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王子のお世話係

 ルークの説得により部屋から出てきたアベルを、そのまま庭の四阿まで連れ出した。

 アベルは、ルーク自ら毒見し手渡した焼き菓子と、エステルが侍女たちにお願いして用意したお茶を口にした。お茶のポットから注いだ最初の一杯は、エステルが飲んで毒見の役目を果たした。


 一口食べた後のアベルは、以降自然と菓子に手を伸ばし――食べ始めたら止まらなくなった。


 骨ばった指がビスケットを掴み、口に運ぶのをエステルとルークで「まだまだたくさんありますよ」とにこにこと見守った。アベルは、まともに食べていなかった日々の空腹を解消しようとするかのように黙々と食べ続けた。

 その結果、空腹だった腹が食べ物を受け付けなかったらしく、腹痛を訴え、三日寝込んだ。

 王子と王女は揃って医者に叱られた。


 ――私もそこまで弱っているとは気づかず、かえってかわいそうなことをした。本当なら粥のようなもので腹を慣らさねばいけなかったらしい。場合によっては深刻な事態になることもあるそうだ。「空腹攻めからの満腹攻め」という地獄の責め苦で暗殺を試みたと勘違いされたかもしれない。


 ルークは沈痛な面持ちでエステルに謝罪してきた。エステルもまた「衰弱に対してろくな知識もなく、自分の好きなお菓子ばかり詰め込んでお持ちした私が悪いんです」とおおいに反省し、ルークと一緒になって落ち込んだ。アベルが寝込んだその日々は、ほとんど自分の部屋に帰らず他の侍女とともにアベルの寝台のそばに控えて看病を続けた。

 さすがに王女がそれは……という周囲を説き伏せるべく、ルークも足繁く通った。

 エステルはエステルで、アベルを驚かさないために最初に会ったときの設定のまま「侍女」として振る舞い続けた。


 幸いなことに、アベルは体そのものは頑健だったらしく、腹痛がおさまった後はけろっとして起き上がった。 


「この国の食べ物は美味しい。俺が祖国で食べていたものとは比較にならない。ドライフルーツのケーキが本当に美味しかった。あれはまた食べられるだろうか」


 その言葉を聞いて、エステルは跳ね上がって喜び「すぐにご用意しますね」と請け負った。速攻で医者に止められて、そもそも寝込んだ原因を思い出す。からくも、もう一度アベルを倒れさせずに済んだ。

 そういったエステルの態度に裏表のなさを感じたのか、アベルは他の侍女よりも明らかにエステルに心を開いている節があった。


(いまさら、本当の身分は侍女ではありませんとは言いにくいです……。王女だと知ったら、騙されていたと思って心を閉ざしてしまうかもしれません)


 はじめからややこしいことをしなければ良かった、というのは後になった今だからこそ言えること。

 兄王子ルークの堂々とした正面突破を見てしまっては、「あれで良かったのでは」と思わなくもないが、王女ではなく「侍女」だからできることもあるはず、と自分に言い聞かせる。 

 そんなエステルに、寝台から下りたアベルは、申し訳無さそうに小声でお願い事を口にした。


「湯浴みをしたいのだが、用意してもらえないだろうか。その……べつにお湯でなく水で構わないし、汲んでくるのが大変なら、庭でも良い。庭といっても、いまの俺は汚れているから、池などの流れがない水源の場合は水を汚してしまうだろう。できれば川のような……」

「殿下、何を言っているんですか。もちろんお湯くらい用意します」


 謙虚過ぎる申し出に、エステルは冗談かとアベルの顔を見た。前髪が目元を覆っていて、心の声は聞こえない。

 じっと見られたことを恥じるように、アベルは俯いた。


「湯浴みは手伝ってもらわなくても、ひとりでできる。侍女の手をわずらわせるようなことではない」

「ひとりでって、ご自分で髪も体も洗うのですか。殿下のお年頃なら……」

「大丈夫だ。全部自分でやってきた」


 エステルの問いかけを遮るように、アベルはやや強めに言ってから、口をつぐむ。


(王族といえば、着替えも湯浴みもすべて側仕えに任せるような国もあると聞くけれど、我が国はある程度自分でできることは自分でしている……。でも服によってはひとりで着ることはできないし、湯浴みだって侍女に髪を洗ってもらっているし……。こんな小さな頃から全部おひとりで? しかも水で良いと言うだなんて)


 もしかしなくてもアベルが祖国で置かれていた環境は、王族の生まれとしては考えられないものであったのではないか、と気付かされる。


(食事に毒が入っていると疑ったり、警戒心が強かったのは、敵国だからという理由だけではない……? シュトレームでこの王子の立場はどうなっていたの? もし「その日」が来たときに、この子を本当にシュトレームに帰して良いの?)


 エステルはちらりと考えたが、すぐにそれを振り払う。

 アベルがいつまでここにいるのかはわからない。ほんの短い間かもしれない。

 それでも、その間に、できる限りこの少年を大切にしようと心に決める。

 そこからの行動に、迷いはなかった。


「遠慮は無用です。殿下はまだ子どもなのですから、大人の手をわずらわせて良いのです。精一杯お世話しますから、そのおつもりで」


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