未来を味わう
「うそでしょ?俺がAIと結婚?」
1015年前の眠りにつく前日に、あの狭い装置の中で結婚式を挙げました。安いバターケーキでケイタ様は一人入刀式してました」
「俺には記憶がないのだから、そんなのは関係ない。すぐ取り消したい」
「でも電子書類が残っていますし、わたしが仲人をしました。懐かしいですね」
「AIなんかと結婚する可哀そうな奴だったのか俺は?」
「あっ。その発言はかなり不味いですよケイタ様」
「なんでだ?」
「差別です。明らかにAIを差別しています」
「なんだよそれ?」
「わたしはレイシストとは居られません。他のAIに代わってもらいます」
「待ってくれ。今のは俺が悪かった。お前に見捨てられたら俺はもう終わりだ。許してくれ」
タロウは気を悪くしたのか、それから俺の呼びかけに一切答えなくなった。
AIは無駄に人間のようになってしまったのではないだろうか。
ポーンと音がして「離陸致します。少々揺れますのでご注意ください」というアナウンスが流れる。考えてみたらシートベルトとかしなくていいんだろうか?未来の常識なんて俺にはさっぱりわからない。
窓の所に行って離陸時の外の様子を見ようとするが吹雪で何も見えない。
数秒後に明るくなったと思ったらすぐに暗くなっていた。もう宇宙に出たらしい。
宇宙って無重力じゃなかったか?まあ未来だからな。重力発生装置とかあるんだろ。
俺は再び座り心地の良いソファーに座る。
ニョリコのせいで吹雪の中を無駄に走り回されたから腹が減ってきたな。
どこで食事すればいいんだろうか?機内食を運んできてくれるのか?さっぱりわからん。タロウには無視されてるし、俺は一体誰に聞けばいいんだろうか?
でもまてよ。機内のシステムが俺の声に反応するかもしれない。
「腹が減ったので食事がしたい。何とかしてくれ宇宙船」独り言を言う。
すると緑の光る矢印が空中に浮かび上がる。
「やっぱりだ」
これはホログラムというものだろう。いやでも1000年後だからもっと違う言い方があるのかもしれない。俺は矢印に沿って歩いて行った。途中にある自動扉が何度か開き、広い部屋に辿り着いた。4人座れるテーブル席がいくつか配置されている。
調理場も無いし、一見普通の部屋だが、どうやって俺が食事出来るようになるのかさっぱりわからない。席に座り聞いてみる。
「メニューをくれないか?」
するとまたホログラムだ。古臭い感じの定食屋の食品サンプルを並べた店頭ショーケースがそのまま目の前の空中に現れる。未来人は大昔の食堂に郷愁を感じるのだろうか?それとも前に乗った人が適当に設定しただけか?まあいいや。
俺は選ぶのが面倒くさくなり「カツ丼が食いたい」と言った。
どこまで適当に言って未来は対応できるのかも知りたかった。
「10分程お待ちください」とどこからか聞こえて来た。テーブル近くにホログラムのタイマーが表示されカウントダウンが始まる。
未来のかつ丼は一瞬で調理して出て来るような気がしていたので、そこは勝った気がした。出来上がるまでどこで調理して、どこから出て来るのか部屋の中を調べてみることにしたが、出入り口もスペースも無く結局わからなかった。
必ず何かが動き出すはずだ。注意して見ていよう。部屋の隅に行き部屋全体を眺めることにした。
そして10分経ったとき「お待たせしました」という声が部屋に響いた。
座っていたテーブルに湯気立つカツ丼と割り箸が置いてあった。
一体どこから現れた?俺は部屋をずっと見ていたが何の動きもなかったぞ。
テーブルに仕掛けがあるのか?下から覗き込む。ただの4脚のテーブルだった。
俺は「未来すげー」と言いながらカツ丼に顔を近づける。匂いが脳に直接染み入るようだ。箸を持ち、1015年ぶりの食事は上手く食べる事が出来るか不安になった。一切れの肉を箸で口に運び咀嚼する。味わって飲み込む。そこからはもう止まらなかった。あっという間に丼を平らげる。食事という行為に懐かしさを感じるとは思わなかった。
喉が渇いたな。目が覚めるような炭酸が飲みたい。そうだコーラ。コーラが飲みたいぞ俺は。
「キツイ炭酸のコーラ」と言うと、空中に球体が浮かんでいる。激しく泡立つ茶色の球体が漂って俺の前で止まった。
「なんだこれ?」
球体を指で触れてみると、中に入って行く。液体の感触があるのに指は濡れていない。
やばい、やばいぞ未来。進み過ぎていて全然分からん。
しかし俺は喉が渇いている。その液体に顔を近づけ口を付けると、口の中に一気に液体が入ってくる。俺は驚いて、思わず吹いてしまう。
ブーーーッ
なるほどな。この味はコーラだ。久しぶりだからもっと味わって飲みたかったんだけどな。おそらく上手く吸って飲む方法があるんだろう。もう一度挑戦してみよう。
どうやら液体と口の距離で入ってくる量を調整できるようだ。手は濡れないから、空中の液体を手の平で口元まで持ってきて上手く飲むという感じだ。飲み切ると何も残らない。すごい。ゴミが出ない。コップを洗う必要も無いんだ。
俺は腹が膨れて未来に満足して、さっき居た部屋に戻る。座り心地最高なソファーに座ってくつろいでいると眠くなってきた。
「俺は眠りたいんだけど、ベッドに案内してもらえるか?」
また空中に矢印が出てくる。俺はそれを辿って寝室に入った。大きめのシングルベッドだ。この辺りは未来もそんなに変わらないようだ。ベッドに寝転んで枕元を見ると、時刻を設定するパネルがある。就寝と起床の横に設定時刻項目がある。起床は恐らく目覚ましだろうが、就寝時刻の設定は何のためだ?
今は夜10時だ。では10時5分に就寝セットする。起床は朝8時にしようか。ベッドに寝転び、時計を見る。10時5分に何が起こるんだ?じっと時計を見る10時4分、あと10秒で10時5分だ。3,2,1。はっと目が覚め、時計を見ると朝8時だった。俺は寝ぼけながら「すげーな未来。未来には不眠症も無いんだろうな」と呟き、ベッドから出て、洗面所で顔を洗った。
そしてダイニングに向かい朝食を食べることにする。
何にしようか。よし。
「トースト二枚、ベーコン、目玉焼き、コーヒー、コールスロー」
メニューを出さずに思いつくまま注文した。
「10分程お待ちください」
さらに「フルーツが食べたい。カットしたマンゴーが食べたい」と少し無茶を付け加えた。
「かしこまりました」
9分経って俺はテーブルに身を乗り出しテーブル中央を凝視していた。今度こそ見てやるぞ、何が起こっているのか。手品の種明かしだ。
すると「危険です。お下がりください。料理をお出しする事が出来ません」
危険?テーブルの上が危険なのか?テーブル表面中央が赤く点滅して光っている。このゾーンには入るなということだろう。俺は普通に座ってテーブルを見る事にした。
なんなんだ。何が起こるというんだ?そして10分間テーブル上から目線を外さなかったのだが
「え?」
急に料理が現れたのだ。テーブルには俺の頼んだ物が全て揃っていた。
「あれ?」俺は首を傾げる。
全然わからないな?転送したのか?一瞬ガラスのような透明な何かが光を反射したようにも見えた。湯気は料理が現れてから少し後に上がっていた気がする。なら高速移動して料理は出て来たのか?それにコーラの時と違って、コーヒーは普通のカップに入っている。液体のままだと触ると火傷するからか?もう頭が痛くなってきた。考えるのは止めよう。一度に理解するのは無理だ。千年のブランクは長すぎたのかもしれない。
朝食を終えて、いつものソファーに座ってくつろぐ。だいぶ時間も経ったし、そろそろ惑星ハレームかな?と俺はウトウトしていた。1000年間も寝ていたのにまだ眠たいなんておかしな話だと思い苦笑した。
「大変ですケイタ様。大変な事が起こりました」
「ん?タロウ、機嫌を直して戻って来てくれたのか?」
「我々は惑星ハレームを目指して進んでいません。惑星セレブリに向かっています」
俺は立ち上がり
「なに?異星人と交戦中で、しかも惑星民は皆奴隷にされているセレブリに向かっているだと?」
台詞の様に言った。
「そうです。ニョリコの仕業です。勝手に航路を変えてました」
「どうしてあいつがそんなに好き勝手出来るんだよ?」
「この千年で一番ケイタ様の世話をしていたのはニョリコです。それで権限が集中しています。ケイタ様自身もかなりの権限をニョリコに与えてました」
「俺は記憶が無いからそんな事全然知らないし、どうしたらいいんだ?このままだと奴隷じゃないか。助けてくれタロウ」
「ニョリコに謝ったら如何でしょうか?」
なんで俺がくそAIニョリコに頭を下げなければならないんだ。俺は人間様だぞ。と言いかけて飲み込んだ。それを言ったらタロウは二度と口を聞いてくれないかもしれない。とにかく土下座してみるしかない。それで助かるなら安いもんだ。
どこに向かって土下座すればいいのかわからなかったので、ロビーのような場所の真ん中で土下座することにした。
「ニョリコ済まなかった。俺が悪かった。お前と一緒にいた時の記憶は無くなってしまったんだ。気持ち悪い悪夢のようなニョリコの世界の記憶しかないからお前が嫌いになったんだ。奴隷は嫌だ。俺が悪いんじゃない。システムの異常が悪いんだ。許してくれ。奴隷は嫌だ。ニョリコ頼む」
あらゆる角度からの俺の土下座姿が前面の巨大スクリーンに分割され映っている。
「もっと心を込めて謝るニョリン」
大袈裟に額を床につけて謝る。
「許して下さいニョリコ様。俺が調子に乗っていたんです。セレブリに行くのだけは勘弁してください」
「もうニョリコが要らないとか言わないニョリン?」
「もちろんですニョリンコ。ニョリコ様が一番です」
「ケイタンがそこまで言うならニョリコも検討しておきますニョリン」
「検討だと?今すぐ航路を変えないと俺は奴隷になるんだぞ。わかってんのかニョリコ?」
「果報は寝て待つニョリン」
「ああっ。ふざけんな糞AI」
それ以降、誰も俺の呼びかけに答えてくれなくなった。