29ページ目:道案内、雑談
「ど、どうしよう...」
人が倒れてる。
人通りの少ない路地裏で。
倒れたその人はピクリとも動かず、その肌は生気とは程遠く薄青白い。
これで仮に、私が第三者であったならもうちょっと冷静でいられたのだろうけれど、残念ながら私は第三者どころか事件の第一人者なわけで。
もっとかいつまんで分かりやすく言うならば、事件の犯人なわけで。
途方に暮れるとはまさにこの事だった。
「てぃ、ティオに治してもらって...いやでも置いていくのは...かと言って持っていく訳にも.....」
過去最大のピンチかもしれない。
まさか魔力使って身体能力あげて最大までスピードを上げてた時に人と衝突するだなんて思ってもみなかった。
大亀と戦った時もここまで冷静さを失うことはなかったと思う。
「いっそ、どっかに埋めてくるか...?」
「うぅん...」
「ひぃっ?!」
焦りから思考が斜め上反り返った方へと飛び上がっていた私のそばで寝ぼけたような唸り声が。
もしや見つかったかと素っ頓狂な声を上げてしまった私の考えは杞憂となった。その声をあげたのは正しく衝突してしまったその人。
どうやら生きていたらしい。
「よかった...大丈夫ですか?」
「んんぅ...? あ〜、うん、なるほど。おれは全然平気。嬢ちゃんこそ怪我してねぇの?」
「え? えっと...はい。」
「はぇ〜丈夫なんやねぇ。」
酷く軽い彼に戸惑いを覚えてしまう。
よっと、という掛け声とともにその彼は勢いよく立ち上がった。
「いやぁ〜すまんかった。最近視野が狭くなってきてなぁ...」
「い、いえ、こちらこそ不注意で...」
そもそもこの人はどこから出てきたんだ?
ここは細い路地裏で横道もないし...まさかゴミの下...?
そう思うと一層怪しく見えてくる。
女性のような顔。白を基に斑に染った地面に着くほど長い髪。うっすらと充血した薄灰色の瞳。私よりも遥かに小さい140cm程の体躯。サイズがあっていないのだろう袖の余った白衣そして特徴的な口調。
こんな特徴的な人間がこの街にいただろうか。セントラル広しとはいえ、私も15年間過ごしている。一度でもすれ違えば忘れないだろうに、その覚えは無い。
「あの、無事だったなら良かったです。それでは──」
「おいおいおいおい、ちょい待ちな嬢ちゃん。」
「ぐぇ、」
怪しいと来れば早速逃げようと、近くに置いておいた木箱をすぐさま抱え走り出す──出そうとしたところでぐいと襟を引かれた。
その相手は当然の如く先程まで倒れ伏していた彼。その小さな体のどこにそんな力があったんだと思ってしまうほどに強烈な握力は襟を使って確かに私の気道を絞り閉める。
「折角出会ったのも何かの縁だ。ちょいと道案内をしてくれねぇか?」
「く、くび...息が.....!」
「おっとすまんすまん。」
あっさりと手は離されて、遮断されていた酸素が急に流れ込んできたものだから咳き込んでしまう。生理的な涙で滲む視界で彼を見やると、愉快そうに笑って手をヒラつかせていた。
「この街の北の方のな?森に行きてぇんだよ。でもこの街って大通りが大門に直結してねぇだろ?ややっこくて迷っちまった。」
「...なるほど。」
「ってことで案内してくれよ。こっちじゃあスマホもナビも効かねえもんだから不便でなあ?」
「すま...ほ...?」
「...へぇ──気にすんな。んで?案内してくれんのか?」
軽薄にペラペラと口を動かす彼はなるほど迷子だったらしい。そんな彼の口から発された耳慣れない言葉。
どこかで聞いたこともあるような気はするけれど決して耳馴染みはない。意味もなくその言葉を復唱すると、一瞬彼は顔に色の違う笑顔を浮かべて、すぐに元に戻った。
「あの、私は忙しいんで。ほら、これこれこの木箱。実は今買出し中なんですよ。急いで帰らないと傷んじゃうかも。」
「んじゃそれ届けてからでもいい。」
「いや...遠いかもしんないじゃないですか...」
「遠いんか?」
「.....近いですけど。」
残念ながら『あかたま』はセントラルのど真ん中に位置するわけで、現在地を鑑みても遠いどころかどう足掻いても経由する必要がある。
要は遠いどころか道中なわけだけど、それでも私は彼とこれ以上行動を共にしたくなかった。
不親切とかなんとか、その他どうこう言われても。
なんだか、
この人は危ない気がする。
もちろん確証はなくて、私の直感に過ぎないのだけれど。
「なぁ頼むよ。おれのことぶっ飛ばしただろ?その詫びだと思ってよ。」
「うぐ...」
確かにその件に関しては申し訳ないけど。
あれは完全に私の不注意だったわけだし。
いやでも...
.....
はぁ...
「...分かりました。案内だけします...」
「よっしゃ!」
やってやったと言わんばかりに、腰の辺りでこぶしを握りしめる姿に嘆息。まぁ帰った時にティオを拾ってけば万が一はないだろう。
たぶんうちにいるだろうし。
「お腹減ったんだけどなぁ...」
満腹になれるのはもう少しあとのことになりそうだ。
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戸を叩く。
はーい。と気の抜けるような返事はひとつしか聞こえなくて、それに首をかしげながら扉を開けた。
「おかえりなさい。」
「ただいま〜。あれ、お母さん1人?」
「えぇ、お知り合いに呼ばれてそのまま出かけちゃったのよ。なにかあったの?」
「いや、別に。」
買い出してきたものを保管室に運ぶ。しかしティオがいないというのは誤算だった。あいつ、知り合いいたのか...そうなるとあの怪しい男を私1人で案内することになるのだが...
ちらりとお母さんを見やる。
「...」
「? どうしたの?」
「ううん、なんでもない。」
あまりお母さんを巻き込みたくはないし、やっぱり1人でいいだろう。
言っても案内するだけだし。
「ちょっと私も出かけてきていい?すぐに戻るから。」
「ご飯は食べなくてもいいの?」
「帰ってきたら食べるよ。」
「そう。気をつけてね。」
「うん、いってきまーす。」
全てしまい終わって、すぐに私は再び扉をくぐった。面倒ごとはさっさと終わらせてしまって美味しいご飯を食べることとしよう。
近くで待たせていた彼を探すと、寸分違わずその場で、しかしその視線は一点、『あかたま』の看板をじっと見つめ続けながら待っていた。
「...あの、どうしたんですか?」
「ん〜?あかたまって名前、イカしてるな。」
「えぇ...ダサいと思うんですけど。」
ダサいは言い過ぎにしても決してカッコイイ名前でもイカしてる名前でもないと思う。
「いいや、いい名前さ。人を呼ぶには持ってこいだ。」
「そうかなぁ...」
あの名前にそんな集客能力が.....?だからうちはこんなにお客が多いのか?いやいや、そんなわけない。
「それよりも案内しますよ。あっちです。」
「おぉそうか、助かるよ。」
これから私たちが行くべき方向を指差す。彼は揚々とそちらへ歩いて行った。
それを走って追いかける。
「歩くの早...!」
ここに来るまではなんだったんだ...!
これは苦労しそうだと再び嘆息をこぼした。
***
「ここらでいいでしょう。」
「...そうですか。」
ティオは南の森に居た。魔獣は確かに多い、がこの程度のそれはティオにとっては塵埃ぐらいのものでしかない。
襲い来る小さなうさぎ擬きを中指ではじくだけで粉砕しながら、切り株に腰掛けた。
ここはティオがノルたちに稽古をつけている場からも程遠く、魔獣が多い故に一般の人間も寄り付かない。『ハンター』と呼ばれてるらしい彼らならばあるいはここまで来る者もいるだろうが、得てして彼らは雑魚しかいないセントラル付近を好まない傾向にある。
もっと強い魔獣を、あるいはもっと莫大な稼ぎを求めて国軍の手が及んでいない郊外に拠点を置く。
それ故に、ここには誰も訪れない。
「ひとまずは、お初にお目にかかります、《朱の英雄》様。」
「どーも。」
恭しく頭を下げる男。
それに対するティオの応答はあくまでも冷たく、かわいている。その表情には隠す気もない警戒と嘲りが貼り付けられていて、しかし気にもしていない男の胡散臭い笑顔にさらに苛立ちを募らせるのみだった。
「あまり殺気を出さないでください。私は戦闘員ではないので身が竦んでしまいます。」
「なら要件だけ言ってさっさと帰ったらどうですか?はっきりいって迷惑なんですよ。影武者さん?」
影武者と。
そう呼ばれた男は変わらず胡散臭い笑顔で、大袈裟に手を広げる。どこか演技めいているその動作は、ロボットを駆動させているような、そんな違和感が拭えない。
「おぉ、やはり貴方様が本物ですか。いやぁ、光栄ですよ。」
「録音機能に違う人間の声を入れて、その違和感に気づくかどうかで僕を判断する。あいつにしては随分と荒い考えだと思うけど。」
「そう言わないでください。あの方も封印の中からでは大した干渉ができなかったのですよ。」
「だからあんたを使ったんですか。」
「はい。」
男は再び恭しく頭を下げる緩慢に、あるいは優雅に、美麗に。
「それで?その影武者さんはわざわざ僕になんの御用でしょう?」
「そうですね...目的としては二つ、一つは忠告を。もう一つは.....」
「...もう一つは?」
繰り返して、ティオは続きを促す。すると男はニコリと、不気味な程に穏やかな笑みを浮かべた。
「私があなたに個人的にお会いしたかったのですよ。」
「...は?」
予想外の言葉。それに思わず呆けるティオに対し、男は恍惚とした表情を浮かべて続く言葉をつらつらと並べていく。
「ファンなんですよ。あなたの。あの方からお話は聞いております。百戦錬磨のその男は、あの方の長い生涯において最強であったと。」
「ちょ──」
「そもそもが異常で異端な存在だと言うのにあなたの存在に惹かれて多くの人間があなたの周囲に寄り集まる。太陽のような人柄、問題児ばかりの《英雄》達を取りまとめるリーダーシップ、どんな困難に、絶望に襲われても決して折れない精神力、そして《英雄》と呼ばれるまで鋭く研ぎ澄まされたその強さ!」
「ちょっと──」
「憧れないことがあるでしょうか。いやありません。あるはずがありません。ないと断言できます。してみせます。あなたの強さに、あなたの弱さに、私は憧れている。焦がれている。きっとかつてあなたの仲間だった彼らもそうだったのでしょうね。あなたと共にいたかった。あなたの隣に並びたかった。でもね、彼らには覚悟が足りなかったと思うのですよ。憧憬が足りなかったと思うのですよ。だって誰もがあなたを求めていたのにも関わらずあなたになりたいとは思っていなかった。あなたにはなれないと思っていた。全くなんて愚かなんでしょう、なんて無様なんでしょう、なんて滑稽なんでしょう。あなたになることは困難でもあなたになろうとすることはさして難しいことでは無いのに。」
「何を呑気にペラペラと──」
「だって、」
「現に私はあなたと同じ体を手に入れているのですから。」
空気がピリつく。小鳥たちはざわめき羽ばたいていき、水面は風ひとつないのに不規則に揺れ、獰猛な魔獣たちでさえも今は息を潜める。
その原因はたった一つ。
《朱の英雄》の怒気。闘気。殺気。
「同じ?あんたが?」
声にすら篭もるその心象。
はっきり言って男だって心穏やかとはいかない。
今のこの男と、不完全な《朱の英雄》と戦って負けるつもりはサラサラないが、勝てるという明確なビジョンを持ち合わせているわけではないのだからそれは致し方ないことだろう。
「えぇ、とは言っても一割にも満たない程度ですが。どうにもこの先はなかなか厳しい。やはりあなたは素晴らしいお人だ。」
「んな事はどうでもいい。つまりあいつは、まだあんなことを続けてるのか。新しい世界においても、まだ。」
「当たり前でしょう。あのお方の宿願なのですから。封印が解けてすぐにもう実験は再開していたそうですよ?」
ビリビリと空気の震えは増していき、足がつく大地は地鳴りを始める。
そんな錯覚。
長身の男もそれ以外も、周囲にいる全てがそんな錯覚を共有していた。
不完全、未完成、力の大凡は数億数兆年前に失われていて、それでも依然として《英雄》であったことに変わりは無い。
「そう...か.....」
「あなたさえいれば、必要のない実験なのですがねぇ...」
「.....そう、だろうなぁ。」
ティオは目を瞑り空を仰ぐ。
そのまぶたの裏には誰の顔が浮かんでいるのか。
数秒か数分か、ただ空を仰いだままじっとしていたティオは、脱力して肩を落とした。ため息をついて、再び目の前にいる長身の男と向き合う。
「それで?」
「はい?」
「忠告ってのは、何?」
「あぁ、その事でしたか。」
ふは、と吹き出すように笑う男は右手を胸に当て、これまた演技がかった様子で一歩、また一歩とティオの元へと歩み寄る。
そして、ティオの前で跪いた。
「忠告というよりこれは伝言、そして私からの提案です。」
「そう、それで?」
「あのお方はこう仰っていました。」
男は、嗤った。
「『仲間になれ、もしくは死ね。』」
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