『あるテンプレなろう小説の抄本』
『あるテンプレなろう小説の抄本』
とあるうらぶれた50代の男性がいる。
近未来の日本に上辺だけ良く似たディストピア国家の、地方都市の片隅で慎ましく生きている。
名は「ジイサン」としか呼ばれていない。
その日は、いつも通りのしょぼくれたツラでショクアンにやって来た。
「スイマセン、何か仕事はないかのう……」
聞く者も気の滅入るような声で、ジイサンは受付係の女性アンドロイドに問う。
「イラッシャイマセ! ありますよ、魔王討伐で、日給10000クレジット(1クレジット:だいたい1円)」
「それでお願いします……」
2時間後。
『回収BOX』に魔王の首を放り込み、蓋を閉めると、「ゴクロウサマデス!」の声とともに1万クレジット入りのフラッシュメモリが出て来た。
『たまには回転スシ・レストランに行くか……』
仕事先の異世界で、ジイサンの姿形を覚えて生きているものは幸いである。触れた生物を一瞬で血飛沫・肉片・骨片に変えてしまう、刃の竜巻となった剣魔は、魔王に口上を述べる間も与えず首以外を細切れにして、魔王城にいる全ての生き物を皆殺しにして帰ってきたのだ。
ジイサンは硬い敵と口上のウザい敵が大嫌いだからだ。
「ザンパンをもらいに来たなら裏へ回れ、ジジイ」
包丁を突きつけたスシ・レストランのフロアスタッフの首を、ジイサンは笑顔で刎ねた。
「店員の躾がなっとらんのう」
愛刀オウサツ(鏖殺)を拭って鞘に納め、しかめっ面でジイサンは席についた。
スシは専用レーンでリニアトレインを模した移動台に乗ってやってくる。
だが、ジイサンの隣のボックス席の赤子が、何を血迷ったか注文したスシをはたき落とした挙げ句大声で泣き出した。
「ちょっと、うちの子に何すんのよジジイ!」
「ウェイウェイ、サムライが小さな子を泣かすのはどうなんだよ。慰謝料だ、100万クレジット払え」
「ソウダソウダ!」
ジイサンはまだ1カンもスシを口にしていない。若いサイバネティクス与太者夫婦とその息子は、ジイサンが怒る前に無法な物言いで金を払えと来た。フロアスタッフは半笑いで眺めるだけで、夫婦をなだめもしない。一体どういう神経をしているのか。
「死ね」
ジイサンは好々爺然として笑って言った。
3分後、命知らずの一家4人の首は、一番安い皿に乗せられて回転レーンを回っていた。
「ムダな体力を使わせおって……」
周りの客も、空席待ちの客も、フロアスタッフもイタマエも店長も、全て死んだ。腹立ち紛れに通行人も片っ端から斬った。ジイサンは結局スシを食べそこねた。
翌日には『有名回転スシチェーン店舗で食中毒発生 利用客・通行人多数死亡』のニュースが出て、何事もなかったかのように別のスシ・チェーンが店舗にイヌキで入るだろう。
結局ジイサンのその日の晩餐は、スーパーのパック・スシと出来合いのサラダと牛乳、そしてゼラチンの効いたケミカルプリンであった。
ジイサンに家族はいない。妻や息子・娘夫婦はとっくにあの世に送った。
ある仕事の帰りに血に塗れた手で玄関を開けて、
「そのまま入らないで! 汚いわね!」
と娘の誕生パーティの支度をしている妻に言われて、3分後に気がついたときには家族は皆首のない死体になっていた。ジイサンは家庭内廃棄物扱いされるのが嫌いだったのだ。
ロボットポリスには、
「自殺じゃろ? 何があったのか知らんが、一言あっても良かろうに……」
とすっとぼけたのを思い出す。5分かからずに重武装テロリストの一団を制圧する最新鋭ロボットポリスを、ジイサンは一閃にしか見えない数撃で10体スクラップにできる。手元の小倉羊羹を食べるくらい気楽なノリで。ロボットにも恐怖を感じる回路はあった。
今よりもっとド派手な殺しを請けて必死に家庭に金を入れ、娘の結婚式で感涙を流したのは、一体何だったのだろう?
おそらくたちの悪い冗談か気の迷いだったのだろう。
ジイサンの部屋にラジオやテレビはないし、ジイサンは『ハンドグレネードベースボール』『ブラッディスモウコロシアム』などの殺人スポーツ中継全般は大嫌いだ。趣味もないので私物も少ない。
「コロシだけが趣味でしょ、ジイサン」
とヘラヘラ笑って言ったショクアンの男性職員は、直ちに両断された死体になった。実際そんな感じでも、人に言われるのは大いに余計なお世話だ。
「寝るとするかの……」
歯を磨いて早々に眠りに就く。明日はもう少し斬り応えのある相手に会えるといいが、とジイサンは思った。
ジイサンもふと、童心に帰りたくなることがある。
「日給は10000クレジットですけど、期限は何年かかっても構わない、その間の現界費用等は持つ、だそうです! ヨカッタデスネ!」
ショクアンの女性職員アンドロイドは気楽に言うが、何がいいものか、とは思う。
長居するほど仕事外で誰かを斬ってしまうだろう。
長居しようと思っても、結局気が急いて四日位で魔王を斬ってしまうだろう。
『とはいえ、たまには昔見たナロウ・ペーパーバックのヒーローを気取ってもいいのではないかのう』
一瞬往年の名剣客の顔になったが、すぐに暗い表情になった。
『ワシはただのひとごろしに長けた化け物だ』
それに、ジイサンは長幼の序をわきまえない者と気安く舐めた口をきく者が何より嫌いだ。若くて反骨心旺盛な冒険者の間に混じったら、何人斬るかわかったものではない。
「いつも通り、いつも通りじゃ……」
浮かれていては、死ぬ。ジイサンは陰気な顔で転移先の資料を受け取った。
長期滞在が予想される時は、転移先の冒険者ギルドに一言言っておかねばならない。
「あの、おじいさん、ここ物乞いギルドじゃないんですけど……」
ぷちっ。
受付嬢の態度に、ジイサンの堪忍袋の尾が一本切れた。重大案件を請け負ったのに、転移神から天啓が行っていない。
「この国の召喚魔術に応じて馳せ参じた、ワシがドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャじゃ」
五十年のうち、血に塗れた三十五年の人生への自嘲を込めて、ジイサンは暗号名を風車に突貫したボケ老人にした。
「あははははっ! もー、からかわないでくださいよお爺さん! 学者さんには見えませんけど、鍬一つ握ったことないんでしょう?」
ぷちっ。
ジイサンの堪忍袋の尾がもう一本切れた。
「年齢は六十代後半……その歳まで何してたんです? 当ててみましょうか。何もしてなかったんでしょ! あははははっ!」
「死ね」
ジイサンは人生の滋味に溢れた笑みを浮かべた。
あえてジイサンを怒らせ、雑な一撃を引き出すと言う偽受付嬢の一手は悪くなかった。
だが、近距離でパイファー・ツェリスカの一弾を浴びせられたら、いかなる魔族でも再生する間もなく木っ端微塵にされる。
「いかにも何もしておらんさ……何もな。ランスと銃の見分けもつかぬ老いぼれ騎士に、あまり無茶をさせてくれるな」
手の中の巨銃が消え、ジイサンは偽受付嬢の死体に唾を吐きかけた。
バルベルデ王国、城塞都市・王都カンクーン城外の共同墓地。
「そんなことじゃろうと思った……」
墓碑銘に名のない新しい墓をジイサンが掘り起こすと、棺の中に本物の受付嬢が眠っていた。苦悶の表情を浮かべているが、どういう殺し方をされたのだろうか。
服の下に、斬るべき敵に関する資料を仕舞い込んだまま受付嬢は絶命していた。どうも身体の随所の肉を削り取られたらしいが、ジイサンはあえて傷口を細かく検めなかった。
血まみれの資料は受付嬢が身を挺して守るほどのものではなかったが、ジイサンは讃仏偈を唱えて手を合わせてから大事そうに受け取った。
「葬儀代は、これで出してくれんかの」
魔族の心臓部を成す、『魔石』。偽受付嬢からえぐり出したそれは、禍々しくも美麗な光を放っている。
「いえ、勇者様のお財布を煩わすわけには……」
ギルド長のエルフの青年が魔石を出す手を押し留めようとする。
「遠慮せず受け取ったほうが良いぞ。ワシが殺すのは、魔族ばかりとは限らん」
本物の受付嬢が偽者と同じ態度を取っていたら、ジイサンは瞬きする間も与えず両断していただろう。
ただ、死んでしまった今は彼女がどういう人物だったのかはわからない。
数日湯治しつつ異世界の珍味に舌鼓を打つ計画は、全てご破算にした。
三十五年も飄々たる剣客を気取って結局何もかもムダにした心の空隙は、刀を振るって血でしか埋められない。
「ワシは風車を敵と見誤るマネはせぬ、すべて、叩き切ってくれる……!」
馬屋から駿馬を借り、バルベルデ王国と魔族の国の国境へ走る。魔族の刺客は馬蹄に掛けて轢き潰し、ある者は飛びかかってきたところを一閃で血の霧に変えた。
「止まれ! 王国から来たのなら手形を」
「吠えるな小童」
国境の警護に当たるゴブリン兵は、一瞬で血と肉と骨の山になった。
刃の竜巻となったジイサンは、珍しいものを見かけた。『真の勇者』の一行だ。
ジイサンにしてみればド素人に毛が生えたようなガキの介入など迷惑この上ないし、『勇者』と『魔王』が様式美で始める問答も鬱陶しいことこの上ない。
刃の竜巻が勇者一行の側を駆け抜けると、首が4つ天高く飛んだ。
魔王城。
「どうした、『俺はこの世界の意志に成り代わって人を滅ぼす』だの『俺がこの世界すべてを手に入れる』だの、下らん口上の一つでも言って見せんか。まったく、だらしない」
魔王の口から後頭部まで刀で貫きながら、ジイサンは笑った。
「あがっ、あがが……」
「何を言ってるのかわからんぞ、それでも魔族の王か。どうして自分が討たれる覚悟もないくせに、だいそれた事を考えたのだ」
つまらなさそうにジイサンは魔王の首から下を血の霧に変えた。
2時間後。
『回収BOX』に魔王の首を放り込み、蓋を閉めると、「ゴクロウサマデス!」の声とともに1万クレジット入りのフラッシュメモリが出て来た。
『今日は中華料理にでもするかの…』
ジイサンはショクアンの近くの町中華の暖簾をくぐった。
「うちは汚えジジイに出す飯はねえんだ、他当たってくれ」
筋骨隆々とした店主はジイサンを見て不機嫌な顔で言った。最近店を出したのか、ジイサンの評判を知らないらしい。
「ごめんなさいくらい言ったらどうじゃ、礼儀を知らんものはこれだから困る」
高温の揚げ油の中へ店主の顔を押し込み、上からおたまで押さえつけながらジイサンは言った。店主が痙攣を止め、息をしなくなったのを確認すると、その妻も一刀で斬り捨てた。
ジイサンのその日の夕食は、フローズン・チャーハンを炒めたものと、ヨーグルト、野菜ジュースだった。
「も、もう貧乏ったらしいボケた人殺しオジイサンに異世界関連業務を頼むことはアリマセン! この街は変わるんデス!」
若干怯えの色を見せながら、ショクアンの女性アンドロイド職員はジイサンに向かって塩を撒いた。そして、テレスクリーンを指差す。
そこには市長選で『プア・ヴィラン撲滅条例』を公約に掲げる若い男性市長候補の姿があった。抹殺候補の例として、最優先対象のジイサンの写真も掲げてみせた。
「よう吠えた! 若いものはそのくらいの意気込みがなくてはならん」
ジイサンはにっこり笑い、ショクアンの係員を次々と血しぶきやスクラップに変えた。
2時間後。
『回収BOX』にたわけた市長候補一家の首を放り込み、ジイサンは決別の意味を込めて回収BOXを叩き切った。
「どこかに下らん『正義の味方』のいる街はないものかの……」
ジイサンを万引き犯として通報しようとしたペーパーブック・ストアの店主を肉片に変え、ジイサンはガイドブックの入った袋を手に何処へともなく歩き出した。
行方は、月も太陽も知らぬ。