34ページ目:剣と選定
「ただいま!」
「おぉ、ノル。ようやく帰った──な、ななな、なんだその着姿は!?」
「あぁ、これ?...ぐすっ、実は...ティオに襲われちゃって...」
「貴様ぁぁあああ!!?!」
「なんで?!襲ってない!襲ってない!!まずは話を聞い──待っ、ちょっ、呼吸器系はまずっ...」
「おかえりなさい、ノルちゃん。随分と遅かったけどご飯はどうす──きゃあ?!どうしたのその格好!?」
大きく声を上げ、我が家の入口の戸を開く。
どうやら中ではお母さんとキールが談笑していたようで、飲みかけのグラスが2つテーブルに並べられている。軽く汗をかいたそのグラスの内容物から鑑みるに相当な時間待たせてしまっていたことが伺えた。
「ごめんなさい、色々あって遅くなっちゃった。」
「そんなの大丈夫よ!それよりもそのお洋服は!?何かあったの?!」
「あぁ、えっと、うーん...」
がしと肩を掴まれ、心配そうに目尻を下げた顔が私の目を覗き込む。
何かあった、と言えばそれはもう山ほどあったわけだけど...どこまで話していいか分からない私は、助けを求めるようにティオに視線を流した。
キールに掴み掛かられ押し倒されていたティオはいつの間にやらその体勢を逆転させ、うつ伏せになったキールの背中にドカと座り込んでいる。
キールが肩で息をしている様子を見るに、この数秒で相当な激闘が繰り広げられていたようだ。
「ティ、ティオ...」
「ん?...あぁ、全部喋っちゃっていいよ。その代わり、ニアさんには僕が聞きたいことにも答えてもらうけど。」
「ティオの聞きたいこと?」
「そんなこと...ティオさまに聞かれれば全て答えますが...?」
「また『様』って言ってる。...いや、そういうのはあんまりしたくないです。権力を笠に着るみたいな...」
右手で口元を覆って苦々しく顔をしかめるティオ。
何か悪い思い出でもあるのだろうか。
「...かしこまりました。」
そんなティオに、お母さんは深く頭を下げてそう答えた。とは言っても、その顔はきっと子供のように膨れていることだろう。
そういう声色をしていた。
ティオは気づいてないだろうけど。
お母さんの崇拝ぶりは相変わらずだ。
「それについては後で答えるから今は──ほれ、キール。起きて!剣見せて!」
ティオは自分の下にいるキールの、癖のある赤毛を二度三度手のひらではたいた。
それに対しキールはもぞと数度身動いで、転がるようにしてティオの尻下から抜け出し、立ち上がった。
「あ痛っ」
ティオは当然重力に従い尻もちをつく。
尾骶骨を打ったらしい。涙を浮かべて打った箇所を摩っている。
「はぁ...やっと抜け出せた...。それにしても、ティオに確認をとったということは旧世界絡みの面倒事か?」
「旧世界絡みって言うか...」
それもあるが私のことでもある。ここで話すのは少し難しいし、なんなら私ですら上手く把握出来てるわけじゃない。
多分、一番現状を理解しているのはティオだと思う。
そのティオが後で話すと言ったのであれば、恐らく今話すべきことではないのだろう。
ちらと視線を向けるとパタパタと着ているコートをはたいていているティオが視界に入った。
「.....ふむ、『話せない』という事だな?そして、恐らくあれを必要としている"何か"とも関係があるんだろう?」
「うん、ごめん...」
「いや、いいさ。かの《英雄》サマが一緒ならば滅多なこともないだろう。なぁ?ティオ?」
「すっごい嫌味...巻き込んだのは悪かったと思ってるよ。でもノルの方だって巻き込まれに来てるんだからね?僕だけを責めるのは違うと思わない?」
「そんなことは知らん。わざわざ旧世界の因縁を持ち込んだのだから責任は取るべきだろう?」
「うぐぅ...!」
思うところがあったらしいティオは胸を押えて表情を歪めた。だらんと腕を垂らして項垂れるティオを横目に、キールは部屋の隅へと体の向きを変え、そのまま歩き出した。
今まで気が付かなかったが、そこには白い布に覆われた何かが4つ、立てかけられて鎮座している。
キールは向かって右側にある方2つを小さな掛け声とともに手に取ると、重たい足取りとともに戻ってきた。
「さて、これが依頼の品だ。親父が作ったものだから質に間違いは無いだろう。」
手に取ってくれ。と。
促されるがままに私の上体程の長さのそれを1つ受け取る。
重厚。でもそれほど重すぎないそれは、私でもそう苦労することなく振るうことが出来そうだ。
包みを開く。
中身が顕になって、銀色の刀身が光を反射し煌めく。
ゴクリと。
息を呑む音が聞こえた。
それが私のものだったのか、それとも後ろから肩越しに見ているお母さんのものだったのか、一歩外れたところから遠巻きにこちらを見ているティオのものだったのかは分からない。
しかしそれが気にならないほど、それは美しいものだった。
柄を握り、室内を照らす光にかざす。
非常に握り込み易い柄は、私の平手のサイズを測ったのではないかと思えるほどによく手に馴染む。その柄頭には小さな赤黒い宝石があしらわれている。機能性を重視しているからなのか、比較的飾り気のないこの剣において、それは一際目を引くものだった。おじさんのサービスだろうか。
刀身はやや反り返っていて、剣というよりも《黄の世界》では一般的だと言われている刀に近いような気がする。1つの傷もないそれは、まるで透き通っているようにすら思えた。
そこまで見て、はたと気がつく。
鍔がない。
刀身から柄までのなだらかな線を遮るものが何一つ存在していない。
そういえばおじさんの元で振った剣。
あの中で一番手に馴染んだのは鍔が無いものだった。
なるほど。
とても、良い。
「...お気に召したようだな。何よりだ。」
「うん...ありがとう、キール。」
「親父に言ってくれ。それと──これが鞘だ。」
そう言ってキールは手に持っていたもう1つの包みを差し出す。はらとこぼれた包みから現れたのは、特徴的な弧を描いた鞘だった。
手渡されて、剣をそれに収める。
なんてことないその行動は私をえもいわれぬ充足感で満たしてくれた。
刃物を持って充足感、なんてまるで危険人物みたいだ。
あるいは──まるで、でもないのかもしれないけれど。
「僕のは僕のは?」
「あそこにある方だ。重すぎてここまで運んでくるのにも苦労したんだぞ。...まぁ、お前なら問題なく扱えるんだろう?」
「もちろん。これで世界だって救って──創ってみせるよ。」
にやりと笑って得意げに言ってのけたティオは、立てかけてある剣に手を伸ばす。
──そういえばおじさんはティオが元々使っていた剣を見たことがあるみたいなことを言っていたような気がするけれど、あれはどういうことだったんだろう。
この世界のどこかにあるんだろうか。
ティオとともに世界を創ったその剣が。
ティオが覆う布に手を掛けようとしたその瞬間、剣を覆う布が、はらりと自然に払われた
室内だ。扉は締め切っていてそよ風1つ吹いていないのに。
誰が何をするでもなく、その全貌が明らかになる。
私の剣よりも一回り程大きく、ティオが背負えば地を擦ってしまうのでは無いかと思ってしまうほどに大きなそれは、見た目でもわかるほどの重厚感を放っていた。
しかしその刃は薄く、そして鋭利だ
そのサイズからしてアンバランスにも思えるほどに薄い刀身は、自ら光り輝いているかのように見えるほど鋭く光をはね返している。
ティオの伸ばした手はそんな剣の柄に近づき。
そしてかけられたその一瞬、
剣が淡く光をまとった。
──ような気がした。
はっきりと確信を持ってそう言える訳では無いけど、私の目にはそう見えて、しかしお母さんもキールもそんな異常に反応を示すことなくほぅと息を吐いてただその光景にを眺めているだけだった。
握ったその剣を構え、確認するかのように振るう。
数度振りおろして、そして笑みを浮かべて頷く。
「いいね、最高だ。ありがとうキール。」
「だから親父に言ってくれ。オレは大したことはしていない。」
「それでも、ありがとう。」
「...はいはい。」
呆れたように、けれどどこか嬉しそうに笑って払うように手を振るキール。
そんなキールにティオもくすりと笑いかけて、今度は隣に立てかけてあった鞘を手に取り、持っていた剣を収めると手馴れたように鞘に取り付けられていたベルトを回し脇に下げた。
「うわぁ...」
「ん?どしたの?ノル。」
「なんかすごい様になってる。」
「そりゃあそうでしょ。」
小馬鹿にするようにティオは笑う。
もちろんわかってる。当たり前だ。様になってしかるべきなんだ。扱い慣れてるんだから。
「良くお似合いですよ。」
「そんなファッションみたいな...って敬語、気をつけてくださいよ。」
「親父にも言ったんだがほんとに腰に下げる形でいいのか?お前の身長だと地面を擦ってしまいそうだが...」
「こっちのが慣れてるから。──あと身長のことは言うな。二度と。」
「お、おぉ...すまない...」
ただなんとなく、知らないところを見せつけられたような感じだ。はっきりいって良い気分じゃない。
それをお母さんとキールに見られているのも。
やっぱり少し、いやかなり。
私はおかしいのかもしれない。
「さて、オレはそろそろ帰るとするか。お義母様、ご馳走様でした。」
配達のひと仕事を終えて安心したのか、ふぅと憑き物が落ちたように息をついて体を解すように肩を回すと、お母さんに向かって深々と頭を下げてキールはそう言った。
(お義母様って言ってたけど...キールってニアさんの前でもあれなの?)
(うん...ほんっと迷惑。お母さんもわかってるのかどうなのか──)
「はーい。お粗末さまでした。」
(ああやって笑って流すだけだし。)
(あはは...)
コソコソと言葉を耳打つティオに同様に耳打ち返し、ティオは苦笑いを、私は呆れと諦念を含めた表情で食器を片付けるお母さんを眺めた。
「って言うか帰るって...話、聞かなくていいの?前、『話は聞かせてもらう。』って言ってたでしょ?」
「時間もないだろう?それに大体理解した。」
「...えっ、ほんとに...?」
「旧世界のしがらみが故に戦う必要があるのだろう?そしてそのための武具が必要だったと。確かにノルのあの身のこなしなら戦力にもなるだろうな。理解はできる。納得はせんが。」
「.....察しが良すぎて少し怖いよ、」
「ただの推察だ。その様子を見る限り当たっていたようだがな。」
相も変わらず聡明さを披露してせしめたキールに、ティオは薄くその顔をひきつらせて一歩遠のく。
そんな時、カラカラとお母さんが食器を洗う音が耳に届いて、ふいと外を眺めると淡く夕暮れの色に空色が染められかけていた。
もうすぐ酒場を開かなければいけない時間帯だ。
「ティオ、そろそろ時間やばいかも。」
「嘘?!」
「邪魔をしてしまったな、すまなかった。」
「ううん。剣、ありがと。ほらティオ、早く服と性別変えて。」
「はいはい。」
上げた右手をヒラヒラとなびかせて、キールは去っていった。
さて、ここからが問題だ。
「まずはここ、それから宿所から酒場までの廊下を掃除して解放。初めてのお客さん達に案内して──」
「掃除は僕、よっと。私がやるよ。」
小さな掛け声とともにきらりとその姿を瞬かせて、ティオはその姿を支給したワンピースとエプロンを纏ったものへと変貌させる。
「やるって言ったって...一人で間に合うわけないでしょ。」
「ふっふーん。」
どうやらお母さんがやってくれていたようで、酒場自体は綺麗に片付いている。しかし宿所とその廊下はそれだけで膨大な床面積を有しているのだ。
一人で片付くはずもない。
そんな意を含めた私の言は、調子づいたティオの鼻息に吹き飛ばされてしまった。
「私が本気出せば余裕だから。魔術の真髄を見せたげるよ。」
「...よくわかんないけど、それなら任せた。」
「任された。」
時間的には切羽詰まった現状なのに、ティオは笑って中空に手を突き出す。
「ちゃんと見といてね。」
そんな言葉に呼ばれたように風が吹き、周囲が瞬いた。
...ただの掃除なのにその光景は嫌に神々しかった。
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