28ページ目:買い出し、呼び出し
街を駆けていた。
いや、実際は駆けてはいないんだけどそう思うくらいに速く歩みを進めていく。
あの日、剣を作ってくれると、そう約束したあの日から早3日が経った。つまるところ今日が待望の、念願の、剣の受け渡し日なわけで。本来なら家でキールが届けに来るのを待つ予定だった。
だったというのに──
「なんで今日に限って買い出しなんか.....!」
別に今日に限った話ではないのだけれど。1週間に1回は毎度買い出しに出ているのだけれど。それでも4日前には買い出しに行ったのに、今日になって買い忘れに気がついたのだから全くタイミングが悪い。
仕入れた食物が入っている抱え、積み上がった木箱が苛立たしげに音を立てる。これを落とす訳にはいかない。だからなるだけ速さを抑える必要がある。
せっかく魔力の操作を覚えて、身体能力を向上させる術を身につけることが出来たというのに、これでは持ち腐れという他ないだろう。
ひょっとすればティオの話にでてきた『魔力』とやらがあれば話が変わってくるのかもしれないが。実際のところ普通ならば入らないであろう質量、体積のものをバックパックの中にしまい入れていたのだから。
「魔術、ねぇ...」
教えてくれるって言ったくせに。
あの後3日間、何も無かった。読んで文字の如し、何も。
口頭での説明も、実践も。それどころかお母さんとサリアさんが忙しいからと特訓する時間すら削って。...「大丈夫」なんてティオは言うけれど、もちろんそれは信じるけれど、それでもやっぱり焦りは感じてしまう。
そもそもが私にとっては"敵"というのがあまりに未知に満ち満ちた相手なのだから不安を覚えてしまうのは仕方ないじゃないか。それに、少しぐらい説明をしてくれてもいいじゃないか。
なんで教えてくれないんだろう。嫌がらせ?いやいや、ティオはそういうキャラじゃないし...ならどうして...?
帰ったら聞いてみればいいだろうか。答えが返ってくればそれでよし。帰って来なかったなら相応の理由があるのだろうし。
「おっとっと、ここだった。」
危うく通りすぎるところだった細道をすすむ。なんてことないただの近道。ずっと使わせてもらっている建物の隙間でしかないそこ。普通だったらゴミに足を取られてしまうし、転ぶ恐れがあるから荷物を持っては決して通らないのだけれど、魔力を使って足腰を強化、そして壁を蹴って進めばそんなことは起こりえない。
随分身体を上手く使えるようになってきたと、自分でも思う。ティオの指導のおかげだろう。木箱を落とさないように、それだけ気をつけていればいい。
魔獣と斬り合うよりずっと楽だ。
「ん?"魔"獣...?」
魔術。
魔力。
"魔"?
なんで魔獣なんだ?そもそも魔獣と名付けたのって誰なんだ?ティオじゃない。ならその他の英雄?
ただの言葉遊びのようなそれがなんだか気持ち悪い。小骨が喉の奥に引っかかっているような、足元を小虫が這っているような。そんなえも言われぬ不快感。
ほんの一瞬だけ過った出口のない思考に飲まれる。
そのせいで気が付かなかった。
「.....っ! 危なっ──!」
突如現れた白い影に。
***
「ニアさ〜ん、こっち掃除終わりました〜!」
「はーい。」
もはや日課のようになっている客室の清掃。ティオはそれを手馴れたものだと言わんばかりに易々とこなし、食事の下ごしらえをしている雇い主、ニアに声を飛ばした。
日課、とはいえ今日はノルがいない。
いつもと勝手が違うことに、ティオはやや戸惑いを覚えていた。それをわざわざひけらかすようなことは決してないが。
とたとたと階段を駆け下り、報告ついでの昼食をいただくために3人がけの席に着く。本来ノルが座っているはずの席に人はいない。だからやけに視界が広い。
客室に置いてあった新聞になんの気なく目を通して暇を潰していると、ニアが料理を持ってきた。
「「いただきます。」」
揃った声。いただきますとごちそうさまの文化はなんとか引き継がれていたようで、その言葉を口にする度に、あるいは耳にする度に、ティオの心中には安堵と郷愁が溢れる。
その頭には懐かしい顔も──
「大丈夫ですか?ティオさm──ティオちゃ、ん...口に合わなかったでしょうか。」
「ぁ、いえいえ!とっても美味しいです!」
感情が少し漏れてしまっていただろうか。心配そうに顔を覗き込むニアに笑いかけ、山のように盛り付けられたチャーハン──のようなものを頬張る。
ようなもの、というのは決してチャーハンでは無いのだ。
まず米じゃない。穀物ではあるのだろうが食感は米よりも弾力があって甘みが強い。風味自体は米に近いと思うのだが。
味付けに使われてる塩や、溶いて入れられた卵は旧世界と同様──卵のサイズ感には驚かされたが、ダチョウかと思った。──ネギのようなそれは食感がやや弱く、香りが強いくらいでさして気にはならない、がしかし...
「相変わらずなんの肉なんだろう.....」
「?」
ボソリと呟いた言葉に首を傾げるニアに笑顔を取り繕って手を振り、ティオは再び料理に向き合う。
そこそこに歯ごたえがあるこの肉、味も食感も旧世界のいかなる食肉にも似つかない。かろうじて似たものを挙げるとすれば鶏のハツだろうか。この世界で一般的に流通している食肉であることは既にノルに聞いていて、だからこそ謎は深まる。
ティオの中では一度でいいから飼育場に行ってみたいという好奇心に似た知識欲が燻っていた。
「ノルちゃん、遅いですね。」
「ん、ほんとですね。もう帰ってきてもいい時間なのに。」
今の時刻は19時17分。
1日が36時間であるこの世界ではおおよそ昼がすぎた程度の時間ではあるが、それにしたってノルが買い出しから帰ってくるには十分過ぎるほどの時間が経っている。
寄り道をすればその限りではないだろうが、ノル・ブレイズという人間はあれで仕事には真面目だということはニアもティオもよく知っている。だからこそ不自然だ。
それでも双方共さして気にはしていない。治安のいいこの街で、魔力の扱いを覚えたノルが対処出来ない程の事件が起きるとは思えない。
その上今日は剣が届く日だったはずだ相当に楽しみにしていたようだったし必要以上に遅くなるようなことは無いだろう。
「「ごちそうさまでした。」」
揃って食べ終え、使用した食器やカトラリーを持ち寄る。そして水道についた青いタイルに触れ、淡い光と共に流れ出した水を用いて食器を洗い始めたニアの姿をティオは横から見ていた。
ふいと目を逸らせば視界に映ったのはフライパンの上で冷めてしまったチャーハンもどきとコンロ。ノルが帰ってきた時に温め直せばいいとそのままにされているそれ。
木炭なんかの燃料を用いているのではないらしい。
とすれば原動力はなんなのか。
ニアに聞いてみたところ返ってきたのはわからないという言葉だけだった。どんな原理でどうして動いているのか分からないが、それでも便利だから使っているのだと。
しかしながらティオには心当たりがあった。
コンロ、そして水道の仕組み。
形状、質感、刻まれた紋様、そして何より使用時の発光。
間違いない。魔術陣が刻まれた魔道具だ。
旧世界から紛れ込んだのだろうか。しかしだとすれば量が多すぎる。紛れ込んだのだとしても多くてひとつやふたつだろう。
それに魔道具は消耗品だ。尚更数がいる。
つまり、いやまさか、
自分が確立した魔道具という概念を分析し、量産体制まで整えた人間がいるというのか。
だとすれば、
「あはっ、案外この世界も捨てたものじゃないらしいね。」
「何か言いましたか?」
「いえいえ、そんなことよりお手伝いしますよ。」
「ダメです。英雄様にそんなことさせられません。」
「...そろそろ敬語はやめてくれませんか? ニアさんは雇い主なんですから。」
「ダメです。」
「...強情だなぁ。」
平行線な掛け合いはいつも通り。出来ることなら仕事だってさせずにお金を渡せるならばそうしたいニアと、正当な対価しか受け取らないティオの主義とじゃどう足掻いても交わらない。
変わらぬニアの様子に嘆息。
その瞬間、戸を叩く音が店内に響いた。
「? お客さんかな...ちょっと出てきま──」
「いえ私が行きます。」
「.....」
ティオが動き出すよりも早く、戸に手をかけ外に顔を見せるニア。その動きに再びティオは嘆息し、それならばと泡立つ食器やカトラリーに手を伸ばした。
いないならばやっても問題ない。
コトコトと、ガラス等からできている旧世界の食器からは鳴らない、木製が故の音を立てながら洗っていく。
モコモコと泡立つそれらを見ながら、ティオは食器用洗剤まであるのかと驚きを漏らした。食器用洗剤の歴史なんてティオがいた時代でもそう長いものでは無い。
自分たちの世界から伝わったのか、それとも開発した誰かがいたのか。
やはりこの世界は不可解なことが多いようだ。
「ティオ様、どうやらお客様が──ってなんでティオ様が洗い物をしてるんですか?!」
「げっ...」
ティオの方を向いたニアが声を上げ、駆け寄ってくるのに対し、ティオは顔が引き攣るのを感じた。慌てたように乾いた布を手に取ったニアはそれでティオの手を包み、懇切丁寧に水気を拭き取っていく。
「ティオ様のお手を煩わせる訳にはいきません。残りは私がやるのでそこを──」
「あ、ぁぁあ!分かりました分かりました!それよりも、どうしたんですか?」
むず痒いその行為に耐えきれなかったのか、ティオは大きく声を上げて布をニアから奪い取り、自分で拭き取りながらそう訊ねる。
お客様が、どうしたというのだろう。
「あ、そうでした。えっとどうやらティオ様にご用事があるそうです。」
「...?分かりました。少し出てきます。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」
...むず痒い。
そもそもがティオは明確に上として扱われた経験が皆無に等しい。旧世界の人生から今にかけて。
だから悦に浸るよりも先に申し訳なさのようなものが勝つ。
4人の《英雄》と呼ばれるあのチームの中でも、リーダーとはいえあくまでまとめ役、身分が高いという訳ではなかったわけで──
そんなことを考えながらティオは戸に手をかけ外を覗く。
そこに居たのは自分よりもはるかに大きな体躯を持つ、黒い目の男だった。身長は190cmくらいだろうか。染めた、というよりは自然とそうなったというのが正しいような小汚い白髪を肩の辺りまで伸ばし後ろで結んでいる。
「えっと、どなたでしょうか。私に用事がある、と聞いたのですが...」
「.....」
「?」
男は口を開いて、しかしその喉は振動を送り出さない。ぼぅと見ているだけのような男の動きにティオは首を傾げ、今一度声をかけようと口を開いた。
「あの──」
「──ぃ...」
「え?」
掠れ、耳に届かなかったその声に、少しだけ顔を近づけて聞き返す。男が続けた言葉は、今度は確かにティオの耳に届いた。
「ついてきてください。」
「.....! 分かりました。すいませんニアさん!少し出かけます!」
はーい、と気の抜けたような返事に苦笑をこぼし、しかしすぐに目の前の男に鋭く突き刺すような眼光を向ける。
油断はしない。油断ならない。
何を隠そうこの男の声は、
スマートフォンに入っていた音声データの声と全くおなじだったのだから。
「誰もいない場所で話をしましょう。」
「分かりました。」
姿を男のそれに変え、腰に紛い物の剣をたずさえる。
装備不足感は否めない。しかし、それは紛れもなく現時点では《朱の英雄》の最大限の戦闘態勢だった。
「行きましょう。」
ブックマーク等々、よろしくお願いします。




