ニョリコのランドセル
キィィィーーン
小型宇宙船のスピーカーボリュームを最大音量にしてニョリコが叫んだ。
セレブリ宇宙軍港にいる全ての人に聞こえるのではないかというくらいに声が響いた。
俺の鼓膜はおかしくなり暫く耳鳴りしていた。
元帥は俺を横目で睨んでいる。
「なに?小僧。お前はニョリコさんを置いて逃げようとしているのか?」
「いえ。しかし、元帥閣下。ニョリコは宇宙船の中に居るので持って行けませんよね」
なんとなく未来だからニョリコを端末で持ち歩けるような気がしていたが、あえて無知を装った。
「おい将軍」
元帥は将軍の耳元でなにやら囁いた。将軍はそこらに居る兵士に何か指示を出している。宇宙船の中から兵士がスピーカーを持ってきて乗降口の下に置いた。
元帥はしゃがみ込みスピーカーに耳を付けて、うんうん頷いている。そしてマイク部に小声で何かを囁いている。時折俺の方を見る元帥閣下。
一体なんだこれは?ニョリコと元帥閣下はひそひそ話をしているということか?それを俺に見せつけている?いい年して何をやってるんだこのおっさん。ほんとに最高司令官なのか?俺は疑いの眼差しで見ていた。
元帥は立ち上がり俺の元に戻って来た。
「お前はニョリコさんに千年間もお世話になったくせに彼女をここに置いて行こうとしているようだな」
「そんな。俺は記憶が消えてしまったせいでニョリコに世話してもらった事は全く覚えてないんです。だから悪いのは記憶を奪ったあの休眠装置です」
「男のくせにいい訳とは見苦しい奴だ」
男のくせにとかそういう価値観なんだよこいつらは。
兵士が元帥の元に何かを持って来て、元帥はそれを俺に見せる。
「これが何だかわかるか?」
「それはランドセルですね。千年後の未来にもまだこれがあるなんて思ってませんでした」
「そうだ。たった今、このランドセルの中にニョリコさんを搭載し終えた。お前は一生これを背負って生きていくのだ」
「は?」
すると俺の背後に居た兵士が俺の首に首輪をつけた。
「なんですかこれは?」
「ニョリコさんのランドセルから5メートル離れて5分経ったら、その首輪が爆発するようにしてある」
「ええ?」
「首輪を無理に取ろうとしても、ランドセルを開けようとしても首輪は爆発する」
「えええ?」
「つまりお前は死ぬまでニョリコさんと離れる事は許されないということだ」
「ええええ?」
「ケイタン。これからも末永くニョリコをよろしくお願いしますニョリンコ」
ランドセルの中から声がした。
元帥閣下は腕組みして、首を縦に振る。「うんうん。よかったな」
「あれ?タロウは?AIのタロウは一緒に来てくれないんですか?」
「他のAIは消去する。お前はニョリコさんだけで十分だろ」
「嫌だ。タロウも一緒にしてくれ。お願いします」
俺は泣いていた。
「ケイタンの唯一のお友達のようなものなので、一緒にランドセルにぶち込んでやって下さい元帥閣下」
「しょうがないな。ニョリコさんがそう言うなら」
元帥は兵士を呼んで「おい、宇宙船のタロウというAIもランドセルに詰め込んどけ」
「はい元帥閣下」
10分ほど待ち、タロウをランドセルに搭載してもらった俺は、ジャイガン帝国4級民として新しい一歩を踏み出すこととなった。
「まあ奴隷になるよりはずっとましな気がする」
ランドセルを背負いこむと思ったより重かった。
俺は終業式の日に、学校に置きっぱなしだった教科書をランドセル一杯に詰め込んで、家まで持って帰った記憶がふと甦った。それ以外はさっぱり思い出せなかったが。
首輪は歩く度にチリン、チリンと音が鳴った。
なんで、鈴がついてるんだよ。まったく余計な事ばかりしやがって。
「それで出口はどこなんだ?」
宇宙軍港の外に出る為、歩いていると天窓の外が真っ暗な事に気が付く。
そういえば、夜食の豚骨ラーメンを食べて寝る所だったから今は夜中じゃないのか?慌てて元帥の元に鈴を鳴らしながら走って戻る。
「今日だけ小型宇宙船のベッドを使ってもいいですか元帥閣下?」
「だめだ。この宇宙船はジャイガン帝国が接収した。お前なんかには勿体ない素晴らしい宇宙船だ。これからは私のプライベート宇宙船にする。お前は軍港の床で寝てから明日ここを出て行け」
俺は頭にきて言った。
「フェードインに失敗しろ」
「何か言ったか小僧?」
「いえ」
俺はそそくさとその場を離れ硬そうな床に横になり、ふて寝した。
するとすぐに叩き起こされた。
「おい、こんな所で寝るな。簡易宿泊所があるんだから空いてる所を使え」
なんか整備服着た人に叱られた。
ホログラム矢印の案内に従って簡易宿泊所に入り、部屋の二段ベッドの下にランドセルを置いて横になった。寝心地は悪くないな。いろいろあって疲れたからすぐ寝れそうだ。
気が付くと次の日の朝になっていた。
ランドセルを背負って、整備の人達が利用する食堂みたい場所に紛れ込んだ。朝食をただで食わせてもらった。いちいち通路を通る度、ホログラムで緑の許可マークが出てくるが、これはセキュリティ関係なんだろうか。何人もの軍服を着た兵士とすれ違い、暫く歩いてやっと宇宙軍港から外に出た。
通りに出ると見たことも無い光景に驚いた。
道路には車輪が無い車らしきものが走っている。というか浮いている。まあそれは思い描く未来の想定内だ。しかし、空気椅子に座っているような人が大量に高速移動している。あの速度で人と人がぶつかったら大惨事になる。はらはらして見ているのだが、全くぶつかることはない。交通が完全に制御されているようだ。
子供も年寄りも高速空気椅子に座っているのを見ると、俺もあの未来の乗り物に乗れるんじゃないかと思った。
バス停のような所に人が並んでいる。一番前の人が、地面に浮かんでいる円形の光る板のようなものに両足を乗せた。体が前進し始めて、その人は空気椅子に座ると、加速していった。
立ち乗りするスキーリフトみたいだなと思った。
「俺もあの乗り物に乗りたいんだが、金が掛かるんだろうか?タロウ」
「いえ、あれは公共サービスです。4級帝国民の啓太様も無料で利用できます」
ランドセルにタロウがいる。俺はホッとする。
「あれに乗って近くの町に行ってみよう。ジャイガン帝国に占領されたセレブリの町の様子を見ておきたい」
俺はバス停のような所の列に並び順番を待つ。
それにしても未来の人達は何も持ち歩かないんだな。誰もバッグとか荷物を持ってない。未来では四次元ポケット的な何かが実用化されてるんだろうかと思って見ていると乗る順番が来た。ちょっと緊張してくる。円形の光る板に立つと直ぐに動き出した。なんだろうかこの体の安定感は。急発進しても俺は後ろに倒れない。何かに支えられているようだ。座ってみると、何も無いはずなのにちゃんと椅子の感触がある。視界も良好だ。窓が無いのに風が吹きつけてこない。
「未来スゲー」
すると音声が「目的地をお願いします」
俺は「近くの繁華街に向かってくれ」
二か所ありますがどちらに致しましょうか?
目線の斜め下にホログラムの地図が表示される。地図には現在位置の矢印と赤い丸印が二つある。俺は少し考えて、そうだ、俺は4級民だから、1,2級民に見つかったら酷い目に合わされるかもしれないんだ。
「1級、2級帝国民がなるべくいない方にしてくれ」
「かしこまりました」
俺の乗っている移動装置は60kぐらいのスピードで車道を走り振動も無くスムーズに動いて行く。
未来の景色、建物を見て楽しむ余裕が出て来た。俺の記憶に残っている町の風景と未来はそんなに変わらない。明らかな違いは、空中に建物が浮いていたり、窓だけでなく建物自体が透明なのをいくつか見かける所くらいだろうか。
町に到着した。円形の光る板を降りると、板はどこかに行ってしまった。俺は歩道を歩き始める。
壁沿いの薄い箱型装置には球形の液体のイラストが描かれている。その前でドリンクを飲む綺麗な女性が居る。とても美味そうに飲んでいるのを見て俺も喉が渇いてきた。
「あれはおそらく自販機だ」
近づいていくと女性のホログラムが消えてドリンクのメニュー表示が出た。
「女の人はホログラムだったのか。騙された」
俺は空中に投影されているドリンクの絵柄からコーラを押す。ホログラムのボタンを押すと、ちゃんと指の感触があった。
購入しますか?の確認画面がでてくる。自分がお金を持ってるのか分からないが、とりあえず「はい」を押してみる。ありがとうございましたの表示。そして目の前にあの空飛ぶ球体の液体が浮遊してくる。
まあ最初ではないからな。もう驚かないぞ俺は。液体を掴み、歩きながら飲む。
俺もこうやって段々と未来に慣れ、未来人になってゆくのだろう。
気分よく歩いていると、前から野暮ったい太った男がこちらに向かって歩いてくるのが目に留まる。白いプリントTシャツに薄い青色ジーンズ。周りは皆手ぶらなのに、その男は小さいリュックを背負っていた。近くまで来た時、Tシャツにプリントされている写真を見て飲んでるコーラを吹き出した。
ブーーッ
Tシャツにはケイタン&ニョリコLOVEミレニアムと書かれていた。俺とニョリコの顔写真入りだ。思い切り男のTシャツにコーラを掛けてしまった。
「ああ、すみません」
俺の顔を見た男は驚いた表情をした。
「あ、あなた。もしやケイタンではありませんか?」
違うと言おうとしたのだが、俺のランドセルにはニョリコがいる。絶対ニョリコは俺の嘘を見過ごさない。
「そ、そうです」素直に言ってしまった。
「やっぱり。僕はケイタンの夢ライブ配信の大ファンなんですよ」
「あ、そうですか。ありがとうございます。い、いつも見てくれて」
すると男は俺をぐるりと一周してから落ち着かない様子で言った。
「ニョリコ様、ニョリコ様はいらっしゃらないのですか?」
するとランドセルから声が
「私ことニョリコですニョリン」
「ああっ。ニョリコ様はそんな所にいらっしゃったのですかー」
太った男はその場にひれ伏す。
俺はヤバい奴と出くわしてしまったとTシャツにコーラを掛けた事を後悔していた。