14ページ目:説教と???
「私は何も聞いてないわ。」
「はい...」
「ニアからも何も聞いていない。ってことはあなたもしかして自分の母親にすら話していないのかしら?」
「ないです...」
「誰にも相談せず、勝手に決めて、挙句の果てに事後報告すらなし、と。」
「うぐぅ...」
ポロリと。
語るに落ちてしまった私は、ひたすらにチクリチクリと突き刺す痛みを幻視してしまうような、そんな言葉を浴びせられ続けている。
提案をした、というかついて行きたいと言ったのは私だということで、ティオはお咎めなし。とは言え許可を出してしまった手前、多少の責任を感じているのか、先程から何かを言おうとして、しかしサリアさんに睨まれて黙殺されてを繰り返している。
「なんで何も言わなかったのか、聞いてみてもいい?」
「.....止められると、思ったので...」
「相談も報告もせず、それがバレてしまったら更に信用を失うとは思わなかった? そうなれば尚更許可が得られないかもしれないとは考えなかった?」
「ほんと、ごめんなさい.....」
ごもっともです。
ただまぁ、バレなきゃいいかなぁみたいな。
それにお母さんはティオを連れていけば簡単に説得できるかなぁみたいな。そんなことを考えていた。
ティオから出された条件は『お母さんを説得する』ってそれだけだからサリアさんのことは説得しなくてもいいし、怒られそうで怖いから言わなくてもいっかなって。
もちろん言ったらそんな想定よりもはるかに高い熱量で怒られるのは間違いないから、口には出さないけれど。
「私があなたのしたいことを頭ごなしに反対したことなんてあったかしら? そんなに信用がないなんて全く悲しくて悲しくて手が出てしまそうよ。」
「普通涙では...」
まずい、サリアさんが攻撃的になっている。
いよいよ本気で怒られるかもしれない。
「その、サリアさん...?」
「何?」
「ひっ、」
やっとの思いでサリアさんの名前を捻り出したティオは鬼神のような面持ちで彼女に睨みつけられ、小さな悲鳴をあげる。しかしそれでも恐る恐るといった様子で言葉を紡いだ。
「えっと、お説教はそれくらいにし 「ダメよ。」 .....ソウデスカ」
ティオの精一杯のフォローをたった一言で一蹴したサリアさんは、再び私と向き合いお説教を再開する。
結局、その後小一時間、私はこってりと絞られることになった。ゴメン。というティオが呟いた一言だけが、頭の中で反響していた。
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「ふぅ... 仕方がない今回はこれで許してあげましょう。後でしっかりとニアにも報告しておくこと。」
「きゅ〜...」
「あはは、お疲れ様...」
目を回してボスリ、と重力に任せるままベッドに倒れ込む。
ただ座ってるだけだったからそりゃ身体は疲れてないけど、精神的疲労が溜まりすぎている。なんなら初めてティオと会ったあの日より疲れたかもしれない。
そんなことを考えていると、私の体温よりも幾許か温度の低い何かが額に触れた。その心地良さにひたっていると、それは淡い青の光を放ち始めた。
「ティオ、何してるの?」
「いや、何も出来なかったからせめて疲れを癒してあげようかなって。」
言われて自分の体調を意識してみれば、確かに胸がすくような感じというか、疲れた心が癒されているのを感じる。
...気持ちいい。
「あまり甘やかさないで欲しいわね。一緒に旅に出るのであればあなただってしっかりしてるお仲間の方ががいいでしょう?」
「甘えん坊には慣れてるんで大丈夫ですよ。変に大人びてるよりはこのくらいの方が好感がもてます。」
「ふぅん... あなたも苦労してたってことかしら?」
「そう...かもしれないですね。」
そう言ってくしゃりと面白そうに、でもどことなく悲しそうにティオは笑った。誰のことを考えているのだろうか。かつての世界の仲間たちか、それとも家族か、友達か。
そこまで至って、気がついた。
もう、ティオには家族も友達もいないんだ。
《大戦》なんてものがあって、4人の英雄はその戦いを収め、そして新しい世界を創った。前の世界がどうなったかなんて知る術はないけど、ティオが帰ろうとしないってことはつまりそういうことなんだろう。
...
「あれ? 『一緒に旅に出るのであれば』って... サリアさんはノルが旅に出ることに賛成ってことですか?」
「えっ!? ほんと?!」
不意に気がついたティオの言葉によって沈みかけていた思考が霧散する。ティオの手を押しのけてがばりと勢いよく体を起こし、サリアさんの方に顔を向けると、サリアさんは大きくため息をついて、しかし首を縦に振った。
「賛成、ではなく許可、よ。あなたがそうしたいというのならば好きにすればいい。幸い一緒に行く相手はとっても強い英雄様なのだから安全でしょうしね。」
ただし、とサリアさんは人差し指を立てる。
「ニアに話を通しておくこと、なるべく危険を避けること、そして、」
「.....そして?」
続く言葉は紡がれなかった。
催促の意味で復唱するとサリアさんは腹立たしげに目を細めて立てた人差し指で私の額をバチりと弾いて、ふんすと鼻を鳴らした。
「なんでもないわよ。とにかくそのふたつを守ること。」
「え〜?! そして、なんなのさ!? 教えてよサリアさん!」
「ところで金策についてなのだけど、何か手伝えることはあるかしら。」
「ふふっ、ああいえ、そうですね。原料の群生地とか、この街の商売の状況についてわかる限りで教えて貰えるとありがたいです。」
素直じゃないなぁ、なんて呟いたティオの声は多分私にだけ聞こえて、でも意味はよく分からなかった。
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「それじゃあ今日は帰らせてもらうわね。」
「送りましょうか?」
「いえ、大丈夫よ。」
もう遅いから2人とも早く寝なさい。
大人であるサリアにそうたしなめられてしまえば2人にそれ以上強行する理由はない。見送るために玄関まで送って帰ろうと1歩踏み出したところで、あ、と何かを思い出したように声をあげたティオがサリアの腕を引いた
「すいません。ひとつ聞きたいんですけど。」
そう言うティオの言葉に、サリアとノルは耳を傾ける。
「この世界に『スマートフォン』ってありますか?」
2人は聞きなれない単語に揃って首を傾げた。
旧世界では生活の必需品となり、常に人々の隣り合わせに存在していた便利なそれは、しかし残念ながら新世界には存在していないらしい。
もちろんティオからしてみれば想定通りなのだが。
そうでないと、証拠にはならないのだから。
「いえ、ないならいいんです。それじゃあ行きましょう。」
そんな2人の動作に、ティオは笑ってそのまま逆の手でノルの腕を掴んで駆け出す。
腕を引かれた2人は、前につんのめりながらも、やれやれと笑って歩みを速めた。
***
それから1時間ほど経った頃。
ティオは姿を男のそれに戻し、自室として割り当てられた部屋のベッドの上に寝転がっていた。
「ふぅ...」
憂鬱そうに、気だるげに。
短く息を吐き出したその表情はそんな形容詞が丁度当てはまりそうな程にどんよりと曇っていて、眉間に集められたシワはどれだけ機嫌が悪いのかが現れている。
「キッついなぁ.....」
そんな弱音のような言葉を漏らして、彼はどこからともなく手のひらサイズの板を取り出した。
カチリと、側面に取り付いているボタンを押せば液晶から発せられた光が顔を照らす。
それは、紛うことなき『スマートフォン』。
それそのものだった。
手馴れた様子で6桁の暗証番号を入力していく。
ロック画面が解除され、ホームの壁紙にはティオを含めた4人の自撮り写真が写っていた。
それを見て、少し顔を綻ばせて、しかしすぐに表情を元に戻し、多くのゲームアプリのアイコンが連なる画面を左にスワイプしていく。
そして、ボイスレコーダーと銘打たれたアプリを開いた。
「...あるなぁ。...無かったら、全部気のせいだったら良かったのに。」
たったひとつだけ存在する音声ファイルを視認して深く、それは深くため息をついて、ティオは再生ボタンをタップした。
ザザっと古めかしいノイズが流れる。
スマホのボイレコにこんなノイズが果たして入るのだろうかと一抹の疑問に首を傾げて、10秒ほどバーを進めるとやけにクリアになった音声が流れ始めた。
『やっとか。随分と時間がかかったなぁ。』
なーんて。どんだけかかってるか今の俺は知らねぇんだが。
などとおどけて、録音者はククと笑う。
男性らしい、太く、低い声色を持つその人物はそのまま言葉を続けて行く。
『これが最初に起動されると、俺の方に通知が来るようになってる。これで俺はお前がいつ起きたのかを知れるって寸法さ。どうだ? なかなか賢いだろう?』
口調の荒らさとは反比例して、その男の声はとても落ち着いていた。
『前置きはこれくらいにしておくか。さて、俺はお前たちの目覚めを、ずっと、ずっと待っていた。お前たちがこの世界を創ってからどれだけ経ったか知ってるか? 』
歌うように、唄うように、謳うように。
高らかに声を上げるその男の声は狂おしいほど愉しそうだ。
『俺がこの音声を録ってる現時点で3678兆2245億7845万9011年と2ヶ月11日21時間36分12秒だ。お前が思ってるよりもかなり時間が経ってたんじゃねぇか?』
数億年。
そんな予想よりもはるかに過ぎ去っていた時間。
『そんだけ待たされて、やっと目覚めてくれやがった《英雄》様方が果たして集まれているのか、力を取り戻せているのかは知らねぇが、んなこたぁこの際どうでもいい。』
途端、男の声色が変わった。
どす黒い、邪悪を煮詰めたような、聞く人間に恐怖と不快感を与える低音を響かせ、その男は言葉を紡ぐ。
『今度こそ殺す。』
脊髄に液体窒素を流し込まれたような、そんな緊張感にティオは顔を強ばらせた。
飄々とした言動や、たまに見せる全てを見透かしているかのような態度からは想像もつかないような、恐怖に満ちた表情を浮かべて。
『ひとまずはそうだな.....2ヶ月後としよう。お前ならこれだけで分かるだろう? 起動したポイントだ。わかったか?』
楽しみにしていろ。愉しみにしているよ。
『お前なら逃げないだろうから安心だ。これでも信頼してるんだぜ? 愛しい愛しい──』
我が子よ。
そこで音声は途切れた。
ティオは、冷や汗が滲む額を軽く拭って立ち上がる。逡巡して、ゴミ箱のマークをタップしその後の確認に『はい』を押して何も無い空間に再びスマホを収納した。
「本人は出張ってこれないだろうけど...キッついなぁ...」
小さな声で唱えるように呟いて、ほんの少し顔を顰める。
しかし、すぐにその顔に笑顔を浮かべた。
「ま、いっか。」
そう言って彼は仰向けにベッドに倒れ込み、瞬く間に眠りについた。
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