トラック運転手だけど異世界転生やめてください
キキキキキキ、ガシャん。
車社会であるが人を引き掛けた人ってどれくらいいるだろう。
こんにちはその1人が俺です。めでたく仲間入りです。いきなり歩道から飛び出してくるのはやめてください。
引いていない。
いません。最近の車優秀なので勝手に止まるんです。
ガシャんは反対側の歩道で、驚いたおじいちゃんが自転車でこけたからです。
くれぐれも言いますが飛び出しはやめてください。
「あーあー、やっちゃったなあ、お兄ちゃん」
「あああああ違いますよ引いてないんです。ほんとです。信じてください」
トコトコやってきたおじいちゃんは無言で道路を見下ろした。人が倒れてる。中学二年生くらいの男児。
俺は頭を振った。
「違うんです……」
「違うったってお前これ……」
途方に暮れた顔のおじいちゃん。半泣きの俺がともかく救急車を呼ぼうとすると、おじいちゃんは枯れた手で俺の指を止めた。
「あほう。救急車よんでどうする。霊能者を呼べ」
「は?」
「魂を呼び戻さにゃならん。異世界転生者だ。うちの庭に入れろ、俺が一走り知り合いの霊能者をよんでくらあ」
転生は久しぶりだぞ、どこかワクワクしたおじいちゃんに呆気に取られていると、しばらくしてどこかのおばあちゃんと連れ立って帰ってきた。
「いやアー、ひととき多かったけど、最近は久しぶりねえ。でも懐古厨ってあるからねえ。王道だし」
「ミヨちゃん、あの頃は忙しすぎていつも不機嫌だったもんな」
「やあねえー。私そんなだった? ごめえん、でも私も孫の世話が有るからー」
ジジババはキャッキャしながら意識のない中二男児を引きずって、ジジの家の玄関先へと運んだ。
「いやあの、困ります、俺、俺、どうすれば……」
「まあ見てなさいって、すぐだから」
おじいちゃんが止める前で、おばあちゃんが男児の周りにモリモリ歪な魔法陣を描いている。
ハイヤッとおばばちゃんが可愛い気合いを入れて両手を掲げると、その魔法陣がぼんやり光り始めた。
「坊っちゃん帰ってきない〜」
「ミヨちゃんダメだって、前そのアバウトな呼び出しダメだったじゃん、名前いるって!」
「そうだったわ〜、タカさん記憶力いいわ若いわねえ〜、さすがまだ60代」
「ミヨちゃんだってまだ70を一つ越えただけだろ! 67の俺と対して変わらん!」
俺はほんとに変わらんと思いつつ、それはともかく何を見せられているんだと悲嘆に暮れた。
「ここはどこだ。貴様らは何者だ」
魔法陣の上で寝転ぶ中二男児の上に、ぼんやりと幽霊のようなものが浮かび上がった。
精密な模様を描いた銀色の鎧。長い黒髪の間から伸びるねじ曲がった角。高い鼻と長い耳は明らかに、俺の知っているどんな人種の人類とも違う容貌をしていた。
「あーー、あ、遅かったか。もうミヨちゃん、前もこれやったじゃん、吉井さんとこの次女さあ」
「あーん、だって久しぶりだからあ、でもいいじゃない吉井さんとこの次女はあれはあれで」
いやよくないが、次女はどうなったんだ。
「この魔法陣……。見たことのない魔獣。まさかこれが神官どもの言っていた、異世界からの招集?」
背後を走る大型トラックが地面を揺らして行くのを眺めながら、悪役エルフっぽい幽霊は言った。
最近は異世界の人も話が早くて助かるわあー、と言いながら、ジジババが中二男児のカバンを漁っている。
多分男児の名前が明記してあるものを探しているのだ。俺は申し訳なくなってエルフに言った。
「あのっ、あのっ、ホントすいません、多分間違いです、すいません……」
ア″ア″……?
エルフが低い声で唸った。ですよねとしか言えない。
よく見ればこのエルフ、頬に血が散っているし、手には抜き身の剣を下げている。きっと異世界で修羅場の真っ最中だったに違いない。しかもこの美形。
きっと主役級だよ、モテてる。どこに行ってもあなたはお呼びでないとか言われたことない顔してる。
それに気づいた俺は、まあ申し訳なく思わなくていいかという気がしてきた。
田舎の軒先に悄然とする美形に、なんか暗い喜びが込み上げてきてる。言わないけど。
「お待たせえ〜、あったわあ、角田さんちの隆文くんだったわ、悪いけどお兄ちゃん交代してえ〜」
「ミヨちゃん、そうじゃなくて、一回この人の呼び出しとじにゃならんのと違うの?」
「また魔法陣書き直すの面倒くさいのよ〜。お兄ちゃん異世界の男の子見なかったかしらあ」
「俺がそんなもの知っているわけないだろうが」
いいから元の世界に返せ! とエルフは言った。そりゃそうだ。
「面倒だわ〜、何とかならないかしら、タカさん」
「と言われてもなあ、あ、待て待て? 隆文くんってあれだ、吉井さんちのヨウコちゃんの幼馴染と違うか」
「そうなのお〜? うちの孫まだ小学生だから、中学生の子らのことよう知らんのよ〜」
「いやそうだって、あーあー、わかったわ。隆文くん異世界転生してヨウコちゃんのとこ行ったんだわ」
「あらまあラブだったの〜?」
「あん時もミヨちゃんが魔法陣書き直すのめんどくさがるから!」
「真円描くの大変なのよお〜」
と歪んだ魔法陣の前でのほほんと言ったオババちゃんは、まあいいじゃない、と結論を出した。
「いい、とは?」
エルフに代わって俺が聞いた。
「もういいじゃない。ラブは地球を救うのよ。ヨウコちゃん追っかけて隆文くんはあっちでラブラブよ〜」
「いやよくはないでしょ。きっと泣いてますよ」
俺があわくって止めるのに、ジジババは顔を見合わせて首を捻っている。
「でもなあ、ヨウコちゃん、中二になっても自称が聖女キャサリンで、一人称が妾だったんだよなあ」
「……理性が戻ったら地元に居られなくなりそうっすね」
「今カバン捜索してたら隆文くん、全部のノートに、†黒霧の狂騎士† ってサインしてたしい〜」
「…………中二が厨二してても許される社会を目指したいです」
俺はジジババの意見を聞き、そして考え、所在なく浮かぶ悪役エルフに聞いた。
「……善行を積むと思って、もう隆文くんとして転生されてはどうでしょう……?」
絶対断られると思ったのだが、エルフはしばし無言で考え込んだ。まじか。
「聞くが……。本物の聖女キャサリンは、こちらの世界にいるのか? 向こうの聖女は、やはり入れ替わったニセモノなんだな?」
ドスの効いた声で聞き返すエルフの頬が、わずかに赤くなっている。
まあタカさん、見て見てラブよ、ラブなんだわ、ミヨちゃん声でかいよ、シー!
あと後ろでジジババがヒソヒソ騒いでいる。(丸聞こえである)
「フ、フン……。まあいい。向こうの世界にも飽き飽きしてたところだ。異世界転生、受け入れてやろうじゃないか」
エルフは一周回って新しい美形ツンデレを発揮した。
一応この場唯一の女性であったが、おばばちゃんは、やばいわ、もう孫のおやつ用意しなきゃだわよ、と何の余韻もなくヨイヤッとした。
悪役エルフは厨二の中二男児として転生した。
やばいわあー、孫が帰ってきちゃうう〜、とおばばちゃんが急いで帰り、俺とおじいちゃんは一応、悪役エルフを隆文くんのお家に連れて行った。
「お帰り隆文、どこうろついてたの?」
「……御母堂か。黒霧の森のダークライと申す。これから世話になる。よろしく頼む」
「いつも言ってるけど、あと数年して理性が戻ったら恥ずか死ぬのはあんたよー」
特に何の感慨もなく、隆文くんのお母さんはエルフ入りの隆文くんを迎えた。
俺は申し訳なくなり、お母さんにことの顛末を話し、トラックで引き掛けたことを謝ったのだが、お母さんは逆に申し訳なそうに言った。
「あらまあ、すいませんねえ、ちょっとタカさん! もういい加減転生ごっこで遊ぶのやめなさいよ」
「違うって言ってるだろう!? 隆文くんはほんとに転生で……」
「ミヨおばあちゃんもう71なのよ、ミヨおばあちゃんの旦那も亡くなってもう長いんだし、アホな遊びしてないではよくっつきなさい! そんな歳まで操立てして、生涯片想いでいるつもりなの!?」
「ば、ばか、俺あそんな、ミヨちゃんとそんなつもりじゃ」
「ミヨちゃんにこそお迎えきちゃうわよ! はよ覚悟決めなさい!」
「うるせえバカー! できるもんならやっとるわー!!」
タンカを切って、ガラピシャッとおじいちゃんが出て行った。
おい待て、キャサリンの家に連れてってくれ! と†黒霧のエルフ†が後を追って行く。
いや待て、一番置いてかれて気まずいの、全く他人の俺なんだけどどうしてくれるんだおい。
俺はアワア……となりながら、気まずい気持ちでお母さんに挨拶して家を出た。
おじいちゃん家の前に置いてきたトラックにのりこむ。
先に逃げ帰ってきていたおじいちゃんは、再びやってきたミヨおばばちゃんからおやつをお裾分けされて、嬉しそうな、不貞腐れたような顔をしているのが、運転席から見えた。
おじいちゃん……。操立てたのか……。純愛……。
俺は深い感慨に耽った……。世界は思ったよりずっと愛に満ちている……。
それはそれとして歩道からトラックの前に飛び出すのはやめてください。まじでまじで。