27ページ目:剣と決意
「この際だ、手を握ったことは許そう。あの時のお前は女性だったからな。」
「うん。」
「オレに絡んだのもいい。あの時は怯えてしまって悪かった。」
「うん。」
「だが!だがしかしだ!なぜ置いていく?!顔を上げた時誰もいなくなっていたオレの気持ちがわかるか?!」
「ごめんて。」
「ティオ、欠片分くらいは鉱石出しておいた方がいいんじゃないの?見せる用。」
「あぁ〜...一応出しとこっか。バックの中から取ってくんない?」
「取る...?パッと見何も入って──ひぃっ?!なんか生えてきた?!」
「無視をするなーー!!」
空のバックの中から怪しげな光を放って生え出てきたそれを恐る恐る手に取り、私の耳元で騒ぎ立てるキールの額を中指で弾いて黙らせる。
「これって私にもできるようになる?」
「固有魔術次第、かな。」
「こゆ...?」
「今度教えたげる。」
「.....わかった。」
ティオは、あまり何かを話すことを好まない。
自分のことも、魔力のことも、必要がなければ隠し通そうとするし、必要があってもとことん勿体ぶる。
そんなことは今までの共同生活でだいたい理解はできているけれど、もしかしたらそれが私にとっても必要なことなのかもしれないけれど、無知だと知らしめられているようで、あるいは知る必要はないと突き放されているようで、その度に少し胸が痛くなる。
ほんとは全部知りたいなんて、そんなことティオには言えないけれど。
「大丈夫か?ノル。」
「...うん、大丈夫。」
背後から、私にだけ聴こえるような声量でかけられた声に頷いて返す。その言葉の主は、キールは端的な私の返事にそうか、とだけ呟いていつの間にか私たちより先を歩いていたティオの背を追った。
「いつか分かる、いつか教えてあげるってそればっかり。」
ティオは先に何を見据えているのだろう。だって、もしかしたら来週、来る日に私たちはみんな──
「いや、いやいやいやいや。」
かぶりを振って思考に差した影を振り払う。
ティオが大丈夫だと言っているんだから、これ以上私が何を考える必要も無い。
なんてったって、ティオはかの有名な《英雄》様なんだから
だから、大丈夫。
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「おぉ、こりゃぁすげぇなぁ。」
例の鉱石を見るや否や、おじさんは心底感心したようにそう声を上げた。時計を見てみれば時刻は3時。いつの間にやら天辺を回って3時間経っていたようだ。
通りで眠いし、お腹がへった。
キールはすることがあるって言ってどっかいっちゃったけど私もそうしたい。そうして、家に帰って、ギリギリまで寝たい。
「一応頼まれたものもある程度はあります。量は心もとないかもしれませんが。」
「いやいやぁ?こいつだけで値千金の価値がある。十分だ。」
おじさんは年甲斐もなく無邪気な笑顔を浮かべてその鉱石を明かりに透かす。どうやら亀の鉱石はおじさんのお眼鏡にかかったようだから一安心だ。
だけど、問題はここから。
「それで、剣を打ってくれるんだよね?」
「約束だからなぁ。それに...っとぉ、全額でいくら必要なんだったか?」
ガシガシと頭を掻きながらとぼけたようにボヤいたおじさんの言葉にティオと2人目を見合わせる。
「200と...50万程です...」
「そうだったそうだった。ちょいと待ってなぁ。」
そう言っておじさんは私たちの間を横切って部屋の外へと出て行った。ドタドタと、足音を控えるつもりが感じられない木造の床を踏みしめ切る音が響き、それが遠くなっていく。
「ねぇティオ。」
「何?」
「そうだった、って言ってたよね。おじさん。」
「言ってた。」
「私たち、おじさんの前で必要な金額言ったこと、あったっけ?」
「ないね。」
なら、なんで知ってるの?
そもそも先日、私たちがここに来た時もそうだった。何故か私の目的を知っていて、言葉には出さなかったけどティオのことだって見抜いて。
「.....」
考えても詮無いことなのはわかってけど、これがきっと私の既知の外のことであることは理解しているけど、興味からか恐怖からか頭が思考をやめてくれない。
「ふいぃ...待たせちまったなぁ。どうも最近物忘れが酷くて酷くて。」
ガラリと音を立てて開いた戸に思考は打ち切られる。音の方を向けばそこには一枚の分厚い紙片をこれみよがしにひらつかせるおじさんが煙管を加えて笑っていた。
「ほれ、これが報酬。一応満額入っちゃあいるが足んない分はさすがに自分で工面してくれ。」
そう言っておじさんはティオにその紙片を投げ渡す。その紙片にはいくつかの意味を読み取れない数列と文字列、そしてクリュウ・ラインスとおじさんの名が掘りこんである。
「えっと、これって...?」
「『銀行』の照会状、とでも言えばいいかねぇ。それを見せれば各々の金庫を自由に扱えるってぇものよ。」
「ぎ、銀行...」
「すご...私初めて見たよ。」
「そうなの?」
「『銀行』って一定以上の財と確かな身分がないと金庫を振り分けて貰えないの。だから『口座』を持ってるっていうのは普通じゃありえない。」
「.....ってことはクリュウさんって結構すごい人?」
「くはは、俺ってぇよりはラインスって姓の力だな。」
もくもくと煙を吐きながらおじさんは笑う。それと同時に今度は照会状よりも薄ぺらい紙を私の頭にペシりと叩きつけてきた。
書類らしいその紙切れの中身は難しいことばかり書いてあってよく分からない。
「銀行に行った時、そいつもついでに役人のやつに渡しといてくれ。必要になんだろ。」
「何これ?」
「んっと──は!? い、いいんですか?!というかそんなことできるんですか?!」
「ちと無理すりゃあ出来んのよ。名家の名に感謝ってなぁ。」
「ちょ、ちょっと、2人で納得しないでよ。何が書いてあるの?」
書類に目を通した途端、焦ったようにティオはおじさんを問い詰める。それを飄々とおじさんは笑って流しているけれど、書類の内容が分からない私にはその因が分からない。
困惑を吐き出した私の言葉に、ティオは頬を引き攣らせて答えた。
「要約すると、『この金庫内の全額と金庫の使用権をノル・ブレイズに譲渡する』って。」
「は、はぁ?!」
譲渡? 譲渡ってくれるってこと?
「っていうか満額って言ってた?」
「おぉ、きちんと200と50万程度入ってる。好きに使え。」
「.....」
あんぐりと開いた口が塞がらない。嬉しいけど、ありがたいけど、それよりも恐怖と罪悪感が勝ることなんてあるのか。
「あの、さすがにこんな大金...」
「あぁ? この程度の端金、王都に2、3本売りつけりゃあ稼げるから気にすんな。」
「「.....」」
閉口。
それでも声は出ないけど。
「あんたの為ってぇよりはあんたの剣の為だ。ありがたく受け取っとけ。」
「...はい。」
「ん、それでいい。」
少し微笑んで、そのままティオは俯いた。
前髪に隠れてどんな顔をしているのか、私からは伺えない。
「それになぁ、法螺でも世辞でもなくこいつぁかなりのもんだぜ?」
そう言っておじさんはまた光に透かすように手のひらに乗る程度のそれを観察する。
「しかもお前たちの話じゃぁこいつが1トン近くあるんだって? そりゃお前、口座ひとつ明け渡したって惜しかぁねぇよ。どころか釣りが来る。」
「それってそんなにすごいの?」
石には詳しくない。
確かにその見目は綺麗だと思うけれどそれが鍛冶をするにあたってどれだけ役立つのかなんて皆目見当もつかない。ひと目で分かるものなのだろうか。
「おうよ。ここまで喝采を上げやがるのはひっさびさに見た。オレが見え始めた頃以来か?」
「喝采.....」
ここまで言われれば大体分かってきた。
多分、おじさんは私には見えないものが見えているんだろう。それが何かまでは分からないけど、きっと談笑の声もそれだ。
そして、それは恐らくティオも──
「それよりもクリュウさん。僕らの剣の話ですが...」
「──あ、」
「あっ、て...まさか忘れてたんじゃないだろうね。」
「いやぁ忘れてたと言いますか、失念していたと言いますか...」
「あんま変わんないんじゃない?それ。」
お金の衝撃が大きすぎて正直すっかり抜け落ちてた。そもそもここに来たのはそれが本題だったのに。
「いつまでにご入用だ?」
「...1週間後です。」
「おぉ、これまた無理言うねぇ。」
「すみません。」
1週間。
私にはそれがどれだけの無理難題なのかは分からない。けれど相応に難しいことなのだろう。そんなことが2人の様子から伺い知れる。
出来合いの剣を買おうってそういう計画だったわけだし、そもそもあらゆる全てが急ピッチで進んで行ってるわけだから無理もないとは思う。
「3日だな。」
俯いたティオの前。少し沈んだ雰囲気の中、おじさんは指を3本立てて笑った。
「妥協せずに最速で打とうとすれば大体それくらいかかる。十分だろ?」
「...! はい、十分過ぎるほどです。」
私は、驚きで声も出なかった。可能なのだろうか、1週間で無理なことを3日でこなすなんて。
でもおじさんの自信に満ちたその表情からは嘘や見栄の気配は塵芥程も感じられなくて、何故だか信じられると思ってしまう。
「そうと決まれば...キール!入ってこい!」
そんなおじさんの呼び声と共に襖が乱雑に開かれる。その奥に見えたキールは普段とは一風変わった作業着のような無骨な服を着ていて、用途の分からないいくつもの道具を抱え持っていた。
赤毛は白い手ぬぐいに隠されていて、その下に覗くいつになく真剣な表情に不思議と身が竦む。
「さっさと取り掛かるぞ──どうした? 珍しく顔顰めてんじゃぁねぇか。」
「想い人を危険な目に合わせたくないというのは当然の思考だろ。親父が気にする必要は無い、仕事はする。」
「ぁあ、なら問題ねぇな。」
おじさんと言葉を交わしたキールは乱雑に、しかし丁寧に手に抱え持っていたそれらを部屋の隅に置きやりティオの前に塞ぐように立ち、見合った。
「仕事はする。最高の剣をお前らに届けて見せよう。」
「ありがとう。」
「だからその時、何をするつもりか教えて欲しい。もし、ノルを危険な目に合わせようと言うのなら...」
「...言うのなら?」
言葉の節に逡巡するような間を開け、ため息とともに額に手を当て俯くキールを復唱して急かす。
ティオはティオで状況を理解できないようで、首を軽く傾げて続く言葉を待っていた。
そんな中、ふとキールは顔を上げる。
少し、笑っていた。
「どうやら俺はお前のことを嫌いにはなれないらしい。だからひとまず一回殴らせろ。」
「ひとまずで殴られるの...?」
「分かったら外に出ろ。あ、一応言っておくが防ぐなよ!」
背中を押され追い出されるように私たちは工房を後にする。ピシャリと強く閉められた襖にどうやったのか錠が下ろされる音が廊下に響き渡った。
何をすることも無くティオと目を合わせ、そして頷き合う。
「帰ろっか。」
「うん。」
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「あ〜眠い!」
「この調子だとお昼は睡眠時間だね。買い出しも昨日行っといて良かった。」
「なんかティオは余裕そうだね。眠くないの?」
「んー眠いっちゃ眠いけど...やろうと思えば結構な時間は不眠不休で活動できるように訓練したし、まぁ慣れもあるから。」
「結構な時間...ってどれくらい?」
「あんま言いたくない。」
「...ふーん。じゃあいいや。」
雑談を交わしながら帰路を辿る。
既に住宅区に差し掛かっているから、当たりは暗く人通りも少ない。とはいえ少なからず子供もいる訳だから、この街の治安に感心してしまう。
遠くの遠くの寂れた町々では盗賊が堂々と横行していることもあるって聞いたことあるし。
「1週間か...」
通りすがる街の景色を何気なく眺めていると耳に入ったのはそう呟いたティオの声だった。
1週間。
何か、なんて言うまでもない。
"敵"が現れるカウントダウンだ。
「巻き込んでごめん。」
「何を今更。私が本気で嫌だと思ってたら聞かされた時点でどこかに逃げてるよ。それに、ティオには一回命を救われてるしね。」
これはなんてことない、私の本心だ。
どころかむしろ少し楽しみだとすら思ってしまう。私がおかしいのか、それとも恐怖を高揚感と勘違いしているのか、それは分からないけど。
「一緒に戦うよ。もしもお母さんとサリアさんが逃げたとしても。そこにティオがいてくれれば大丈夫。」
出会って一月足らず。
その程度が私とティオの繋がりであるのにも関わらず、自信を持ってそう言える。なんで、とか理由なんて考えない。分からないことは考えなくていいって言ってくれたから。
「...ふっ、あははっ!重っ!」
「はぁ?! 失礼な!」
堪えきれないといったように吹き出したティオは腹を抱えて笑い続ける。
「ぷっ、ふふっ、いやぁずっと思ってたけどノルって結構感情が重たいよね。...ふはっ、」
「そんなことないし! もう!さっさと行くよ!」
「はいはーい。くくっ、」
「いつまで笑って...」
自覚できるほど熱くなった頬を隠すために前を歩く。
未だに思い出しては吹き出すティオをあるいは置いていけないかと急いで歩みを進めてみるけどそこはさすが、後ろをしっかりと着いてくる。
カツカツと石畳を強く踏みしめる音と、含んだような吹き出し笑いだけが夜の街の中で響いていた。
ブックマーク等々、よろしくお願いします。




