2ページ目:邂逅 後半
前回の話でブックマークをしていただいた方。
本当にありがとうございます!
良ければほかの方もブックマーク等々していただければ幸いです。
「はぁ...はぁ...ふぅ。」
少し息を切らして、私は我が家にたどり着いた。
調子に乗って速度を出しすぎたかもしれない。
ティオはもう中に居るだろうか、今日はどれくらいお客さんが来ているんだろうか。
すぐにお客さんに対応するべく、一般用の入口から入ろうと扉に手をかけた瞬間、中から妙な音が響いた。
ドスン?ドシン?
まるで、何かを叩きつけるような音と共に、くぐもったようなお母さんの声が聞こえた。
その声は転んだとか、そんな優しいものにはまるで聞こえなくて、慌てて扉を開いた。
「お母さん!大丈夫...!?」
その時、私の目に映ったのは、倒れたり壊れたりしている椅子や机、割れた酒瓶、散らばった料理。そして、お母さんと、もう1人。
そいつはお母さんの首を掴んで壁に押付けていた。
「ノル、ちゃん...!に、げて!」
「ァあ?」
そいつは私が来たことに反応して、お母さんを掴んでいた手を離し、緩慢な動きで振り返った。
「...っ!」
背筋が凍ったような気がした。
200は越えそうな馬鹿みたいに大きな体躯、色が抜け落ちたような真白の肌に頭髪。
そして何より、そんな肌や頭髪とは対照的に真黒に染まった双眸が、ただひたすらに不気味だった。
「はぁ...なんで帰ってきちゃったかねぇ。ノルちゃん?」
「...なんの御用でしょうか。」
怖い。
けどここで私が逃げたらこいつがお母さんに何をしやがるのかなんて分かりきっているから身動きひとつ取れずただそいつを睨みつけた。
「めんどくせぇなぁ...こいつを手に入れたんだからもうここにゃあ用はねぇんだが。」
そう言ってそいつは手の中で何かを転がした。
遠いし、暗がりで、私からはそれが正しく何かは判別出来なかったが、お母さんはその様子を見るが否や目を剥いて飛びかかった。
「それを...返しなさい!」
「おっと、あぶねぇなぁ。」
壁にもたれかかって座り込んでいたお母さんは床に着いた両手を軸にしてその何かをたたき落とすように手を狙って蹴りを繰り出した。
しかし男はそれを半身で躱し、トン、と後ろに飛んで下がる。
お母さんは悔しそうに歯噛みして、でもその後すぐに私の元へ駆け寄ってきた。
「ノルちゃん、ここは危ないから早く外へ逃げて。」
「...!」
今まで見たことないくらいの真剣な顔。
それだけで私を説得するには十分だった。
黙って、頷いて、扉に向かって走り出そうとした、が
「させるわけねぇだろ?」
そんな声とともに壊れた椅子の足が私の目線のすぐ前をを横切った。
あいつが投擲したらしい。
それが壁に深く突き刺さっていることから、とんでもない威力であるということがわかって、きっとあれが命中したらタダでは済まないだろうということも想像に難くなかった。
「そいつも『血縁』なら逃がす理由がねぇからなぁ。」
「血、縁...?」
聞き馴染みがない単語ではない。
でもきっとあいつが言ってるのが私の知っているそれとは違うのだろうということはなんとなくわかる。
首を傾げている私を見て、そいつは心底面白そうに口の端を歪めて笑った。
「く、はは...おいおい、教わってねぇのか?『血縁』っつうのは──」
「黙りなさい!」
何かを、話そうとしたやつに、お母さんは再び飛びかかった。
長いスカートの中から薄いナイフを数本取り出し、投擲し、それを囮にやつに接近を試みる。
しかし、やつはそれらを全て体で受け止めた。
「な?!」
皮膚に弾かれたナイフには血液の一滴もついてはいない。
それでもお母さんはやつの下顎に回し蹴りを食らわせた、がそれすらもダメージにはならず、やつはお母さんの足を掴んで数度振り回してから私に向かって投げつけてきた。
「く、かはっ...」
投げつけられたお母さんを受け止めた私の体はそれと共に後方に吹き飛び壁に衝突する。
押し出された空気が漏れだし、新たに取り込むことが出来ない。
ヒューヒューと細い呼吸を繰り返す私を、お母さんは慌てて立ち上がって抱きかかえた。
「ノルちゃん!大丈夫!?」
大丈夫だ、と笑ってみせたいが私の体はそれを許してくれない。
酸素を取り込もうと意味の無い呼吸を幾度となく繰り返す私と、そんな私を介抱するお母さんを眺めて、やつはククと喉を鳴らした。
「さて、『血縁』の話だったな。」
「やめて!」
声を荒らげるお母さんを気にも留めずに言葉を続ける。
「『血縁』っつうのはいくつかの家系のことを指す。」
お前もそうだってことだ。
そう言ってやつは笑った。
「その家系のやつらはとある宿命を背負ってる。」
「しゅく、めい...?」
「お、話せるまでは回復したか。そう、宿命だ。」
何世代もご苦労なこった。
また笑う。
「お前たちはこいつを守り、受け渡さなければならない、んだったか?」
聞いた話だから正確にはわからんが。
そう言って手の中で転がしていた何かをこちらに見せた。
その手の中に入っていたのは──
「赤い、宝石...?」
手のひらサイズのそれは炎のような、あるいは血液のように妖しくか輝く球状の宝石のような何かだった。
「《朱の英雄》の遺産だよ。」
突如見せられた謎の物体に困惑する私にやつから投げかけられたのはそんな言葉だった。
情報過多で頭の回らない私に追い打ちをかけるようにやつは続ける。
「これを《朱の英雄》が再び現れるその時まで守り、これを返却する。それが『血縁』のヤツらの宿命なんだと、おれぁそう聞かされてたんだが、、、」
そう言ってやつは真黒な瞳をこちらに向けた。
やつの言いたいことは、よくわかる。
それなら、
それならなぜ、私は、それを知らない?
私は、やつも、目線は自然と1人に集まっていた。
「.....」
視線が集まる中、お母さんは俯いて、グッと歯をかみ締めて、何かを思案するような素振りを見せる。
何を考えているのかなんて分からない。
私たちはそこまで以心伝心じゃない。
だって私は結局お母さんの何も知らなかった。
私の前ではお母さんは、おっとりしてて、優しくて、少し不思議なところがあってちょっとどん臭くて、だから鋭い蹴りを繰り出したことが、スカートの中から暗器のようなナイフを取り出したことが内心信じられなくて、
でも、
「言わなくていいよ。」
私は、意を決して口を開こうとしていたお母さんを制止した。
お母さんは私に何も伝えてくれなかったんだってことはわかってる。
けどさ、別に意地悪とかそういう訳じゃないんでしょ?
それは分かるよ。
家族だからってなんでも話す訳でもないし、家族だから話しづらいこととか、話せないことってあるもんね。
だって、私もそうだから。
「あのねお母さん。実は私、ずっと外の世界を見に行きたかったの。」
「、いきなり何を...?」
「でもこの宿を継がなきゃだからって、お母さんに迷惑かけちゃいけないって、ずっと言えなかったんだ。」
「...!」
ずっと昔からの私の夢。
お母さんには、お母さんにだけは打ち明けることが出来なかった。
「家族にも言えないこともあるって私は分かるから、だから言いたくないなら言わなくていい。」
「ノル、ちゃん...」
言いたいことは全て言いきって、緊張で震えていた喉を落ち着かせるようにふ、と息を吐いた。
するとそこまで傍観していたやつが拍手とともに汚い大声を響かせた。
「クハハ!泣かせるじゃねえか。」
こちらに近づいてくるそいつは、どこから取りだしたのか剣を手に持っていた。
ああ、殺すつもりだ。
そう思って逃げようと動かした足は、意に反して立ち上がって1歩前に踏み出した。
私を追って伸ばしたお母さんの手が空を切ったのがわかって、でも、それでも私はやつの前に立ち塞がった。
「うるさいよ。今親子愛を育んでるとこなんだから黙ってろ。」
口から飛び出したのは、自分とは思えないような挑発的なセリフ。
おかしいって言うのはわかってる、剣を持った大男の前になんの護身術も持たないような少女が立ち塞がるなんて馬鹿らしいにも程がある。
でもここで退がったらこいつはきっとお母さんを手にかけるだろうから、そう思ったら退くことは出来なかった。
「知ってるか?そういうのを無鉄砲って言うんだぜ?」
「知ってる。」
意識して、ニヤリと煽るような笑顔を貼り付ける。
後ろでお母さんがなにか叫んでいるのが聞こえる。けど何を言ってるのかちっとも理解できない。
「そういや名乗ってなかったな。オスロだ。」
「ノル。ノル・ブレイズだよ。よろしくねオスロさん。」
「あぁ、よろしくな。無茶で無謀なノル・ブレイズ。」
死ね。
振り上げられた剣が、空を切って私の首筋に迫る。
体は全くと言って反応できないのに、視界だけがスローモーションになってるように、その剣筋はゆったりとして見えた。
失敗したなぁ、なんてほんの少しだけ後悔が過ぎる。
無茶で無謀な私の行動。
それを無鉄砲と断じ、私の最期を告げる真黒な影を纏ったその剣は──
「でも、僕が間に合った。」
朱い光に隠された。
「だったらまぁ、無駄じゃなかったんじゃない?」
そこに居たのは前髪に朱い髪をひと房、それ以外は黒い髪を持つ1人の少年だった。
おおよそ自分の身長程の大剣を素手で受け止めるという現実離れした光景に目を瞬かせる。
でも、にへらとくだけた様に笑うその顔には見覚えがあった。
「ティ、オ...?」
「なはは、今更何を言ってるのさどうみてもそうでしょ。」
髪色はちょっと違うけどね。
なんておどけて言うティオに、再び剣が振り下ろされる。
危ない!
と叫ぶまもなくティオの頭上に迫った剣は、どこからともなく取りだしたティオの剣によって受け止められた。
オスロは後ろに飛び下がり距離をとる。
その時、初めてニヤついた笑みでもなく、億劫そうな表情でもない、敵を、見つけたかのような、そんな色を浮かべた。
それでもティオはそちらには目もくれず、私たちの方へと向き直った。
「遅くなってごめんね。怪我、ない?」
「う、うん。私は多分大丈夫。」
肋の一本くらい折れてるのかもしれないが、私からは分からないし。
「そ、それよりも!あいつ!」
ティオとのそんな会話を打ち切ってオスロを指さす。
警戒しているのか未だに行動は起こさないでこちらを見ているそいつは、魔獣のような獰猛な瞳をしている。
「あいつはまだ大丈夫。」
「は?」
あと数分は動かないから。
なんて意味のわからないことを言い出したティオに首を傾げていると、
「ノルちゃん!」
という言葉と共に背後から強い衝撃が襲ってきた。
よろけつつも足をふんばって振り返ると、そこには目に涙を溜めたお母さんがいた。
「大丈夫?生きてる?怪我してない?」
質問を浴びせながらベタベタベタベタと身体中を触りまくるお母さん。
その手を振り払ってティオの方へ向き直ると、ティオは口元に手を当ててくすくすと笑っていた。
「何よ。」
「いや別に?」
恥ずかしい...
親のいいところでもあり嫌なところを友達に見られてガックリと項垂れている私を見て大口を開けて笑いだしたティオ。
抗議の意を込めてキッと睨みつけてやると、朱いひと房の頭髪が目に入った。
「ティオ、それってさ、」
「ああ、これ?」
ひとつまみ朱くなった前髪をつまみ上げ、またにへらと笑う。
「えーっとそうだなぁ...興奮すると朱くなっちゃうんだよね!」
「...」
「あ〜...やっぱ無理ある?」
「うん。」
そっかぁ...
なんて、ティオは大袈裟に肩を落として、その後すぐにケロリとした顔をこちらに向けて──
「そ、僕がいわゆる《朱の英雄》ってやつ。」
よろしくね。
なんてあっさりと言い切りやがった。
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「お待ちしておりました、《朱の英雄》様。」
あっさりと衝撃の事実を打ち明けてくれやがったティオに対して呆然としていると、お母さんが片膝を着いてそういった。
そっか、さっきのオスロが言ってたことが全て正しいなら、ティオはお母さんが、ご先祖さま達が待ちわびた相手なのか。
「ちょっ、やめてください!」
ティオはそんなお母さんの行動に慌てて頭をあげさせようとする。
まあ年上に頭下げて遜られたら私だって気持ち悪──あれ?年上?
「ねえティオ、あんた18歳とか言ってたけどあれっt「18歳だよ。」.......」
「ずっと寝てたし、体も成長してないから18歳だから。」
わかった?
そう世界の英雄様から圧を掛けられてしまえば、根が小市民な私は頷くしかない。
こくりと頷いて、それで満足したらしいティオはお母さんの説得に移った。
結局お母さんは引かなくて、英雄命令とかよく分からない権力を行使してやっと頭をあげさせることに成功していたが。
顔をあげたお母さんは心苦しそうな表情を浮かべて口を開いた。
「《朱の英雄》s「ティオ。」...ティオ様、申し訳ありません。お渡しするはずの宝玉はやつに奪われてしまいました。」
「わかってる。別に気にしなくていい。」
宝玉。
というとさっきオスロが持っていたやつだろう。
というか、オスロは一体何をしてるんだ。
当たり前のように普通に話を続けるものだからつい意識の外においやってしまっていたが。
そう思ってオスロの方を見ると、まだやつはそこにいた。
それも寸分狂わず、その場に静止していた。
「は?え?」
「急にどしたん?」
「いや、どしたん?じゃなくて...あ、あれ!どうなってんの?!」
ティオはビシリと指さす私の指の先を辿って行って、あぁ、と思い出したように笑った。
「止めてんの。」
「は?」
「だから、時間を止めてんの。」
あいつの周辺だけね。
とさらりと言いやったティオ。
ポカンと開いた口が塞がらないままにお母さんの方を振り向いて見れば、お母さんからしても規格外のことだったらしく、同様に驚いていた。
「そ、それってすごいことなんじゃ...?」
「うん、そこそこすごいよ。でもほら、世界創るよりは簡単だし。」
そうだった。
世界を創った英雄なんだ、こいつ。
なら簡単なのか?いや、そんなわけないだろ。
「それにそんな便利じゃないんだよ?これ。時間を止めてる間に攻撃することが出来ないから時間稼ぎにしかならないし、10分程度しか止めらんないし。」
「あんたからすればそうなのかも知んないけど!私たちからしたらとんでもないことでしょうが!」
「そりゃそうだ。」
あはは、とあっけらかんと笑うティオに腹を立てつつもう一度オスロの方を見やる。
まだ動き始めてはいないが...10分と言うならあと1分ほどで時間切れ、あいつも動き始めるということか。
「っていうかなんで攻撃できないの?時間止めてシュバババ!てしちゃえば勝ちなのに。」
「時間が止まってるんだから剣を入れても切り裂けないし、炎で焼いても燃えないんだよ。力も止まっちゃうって言えばいいのかな?」
分かるような分からないような...
私が首を傾げているとティオはふっ、と笑って「わかんなくてもいいよ。」と言った。
「どっちにしろ倒すし、気にすることない。」
幾段がトーンを落とした声で言い放ったその言葉であたりはぴしりと凍りついた。
私たちに後ろに下がるように伝えて、ティオは止まったままのオスロの前に立ち、右手に持った剣を構える。
瞬間、完全に静止していたオスロが目を瞬かせた。
突然目の前に現れた少年に、ほんの少しの動揺を見せたオスロだったが考えるより先に体が動いたといったようにティオに斬りかかった。
巨体を活かして渾身の振り下ろしを繰り出したオスロ。
ティオはその剣を左手の指で弾いた。
たったそれだけの動作に剣の軌道を逸らされたというその事実にオスロは目を白黒させる。
その動揺をティオは見逃さず、オスロの首筋目掛けて剣を振り上げた。
それは見事に命中、オスロの首を切り裂いた──
パキンッ
はずだった。
響いたのは肉を裂いた音でもオスロの絶叫でもなく、ティオの剣が折れた音。
「...まじ?」
オスロの前蹴りをバク転で躱したティオの口から漏れたそんな言葉。
ティオにとっても皮膚で剣を折るだなんてことは想定外だったらしい。
続く胴を横薙ぎにするオスロの攻撃を姿勢を下げて躱し、立ち上がる勢いを乗せて顔面に蹴りを入れるがそれがきいた様子もない。
「やっべ...」
ティオはそう言って冷や汗を垂らした。
「ちょっとティオ!やっべってなに?!あんた英雄なんでしょうが!」
「うっさい!こちとら寝起きだし、力取り戻してないしで不完全体もいいとこなんだよ!」
何万年以上のブランクだぞ!
と連続するオスロの攻撃を躱しながら叫ぶティオ。
幾度となくカウンターで打撃を与え続けるが、オスロの皮膚装甲を貫くダメージは与えられない。
「どうしたぁ!そんな攻撃で俺が倒せるとでも思ってんのかぁ
!!」
「そりゃこっちのセリフだね。1発も当たってないよ?」
「殺す!」
「やってみろ。」
ティオは軽口でオスロを挑発する。
頭に血が上ったオスロの攻撃はさらに単調になって、ティオも顔に笑みを湛えられるほどに余裕が生まれていた。
それでも決定打は与えられない。
ティオは強い。
1発も攻撃をくらってないし、よく見てみれば店の内装にダメージを与えないように立ち回っている。
それであの大男を圧倒しているのだから。
それでも私の戦闘からはかけ離れた素人目線からも攻撃力が足りていないように思える。
「...んー、こりゃ無理だな。」
ふと聞こえてきたのはそんな耳を疑うような言葉だった。
あんなに遜っていたお母さんですら「は?」と声を漏らすのが聞こえた。
「無理って何!?諦めんの?!」
「なわけないじゃん。でもこのまんまじゃ勝ち目がない「死ねぇ!」うぉっと...装甲硬すぎて1しかダメージ与えらんないのに体力カンストまであるみたいなもんだし。だからやることやんないと無理そう。」
「やること...?」
首を傾げる私たちのもとへティオはトン、と跳躍して近づいてきた。
当然オスロもそれを追って駆けてくるが、それは透明な膜によって阻まれた。
「結界、貼らせてもらった。まあ多分すぐ壊れるけど。」
ティオがチラリと見やったそちらには狂ったように大口を開けてガンガンと剣を結界とやらに剣を叩きつけるオスロの姿が。
それにはもう罅が入っていて、確かに長くは持ちそうにない。
「端的に説明する。質問は後でしてね。」
「わ、わかった。」
ティオは私とお母さんを交互に数回見て、そして改めて口を開いた。
「僕は『レイヴ』っていう、誰かと契約をすることで本来以上の力を発揮できる種族なんだ。だからノル、僕と契約して欲しい。」
「...は?」
増えに増えた情報は私の頭では処理しきれず、疑問符がただ増えていく。
レイヴ、契約、私が、ティオと、契約?
私がただ頭を回してティオの言葉を反芻している中、反応したのはお母さんだった。
「ちょっと待ってください。それはつまり、ノルちゃんを戦いに巻き込むってことですか?」
目付きを鋭く、さっきまで敬っていた相手を睨みつけるお母さん。
それをティオは飄々と受け止めた。
「今限りでもいい。申し訳ないけど今の僕じゃこの状況を打開できない。」
「なら私が!」
「無理、相性ってのがあるんだよ。契約できる相手はレイヴの方からすれば一目見りゃ分かる。残念ながらお母様の方に資格は無い。」
「だからってそんな得体のしれないことを...!」
言い争っている2人の後ろ、ティオが貼った結界の罅は徐々に広がっていっている。
完全に遮断されていたオスロの声も漏れ聞こえてきてるのだから恐らくもう時間はあまり残されていないのだろう。
お母さんの言う通り、得体がしれない。
それがどんなものでどんな影響をティオに私に及ぼすかなんて分からないのだから。
でもこのまんまじゃ千日手、戦いは終わらないし、うちだって壊れてしまうかもしれないし、もしかしたら死んでしまうかもしれない。
なら、
答えは決まってるじゃないか。
「ティオ、契約ってどうすんの?」
「ノルちゃん!?」
お母さんは私の言葉にぎょっとしたように目を見開いたが、ティオはそう言うのを待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「レイヴ側が対象の体液を体に取り込めばいい。」
「え、キモ。」
「しゃあないだろ、それしかないんだから。血でいい。手、出して。ちょっと斬るから。」
「字が怖い!」
そう言ってティオは私の手に折れた剣を近づけた。
もっといい刃物は無いのか、英雄。
プツリと指先に小さく傷を作り、そこから血が滲む。
「ノルちゃん!ほんとにいいの!?」
そこまで来てお母さんが焦ったように声を荒らげた。
でも、ごめんね。やるって決めたから。
それに、
「大丈夫、ティオを信じてるから。」
「...!」
私と目が合ったお母さんは、私の目から何を読み取ったのか、息を呑んで目を伏せた。
次、顔を上げた時にはもうお母さんの目に迷いや心配の色はなかった。
「僕とノルってあったばかりだよね?」
「信じられると思ったからいいの。」
「心配だなぁ。悪い人に騙されないでよ?」
「善処しまーす。」
軽口を叩いているうちにも結界は壊れていく。
全体が軋んでいてもう数度で壊れてしまうだろう。
「ほら、早く飲みなさいよ。」
「やだなぁ...」
「あんたが言ったんでしょうが!」
そうしてティオは滲む私の血液を舐めとった。
こくりと喉を鳴らした瞬間、眩い光が私とティオを包み込む──
「...あれ?」
なんてことはなかった。
何も、起こらない。
「なに?失敗?」
「んーん、ちゃんと成功してるよ。あとはノルだけ。」
「私?」
何をすればいいのだろう。
「名前をよんで、僕に命じて。」
「え?えっと、ティ──」
「それじゃない」
魂にで繋がった僕をよんで。
そう言われた瞬間、頭に、あるいは、魂に?ある言葉がよぎった。
知らない言葉、いや、名前
「これでいいの?」
「さぁ。」
なにそれ、無責任すぎでしょ。
いいや、別に間違っててもなんかある訳でもないし。
そうして私は、それを読み上げた。
「あいつを倒して。」
「アイトス」
瞬間、今度こそ本当に、ティオの体が光に包まれた。
視界を遮る眩い光が晴れたそこには黒い髪にひと房の朱い前髪を携え、爛々と朱く目を輝かせた少年がいた。
その後ろでガラスが割れるような音が響き渡る。
どうやらオスロが結界を壊したようだ。
「お、タイミングバッチリ。」
ティオは、アイトスは変わらずくだけたように笑って、
「じゃあいってくる。」
とオスロの前に立ち塞がった。
「よくもまぁくだらねぇ時間稼ぎしてくれたもんだなぁ?」
雰囲気変わったか?
そう訝しむオスロにアイトスは笑って、
「なんでもいいでしょ、さっさとやろう。」
クイクイと人差し指を曲げて挑発した。
「あぁ、そうだな。さっさと死ね!」
青筋を立ててアイトスに斬り掛かるオスロ。
そんなオスロの剣をアイトスは素手で受け止め、それを握り砕いた。
「な?!」
驚愕を顔にうかべたオスロはそれでも絶えず攻め続ける。
刀身を失った剣の柄をアイトスに投擲しそれを囮に拳を振った。
しかしアイトスは柄をくるりと受け止め、それを指先で弾いてオスロの腕に当てて軌道をずらした。
体勢を崩したオスロは無防備にアイトスに近づき──
「ばいばい。」
その胸を手刀で貫かれた。
血を吐き、床に倒れ伏す。
そして驚くことにその死体は、血も、塵となって消え去ってしまった。
アイトスも驚いたように黒に戻ったその瞳を瞬かせたが、気にしないことにしたのか私たちの方を振り向いて、弾けるような笑顔とVサインをこちらに向けた。
色々と聞きたいことも、納得のいかないこともあるがひとまず、
《朱の英雄》ティオ/アイトス VS 謎の男 オスロ
異色の初マッチアップ。
ティオの大勝利。
前話と今話でプロローグとなっています。
主な世界観と主要キャラ感の紹介ですね。