごした自宅の中へと入る事ができた。そして、あの麻依の写真が飾られていた部屋へと到達すると、俺は片っ端から手掛かりになりそうな物を探し始めた。
真島 「なぁ、一つ聞いていいか?」
蓮 「はい。」
真島 「どうして田中蒼真にこだわる?あいつはもうこの世にはいないのだろう?確か当時の調書にもストーカーによる犯行だと記載されていた。なのに、死んだ者の身辺調査みたいな事をしても意味がないだろう。それとも…今回の一ノ瀬美咲の件と田中蒼真には何か繋がりでもあるとで思っているのか?」
蓮 「分かりません…。でも、美咲さんは田中蒼真の事を調べている時に襲われたんです。単なる通り魔的の犯行なら警察に任せるつもりでした。しかし、麻依の実家が放火された時の防犯カメラ映像を見た美咲さんは、いつもと様子が違ったのです。でも、今の美咲さんにはとても会話が出来る状態にない。そんな身体になっても俺にこの手帳を託したって事は、何か思い当たる事があったのだと思います。まぁ、思い過ごしで空振りになるかもしれませんが、俺は納得いくまで調べてみたいんですよ!」
真島 「まぁ、無駄足だと思うし、捜査の邪魔になりかねないからな…もう、よしておくんだな!」
蓮 「・・・」
真島 「さぁ、お目当ての物はあったか?そろそろ俺も捜査に戻りたいのだが。」
蓮 「そうですね、すみませんでした。」
これといった今回の事件に繋がるような物は見当たらなかった。そして部屋を後にしようとした時、ふと、壁に掛けられたカレンダーに違和感を見付けた。どこにでもある動物がイラストされたカレンダーだったが、日付が数年前の物であった。何故、そんな古いカレンダーが未だに飾られていたのか?俺はそっとカレンダーをめくってみたのだ。これといった予定が書かれている訳でもなく、ただ壁に飾られているだけのカレンダー。何もないと諦めかけた時、カレンダーの裏に一枚の写真が貼られているのに気付いた。
蓮 「こ…この写真はっ!?」
そこには、数人の若い男女が笑顔でクリスマスを楽しむ姿が写っていた。キタキツネ園で冴木園長から見せてもらったアルバムから一枚の写真が無くなっていたが、まさにこの写真で間違いなさそうだ。何故、この写真だけを田中は持ち帰ったのか?わざわざ北海道まで取りに行く理由は何だったのだろう?この写真に田中蒼真の知られざる秘密が隠されているのだろうか・・・。
~エピソード3~
終わり