30ページ目:目的、実験
「死ね、だなんて穏やかじゃないね。」
「あのお方の性格上致し方ありません。」
「あはは、確かにそうだ。」
立ち上がって、ティオは跪く彼の前に立つ。見下ろすようにするその立ち姿は一部の隙もなく、妙な動きをすればすぐさまに目の前で晒されている首を切り落とすだろう。
当然男もそれは分かっている。
だからこそ、男は跪いた。話を聞いてもらうために、自らの命をティオに委ねた。
「でもおかしな話だ。あいつの目的を果たすためには、僕が死ななきゃならないなはずだ。」
「その通り。しかしそれは今までは、の話です。」
怪訝そうに片眉を釣り上げるティオ。
男はそんなティオの様子を知ってか知らずかふ、と吐き出すように笑って続ける。
「私という成功体が一人。」
「.....!」
「...ここまで言えば、あなたなら理解できるでしょう?」
疑問形、しかし確信に近いようなその言葉は確かに的中していたらしい。ティオは驚きを隠せない様子で目を見開いた。
「それでも、やはり完成したのはあなただけ。しかしあのお方は、あなたの能力さえあれば完成形を量産することさえ可能だと考えております。」
「...そうすれば僕にこだわる必要は無いと。」
「正しく。」
「ふむぅ....」
ティオは顎に手を添え、考える素振りを見せる。しかしそんな様子も束の間、ヘラりと笑って戯けるように手を振る。
「まぁ、普通に考えてなるわけないんだけどさ。」
「そういうだろうと思っておりました。」
両者は共に、口元に薄く笑みを称える。
酷く、歪な。
「それだけ?だったら帰っていい?僕も暇じゃないんだけど。」
「いえ、あともう一つだけ。」
「.....何?」
意味ありげに指を一つ立てる男に、ティオは警戒の色を表す。そんなティオに、彼はふふと軽く笑って言葉を投げた。
「今、あの方がこの街に来て──おやおや、」
言葉を言い切ることは無かった。既にティオは男の前にはおらず、落ちた木の葉が舞い上がるのみ。
再び彼は笑みを零した。
「さて、どうなるでしょうか。」
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「ふっ、」
右手に持った小さな刃物を飛びかかってきた角兎にふりおろす。それは容易くその毛皮を引き裂き、角兎は小さなコアを残して塵となり消え去った。
「おぉ〜、嬢ちゃん強ぇんだな。んなにひょろっちいのに。」
「まぁ...というかまだ目的地につかないんですか?」
「んん〜...あとちょっとだな。多分。」
「はぁ...」
私は、街で出会った白髪の彼と共に北の森に来ていた。北の門まで案内して、したかと思えば目的地まで着いてきてくれって土下座されて、それを嫌々ながら了承して、そして今に至る。
ここまでの様子を見るに、嫌な予感は気のせいだったという他ないだろう。彼は特に何をする訳でもなく、私の一挙手一投足に感嘆の声を上げて手を叩くだけだ。
「いやぁ、にしてもほんとすげぇよ。」
コアを拾い上げて、歩みを進める。
しばらく無言の時間が続いた後に、彼は思い出したようにそんなことを言った。
「...何がですか?」
「戦えるのが。あいつらさぁ普通のよりも速ぇし硬ぇし痛ぇだろ?それをあんな簡単に。」
「簡単じゃないですよ。小石とか使って相手を動かさないと私もナイフは当てられません。」
真っ向から戦って、さっきみたいに殺せるかって言われたらそれはノーだ。ただ角兎は臆病だから近くに石でも投げてやって飛び上がったところを討ち取ってるに過ぎない。
「それだよそれ。」
「...?」
一連の説明を聞いて、彼は両指を私に指し向ける。
何が『それ』なのか、私には判別がつかない。
「『あかたま』って見た目は完全に普通の旅館だ。なのにその旅館の娘であるその技術をお前はどうやって身につけたんだ?」
「どうって、何度も戦い直して...」
「それだけじゃない。なぜ高速で移動するあれにナイフを容易く当てられる?」
「それは、ただ跳んでるとこに振るだけじゃないですか。」
魔力で強化した身体能力と動体視力で相手の動きを捉えているだけだ。ズルみたいなもの、さしたることじゃない。
「師は居るか?戦いの。」
「師...?」
戦い方...もちろんティオが一番近いのだろうけど、師という感じじゃない。
ティオは戦う機会をくれるだけで、魔力の扱い方以外で何かを教えてくれたことは無い。
だから、ままにさらけ出す。
「戦い方の師は居ないです。私は身体能力が高いんですよ。それだけです。それよりも早く──」
「それは、違ぇんだよなぁ。」
先へ行こうと、そう促そうと思った。
その瞬間、彼の声色がかわった。
雰囲気が変わった。
表情が変わった。
地を這い唸るような声に、その手に剣を持ちかまえているように、新しい玩具を手に入れた子供のように。
変わった。
「身体能力と戦闘力は必ずしも比例しない。そんなの当たり前だろ?使う頭が違う。使う筋肉が違う。使う精神が違う。」
「ひっ.....」
怖かった。怖くて、ひきつる声が口から漏れ出る。
それでもそれに構わず彼は続ける。
「さらに言えば普通のガキに人智を超えた身体能力を授けて普通に扱えるわけがねぇんだよ。」
「...は、」
「自分の体格と筋肉量から外れ超えた身体能力を、なぜまともに扱える?まともに戦った事も、喧嘩すらしたことがないくせに。」
「なんで...知って.....」
「知ってるか?"プレイヤー"共にとって最初の難関はそれなんだぜ?強化した身体能力に慣れる。じゃなきゃまともに歩けもしない。踏み出したそばから地面が割れ、走った暁にゃあ足が碎ける。思っきし跳んじまって宇宙空間へ、そのまま酸素不足で即死したやつもいたぐらいだ。」
「...っ」
知らなかった。だって聞いたこともない。ティオはそんなこと言ってなかった。
そうだ、なぜこの男はそんなことを知っている?
いや、考えるまでもないじゃないか。
間違いなくティオの、旧世界の関係者で、
そしておそらく──
「それを可能にしてるのは何だ?お前の脳か?身体か?魂か?」
「そんなのっ...私は知らない...!」
「だろうよ。だから、」
彼が伸ばした手が私の肩を押す。
一歩、たった一歩だけよろめいて、後ずさって。
瞬間、視界が黒に包まれた。でも暗いわけじゃない。自分の手を見てみれば、はっきりくっきりその手掌は輪郭を描いている。足元の草花も見える。比較的近くにあった木々も確かに触れられる。
なのに黒い。
まるで真っ黒な箱を被されたみたいだ。
「ここで実験に付き合ってもらう。」
耳元で聞こえた声。
全身が震える。寒気が止まらない。
咄嗟に手に持っていたナイフを振るう、がしかしそれは上体を逸らすだけで躱されてしまった。
「危な...ほんと躊躇ねえのな。」
「躊躇なんてするわけないでしょ!」
続けざまにナイフを横薙ぎに振るい、躱されたところで距離を詰め、懐に潜り込む。今度はナイフとは逆の手で腹を目掛けて殴りつけた。
しかしそれも、いとも容易く受け止められる。
「あんたは敵でしょ。私の、そしてあいつの。なら躊躇うことなんてひとつもない。」
「あいつ、ね。」
目の前の男はふっ、と嘲るように笑った。
「何も知らないくせに。」
男がそう言った瞬間、受け止められた手に強い熱を感じた。そこには仄かな朱い光が点ってて、
「ひ...っ離せぇ!」
ナイフで掴まれていた腕を切りつけ、握力が弱まった瞬間に後退して距離をとる。
あれはティオが火を灯す時の光と同じものだった。つまりあのまま掴まれていたら私の手は...
「戦闘勘も優れてる、か。魔力のこと、魔術のこと。大して知らない割には反応が早かったな。」
ゾッとしない私の思考は、男の独白によって引き戻された。
ブツブツと呟いて、視線を私の体の上から下へとなぞらせる。その目は本当に私のことを見ているのかさえ不明瞭なほど虚ろで、それが酷く恐ろしかった。
「ほんとにジュートはお前に戦いを教えていないのか?ここまで来ると信じ難い。」
「は、?じゅ...なに?」
「...ん?おかしいな、名乗るんだったらこの名前だと思ってたんだが...」
聞き馴染みのない単語、文脈からして人名だろうとは推測できるが...
「んー、そうだな...テン、ティーン、ディエチ、シー、ツェーン、デセト、デカ、シプ...あとはあれか、シエル、ラニ、カエルム、ニエーバ。これらの名に覚えは?」
「...ない。」
「んなはずねぇんだけどなぁ、お前の身体からは確かにあいつの気配が.....」
嗤った。
何に思い至ったのか、男はそこまで言って嗤った。
口端を釣り上げ、目を細め、狂気に満ち満ちたそんな顔で。
やめてよ。
笑わないで。
「ティオ、か?」
「.....!」
男は笑顔を絶やさぬまま幾秒か思案すると、壊れた玩具のように首を傾げ、そう言葉を発した。
肩が跳ねたのが、自分でもわかる。
「まさか、あいつは今、ティオと名乗っているのか。」
「名乗っ、て...?」
なんだそれ。
それじゃあまるで、ティオって名前が偽名みたいじゃないか。ティオが嘘ついてるみたいじゃないか。
「あぁ、すまんすまん。言い方が悪かった。これじゃああんたには伝わらないよな。」
多分、動揺を隠せてない。
男はそんな私の様子を見てとって、言葉を選び直す。
「あんたに魔力の扱いを教えた者の名は、ティオか?」
わかってたはずなのに。
こいつが何を聞き出そうとしているかなんて途中からもう察してたはずなのに。まるで自分の知らない自分の本音を暴かれてしまったような、そんな悪寒が私を襲う。
知っていた当たり前が足元から瓦解するような、そんな絶望感。
嘘もつけないほど私はうろたえきっていて、だから私は
頷いた。
「...!...くくっ」
男は目を見開き、そして笑う。
高々に、咆哮するように哄笑する。
「はは!『は!(ははは!)はは!【ははは!ははははは!】』はは!《はは[はははは!]は!》はは!はははははは!)はははは“ははは!”ははは{はははは《ははははは!》はは!}は!『はははは!』はははは「はははは!」は!」
「ひっ...」
積み重なるように、折り重なるように、男の哄笑は反響して黒い箱の中に満ちていく。頭の中にすら、その音が響いていく気がする。
脳を震わせて、骨を震わせて、筋肉を震わせて。
大地すらも──いや違う。これは違う。
震えてるのは、
私の足だ。
「そうか!ティオと!そう名乗ったのか!ははは!こりゃあ最高の傑作だ!あれほど自分の性質を忌み嫌った男が!自らの名を名乗ったか!」
震えが止まらない。武者震いなんて言い訳もできないほど口元が引きつってるのがわかる。手にだって力が入らない。ナイフを取り落とさないようにするので必死だ。
「つまり!お前があいつのご主人様って訳か!」
「──は?」
震えが止まった。
怪我の功名ってやつかもしれない。
でも私の中には疑問符が山のように溢れ出てきていて、ついにはナイフを落としてしまっていたことにすら、私は気がつけなかった。
「な、ご主人様って、何?」
「なんだぁ?あいつと契約したんだろ?そりゃあそうだ!こんな色濃い気配、契約以外有り得ねぇって言うのによ。天才と呼ばれた頭脳もここ数億年で腐ったもんだ。」
「契約──」
覚えは、ある。
一番最初、オスロと名乗る男との戦いでティオが勝つ為の手段として提案したあれ。
あの後はもう何も音沙汰も無く、身体の異変もないしティオだって何も言ってこないからやがて気にしなくなっていた。
「...へぇ、あいつ、ご主人様に対して説明してねぇのか。不誠実なワンちゃんだ。」
「ワンちゃんって、ティオはそんなんじゃ、」
「くくっ、まあいいさ。それよりも、」
男はこちらに視線を向ける。
さっきまでの興味半分みたいな虚ろに遠くを見ているのとはまるで違う目で。
最高に面白いものを見つけたと、そう言わんばかりの笑顔で。
「実験はおしまいにしよう。」
「な、え?」
拍子抜けするほどに軽く発せられたその言葉。
実験を終わりにする。助かったってことなのだろうか。
気が抜けて、集中していた糸のようなものが切れて。は、と軽く息を吐いたその瞬間。
「持って帰ることにする。」
男は目の前に立っていた。その手は私の腹部に添えられていて、しかもそれは強く眩い朱い光を放っていて──
「とりあえずいっぺん死んどいてくれ。」
轟音と共に爆ぜた。
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