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32ページ目:暴走?と再開

「意識はあるか?」

「.....」

「言葉は通じるか?」

「.....」

「んん〜...ダメだこりゃ。」


 深黒の目を自分へ向け、不規則に肩を揺らすだけのノルに男はおどけるような口調で問診を繰り返すと、大袈裟に肩を竦めて首を振った。

 反応、と言うべきものなのかさえ今では疑問符がつく。ただゆらりと立ち上がっただけのそれでは、自分でも付け込むことが出来ない。時間をかければさらなる反応を引き出すことも期待できるだろうが...


「そんな余裕は〜...?」

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎っ!」

「ねぇよなっ...!」


 言葉とすら不明瞭な咆哮を吐き出しながら、ノルは男に飛びかかる。真黒に染まった眼光に、膨大な殺意を乗せて。


「──⬛︎"⬛︎⬛︎"!!」

「ぅえ"っ!」


 直線的な動きですらあまりに早い。男はそれを捉えきることが出来なかった。

 腹部に掌底がめり込み、胃液を散らしながら後方に吹き飛ぶ。しかしその目は明らかな歓喜の色で染められていた。


「ははっ!これマジやべぇ!」

「⬛︎⬛︎...⬛︎⬛︎"⬛︎!」

「あがっ...ぱぁっ?」


 吹き飛ぶ男は受身を取りながらに嗤う。せめてもの抵抗としていくつかの魔力弾を放ってみるが結果としては全て空振り。

 それらの回避とともにノルは距離を詰め、その脚を乱雑に振り回した。ただそれだけで、武闘とも呼べない程度の動きで、その脚にに触れた男の下顎は火薬でも仕込まれていたかのように弾け飛ぶ。


「〜!...ぶはぁっ!」

「⬛︎⬛︎〜っ!」

「危な!」


 男は即時に下顎の修復を終わらせ、相次ぐ猛撃をすんでのところで回避する。いくら戦闘勘に優れていても、ノルのその動きはまだ拙く、荒い。

 大きく振った腕を押し出すように流し、その体勢が崩れたところに足払いをかけて大きく転ばせる。

 ノルが防御のために腕を交差させ顔を覆ったところで、その隙をついて大きく後ろへ飛びさがり、先程よりもさらに大きな魔力弾を空へと打ち上げた。

 体勢を立て直したノルは予想外の行動に呆然と魔力弾を目で追いかける。


「⬛︎⬛︎...?」

「はっ、意味わかんねぇって面だな。」


 男の不可解な行動に、ノルは首を傾げる。

 どうやらある程度の知能知性は残存しているようだ。


「今までは隠してたからなぁ。今のあいつじゃ見つけらんねぇのは致し方ない。」


 それも計算の上だったんだが、と男は自嘲気味に笑う。計算を違えてしまったようだと。自分の鈍りに鈍った頭脳を笑い飛ばした。


「でもこうすりゃ間違いなく見つける。」

「⬛︎⬛︎?⬛︎"⬛︎⬛︎⬛︎"っ!」

「...もしかしてそれってお前にとっては()()()()()()()なのか?...まぁいい。要するに、」


 男はこれみよがしに両手を広げ、少し紅潮した頬で、はにかむように笑った。


「あいつの事を信頼してるのはお前だけじゃねぇって話しさ。」


 その言葉尻を言い終わるか否か。

 朱い閃光が、2人の交わされる視線を両断した。


 ***


 その光景には、すごく見覚えがあった。

 安心に、膝から崩れてしまいそうなほど鮮明な暖かい光。


「...ティ、オ?」


 彼の人の名前を呼ぶ。

 でもティオは私の方を向いてはいなくて、代わりに胡散臭い笑顔でニタニタと笑い続ける男を見据えていた。

 その表情は隠れて見えないけれど、雰囲気でなんとなくわかる。


 きっと、怒ってる。


「お、さっすが〜。仕事が早くて助かるよ。」

「...はぁ。お前を助けるのは癪だけどノルのためだ。とっとと消えろ。」

「おーいおい。そんな言い方はねえんじゃねえの?どうせ俺を探してたんだろ?」

「なわけあるか。」

「ははっ、大嘘つきめ。」

「...」


 幾言か言葉を交わすと、ティオは振り向いて私に歩み寄る。ほんの少しだけ顔を顰めて再びため息をつくと、私の両頬にその両手を添えた。

 そしてその親指ですり、と私の瞼の上を優しく撫ぜる。

 その表情は不思議と凪いでいて、心象は図れない。


「テ、ティオ...?」

「...良かった、無事で。」

「あ、うん。無事、なのかは分からないけど...」


 なんて言ったって腕が爆発四散したくらいだし。足だって──


「──そうだ、腕!脚!」


 慌てて、両腕を目の前へ持ち上げる。

 ...治ってる。

 痛みもすっかりないし、些少の問題もなく動く。まるで、怪我なんてしなかったみたいに。


「...これ、私が治したの?」

「うん。少なくとも僕じゃない。──覚えてる?」

「.....」


 覚えてない。いや、覚えてる...?

 あいつと戦ってて、でも怖くて、完膚なきまでに打ちのめされて、腕も無くなって、脚も動かなくなって、それで──


「殺された。」


 そうだ。死んだ。

 確信をもってそう言える。胸に穴を空けられて、心臓を周囲丸ごと消し飛ばされた。

 なのに、


「なんで?」


 死んだ。でも、生きてる。

 あぁ、段々思い出してきた。死んだ後、それでも何故か意識は無くならなかった。身体も動かなくて、頭も回らなくて、呼吸も出来なくて。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 それで、あいつを、


 殺してやるって、思った。


「──うん、うん。覚えてる。しっかり。」

「そっか、話は後で聞かせて。」

「うん。今は──」


 ティオの肩越しに敵の姿を見据える。


「あいつ、でしょ。」

「うん。」


 ティオはくるりと振り返って、私を庇うように背中で隠す。そして男に向かっていつの間にか持っていた剣の切っ先を向けた。


「...終わった?」

「あぁ、こっちは十分だ。」

「そうかい。」


 男はそれに構うことなく、ククと喉を鳴らして笑う。

 一歩、また一歩と歩みを進め、私たちとの距離を詰めていった。


「久しぶりだなぁ。──なぁんて世間話は俺たちの間にゃあ不要だろ?質問交換会といこう。」

「...」

「昔よくやったろ?交互に質問してくってだけのあれだ。」

「...」

「嘘は禁止だぜ?お前はともかく俺は見抜けねぇんだから。」

「...」


 随分と気分が良さそうな男は、剣がギリギリ届かない距離まで近づき、そして立ち止まった。

 男の言葉にティオは返答することなく、ただ剣を握る握力だけを強めていく。まるで声を聞くことすら不快だと言わんばかりに。


「まずは俺からだ。お前、今だいたい何パー?」


 それでも男は気にかけることなく不敵に笑って言葉を紡ぐ。ティオの怒りを察していないわけではないだろうけど、そんなことは何処吹く風、って感じだ。


「...一分にも満たない。」

「ん〜...まぁそんなもんか。」

「次は僕。お前はどの程度なんだ?」

「残念ながら100だ。弱ぇと復活も早いみてぇだな。そこだけはラッキーだった。お前らみたいに宝玉に力を収めてるわけでもねぇし。」


 どこか既視感のあるやり取り。

 それがティオとサリアさんとの交流のものだと気づくのにそう時間はかからなかった。

 昔よくやった。と言っていた。

 思えばあの時、この形式をとったのはティオだったように思う。

 あの時もかつての記憶に基づいた形を用いたと、要はそういうことなのだろう。


「俺の番だ。お前、その嬢ちゃんが()()()()()()なのか知ってるのか?」


 名指され指さされ、まるで珍しい生き物を観察するような視線に舐られ、思わず身震いする。

 どういうもの、だなんてそんな言い方。

 それじゃあまるで──


「...知らない。でも、薄ぼんやりと気がついてはいた。()()()()って。」

「あっそ、俺に渡してくれりゃすーぐ解明してやんのに。」

「冗談は存在だけにしろ。」

「ひどっ。」


 よよよ、と口元に笑みを湛えたままに泣き真似る男を心底気色悪いとでも思っているのだろう表情で見下すティオ。

 そんな目に晒されてもなお、男は薄気味悪い笑みを絶やさない。


「次、僕。これが最後の質問だ。」

「へぇ、随分早い。が、まぁいいさ。それで?」


 ふ、とティオは浅く息を吐き出す。

 覚悟を決めるように。


「白髪で黒い目の奴らに、心当たりはあるか?」


 ティオの質問に、対する男はぱちくりと目を瞬かせる。今まで薄めることすらなかったその笑みも、その一瞬だけはなりを潜め、訝しむように眉を顰めた。


「なんだそれ?随分とお前らしくねぇ無駄な質問だなぁ。」


 嘲笑を零し、これみよがしに男は深くため息をつく。


「知ってりゃ俺はそこの嬢ちゃんのことをお前に聞くこともなかった──いや、まて。そうか、なるほど。」


 続けざまに言葉を連ねる男は、何かを言おうとしたところで唐突に手を打ち、考え込むように顎に手を添えると繰り返し頷いた。


「俺は知らねぇ。つまり()()は俺以外の奴の仕業だ。」

「.....そうか。」

「第一、だ。俺がお前の復活を妨げるわけねぇだろ?」


 お前には強くいてもらわないと困る。

 男はそう言って、不敵に笑った。

 少し言い方が気にかかる。強くなってもらわないと、ではなくて強く()()()()()()()()

 それは、どういうことなんだろうか。


「だからわざわざきっかけを送り込んでやるんだぜ?つうのも()()を作るのにお前の宝玉の欠片を使っちまってよ。回収するためにはあれを破壊して貰わにゃならん。戦って食って、そんでさらに強くなってくれ。」


 滔々と語られた男の言葉。それで初めて、私はこの男が街に襲い来る脅威の裏で手を引いているものなのだと気がついた。

 ティオが言っていた自分でもやばい相手、男の言に乗っ取るのなら、それを作ったのが彼なのだろう。作った、ということはそれは人ではないのだろうか。


「んじゃ俺の最後の質問だ。」


 男はぱん、と区切るように乾いた音をその手で響かせる。それに合わせたように、男の隣に1人の女性が現れた。

 白髪まじりのその髪は肩の辺りで緩くまとめられている。私やティオよりも頭一つ高いその体躯と切れ長のティオと同じ黒い目によって、美人だと言うような印象を受けるその彼女は、ティオを見るやいなや深々と頭を下げた。


「先程ぶりですね。《朱の英雄》様。」

「んぉ?エット!てめぇどこいってやがった!こちとら大変だったんだぞ?!」

「申し訳ございません。《朱の英雄》様の温もりと残り香を堪能していたところ時間がかかってしまいました。」

「...変態か?」

「お時間をいただけたこと、誠に感謝します。」


 エットと呼ばれた女性はにこ、とティオに笑いかける。ティオは数瞬考え込んで、なにかに気がついたのか目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。


「あんた、さっきの?」

「はい。そういえば自己紹介がまだでしたね。エットと申します。以降、お見知りおきを。」


 そう言ってエットは再び、今度は小さく会釈をするように頭を下げた。それに対してティオは、その表情をますます引き攣らせ、驚愕の色を強めていく。


「男、じゃなかったの?」

「は?」


 思わず声を上げてしまったのは私だった。どうやらティオはエットと名乗る彼女を知っていて、それも男だったらしい。

 男で、女。

 それって、


「言ったじゃないですか。あなたと同じ身体だと。」

「同じ身体...?」


 それに元はこっちですよ。と両手を広げるエット。

 それよりも私には気になることがあった。

 言いぶりからして、きっと普通の身体じゃないんだろう。性別を変えられるのもきっとそれに起因しているのだろう。

 そして、

 それはティオも同じで。


「...?誰ですかその少女は。いつからそこに?...まあいいでしょう。()()()()()様、」


 私の事なんか、文字通り眼中に無かったらしい彼女は小さく首を傾げ、長話に飽きて立ったままウトウトと船を漕いでいた隣の男の肩を叩いた。

 シュトロウ。

 それがあの男の名前らしい。


「...んぁ?」

「そろそろ()()()()です。」

「まじか、かなり余裕もって来てたんだけどなぁ。」


 他人事のようにくぁとあくびをしながら男はつぶやく。ティオはその言葉に首を傾げた。


「活動限界?さっき完全復活だって言ってなかったか?」

「この世界とは相性が悪いんだよ。お前らが創ったからかもしれねぇが...まあいい最後に一つ、聞かせろ。」


 さっき、エットに遮られた最後の質問を、仕切り直すシュトロウ。ニタニタと浮かべていた気味の悪い笑みは完全にその色を無くし、代わりに鋭い眼光がその目には宿っている。

 シュトロウはその視線をティオに、そして流れるように私に向けると、ゆらりと腕を持ち上げ私を指さした。


「なんでそいつを(あるじ)に選んだ?」


 ぴくりと。

 反応を示したのはエットだった。

 穏やかで、あくまでもシュトロウの後ろに立っていた彼女が、明らかな敵意と殺意をもって私を睨みつける。


「...なんですって?あなたが?」

「おーいおい。落ち着けよ〜、ここで暴れたら記憶消去すんぞ。」

「...申し訳ございません。」


 シュトロウが制止し、なんとかその殺意は息を潜める。しかしその視線と敵意は明確に私に向けられていた。

 どうやら嫌われてしまったようだ。初対面なのに。


「...ティオ、主とかどうとかってそんなに大事なことなの?」


 そもそもティオに教えられていない以上、私は何も知らない。シュトロウとの会話の端々から得られた情報から、ある程度推測はできたけど確信には至らない。

 それでもあの時、私はティオの主と呼ばれるものになってしまったらしい。それが一体何を指すのか、それはまだ分からないけれど。


「...うん。後で話す。」

「わかった。」


 隠されてたこととか別に私は怒っていないのだけれど、ティオは俯き、前髪で顔を隠してしまう。

 しかしすぐさま顔を上げて髪を払い、再び目の前の2人を見据えた。


「ノルと契約したのは、僕に必要だと思ったからだ。お前の計画の邪魔にはならないだろ?」

「ふぅん...まぁいいか、大体理解した。」


 シュトロウは値踏みをするように私を眺めると、けらりと笑って身を翻した。

 エットもそれに次いで歩いていく。するとその先に大きな扉が現れた。扉はひとりでに開いていき、その中身を露わにする。

 白を基調とした部屋。いくつかの試験管とおおよそ身体に益を与えることは無いであろう色をした薬品のような何か、そして何よりいくつか飛び散った()()が目を引く。


「それじゃあまたな。ひとまずは、あ〜っと...」

「3日後です。」

「そう、3日後。生き残ってくれよ。愛しい愛しい、」


 我が息子よ。

 シュトロウは手を振り、エットは会釈を寄越して現れた部屋に踏み入る。そして扉は閉じ、この場にはティオと私だけが残された。

ブックマーク等々、よろしくお願いします

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