3ページ目:質問と金策
カランコロン
客の来店を告げる金がなる。
「いらっしゃいませー」
いつも通りの日々、いつも通りのお客さん達。
ただ1つ、たった1つだけ、いつも通りでないことがあるとするなら──
「いらっしゃいませー!」
こいつ、ティオの存在だ。
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あの後、ティオはオスロが倒れた場所に転がった我が家が守っていたらしい宝玉を手に取ってなんと飲み込んでしまった。
曰く
「これは眠った時に僕からこぼれおちた力の結晶なんだ。」
との事。
それ以上話す気はないらしかったから、それ以上は何も聞かなかった。
まぁ私なんてその日知った物だし、それを今まで守ってきていたらしいお母さんも感涙していたのだから問題ないだろう。
問題はその後、後片付けはパッとティオにやってもらって(お母さんは「恐れ多い!」って顔を青くしてた。)、約束通り一宿一飯を奢ってあげた次の日、ティオはお母さんに向かって、
「ここで働かせてください!」
なんて言って土下座し始めた。
なんでも、まずはお金が無いと...ということらしい。
お母さんは当然狼狽えるし、断ることなんてできない。
結果、うちはティオを雇い働かせることになった。
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「ありがとうございましたー!」
それからはや1週間、ティオは今日も元気に接客している。
...女の子の姿で。
「ノルちゃんノルちゃん。あんな可愛い子、いつの間に雇ったのさ。」
「あー...1週間くらい前にです。」
「へぇ、知らなかったなぁ...あんな子ここら辺に居たっけ?」
「で、出稼ぎにきたらしいですよ。あはは...」
常連さんの追求を躱して私も接客に戻る。
実際問題、ティオが入ったことで私の仕事はたしかに減って楽になった。
それだって言うのに心労が募っていくのはなんでなんだろう。
初めてティオが仕事に参加することになったその日。
ティオに割り振られた部屋から出てきたのは、艶やかな黒髪を腰の辺りまで伸ばした、見目麗しい少女だった。
「接客って女の子の方がウケがいいと思うんだよね!」
だなんて言いやがったそいつは未だに女の子として働いている。
ちなみに、お風呂にて確認したところ、ちゃんとあったし、ちゃんと生えてなかった。
どうやら英雄様は完全に性別を変えることができるらしい。
と、そんなことを考えていたらお母さんが厨房から声をかけてきた。
「しばらくはお客さんも落ち着くと思うからノルちゃんもティオさm...ティオちゃんも休憩はいっていいわよー」
「はーい/!」
返事をして2人揃って階段を上る。
いつもなら休憩となれば外に出るか自分の部屋で寝るかのどちらなのだが、今日はティオの部屋に集まることになっている。
私の部屋は階段を上って左側の突き当たり、ティオの部屋はその隣だ。
ティオの部屋に入って、ティオはベッド、私は椅子に向かい合うように座った。
「そんで?なんで私は呼ばれたの?」
眠いんだけど...
とわざとらしく欠伸をするティオ。
どうやら性別を変えると内面の方にも多少影響があるらしく、一人称が「私」になっている。
「そろそろ説明して欲しい。色んなこと。」
レイヴのこと、契約のこと、他にもいろいろ。
聞きたいことは山ほどあるのに今までそれに触れることなく1週間過ごしてきたことを褒めて欲しいものだ。
「私のことねぇ...全部話すとなると時間かかるよ?」
「なら質問形式にしよう。私が聞くからそれに可能な限り答えて欲しい。」
「可能な限りでいいの?」
「うん。答えられないこともあるでしょ。」
「そりゃ助かる。」
あはは、とふざけるように笑ったティオを無視して最初の質問を考える。
とは言っても1番場合によっては緊急を要するのはやっぱり──
「じゃあまず、契約について。契約って今はどうなってるの?どういうものなの?デメリットは?」
このことについてだろう。
契約は直接私に関わってくる。
なんてったって私はこいつと契約してしまったんだから。
「んー、早速答えづらい...とりあえず、契約はまだ続いてる。解約はしてないって状態だね。」
「それによる悪影響は?」
「ないよ。」
あっさりとデメリットの存在をないと言い切るティオ。
でも、そんなことが有り得るのだろうか。
あれほどの力を発揮できる行為がなんのデメリットもなく行使できるとは思いづらいのだけど...
「これに関しては申し訳ないけど説明、というか納得いかせることはできない。ただ契約によってなにか悪影響がお互い及ぶということは基本的にありえない。」
どうやらティオは説明する気がない、というかできないらしい。
少し惜しい。
けどあの時、ティオを信じてると言たのだから、ここで疑うつもりはさらさらない。
悪影響が及ばないというのならそれを信じよう。
「次、レイヴってなに?そういう種族ってこと?」
獣人やエルフみたいな人間とは違う種族なのだろうか。
そういう意味を込めた質問だったが、ティオは首を横に振った。
「種族っていうよりは性別とかに近い。私は、人間のレイヴ、なんだよ。生まれ持った特性みたいなものかな。」
「うーん...なるほど?」
「あっはは、全然わかってないでしょ。」
説明できない質問ではなかったみたいだが、なかなか理解が難しい。
とりあえずのところは言葉を額面通りに受けとって次の質問に移ろう。
「あいつ、オスロって名乗ってた男は何者か分かる?ただの人間だとは思えない。あいつもレイヴなの?」
あの時、この宿を襲撃し宝玉を奪い去ろうとしたあいつの人間離れした体格や見た目。
ティオだったら何か知っているのではないかと思ったのだが、
「ごめん、何も分からない。」
そう言ってティオは首を横に振った。
「あんなやつ《旧世界》にもいなかった。魔力を使ってもいないのにあの力、あの装甲。ただの人間では無いってことしか言えない。」
「ティオでも知らないことってあるんだ。」
「当たり前でしょ。っていうかこの世界についてで言うんだったら知らないことの方が多いよ。」
そういえばそうなのか。
ティオは世界を創ったとは言ってもそれから今までずっと寝てて、目覚めてから1週間しか経ってないんだから。
ということは、オスロはティオとは関係ないこの世界由来の何者か、なのか...?
「でもあいつ宝玉のこと知ってた、というか『聞いた』って言ってたよ。」
「ほんと?じゃあ旧世界とか私たちのこと知ってるやつが裏にいるのかなぁ...」
めんどくさーい。
とティオは天を見上げてそのままベッドに寝そべった。
その様子は事態とは裏腹に随分と余裕がありそうだ。
「なんて言うか...結構平気そうだね。」
「んー?いやいや、そんなことないよー、ただまぁ私たちじゃなくて宝玉を狙って本来の力を発揮させないようにしよう!なーんて臆病な作戦をたてるやつに負ける気はしないけどね。」
「自信満々じゃん。足元すくわれないようにしてよ。」
「わかってるよ。」
ムクリと上体を起こしたティオが発した、ふざけたトーンじゃない、真剣だと感じとれる口調に思わず息を呑む。
「負ける気はしない、けど油断もしない。」
だから安心して。
そう笑うティオはもういつもの雰囲気に戻っていた。
...けど、何となくわかった。
さっきのが《英雄》であるティオなんだ。
いつもみたいにふざけるでもなく、《英雄》としてはるか昔に血を血で洗う戦いを繰り広げていたティオなんだ。
「まぁ、信じてあげる。」
「ありがと。」
目を見合せて、揃ってくすりと笑う。
私にできることなんてないんだから、これ以上口を出すことじゃないだろう。
「じゃあ、最後の質問。」
「お、最後でいいの?」
続けた私の言葉にティオはぱちくりと目を瞬かせてそんなことを言い出した。
何が言いたいのだろう。
そう首を傾げている私に、
「《旧世界》のこととか、ほかの《英雄》のこととか、宝玉っなんなのーとか、あとはアイトスって?とか、聞きたくない?」
そうティオは続けた。
「いい。」
私が端的に返すとティオは再び目を丸くして驚いた。
あの《英雄》を驚かせているのだと思うとなんとなく気味がいい。
「そりゃ気になるけどさ、聞いたら話せるの?」
「え、うーん...」
ティオは腕をくんで悩む素振りを見せる。
数秒だけ考え込んだ後、バッと顔を上げて、
「無理!」
と声をはりあげた。
「でしょ。」
「うん、話せない。」
「じゃあ聞かないから。感謝してね。」
「謝謝〜」
「なにそれ。」
「え、わかんないの...?」
《旧世界》の言葉だったのか、伝わらなかったことにショックを受けている様子のティオを受け流す。
そして、最後の質問をなげかけた。
「ティオは今後、どうするの?」
私が1番聞きたかったこと。
ティオはそれに間髪入れずに答えた。
「世界を巡る。」
私が想像していた答えとほぼ一緒だったから笑ってしまった。
ティオはそんな私に眉をひそめて怪訝そうな顔を向けながらそれでも続ける。
「力を全部取り戻さないといけないし、剣も探さないと。それに──」
「...それに?」
ティオはなにかを思い起こすかのようにほんの少しだけ目をつぶる。
そしてふっと笑うと共に目を開いた。
「この世界を見てみたいんだ。」
それは、私の願いと同じものだった。
「なら、」
それなら私だって、広い世界を──
「私も連れてって。」
もう10年は胸の内に抱えていた私の本当の願い。
広い世界を見てみたい、まだ見ぬ景色を歩きたい、誰も知らないことを知りたい。
そんな、もう諦めかけてた私の夢は、
「うん。いいよ。」
思いのほかあっさりと承諾された。
「いい、の...?」
「うん。あ、でもあれだよ?ちゃんとお母さんを説得したら、だからね?半分勘当みたいなそういうのはダメだから。」
「うっ...わかった...」
それが一番難関なんだけど...
でももう外の世界を見てみたいって話はお母さんにもしちゃったし、今までと比べたら話しやすいんだろうけど。
「それにあれね!お金!旅費ないとどうしようもないから!ついてくるんだったらそういうとこも持ちつ持たれつだから!」
「えぇ...」
なんかやだなぁ...守銭奴の英雄。
「ティオだったらお金も作れちゃうんじゃないの?」
「そんなことしたらお金の価値が暴落しちゃうでしょうが!」
確かにそうだけども。
正しいことを言っているはずなのになんとなく腹立たしいというか、もどかしいというか。
「なら作らないにしてもその不思議パワーを使って稼げばいいじゃん。
「魔力ね。」
「いや、なんでもいいけど。」
憤慨したようにフンスっと鼻を鳴らすティオに呆れながらももう一度尋ねれば、ティオはやれるんだったらやってるよ、と口を尖らせて文句を重ねた。
「でもさ、力を振るう機会なんてないじゃん。パンピーに見られたらアウトなんだから。」
「パンピー?」
「一般ピーポー。」
「初めて聞いた。」
「私も初めて使った。」
なんだそれは。
「まぁそれはどうでもいいけどさ。普通に依頼所で適当な魔獣討伐の依頼でも受ければいいんじゃないの?魔獣の生息区域にその一般ピーポーが来ることもあんまりな──」
「ちょっとまって。」
?
どうしたのだろうか。
慌てたように私の言葉をせき止めたティオは、その額に冷や汗をかいていた。
「申し訳ないんだけど文節ごとに区切ってゆっくり話してもらっていい?」
「はぁ?なんでまた...」
「いいから。」
「...はいはい。」
全くめんどくさいことこの上ないが、ティオの表情はからかっているそれではなく真剣そのものだから、邪険に扱うわけにも行かない。
「えっと...まぁ、それは──」
「その文章はいらん。とばせ。」
「わがまま〜...普通に、依頼所で、」
「はいそこ!」
「はや!」
ティオは脅威の2文節目で、パンパンと手を叩いて私の言葉を区切った。
「依頼所?なにそれ?!」
「え!?旧世界に依頼所ってなかったの?!」
「いや、ないわけじゃないけど...たぶん、というか絶対、私の知らないやつだと思うから説明をお願いします!」
「あぁ、うん。わかった。」
依頼所がなかったという事実に、まだ対応できていない私は上の空ながら頷く。
わたしにとって、というか今の世界の人からすれば依頼所なんて生まれた時からあるものなわけで、それがかつてなかっただなんて想像もつかない。
「依頼所っていうのは、市民間でお互いに問題解決を手助けし合う場所なんだよ。」
「市民間...問題...?」
これだけじゃ伝わらないか。
当たり前のものを、それを知らない人に説明するのって結構難しいな。
「じゃあ仮に私が困ってることがあるとします。それは自分では解決できそうにありません。そうなると誰かに手伝ってもらうことになるよね。ここまでは分かるでしょ」
「うん。」
「そこで私はその問題を依頼所に持っていくの。そうすると依頼所の規定にそった報酬と一緒に依頼が貼り出される。」
「なるほど、その依頼を他の人が受けて解決する代わりに報酬を貰うってことか。」
「そそ。」
「冒険者ギルドみたいなもんかな...それって受ける方は登録とかいらないの?」
「冒険者ギルドは知らないけど、登録はいらないよ。自由に依頼して自由に受けられる場所だから。」
地域によっては登録が必要な依頼所もあるらしいけど少なくともこの街はそんなことはない。
「ふぅん...おっけー、依頼所についてはわかった。それとあと一つ、問題の単語があるから続きを。」
「は?まだあんの?」
めんどくさい。
なんでわざわざもう一度言い直さないといけないんだ。
もう一つ問題の単語がって、わかってるなら普通に聞け。
「はぁ...えっと、依頼所で、適当な、魔獣討伐の──」
「ストップ!」
「はや...」
結局なんで言葉を復唱させられたのか、釈然としない。
それぞれとして続くティオの言葉に意識をかたむけた。
「魔獣?なに、そんなのいんの?」
「え゛、魔獣もいなかったの?」
「うーん...いる世界もあったけどそれだって魔獣の扱いはまちまちだったし...それに私が基本的にはいた世界には魔獣なんてのはいなかったし...」
「扱いがまちまちってどういうこと?」
「魔獣ってのにパターンがあったんだよ。普通の獣とは別にそういう生き物がいるパターン、瘴気みたいなのから産み出たパターン、そもそも普通の獣がいなくて魔獣のみが存在してるパターン。」
他にもいろいろあったよ。
なんてあっけらかんとティオは言った。
それだったら魔獣がいても問題はないと思うのだけど...
「問題大アリ。こんなのシステムエラーだよ。」
「エラー?」
「だってこの世界は私たちが創ったんだよ?」
「...うん?」
もちろんそんなことはわかってるけど...
そんな意味を込めて首を傾げると、ティオは察しの悪さに呆れるようにはぁ、と息をついた。
けどこれに関しては説明を端折って伝わると思ってる方が悪いと思う。私は悪くない。
「わざわざ危険な魔獣なんてのが生まれる世界を創るわけないじゃん。」
「...あぁ、なるほど。」
つまりティオは、創り出した自分達が創っていないものがいることに驚いていたわけだ。
「なんでそんなのが生まれちゃったんだろ...」
「研究とかでも魔獣の発生条件は不明らしいよ。」
「そっかぁ...」
そんな感じの書籍が発売されて一時期話題になってた。
なんでも完全なランダムではなく、地域ごとに発生率が増減するみたいな法則自体はあっても、その法則が分からないんだとか。
「それも調べないとなぁ...まぁ今はいいや。それでなんだっけ?魔獣の討伐依頼を魔力使ってガンガンこなしてこう!って話だっけ?」
「え?...ああ、そうそう。」
「今忘れてたでしょ。」
ははは、まさかまさか。
私が始めた話ですよ?まさか忘れるわけないじゃないですか。
「なんかズルしてるみたいで気が引けるけど...」
「魔獣にはみんな困らさてるし、そもそも魔獣討伐の依頼を受ける人自体がめちゃめちゃ少ないしへーきへーき。」
「うーん...わかった。じゃあ1回行ってみて、それで決めよう。」
「りょーかい。いつ行く?」
「善は急げ、今すぐにでも──」
「ノルちゃーん!ティオちゃーん!お客さん増えちゃった!手伝ってー!」
足を大きく振り上げて勢いよく立ち上がったティオは、聞こえてきたお母さんの声によって気が抜けたように崩れ落ちた。
「...明日と夜、どっちにする?」
「...明日行こっか。」
「おっけ。」
「ノルちゃーん!ティオちゃーん!」
だんだんと切羽詰まったような色が浮かんできたお母さんの声に急かされて、私たちは慌てて扉を開け、廊下を駆けた。
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