18ページ目:元同級生と武器鍛冶師
「愛しの...花嫁.....?」
「違う...ちょっと静かにして.....」
首傾げながら触れられたくないそんな単語をポツリとつぶやくティオに釘をさして顔を手のひらで覆う。
最悪だ。留守だったらいいなぁとかちょっと思ってたのに。
全然いるじゃないか。
「何? もしかして許嫁とか?」
「なわけないでしょ...」
羞恥心、怒り、後悔。
そんな多くの感情に揺さぶられ弁解する言葉も紡げない。ティオは、ほぅ、なんて言って納得したように首を縦に振っている、けど多分間違ってるからやめてくれ。
「いたた.....久しぶりだと言うのに随分と荒々しいね。俺は君のそういう所も好ましく思っているが。」
「おぉ...立った.....!」
ふらりとよろけながらも、しかし意識を落とすことなく立ち上がる赤毛碧眼の男に、ティオは感嘆の声を漏らした。
なんで立てるんだ。ほんとに思いっきり蹴り飛ばしたんだぞ。なんならティオとの約束を破ってもこの際構わないとすら思ってたのに。
「それにしても今日はどうしたんだい? 君から会いに来てくれるというのは実に喜ばしいことだが、しかし残念ながら俺にも今日は用があるのだが.....」
「ちょっと黙れ。 ティオ、一応紹介するね。鍛冶屋の息子のキール・ラインス。私の...まぁ、同級生。」
「そして婚約者だ!」
「違う、ホントに黙って。」
これだからここには来たくなかったんだ。
やかましい同級生の妄言を聞き流して、ティオに念の為に紹介をしておく。まぁ、もしかしたらその内キールに頼ることがあるかもしれないから。
...できることなら避けたい未来だけど。
「同級生...学校があるの?」
「もちろん。今度見に行く?」
「うん、時間があったら行きたいかな。こっちの学校がどんなのか結構気になる。」
「...ちょっと待て。さっきから黙って聞いていればお前は誰なんだ?」
キールは訝しげな目をティオに向ける。
さて、なんと説明するべきか。 ティオのことをキールに紹介する必要は正直あまりないのだけれどここで不和を作るのも決して好ましくない。
「初めまして、ティオといいます。」
と、そんなことを悩んでいると、ティオが自己紹介を済ませてしまった。『英雄』の名前なんて一般的な知られていないし大丈夫なのか... でも旧世界からの敵がいるわけだし、少し不用心すぎるんじゃないの...?
「ふむ、ティオか。ここらでは見かけない顔だが旅人か?」
「最近田舎から出稼ぎに来たんです。仕事先を探している時にノルさんにはお世話になって。」
よくもまぁこんなにスラスラと嘘が出てくるもんだ。
そんなティオに対して、キールは疑わしいという目をしたまま二三私とティオの顔を交互に見やる。
仕方なく目を合わせて一つ頷いてやると、キールはパッと目の色を変えて大袈裟なほどの笑顔を浮かべた。
「ほう、偶然にも心優しき我が妻に出会えるとは幸運だったな!」
「妻でもないから。」
「して、ここには一体何の用だ? こういってはなんだがここには稼げるような仕事も面白いものもないぞ。」
聞いてないし...
それはそうと、どう説明をしようか。 未知の強敵がこの街を襲うのでそいつと戦うために武器を作りたいんです。なんて言えるはずない。
少なくともこいつには教えられない。
「少しおじさんに話があるんだ。おじさんって今どこにいる?」
「親父か? 工房だとは思うが...「おっけ、工房ね。よし、いくよティオ。」おい、ちょっと待て!」
「おじゃましまーす。」
顔見知りだし、理由をでっち上げるのも面倒だから強引に突破する。靴を脱いで木造の廊下を進んでいくと、少し大きすぎる笑い声と会話が聞こえてきた。
会話相手の声は聞こえないが、笑い声の方には聞き覚えがある。
「誰と喋ってるんだろ.....?」
「それは俺にもわからん。親父はいつもああやって工房で一人、何かと談笑しているんだ。」
.....なんでついてくるの。
「キール、工房の場所くらいわかるし、もうどっか行っていいよ。用があるって言ってたでしょ?」
「はははは! 安心しろ! そこまで急ぎの用事でもないからな!」
「チッ...」
狭い廊下で無理やり私と並び歩こうとしてくるものだから邪魔で仕方がない。 ティオを見習ってくれ、ちゃんと後ろを歩いてくれてるだろうが。
そう思い、ちらとティオの方を振り返ってみると、ティオは俯いて黙りこくっていた。しかも顔を顰めていてどこか辛そうだ。
「って、ティオどうしたの?ずっと黙ってるけど...」
「.....ん? ごめん、呼んだ?」
「呼んだっていうか... 大丈夫?」
「...あぁ、ちょっと耳が痛くて... まぁ大丈夫だよ。」
耳が痛い.....?
何か図星をつくようなことでも言ったかな?
だなんてそんなことを考えていたらそう長くもない廊下を突き当たりまで渡りきっていた。 目の前にある工房の扉を軽くノックする。
「ん? どうしたぁ、キールか?」
「おじさん、ノルだよ。 入ってもいい?」
「おぉ、ノルか! 入れ入れ!」
すると少ししゃがれた声が扉の内側から響いた。言葉に甘えて引き戸を開く。すると廊下よりも幾度か高い気温の風が私の頬を撫ぜた。
部屋の中央には剣や刀なんかが円形に並べられていて、その中には乱雑に乱れた白髪で、丸渕の眼鏡をかけた背の高い細身の男性が立っていた。
「久しぶりだなぁ! うちのバカ息子のせいですっかり来なくなっちまったもんだから寂しかったぜぇ。」
「俺のせいとはどういうことだ! ...まさか、ノルは修行に勤しむ俺を気遣ってくれていたということか?!」
「...ほんとうにすまねぇな、こんなバカの相手さしちまって。」
「いや、おじさんが悪いわけじゃないよ...」
どれもこれも、学生時代に美形で有名だったキールに求婚され、断ることへの申し訳なさとほんのちょっとの優越感から煮え切らない態度をとってしまった私が悪い。
あの時はどうかしていたんだ。
「ところでそっちの坊主は?」
おじさんはどこからともなく取り出し、ぱらと開いた扇子で扇ぎながらティオをあごで指し示した。
ティオはそれに対して、どことなく青い顔で、貼り付けたような笑顔を浮かべて私の隣に並び立って応える。
「初めまして、ティオといいます。」
「おぉそうか。オレはクリュウ。クリュウ・ラインスってんだ。よろしくなぁ。」
そう言って、ふっと吐き出すように小さく笑顔を見せたおじさんは敷かれた武器たちを飛び越えティオの目の前に歩み寄り、
「武器がご入り用か?」
と、まるで見透かすようにそう言った。
「...はい。」
「なるほどなぁ..... キール、ちと表出てろ。」
「...は?! 俺が? 何故だ!」
「さっさとしろ。」
おじさんはしっしと手で払うような動作をキールに向ける。キールは、不満は変わらないようだったがこれ以上は無駄だと悟ったのか、扉の方へ向けた。
「...ノルはどうするんだ?」
「え、私? えっと...」
戸に手をかけた途端、キールは私の方を振り向いた。
私は...どうすればいいんだろう? おじさんはティオに話があるみたいだし...
「ノルにも話がある。残っててくれ。」
「...わかった。」
そう言ってキールは部屋を出ていった。
おじさんは相変わらず値踏みをするような目でティオを眺めている。
「さて、バカ息子が迷惑かけちまったなぁ。」
「いえ、それにしてもあんまり似てないですね。」
「捨て子だったからな、オレとは血が繋がってねぇのよ。」
「だから名前も?」
「おぉ、オレのは和名に近ぇだろ? 代々そうなってんだがキールに血縁の繋がりを強いるのは酷だと思ってなぁ。」
世間話のような言葉の応酬。
2人ともが笑顔を貼り付けたような表情のままに会話を続ける。
「にしてもアンタ随分嫌われてんなぁ。」
.....?
嫌われてる?
一体、何に?
「あはは... やっぱり本能的に受け付けてもらえないんでしょうね...」
「まぁ、こいつらはオレが魔獣との戦いのために打ったもんだからなぁ。あんたほどヤっちまってんじゃぁ受け入れてもらえねぇのもしゃーないわ。」
分からない。 2人は、誰の話をしているんだ?
「んで? てめぇの得物が欲しいっつー話だったなぁ。どうだ? お眼鏡にかなうやつはぁいるか?」
両手を広げ、自慢の作品たちを見せびらかさんと胸を張るおじさん。ティオはそんなおじさんの様子にくすりと笑った。
「僕は...ちょっと厳しいですね。」
「くはっ、まぁだろうなぁ。」
「でも、あなたの腕は気に入りました。目も、耳も。」
「くははっ、そりゃぁ嬉しい限りだ。」
「ノルはどう? 気に入った武器はある?」
「あ、え、私?」
唐突に振られた話についていけず、あわと腕を動かす。 気に入った武器と言われても私に武器の善し悪しなんて分からない。
ティオとおじさんの顔を見ると2人は揃って床に並べられた武器の方を目線で指し示した。
「手に取ってもらって構ぁねぇよ。」
「...わかった。」
「ついでに僕のところに持ってきてくれると嬉しいな。」
「なんで? ティオも手に取ればいいじゃん。」
「あっはは、無理無理無理。」
「?」
意味がわからない。
けれどひとまず、おじさんに言われた通り、いくつかの武器を手に取ってみることにして、並んでいる武器らの前に立つ。
長剣、刀、薙刀、大剣、槍、知ってるだけでもこれ以上の凶器が並び揃っていて、他にも知らないものまで揃い踏んでいる。
「まずはどんなもんが扱いたいか、だなぁ。」
いつの間にか私の隣に立っていたおじさんは、そんなことを言い放った。 ティオは五歩ほど引いたところでこちらの様子を伺っている。
「.....そういえばおじさんは私もティオと目的が一緒だってなんでわかったの?」
「んぁぁ? 見りゃわかるんだよ。んな事よりさっさと決めな。連れが暇になっちまうぞぉ。キールも.....あいつはまぁいいか。」
ふむ、とにかくまずはさっきおじさんが言っていたように使いたい種類を選んでみよう。
と言っても、私はとっくに決まってるんだけど。
「片手で使える、長剣がいい。」
「ほぉ、意外だな。まぁ好きにすりゃぁ良いさ。」
そう言っておじさんは長剣を手に取って私の前に並べ揃えてくれた。
そうして私の目の前に残されたのは三本の剣。
一本はシンプルな形状をしていて、しかし他のものよりも一回りほど大きい。手に取ってみるとズシッと重たく魔力を纏わない通常時の私の腕では振るのに苦労しそうだ。
一本は先端が曲がっていて、剣身は少し曲刀に近い。鍔は翼をモチーフにあしらわれている。手に取ってみると驚くほど軽く、素の私の腕力でも軽々と振れるものだった。
そして最後の一本は他のものよりも剣身が細い。どこかで見たことのあるレイピアという武器に似ている。鍔はなく大きな針のようなそれは、持ってみれば案外重たく、振れないこともないが扱いは難しそう。
何があるわけでもないのに凶器を手に取るというのは案外緊張するもので、恐る恐るとそれらを手に取って振り回してを繰り返す。
「どう? なんかいいのあった?」
「ん〜... とりあえずティオもこっち来たら?」
「くはっ、あんま無理言ってやんなよノル。ここにいられるだけでもよく我慢してる方だとオレァ思うぜ?」
「意味わかんない.....」
本当にティオとおじさんの言ってることが不明瞭すぎる。 一体なんの話しをしてるのか全く理解出来ない。
「んで? どうなんだ? どいつか、気に入ったやつぁいるか?」
「んっと...」
さっきも言った通り、私は剣の善し悪しなんざさして分からない。 振りやすいというか、使いやすいなと思ったのは最後の鍔のないものなのだけれど.....
「しっくり来るかって言われたら正直あんまり.....」
おじさんには申し訳ないけどこれが正直な感想だ。
どれもなんというか、手から離れてしまいそうというか... ふと気を抜くと自らの剣に切られてしまいそうというか...
「やっぱりかぁ。」
「.....?」
やっぱり?
「そうなると、っつうかティオだったか? そこの坊主.....そいつの分も考えりゃぁどっちにしろか。」
おじさんはそう言ってガリガリと頭を搔くと、どこからか取り出したキセルを咥えた。
そうして自信ありげに腕を組むと、
「打っちゃるよ。お前ら2人のための作品を。」
そう言って不敵に笑った。
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