それでも好きだった。
貴方をいつも連れ去る、貴方の大切な幼馴染。いつもデートのたびにあの人がまた来るのかと落胆した。病弱だという彼女は、いつも私達のデートに〝たまたま〟現れては過呼吸になって貴方を連れて屋敷に戻る。残された私のことは誰も考えてくれない。
「お嬢様…」
「いいの、大丈夫。私は平気よ。私達も屋敷に帰りましょう?」
でも、それも今日で最後。私は貴方との婚約を解消する。そしておそらくはその後、貴方は幼馴染のあの子と婚約する。あの子と貴方は誰の目から見ても明らかに好き合っていて、貴方の婚約者である私の方が邪魔者だった。
「…お父様」
「どうした?」
「彼との婚約を解消したいの。理由は彼の幼馴染との〝浮気〟よ。証拠は押さえてあるわ」
「な、なに?証拠を見せてみなさい。…な、私の自慢の娘を裏切ってこんな女と!?」
「ええ。だからお願いね、お父様」
「…わかった。任せなさい」
仕方がないから、こうして身を引くことにした。貴方の為なんかじゃない。これ以上、愛されていないことを突きつけられて惨めな思いはしたくなかった。そんな私の代わりに、お父様が怒り心頭になってくれた。愛されていると実感して安心する。
「あの若造から慰謝料をもぎ取ってやったぞ。あの女に請求したお金も肩代わりして一度で払ってきた。おそらく今は私財はすっからかんだろう。このお金はお前の貯金にしなさい」
「はい、お父様。本当に色々ありがとう」
「いや、私の見る目がなかったせいで迷惑をかけたな。お前はもっと甘えてくれてもいいんだぞ」
「ふふ。はい、お父様」
私は公爵家の一人娘で彼は侯爵家の次男。彼の今までの行動は既に多くの人が知っており、彼の有責での婚約解消となるので彼は家族から散々に責められるだろう。一方で私は、こうしてお父様から大切にされている。これ以上追い詰めるのは可哀想だ。
「あの若造、あの女と婚約するつもりらしいが潰すか?」
「いいえ、いいの。それより、私の新しい婚約者を探さないと」
「お前がそう言うなら、私も大人しくしていよう」
あの子は伯爵家の一人娘だからあちらに婿入りはできる。幸か不幸か、伯爵も養子は貰わず一人娘に婿をとって爵位を譲るつもりらしいのでなんとかなるだろう。貴方はまだ、幸せになれるはず。
「…迷惑をかけたな。さようなら」
「はい。さようなら」
彼は結局別れの挨拶の時すら淡白で、私を愛していないとまた突きつけられた。でも、もういい。今ではもう、貴方を本当に愛していたかどうかすら怪しいくらいだもの。
貴方が伯爵家を追い出されたと聞いた。
貴方はあの後、あの子と婚約をした。伯爵家を継ぐために伯爵家で色々な勉強を熱心に頑張っていたと聞く。けれどその裏で、あの子は貴方を裏切って別の男に手を出した。その男との間に子供が出来たからと、その男を婿に迎えて伯爵家を継がせることになった。貴方は捨てられた。慰謝料もすずめの涙ほどだったらしい。
「…そんなことがあったのね」
「ええ。お嬢様を傷つけておいて幸せになろうとした男ですもの。いい気味です!…お嬢様?どうかされましたか?」
「…大丈夫、なんでもないわ」
もう貴方への愛情なんて冷めたと思っていたのに、その知らせを受けて胸がぎゅっとなる。息が苦しくてつらい。この感情は、もう捨てたはずなのに。
「…私もバカね」
わかってる。一度解消した婚約はもう元に戻らない。私と彼が想い合う奇跡が起きても、私達が結ばれることはない。けれど貴方は後悔を手紙に認めた。それを持ってきたメイドは憤慨していたけれど。だから、私は返事として出す手紙の最後にそっと貴方への愛を告げた。
「貴方とはこれでさようなら。ろくな思い出がないけれど、たしかに愛していました」
これから路頭に迷う貴方のために、手切れ金という名目で貯めていたお小遣いの一部も銀行から振り込む。これからは平民として生きていく貴方だもの。もう元の贅沢な生活はできないけれど、これだけのお金があれば平民としては生きていけるはず。
こうして私達の関係は、本当に終わった。
私は新たな婚約者を迎えた。伯爵家の三男で、誠実な人。私を婚約者として尊重してくれる彼との時間は、私を癒してくれる。我が公爵家を継ぐために努力もしてくれる。私は新たな恋に目覚めた。嘘みたいに穏やかで、優しい恋。
「君との時間はとても早く過ぎるね。ずっとこうしていたいのだけど」
「ええ、私もです」
「ふふ。ああ、今日は天気も良いし一緒にお散歩でも行こうか」
「そうですね、行きましょうか」
「お手をどうぞ、お嬢さん」
「ふふ、もう」
貴方は今、どうしているかしら。私は今、とても幸せだから。貴方にもそうであって欲しい。
彼女を遠くから見つめる。新しい婚約者と幸せそうだ。幼馴染に裏切られて初めて自分のしたことに気がついた愚かな俺より、君に相応しい良い男だ。
「幼馴染は結局、俺を裏切ったのに幸せそうに新たな婚約者と笑っている。世の中は理不尽だ。でも、同じ理不尽を君に与えてしまった罰なんだろうな」
俺は君のくれたお金で商売を始め、今ではなんとか平民として真っ当に暮らしている。君にお礼を言いたくても、もうそれも許されないんだろう。
「本当にありがとう。振り回してすまなかった」
…どうか、君が誰よりも幸せでありますように。それだけを願い、その場を後にした。