11ページ目:練習と化粧
「身体に流れる血液のようなものとして意識する。それを手のひらに集めて.....」
じんわりと手のひらに熱が集まってきたような気がする。集中するために固くつむっていた目を薄く開くと確かにその手のひらは微かに光を放っていて。
「あっ!!」
そしてそれを視認した途端に、ぽひゅんと間抜けな音をとともに蒸気のようなものをたててその光を失った。
「ぁあぁあああ〜〜〜、難しい〜〜〜...」
しゃがみこんで、膝に顔を埋めながらできるだけ声を抑えつつもフラストレーションを吐き出すように呻く。
現在時刻は深夜。いや、もう早朝とも言うべきだろうか。私は自分の寝室にて、メモを片手にティオの用意した人型大の人形と向き合っていた。いや別に頭がおかしくなったわけでなく、友達がいないとかそういうわけでもなく、これは魔力操作のトレーニングなのだ。
「はぁ...ティオは流れるようにやってのけるのになぁ...」
そりゃまぁ、百戦錬磨のティオと、『血縁』なんてものとはいえ、あくまでも一般町娘の私を比較するのなんておこがましいにも程があるのだろうけれど。それにしたってやっぱり上手くいかなきゃ凹むもんは凹む。
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あの後、ティオが望むならば命も捧げると言った後、その場は一時解散ということになった。お母さんはまだ何か言いたそうにしていたが、踏みとどまったのかあるいは踏ん切りがつかなかったのかそれを口に出すことはなく、ただ早く寝なさいねとだけ告げて去っていった。。
それにしてもあの時のサリアさんの顔は面白かった。ドン引きというかなんと言うか。まるで行動原理を理解できない異種族を見るかのような趣深い表情だった。
まぁそれはそれとして、その後部屋に残ったティオがこの人形を残していったのだ。
「練習に使って。」
とだけ言って。
ついでにメモ帳も用意してくれた。どうやら魔力の使い方について記されているらしいのだが、『魔力とは魂の──』だの、『生き物の根源である──』だの、所謂理論的なことが主に記されていて、一応目を通しはしたが私には全く理解ができない。というわけでとりあえず『実践、ステップ1』と書いてあるところまでそのメモを読み飛ばして、そしてそれを実践してみているという現在に至る。
思っていたよりも上手くいかなくて、ついつい寝ずに練習してしまったせいで今から寝ようと睡眠時間は3時間足らず。むしろ寝てしまえば仕事の時間に目覚めることはできないだろうと踏んだ私は、魔力操作の練習を再開した。
「ふぅ.....」
固く目を閉じて手のひらに意識を向ける。先程よりも僅かに、しかし確かにスムーズにその手のひらに熱が集まって、そしてすぐに霧散した。
があぁぁあ、と人らしからぬ喚きを漏らして仰ぐように天井を見上げる。
集めるのは確かに上手くなってる、と思う。のだけれどその後の工程、メモによると『定着』と『放出』の段階がどうにも上手くいかない。
というかほぼ独学でここまでできるようになったことを褒めて欲しい。大熊との戦いの時の手本以外で、サポートがこのメモだけってあいつ、教えてあげるとか言っといて放任しすぎじゃないの?
もっと手厚い教示をイメージしてたせいで少し、いやかなり不満だ。マンツーマンでレッスンみたいなのだと思ってたのに。
「はぁ.....よしっ、言い訳と文句終了!」
パシッと軽く頬を叩いて再び手のひらを人形に向けて構えた。こうなったらもう仕方がない。あと約2時間。やるだけやって、できることならティオが驚く程に上達してやろう。
そう覚悟を決めて、私は手のひらに意識を向けた。
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「...ノルちゃん、ある程度は夜更かししてもいいけどちゃんと寝なさい。」
「はい...ごめんなさい...」
そして翌日、というか2時間後。
私は朝の挨拶とともにお母さんにしっかりと怒られた。そりゃはっきりとクマを目の下にこさえていったらダメに決まってるよね。接客業だしね。
お店が始まるものだから手短に怒られた私が、よろよろと顔を洗いに行くと、洗面台の前にはティオが立っていた。
仕事のために既に女性の姿をとっていて、ティオも顔を洗っていたのか少し湿っているのがやけに色っぽい。
「あははっ、酷い顔だねぇ。どしたの?」
「あんたのせいでしょ...」
あんなもの残していくから。
私が虚ろにそうぼやくとティオはキョトンとまぁるくなった目を瞬かせて、首を傾げた。
「なんの事? なんかしたっけ?」
「...練習に使って、ってメモと人形置いてったじゃん。」
「それはそうだけど...え"っまさか...夜通し一人で練習してたとか...?」
「...? うん。だってそういうことでしょ?」
今度は私が首を傾げる番。
するとティオは額に手を当てて呆れたように大きくため息をついた。
「あのねぇ...あれは今後の練習に使ってって意味で渡したの。メモはただ読んどいて欲しかっただけ。」
「...うん?」
「誰もあれ見て練習してなんて言ってないよね?」
「えっ、いや...」
...あれ? そういえば確かに言ってない、かも...?!
「待って、てことは私、めっちゃ馬鹿してたってこと?!」
「いや馬鹿してたとは言わんけどさ。」
はぁ...と2度目のため息を着くティオ。
私はそんな失礼な態度を咎める気力も残っていなかった。まさか意味の無い徹夜をしてしまっていたとは...
「ほら、落ち込んでないでこっちおいで。クマ隠したげる。」
「クマを隠す...? それも魔力で?」
「んにゃ、普通に化粧。」
「なぁんだ...」
言われるがままに近づいて、顔を洗ってから乾燥したタオルで水気を拭き取ると、ティオに何かクリームのようなものを顔につけられた。咄嗟に目を瞑ると、ティオは何も言わずにそれを肌に広げていく。
「ねぇティオ、これなに?」
「化粧下地ってやつ。ほんとは化粧水とか乳液とかの後がいいんだけどね。...こっちの世界には無い?」
「ない...と思う。化粧道具って私は口紅くらいしか分かんないし。他にもあったと思うけど馴染みが無さすぎて名前は知らないや。」
「ふぅん、そんなもんかね。」
適当な会話をしている間にもティオはテキパキと工程を進めていく。化粧下地とやらを塗り終わって、今度は少量の薄橙色の液体を指に塗布し、私の目の下を優しく撫でるようにしてそれを馴染ませていった。
「ティオもお化粧とかよくするの?」
「...私がっていうよりは仲間によくやってあげてたんだよ。ねぼすけなのがいたから。」
「へぇー、まあ確かにあんまり男の人はお化粧しないか。」
「新世界なのに前時代的だなぁ。今やメンズメイクなんて当たり前だってのに。」
「メイク...お化粧のこと? 旧世界だとそうだったんだ。」
「うっそ、メイクがわかんないんだ。しかもメンズは伝わってんの?」
こりゃ言葉のすり合わせは早急にしないとまずいな。なんてティオが呟いて、そんな会話をしているうちにどうやらお化粧は終わったみたいだった。
鏡を見てみればそこには健康的な顔色をした私がいて、なるほど確かにこれだったらひとまずは仕事に支障はでなさそうだった。
「おー、すごい。ティオ上手いね。」
「ありがと。まぁ慣れてるから。正直プロの方が何倍も上手いよ。」
「プロ...?」
「ぁー...それを仕事にしてお金を貰ってる人、かな?」
「あぁ、なるほど。」
お化粧を仕事にしている人がいるのか。こっちの世界じゃそんなの国王陛下専属、なんてもの程度じゃないだろうか。基本的にはみんな自分でするし、そもそもお化粧道具がそこそこ高価でみんなあんまり手を出せないし。
「...あれ? そういえばその化粧下地ともうひとつのやつってどうやって手に入れたの?」
「さっき創った。」
「.....わぉ。」
英雄様の規格外は相変わらずみたいだった。わたしなんて初歩技術程度で足踏み状態だって言うのに。
「そういえば魔力操作、練習したって言ってたよね。どこまでできた?」
「うーん...『収束』? ってとこまではなんとかできたんだけどそっから先がまるでダメって感じ。」
「おぉ!すごいじゃん。」
「うぇ? そうなの?」
苦笑いをして、まぁこれから頑張ろうか。なんて言われると思っていたのに、ティオの顔に浮かんでいたのは純粋な驚嘆の表情だった。
でもすごいとは言うけどメモには基礎だって書いてあった。それがちゃんとできてないのにすごいって?
「いやいや、普通に考えてみなよ。教えてもらったばかりの概念を、高々数時間の練習で基本の基とはいえ実践したってことだよ? ほら、結構すごくない?」
「う、うーん...? 確かに...」
「私のせいで基準がおかしくなってんじゃない?」
むぅ...でも言われてみればそこそこすごいことなのかも?
そう思うと少し気分が高揚する。もしかしたらもしかすると私って結構才能があったりするんじゃ...?
「調子乗んな。」
「すいません。」
くっそ、心読んでるんだかなんなんだか知らないけどわざわざやる気になってるところをくじかなくたっていいじゃないか。
初心者なんだから少しぐらい調子に乗らせて欲しいものだ。
「うちは褒めて伸ばすけど調子には乗らせないっていう方針でやってるから諦めて。」
「ねぇ、さっきから心読むのやめてくれない?」
「いや、これは魔術使ってないよ。心理学とかの読心術。」
「え...ティオってそんなことも出来るの?万能じゃん。」
「ノルがわかり易すぎるだけ。全部顔に出てるし、なんならちょいちょい声にも出てるよ。」
「あっはは、そんなまさか。.......えっ、ほんとに?」
「ほら、さっさと戻るよ。ニアさん待ってるでしょ。」
「いや待って!それがほんとかどうかだけ教えて!私の今後の立ち居振る舞いに関わってくるから!」
なびく髪を一つに結いながらスタスタと歩き去っていくティオを小走りで追いかける。
「今日の仕事なんて言ってた?」
「多分下ごしらえと掃除じゃない?」
「んじゃいつも通りってことね。」
「そ。 ってそんなことより! 顔に出てる云々の話を──」
「夜仕事の前にまた魔力の使い方教えたげるよ。」
「え、ほんと? それは嬉しい──じゃなくて!」
声を荒らげて問い詰める私を、ティオは楽しそうに笑った。
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