23ページ目:お詫びと差
魔獣は通常、黒色の血液をその身に流している。
この世界ではなんてことの無い、学校で習うような常識で、それはいかなる魔獣においても不変らしい。
魔獣は落命した時点でその血液ごと塵になってしまうものだから、一般的にはあまり拝む機会はないのだけれど。
幸いなことに私はこんな生活を初めてから幾度となくその常識をこの目で確認したことがある。
ある時は兎の、ある時は狼の。
その血液は確かに一部の光も逃さないと言わんばかりの漆黒で。
こんな大きな亀がいるわけないから、火や石を口から吐き出す亀がいるわけないから、額から角を生やした亀なんているわけないから、私はこいつを魔獣だと思っていた。思い込んでいた。
それなのにどうだ、斬り裂いたその腕からは流れる血は、確かに赤くて。
じゃあこいつは、普通の動物だとでも言うのか。
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「ノル!」
大亀の腹を沿うように飛行し、手を伸ばすティオ。私がその手を掴むと、ティオは天井ギリギリまで高度を上げた。
「あいつ倒すの、中止しよう。」
「は?!」
ピタリと空中で立ち止まり、飛び止まり、その目で亀をじっと見つめたかと思えば、ティオはそんなことを言い出した。
「なんでよ。せっかくここまで来たのに!」
時間をかけて洞窟を潜り抜け、数々の狼の魔獣を打ち倒してやっとここまで来れたのに。
ソレなのになんの成果もなく帰るだなんて。
「魔獣じゃないなら倒す理由がない。」
「あるでしょ!あの背中の鉱石とか!」
「魔獣じゃないってことはあいつも生態系の一部だってことだ。むしろ倒すわけには行かない。」
「あいつだって攻撃してきてるんだからいいじゃん!」
「本当に?」
ひゅぅ、と喉が鳴った。
最後の短い言葉が、には紛れもない怒気が込められていて、それでいて、まるで全てを見透かしているかのような、そんな言葉だったから。
「本当に彼から攻撃してきたの?」
「.....」
「先に手を出したのは、どっち?」
「──あ、」
そうだ。
先に仕掛けたのは、私だった。私が大亀目掛けて魔力球を投げ込んで。
そうだ。
その後だった、あいつが火をはいたのも、睨みつけるような目をこちらに向け始めたのも、その後からだ。
「この空間、不思議だと思ってたんだ。なんでこんな広い空間があって、そこに都合よく大型の魔獣が沸いたのかなって。でも、」
「.....でも?」
「彼が魔獣でなく、活動を行う一生物なんだとしたら。ここは、彼の巣だったんじゃないのかな?」
「巣...」
魔獣は生態系を乱し、人を襲うだけの存在。
そこに寝食性活動の概念はない。
そんなことも教えて貰ったことを思い出す。
だとしたら、そうなんだとしたら。
もしもここは大亀の巣で、あくまでも大亀は眠っていただけで、それで、
そんなところにズカズカと他人が足を踏み入れたということならば、しかもその他人が目覚めだばかりの顔に嬉々として攻撃を加えてきたのだとすれば、
「そりゃ...怒るよね。」
「うん。今回、非があるのは僕たちだ。」
言って、見下ろす。
大亀は斬られた痛みによって体勢を崩し、それをこらえるように目を瞑っている。
「ティオ、」
「ん?」
「治せる?」
「もちろん。」
「良かった。」
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「どうやって近づく?」
「何もしない。このままゆっくり下に降りていって。」
「はいはい。」
音も立てずに下に降り、そして大亀に向き直る。大亀は血の流れる足を畳み、首をもたげさせているだけだ。
でも、その目は確かにこちらを見据えている。
「.....何もしてこないね。」
「うん。」
身構えていた体から力を抜き、慎重に歩みを進める。
一歩、二歩、三歩、
大亀の眼球は確かに私を見ているのに、歩めど歩めど彼が何か反応を起こすことはなかった。
そして手の届く距離にまで近づく。
目配せをして合図を送れば、ティオは頷いて大亀にそっと触れた。そこから溢れる強い光。青白いその輝きは不思議と眩しくない。触れたところから暖かくなっていくようなそんな不思議なそれを大亀も感じ取っているのか、心地よさそうに目を閉じている。
傷ついた足を見てみると、その切傷はジクジクと音を立てて塞がっていった。
「...やっぱちょっと、もったいない気もするなぁ。」
「ん? ...あぁ、あれ?」
ティオは見上げて、それに目線をやる。
大亀の背にそびえる鉱石は、未だに色とりどりの妖しい輝きを放っていた。
「背中から鉱石を生やす亀って、旧世界には居た?」
「いない。ノルこそ聞いたことないの?」
「ない。」
私の知識なんてたかが知れてるけど、それでもこんな不思議な生物はそう居ない。
キールは何か知っているだろうか。あの様子だとあまり期待はできなさそうだが。
「ふぅ...治った。」
ティオの言葉を聞いて、再び切傷のあった足を見てみる。 するとたしかにその傷はきれいさっぱりなくなっていて、かけていた鱗すらも一枚の欠けなく生え揃っていた。
これで元通り。全部終了オールオッケー。
...とは、さすがに思えない。
「怒っ、てるのかな...」
「うーん、わかんないなぁ。」
見上げて、大亀と目を合わせる。
大亀は目だけを動かして、確かに私をずっと見すえていた。 私だけを、ずっと。
実際に傷を治して見せたティオでなく、私を見つめるその目は一体、何を思っているのか。
目を合わせて数秒、数十秒、あるいは数分経ったろうか。 唐突に大亀は、ふいと顔をまるで違う方向へと向けた。その目が向いた先を見てみれば、そこにあったのはティオが持っていたバックパックが落ちている。
大亀が目覚め時のあの騒ぎで落としてしまっていたのか。
「うぐぉっ!重っ!」
近づいて、拾い上げる。
しかし寸とも持ち上がらなかった。
腰痛い.....
「あっはは、貧弱だなぁ。」
「うっさい!魔力使えばこんくらい...」
足腰、そして腕に魔力を込めて...込め、て──
あれ?
何?なんなの?
なんか、いつもと違う。
──気持ち悪い。
胸を開かれて、心臓に直接血を注がれて輸血されてるみたいな。肺に噛みつかれて無理やり空気を吹き込まれてるみたいな、そんな違和感を超えた何かが胸中を巡る。
「──ル、」
気持ち悪い。気持ち悪い、のに、
なんで、なんでこんな──
「ノル!」
「ひゃあ?!」
慌てたような声ともに、腰にぞわりとした感触が過ぎる。思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
...あ、持ち上がった。
「ティオ!変な触り方しないでよ!」
「変な言い方しないでくんない?! 普通に叩いただけだよ!」
「いーや!あれは邪な気持ちがある触り方だった!」
言葉と持ち上げたバックパックをティオに投げつけるするとティオはそれに体勢を崩され、尻もちをついてしまった。
「あ、ごめん。咄嗟に...」
「あ、ぶないなぁ! 僕じゃなかったら怪我して──」
憤慨した様子のティオ。
子供のように頬をふくらませて、彼が上体を起こした瞬間、大亀が頭を下げた。
「う、ぉぉ.....」
「ティオ、だ、大丈夫?」
「う、うん。たぶん...」
大亀は、ティオを未だ押し潰したままのバックパックを鼻先でコツリとつついてはこちらに視線をやる。そんなことを何度か繰り返すとぐわりと口を開いた。
「え、何?」
「.....もしかして、」
私は何が起きているのか全く分からない。
しかし一方でティオはなにか察したようで、おもむろにバックパックを開いて中にあるものを取りだした。
当然、というか、中にはコアしか入っていないのだから、もちろんその手の中にあるのは狼の魔獣のコア。それを3つほど手に取ると──
「それっ!」
なんて軽い掛け声とともにそれを大亀の口の中に投げ込んだ。
「な、何やって──」
静止しようとしたのも束の間、大亀はそれらを口内に閉じ込め、バリバリと音を立てて咀嚼し始めた。
「な、」
「お~、やっぱり。」
砕かれ、粉々になったコアを大亀は目の前で嚥下してみせる。催促するように再び口を開いた大亀にティオは続けて6個程のコアを放り投げると、それらも同様に噛み砕いてしまった。
まるで餌やりみたいだ。いや、正しくそうなのか。
鳥の雛のように口を開けて食事がやってくるまで待っているその姿は、スケール感に目を瞑ればかわいいような気がする。
ティオもそんな様子が気に入ったのが次々とコアを投げ入れていた。
「っていやいや! ちょっと待った!!」
私の声に驚いたのか、ビクリと体を震わせたティオは気だるそうに振り向く。
「何? 今餌やりしてるんだけど。」
「その大亀をペットみたいに言うな。それに!コア、そんな上げちゃダメでしょ!」
今現在、私たちはお金のやりくりに困らされているのだから、収入源になりうるコアはあまり手離したくない。
そんなことはティオだって分かっているはずだ。
「そりゃわかってるけども。でもこの大亀には迷惑かけちゃったし...」
「いや、まぁ、それはそうなんだけど...」
そりゃ私にだって多少の罪悪感はあるけども...
「勝手に巣に入って、土足で踏み荒らして、」
「う、」
「挙句の果てには剣で斬りつけて、」
「うぅ、」
「それを治してあげて、それではいチャラですもう怒らないでねさようならって?」
「うあぁ...」
「せっかく喜んで貰えるものがわかったのに...」
「ぐぅっ...」
こ、こいつ.....嫌な言い方ばっかりしやがる...
「まぁノルがそう言うなら仕方ないか、ごめんね亀さん。僕たちはもう帰──」
「あぁーーー!!! わかったよ!!もう満足するまであげればいいよ!」
「やったー! ありがとうお母さん!」
「誰がお母さんだ!!」
私の怒声も何処吹く風。
再び餌やりを始めたティオを横目に、私は隠れているはずのキールを迎えに行くことにした。
そして、ティオの作った隙間の前に立ったところではたと思う。キールは無事なのだろうか。
ティオが大丈夫だと言ったのだから信じたい、信じたいけれどその後に「多分」と着けたことを忘れては行けない。
もしも、もしもだ。
中で瓦礫が落ちてきて、キールが反応できなくて、グシャリと潰されちゃったりしてたとしたら...
...流石にそんなスプラッタな惨状は見たくない。
「キ、キール~...? 生きてるなら出てきて大丈夫だよ~...」
...返事はない。
いつものキールなら私の名前を大声を叫んで駆け寄ってくるはずなのに...ってことはやっぱり.....!
「うぅ...ウザイとは思ってたけど死んで欲しいとまでは思ってなかったのに...キールぅ.....」
「勝手に殺すなぁ!!」
「ひぃ!?」
幽霊? いや、足がついてる。
「い、生きてたの...?」
「当然だ! というかずっと呼んでいたぞ?」
「え?」
呼んでた?
私が聞き逃した?いやそんなことは無いはずだ。
「そもそも、名前呼ばなくてもさっさと出てくれば良かったのに。」
「走っても相当距離があったものでな。すまない。」
「距離?」
言われてキールがでてきた隙間を覗き見る。
どう見ても人が走れるどころか寝転がれる程の幅すらなさそうな隙間だ。
「何言ってるの?」
「入ってみればわかる。」
そう言ってキールはオレには説明が難しいと首を横に振った。ならばと私も足を踏み入れる。
踏み入れて、驚いた。
広かった。それも尋常じゃなく。
もちろん外の亀が寝ていた空間ほど広いわけじゃないけれど、例えば一人で暮らすのであればはるかに持て余すほどの、一家で暮らすにしても管理に困るほどの、それほどの広さの空間に繋がっていた。
多少塵が積もってはいるが、それでも外であんなに大騒ぎしていたとは思えないほど綺麗だ。
ティオが、あの時、腕を振り下ろした一瞬で作りあげたのだろう。
「ん?」
ぐるりと見渡すと奥の一角に周りと比べて不自然に綺麗な場所を見つけた。塵のひとつも積もっていない。
なるほど。
あそこにキールは座り込んでいたんだろう。
それで私の声を聞いて、走り出したけれども時間がかかったと。いや別にそれがどうということは無いけれど。
なら、呼んでいたというのは一体どういうことだろうか。
...あ、もしかして。
「キールー!聞こえるーー?!」
物は試しと、できる限りの大声で叫んでみる。
しかし隙間から覗き見えるキールはそんな声に反応することなく、大亀に餌をやるように口にコアを放り込み続けるティオにドン引いた表情を向けるだけだった。
やっぱりそうだ。この部屋、中からの音は外に漏れないようになっているんだ。
多分中でどれだけキールが騒いでも外に伝わらないようにするためだろう。
「すごいなぁ.....」
感心してしまう。感動してしまう。
私も同じ力を使っているはずなのに、何が違うんだろうか。知識?経験?それとも言っていた魔術とやらだろうか?
考えて、でも答えなんてでないから、外に出た。
「ノル、ちょうど良かった。...あいつは何をしているんだ?」
「餌やり、らしいよ。」
「餌やりと呼べる規模ではないだろう!」
「あはは.....」
似たり寄ったり?
数分前の私とほとんど同じように叫んだキールは肩をいからせて大股でズカズカとティオの元へと歩いていった。
私も、黙ってそのあとを追った。
ブックマーク等々よろしくお願いします。




