21ページ目:絢爛な石と巨大な何か
カツ、カツ、カツ、
響くのは私たちの足音と呼吸の音だけ。
遠くで揺らめく薄明かりは、どうやら私たちが想定していたよりも遠くにあるらしい。 どうも遠近感が上手く働かない。
「考えてみたらさ、この道って全く舗装されてなかったよね。 じゃあ、人が作った道じゃないってことなのかな?」
「そんなことどうでもいいだろう...!なんでお前はそんなに冷静なんだ!」
「ほんとだよ... 幽霊とか、勘弁してよ...」
一人だけ呑気に笑顔をうかべ、意気揚々と歩き続けるティオ。 私とキールはそんなティオの背に身をかがめて隠れながらそれについて行っている。
「ノルが幽霊とかダメって言うのが結構意外だなぁ。なんか大丈夫そう。」
「何それどういう意味?」
「ノルは幽霊という概念よりも具体的な怪談話なんかがダメなんだ。」
「ん〜? 幽霊そのものってよりも、脅かされるとか、自分に実害が及ぶのを怖がるってこと?」
「だいたいあってる。」
「なんだかなぁ...」
「うっさい!」
雑談で気を紛らわせても道は続く。
着実に近づいてはいると思うのだけれど、それでも光は遠くで私たちを誘うように揺らめいている。
「にしてもこの道、奥に行くにつれてだんだん広くなって行ってるね。」
「...あぁ、言われてみれば。」
言われて周りを見てみれば確かに、最初は人が一人は入れるかといった程度だった横穴は、今では私たちが両手を広げて横並んでもあまりあるほどの大きさにまで広がっていた。
「そうなるとやっぱ人が堀ったものじゃないのかもね。」
「だ、だとしたら、この穴って何なの?」
「それは僕にはさっぱり。」
ティオは肩をすくめてうざったらしく首を横に振る。
その後は、みんな何も喋らなかった。
私とキールは、たぶん緊張から。ティオは...どうなんだろうか。 とにかく誰も一言も話すことなく歩き続けて、体感で二十分ほど経った頃、ようやく目的地にたどり着いた。
そこにあったのは大きな半球形の空間。ひょっとすればセントラルが丸ごとおさめられても埋め尽くすことはできないかもしれないほどそれは広大で、最上部が地上の景色を覗かせてはいないことに違和感を覚えてしまうほどだった。
壁からはいくつかの光石の鉱脈が顔を出していて、光源はどうやらそれらしい。
しかし、その一つ一つが普通ではありえないほど強い光を発していて、それだけでここが普通の場所でないことがよくわかった。
そして、特筆すべきはその空間の中央に、花が咲き誇るように突出している鉱石だ。
明らかに他の石とは違うということが、私の目からでも明確にわかるそれは、光石の明かりを受けて色とりどりに輝いている。
「何あれ...」
「...僕も、知らないなぁ。キールは?」
「俺も知らないぞ、あんなの... 何なんだあれは...そもそも鉱石なのか?」
ふと、ティオが歩き出した。
それにつられて私達も歩みを進めていく。
近づいてみるとそれのサイズがこれまた果てしなく大きなものであることがよくわかった。触れられる距離まで近づけば、その全体像を一目で捉えるのは困難な程で。何より、その目を眩ませる強い光は、酷く妖艶だった。
「すごい...」
鼓膜を揺らしたその言葉を発したのが、自分だということに気づくのにすら数秒を要するほど、それは魅力的で、蠱惑的で。
「痛っ...」
唐突に、右手首に痛みが走った。
目をやればそれはティオに握られていて、その先は石に伸ばされている。
どうやら無意識のうちに触れようとしてしまっていたらしい。
「何があるかもわかんないのに迂闊に触らない方がいい。経皮毒なんてのもあるくらいだし。」
ティオの言う通りだ。それは分かっているのに、心中に浮かぶのは触れることを妨げられたことへの怒りだった。
キッとティオを睨みつける。
すると、気がついた。 久方ぶりに見たティオの顔は酷く青ざめていて、心地悪そうにその表情を歪めている。
「ど、どうしたの?」
「いや... 酔った...」
「は?」
酔う?
何に?
「むしろノルは平気なの...? キールはともかく...」
「俺はともかくとはどういうことだ!」
「私? いや、別に不調とかは何も... 」
特に身体に不振はない。
むしろ──
「気持ちいい.....」
「...? それってどういう──」
「お、おい! なんか...揺れてないか!?」
キールの焦燥に満ちた声につられて意識をやる。
確かに、確かに揺れている気がする。
「な、なんで?もしかして崩れる?」
「崩れる、だけだったらいいけどね...!」
揺れは続く。それどころかさらに強さは増していった。あたりは土埃を巻き上げはじめ、いよいよをもって落石までを起こす。
最初にキールが、次に私が、最後にはティオまでもがその揺れによって立っていられなくなった。
「や、やばいってこれ...! ティオ!もう隠しておける状況じゃないよ!」
「隠す...? どういうことだ!?」
「今説明してる暇ない!」
キールを制し、ティオに顔を向ける。
ティオならなんとかできるのではないかと、そう思ったのだが、
ティオは目を瞑って両の手を地面につけ、諦めたかのようにひれ伏していた。
「ちょっと! 何してんの?!」
「.....」
私の必死の声に、ティオはうるさいとでも言いたげに少し眉をひそめて、しかしそれでも沈黙を貫いた。
今も尚大きくなり続ける揺れは、ついに私たちの通ってきた細道を押し崩し、退路を絶ってしまう。
「.....! はぁ?!」
ようやっと目を開いたティオは、その目を大きく見開き驚愕を隠すことなく呆然と地面を見つめている。
「ど、どうしたんだ?!」
「何? 何があったの!?」
私たちの叫ぶような疑問に、ティオは微かに震える指を地面に向けた。
「...地震っていうのはね? 震源ってのがあるんだよ。」
「は?! そんなの今聞いてる暇ないって! キール、こっち!」
「おわぁ!? あ、危なかった...!」
キールの上に落ちてきた瓦礫を、キールの手を掴んで引きずり出すことによってなんとか回避する。
そしてひとまずの安全地帯として、そのままティオの近くにまで這いずりよった。 ここなら瓦礫が落ちてきてもティオが何とかしてくれるだろう。
「それでね? 揺れ方からしてここの真下だろうし、探れば分かるかなって、分かれば止められるかなって思ったんだけど...」
そこまで話して、ティオは顔をあげた。
引きつった笑顔を浮かべて。
「それが何! 違ったの?!」
「そもそも止めるってなんだ?! そんなこと出来るわけ──」
「後で話すから! たぶん!」
「いや、この下だってのはあってたんだけど問題はこの下にあるのがプレートとかじゃなくて.....」
「でっかい生き物っぽいんだよね。」
「「はぁ?」」
***
事態に見合わない、腑抜けた声画響くと同時に、それは動き始めた。
最初に起きた異変は地面に亀裂が入ったことだ。
ビシリと、空間を構成する大地に一本のせんがいれられ、連鎖的にそれは数を増やしていく。
そして、瞬間訪れた沈黙。
それに安堵するまもなく、私たちの足元が隆起した。それに反応したティオは、私たち二人を両脇に担ぎ、走り出した。
そんな足元を崩すかのように、地面の隆起は空間の中心から円状に広がってくる。
「ティオ! もっと速く! 追いつかれるって!」
「無茶言うなぁもう!」
前傾した姿勢をとり、安定性を度外視した走法でティオは加速する。
しかしその努力も虚しく、ひび割れていく地面に巻き込まれた私たちは隆起した岩片と共に高くはね飛ばされ、その衝撃でティオの手は離され、私たち3人は方々に散らされることになってしまった。
「きゃあっ!?」
口から盛れ出した悲鳴。衝撃に対して反射的に固く瞑った目を薄く開く。
すると、見えた。
大きな双眸。その手や、足を覆う鱗。鋭い牙。そして、特徴的な六角の模様が彫り込まれたその甲羅。
あれは──いや、今はまず自分のことだ。
迫り来る岩片、いや、床か?
ともかくまともに身体を打ち当ててしまえば重症は免れないだろう。
右手に魔力を集め、それを手掌の上に握り固める。イメージはボール。
それを岩片に打ち付け、その衝撃と爆風によって自らの身体を吹き飛ばし、落下速度を緩和させる。そしてその衝撃を利用して体勢を整え、なんとか無事に着地を決めた。
身体中が飛び散った石片のせいで切り傷だらけだが、ひとまずそれだけで済んだということにしておこう。
それよりも、ティオは無事だろうけれどキールは大丈夫だろうか。心配だし、様子を確認しに行きたいところだけど──
そんな暇は無さそうだ。
巨大なそれと、目が合った。
予想通りだ。
「でっかい...亀?」
大まかには記憶にある亀と似ていると思う。
しかし額部分の角や真黒に染まった眼球、黄色の瞳孔、そして何より、甲羅に生えている人を魅了する鉱石が、明らか普通のそれではないことを示していた。
「まぁ、でっかい時点でもう普通じゃないんだけどさ。」
毒づく私を嘲笑うかのようにその亀は身を震わせ、身体に積もった砂や石片をふるい落としていく。
「とりあえずっ!」
牽制代わりにその隙をついて先程同様、魔力を固めた球体を投げつける。なるべくダメージが見込めるように眼球目掛けて。
しかし、亀はそれを瞼を持ち上げるだけで防いだ。あえなく私の攻撃はパチンと瞼の上で弾けるだけに留まり、そして結果としては、
ギャオ"ォオオオォッ!!
ただ相手を怒らせてしまっただけになってしまった。
亀らしからぬ咆哮(亀って鳴くのだろうか?)に全身が震える。指向性を持った雄叫びは私の骨を、鼓膜を、砕けてしまいそうなほどに大きく震わせ、いつの間にか私はへたりこんでしまっていた。
足腰に力が入らない。腰が抜けた? いや、決して恐怖しているわけじゃない。
理由を考えている間にも、亀は行動を起こす。
こちらを向いて、ガパと大きく口を開いた。
「.....何あれ。」
口の中に、何かが見えた。円?
文字が書いてある。いや、意味を読み取れないから文字かどうかも不明瞭だけれど。
円形の板のようなものに、いくつかの記号と多大な文字のような何かが刻まれているそれが薄赤い光に包まれていく。
そして、それが躍動するように強い光と魔力を放った瞬間、
「っ!」
私の視界は、豪炎に染められた。
ブックマーク等々よろしくお願い




