第1章 アメリア=ドルチェ侯爵令嬢の場合 その6
次の日。
結局今日も、現代日本と同じような生活ができる洞窟の中で目覚めた私。
いつも通りにキッチンへ向かうと、すでにアメリア嬢が朝食を取っていた。
キッチンのドアが開いたと同時に、すぐに私だと気が付いたのか。
「おはようございます。昨日は、お世話になりましたわ。この洞窟、便利すぎていっそここに住みたいくらいでしてよ」
ご令嬢は昨日と違って、とっても元気はつらつファイトイッパーツ! てなご様子でした。
確かに、お肌がさらにつやつやプルップルで、その若さがうらやましい。
あちこちにあった擦り傷なんかはきっと、この世界の人御自慢の生活魔法(上級編)なるもので、消してしまったんだろうと思われ。(生活魔法上級編とは、軽いけがや火傷を治せる、魔力の高いご貴族様がたが、使用できるものらしい)
服は本人のサイズに合った、とても清楚な薄いブルーのドレスを身にまとっていた。
「おはようございます。アレ? 洋服の替えを持っていらしたんですね?」
と聞いてみれば。
「儂が昨日、急ぎで仕立てたんじゃが。どうじゃ? そう悪くもなかろうて」
「え・・・・・・」
鶴丸さん、あなたお裁縫もできるんですね?
しかも一晩でこんな素敵なドレスを作れるとか、どんだけ有能な執事さんですか?
その前に、服装もやっていることもどう考えても有能な執事さんだと思うのですが。
異世界に来る前のご職業は、いったい何だったのでしょうか?
ふと令嬢の足元を見れば、昨日貸し出した茶色でぶつぶつ突起のついた健康サンダルではなく、可愛らしい女性ものの靴を履いている。
何故昨日、彼女は健康サンダルだったのか?
それは、彼女の強い希望だからであった。
「足の裏全体に当たる、この粒々の突起が、とっても気持ちいいんです~」
足の裏の擦り傷などが一瞬で消えたと思ったら、健康サンダルを履いて、ピョンピョンとウサギのようにその場で跳ね、とてもうれしそうだったので、そのまま貸し出していたものだ。
それが今朝、ドレスと同じ色をしたしかも、つま先の丸い形の綺麗なパンプスを履いている。
「まさか、アメリア嬢の足元の、ローヒールのパンプスもですか?」
「靴を作るのは初めてじゃったので自信はないが、結構うまくいったかと思うがのぉ~。足を疲れにくくするため、足底のクッションには気を使ったのじゃが」
「はい! とても履き心地がいいです。このままずっとこの靴を履いていたいですわ」
ご令嬢はとてもうれしそうだ。
そんな会話をしているうちに、私の目の前には今日の朝食が運ばれる。
搾りたての柑橘の香りが朝から元気にしてくれる、濃いオレンジ色のしたジュース。
楕円形の形をした、高級ホテルで出てきそうな、きれいな形のふわふわのオムレツ。
これはナイフを入れた時点で、パカッときれいに左右に分かれ、中が湯気とともにトロッと流れていくさまが、何とも食欲をそそる。
トマトときゅうりとコーンのサラダは、ヨーグルトソースがかかっていて、その優しい酸味が合わさってとても美味しい。
コーンスープは、トロっとした汁の中に粒々が入っていて、トウモロコシの味が濃い中にも塩で微妙なバランスに味が調えられていて、とても美味しかった。
フレンチトーストは、淵がカリカリで中はふっくらもちもちで、メイプルシロップの優しい甘さが手伝って、朝からいくらでも食べれそうである。
バターの芳醇な香りがまた一層、食欲をそそる。
「まさか、異世界にメイプルシロップがあるなんて・・・・・・」
私はどちらかというと、はちみつよりメープルシロップが好きなので、とてもうれしい。
「これは、“メイトレント”の樹脂ですわね。凄いですわ! よく手に入りましたわね?」
「ちょっとしたコツさえつかめば、どうということはないもんじゃよ」
「え? もしかして大変なの?」
「ええ。“メイトレント”とは、普段は森の中で他の木と紛れて生息している樹木の魔獣ですの。普段は、小動物とかを捕食しておりますが、今は繁殖期に入っておりまして。この時期は、人間や大きな魔獣までなんでも手当たり次第に丸のみにする、狂暴な魔獣ですわ。私もここにたどり着くまでに、何本ものメイトレントを爆発させましたもの」
「え・・・・・・。肉食の樹木?」
「そうなんじゃよ。ちなみに枯れると良質な檜のようになるので、建築物にはとても重宝しておるんじゃ。ああ。うちの檜風呂の木も、メイトレントの朽ちた成れの果てを使っておるのぉ~。嬢ちゃんや、今度からはメイトレントは爆発させずに、ひたすら枯らしてほしいのぉ~」
「分かりましたわ! 確かにそのほうが金になりますものね!」
「ソ、ソウナンデスカ・・・・・・」
そう言って可愛く左目だけをパチン! と閉じてみせると、左手親指と人差し指で丸を作るという、侯爵令嬢にはあるまじき、はしたない動作を見た気がしますが。
そうか。
異世界の樹木は人を食べるのか・・・・・・気を付けよう。
「ところでさ。食事が終わったらどうするの? 昨日は何も計画立てて無かったよね?」
なんせ侯爵令嬢様が、ハイテンションな果ての寝落ちとなりましたからね?
「ひとまず、サンシャイン宮がどうなっているのかが知りたいですわ。それ以前に、王都がどんな状態なのかを確認したく思いますの。私、しばらくベッドの上での療養生活でしたから、そのあたりは疎くって・・・・・・」
原因が、笑いをこらえるようなことだけどね?
「まだ何か気になることでも?」
今日も食欲がとてもおありなご様子の侯爵令嬢様は、食べる手を止めることなく、手と口をせわしなく動かしている。
鶴丸さん曰く、フレンチトーストがお気に召したらしく、私がキッチンに来る前に、もう10枚は食べていたらしい。
プレーンオムレツもお気に召しているらしく、鶴丸さんお手製のトマトソースを付けながら、こちらも10皿をすでにお腹の中に収めているとのこと。
本当に魔力の使い過ぎなのか? と疑いたくなる食欲である。
「ええ。朝起きてふと思い出したんですの。そういえば、私を迎えに来たお城からの従者たちなのですが、なぜか上の空と申しますか、はっきりしないと申し上げればよろしいのでしょうか。心ここにあらずとでも申しましょうか。目線もまったく合いませんし。とにかく変な感じでしたの」
「もしかして、誰かに操られているような?」
「そうですわ。そのような感じです」
「それは、嫌な予感がするのぉ~。お嬢ちゃんの言う通り、まずは王都視察をしてから考えたほうが良いかもしれんの」
と、いうことで。
「急がなくては!!」
と口では言いつつ、その後もひたすらフレンチトーストと、プレーンオムレツを食べまくった侯爵令嬢のおかげで、身支度して出発までに2時間もかかってしまった。
私も侯爵令嬢も、化粧もせずすっぴんなのに・・・・・・解せぬ。
「毎回思うのですが、あの食欲は生まれつきなの?」
と聞いてみれば。
「こちらでのお食事はどれも珍しいうえに、とにかくおいしくて!!うちの厨房にぜひ、彼を雇いたいものですわ!!」
どうやら朝一でスカウトを試みるも、通常運転の穏やかな笑みを浮かべたまま、やんわりとお断りされたらしい。
「ですから、頂けるときに頂いて、味をしっかり覚えておきませんと! 平和になりました折には、うちのシェフに、味を再現させようと思いますの」
・・・・・・そうだよね。
侯爵令嬢だもんね?
あくまでも“シェフが~”だよね~。
「そういえば王都には、どのくらいかかるの?」
「そうですわね。まずこの大森林を抜けるのに、お二人の魔力量なら問題ないとお見受けしますが、戦いながらですと、10日ほどはかかるかと思われますわ」
「え?そんなにかかるの?」
「いや。戦わずにこの森を出れば、すぐじゃが?」
日数がかかると断言する令嬢に対し、鶴丸さんは“すぐ行けるけど”と、軽いノリで言ってきた。
「え?すぐ?」
「そう。すぐじゃ」
そう言って、見せてくれたのは、薄いエメラルドブルーの手のひらサイズの石だった。
「え? これは、“飛行石”!」
その意思を見るなり、アメリア嬢は“ヒイッ!!”という短い悲鳴をあげながら、両手で口を覆った。
「こんな、こんな貴重な魔石が! 何故ここにあるのですか?」
そんな驚きいっぱいの令嬢に対し、鶴丸さんはいたって平常運転であった。
「何故ってここは、“邪龍様”が眠っていた洞窟じゃからじゃよ」
と、簡潔な説明をされました。
ちなみにこの洞窟内が、何で日本にいた時のような電化製品が使えるかというと、“邪龍様”が眠っていたかららしい。
つまり、何千年もお眠りあそばされている間に、邪龍の魔力が辺り一面に駄々洩れて、この洞窟一帯が、とても濃厚な魔力=電気のたまり場になっているらしいのだ。
よってその影響で、この洞窟では世に出ればとてもレアだといわれる魔石が、そこら辺中に転がっているのである。
「今日は天気も良さそうじゃしのぉ~。これを使えば、王都の門が閉じるまでには着くじゃろうて」
という鶴丸さんの提案により、私たちは空を飛んで、王都へと向かうことになったのである。