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その魔法少女、ハゲにつき

「あ、あねさん……」

「大の男が何、泣いてるんだよ」


「いやでも、その身体……」

「もう助からないだろうな。何だか眠いんだ。目を閉じてしまう前に、一つ頼みを聞いてくれないか。言っておくが、拒否権はないぞ。一度だけ言う、お前、魔法少女になれ。この力、受け取ってくれるな」


「え?」


 そう言うと手のひらをそっと差し出した。俺は咄嗟にその手を掴む。なんだか暖かい水のような何かが身体に流れ込むのを感じる。これが、魔法少女としての力?

 姉さんは安らかな表情で眠りについた。俺はむせび泣くことしかできなかった。


「君が新しい契約者?」

「なんだお前は!」


 その場の空気にそぐわない、変声期を迎える男子のような妙に中性的な声が聞こえた。その主は、異形というか、いやよく見れば普通のペンギンみたいな愛らしい見た目をしている。何故話せるのかなどと考える意味もない。魔法少女、つまりこの世界には奇跡も魔法もあるのだということだ。


「まったく、君は言葉遣いを学ぶところから始めて欲しいな。僕はエルレート・ホムスデックス、彼女にはエックスって呼ばれていたけど、呼び名は何でもいいや。ってよく見たら、君、女の子じゃないじゃないか、それに見た目もハゲてるし、妙に筋肉質だし、後任者間違ってるんじゃないの?」


 これはれっきとしたスキンヘッドというヘアスタイルなのだ。とツッコもうとしたら聞きなれた声が聞こえてきた。


「し、仕方が無いだろ。ウチは魔法少女なんて年でもないから、辞めたきゃ代わりを呼んでこないといけないなんてブラックバイトの常套句みたいなこと言われて。独身30代無職の交友関係なんて、魔族には分からないほど狭いんだぞ……。酒飲み仲間のこいつに頼むしかなかったんだ」


「って、姉さん生きてる!」

「ああ、演技だからな。こうでもしなければ、お前が魔法少女になるなんて引き受けるなんて思わなかったからな」


 そういうと特殊メイクの要領で作ったらしい衣装を脱ぎ捨て、身体に付いた血糊を振り払う。


「図ったな! ……別に魔法少女じゃなくても魔女でもいいじゃん肩書きとかちょっと変えれば」

「そう思ったさ、でもエックスは許さなかった」


「僕ら魔族からしたら30年くらいなんて変わらないし。僕はあくまで魔法少女のお供をする魔族なの。そういうコンセプトを壊すと僕のアイデンティティに関わるの。だから、こんなハゲ筋肉だるまじゃなくて、可愛いちっちゃい女の子を紹介してほしかったのに」


「魔法少女歴10年だ、断じて30年じゃない。女児に”魔法少女になりませんか?”などと抜かしたら即通報案件だ。このロリコンペンギンめ」


 そう言ってムキになる。でもよく考えれば、姉さんが魔法少女になったのも成人してからじゃないのか。なんて口に出そうと思ったが殴られそうなので止めた。


「まったく、人間というのは不思議な生き物だよ。でも契約してもらったからにはキッチリ仕事をしてもらわないとね。一度契約したからには最低でも3か月は働ないと、魔界の労働に関する法律にひっかるんだ。不当な一方的な契約破棄は認められませんってね」


「ん……。それだったら、10年働いている姉さんは一方的に契約打ち切りできたんじゃないのか?」

「そうなのか? 図ったな! このクソペンギン」


 姉さんは、エックスににじり寄る。


「魔族は人間を騙して生きるのが本懐なの。まぁ良いじゃない円満退社ってことで。次の職場を探す時に有利だよ」

「二度と魔族の下で働くもんか。……いや結構給料良かったけれど。それは別だ!」


 なんだかんだで仲良しなんだなと思いつつ、現状は何一つ不明だ。


「で、俺は何をすれば良いんだ?」

「仕事は女児にもできる簡単なものさ。負の感情を具現化した”ネガティブ”っていう魔族を倒すの」


「簡単にできるのか、それって? それに同じ魔族を倒すなんて良いのか?」


 疑問に思っていると姉さんが、真面目に答える。


「こいつらにとっては、同族とて敵らしい。魔族ってカテゴリーで捉えると不思議かもしれないが、それは人間でいうところの哺乳類や、脊椎動物などの大枠でしかない。熊やライオンなんかは脅威だろ? それに魔法少女には魔法もある。当時プリティなギャルだった私も10年間そいつらを倒してきた。筋肉マンのお前ができぬ話ではない」


「そういうこと。さっすが、長いこと魔法少女やってきただけのことはあるね」

「決して長くはない。まだまだピッチピチでフレッシュなガールなんだ、よしてくれ」


 なんだか、頭痛がしてきた。まさか、行きつけのバーでたまたま居合わせた女性が職業、魔法少女などと名乗る変質者で、酔うと面白い変なお姉さんだと思い、姉さんなどと慕ってきたが、それが全て真実だと知らされた挙句、自分もその奇怪な仲間たちになるなど、思いもしなかった。


「早速だけど、お手並み拝見という感じだね。どうやら、ネガティブが現れたみたいだよ。僕が奴らを嫌っているように、奴らも僕らのことが憎いみたいだから、どうもあちらから近づいてくるんだ」


 そう話すエックスの目の前には、人の形をした黒い靄のような何かが居た。あれがネガティブだというのか。大男で、背丈や体格までどこか自分に似ている。


「まずは魔法少女本来の姿に変身するんだ。イメージすると顕現する。魔法少女の基本だ」


 姉さんに言われた通り、変身を試みる。でも魔法少女なんてどんな姿しているか知らないし、身近な存在の姉さんもどんな姿で戦っていたかなんて知らない。自分はザッピングで見かけた日曜朝にやっている”プリッとキラー”の衣装を思い浮かべる。今は”シャイニング・ハート☆ミ プリキラ”だっけな。


 そうイメージすると辺り一帯は白いベールのようなものに包まれ、それまで着ていたタンクトップと短パンが弾け飛び、全裸になる。細いリボンで一応大事な部分は隠れているが、だいぶ心許ない。


 初回放送版は変身バンクもフルバージョンになるようにゆっくりと胸、腰、手、足と順に衣装が装着される。そして頭部にも装飾が施され、最後に胸部分の今まで大切な所を隠していたリボンがポンッと妙な効果音と共に着く。丈は全然足りず、胸筋や上腕二,三頭頭,大腿筋とが諸に露出している。


 姉さんは嘲笑しながら話す。


「に、似合ってるよーと、とっても。……傍から見るとキツイな、辞めて正解だったわ」

「あ、ちゃんと変身後に口上を言わないとダメだよ。それと攻撃するときには技の名前を叫ばないと、これも魔法少女のルールだからね」

 

「うるせいやい。速攻で倒して変身なんて解除してやる! 筋肉がお前を抱擁はかいする。プロテインの波で浄化しろ! 魔法少女、”プリティスマイル”とは俺のこと!」


 頭に流れてきた文言が口を衝いて出た。俺は大地を蹴り、走り出す。いや、走り出しているというより跳躍している。空を切り、音速を超えた勢いそのままに拳を突き出す。”プリティ パンチ”と叫びながら、ネガティブの腹部目掛けて。


 ネガティブを一撃で屠り去る。パンプアップされた筋肉に更に磨きがかかるような不思議な感覚、これが魔法というのか。


「まさか、あれを一撃で倒しちゃうなんて……才能があるのかな。まぁそんなことは置いておくとして、まずは食事だよね」


 エックスは活動停止したネガティブの亡骸を吸収していった。ちょっと気持ち悪い。吐き気を催していると姉さんが説明する。


「エックスはネガティブを吸収することで生きながらえている。人ならざる力を与えることができるが、自身は全く戦闘能力がないんだ。魔法少女たちが協力しなければ生きられない。歪な生物だ」


「僕が生きていることで力が増幅し、日常生活を脅かすネガティブを倒すことができる。その上で人が生涯使いきれない額のお金を手に入れられるんだ。細かいことは気にしないの。共生関係って素敵じゃない」


 エックスは満足そうな表情を浮かべていた。魔族は人を騙すのが本懐。彼の言葉を利用するなら、彼を全面的に信用する訳にはいかないが、現時点で契約を解消する術はなく、10年選手の姉さんからも不吉な話は聞いていないし、3か月は町を守る”プリティ スマイル”として活躍するかと決心した。


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