第1章 アメリア=ドルチェ侯爵令嬢の場合 その5
「その前に、一つ確認なんじゃが。嬢ちゃんの国は、“パティスリア皇国”でよろしいのかな?」
突然、鶴丸さんがアメリア嬢の国の名前を確認し始めた。
「え? はい。よくお分かりですわね」
「大森林の入り口で、木っ端みじんに破壊されておる馬車に、あの国の紋章が入っておったからのぉ~」
そこまで確認済ですか。
なんか索敵魔法って便利そうでいいなあ・・・・・・日本風に言うとしたら“千里眼”みたいなものなのかなあ?
私も使えるようになりたいものです。
「どんな紋章なんですか?」
「あの国は邪龍に友好的な国じゃったから、2つの聖剣を交差したその中心に、羽を広げ大きく羽ばたいた竜がデザインしてあるんじゃよ」
「へえ~。なんか“高貴”っていうかヨーロッパっていうかそんな感じな紋章ですね?」
そうか。ここの龍は“マンガ日本昔話”に出てくるような和風じゃなくて、ネトゲとかに出てくるような西洋風の龍か。
「ちなみに今はいつじゃ?」
「3の月に入ったばかりですが?」
「え? この国って月単位とかあるの?」
言葉の壁というやつは、事前に異世界転生者は問題ないように、向こうからこちらへ送られてしまったときの“慰謝料”という名の“ギフト”とかいうもので、問題なく通用するようになっているらしい。
ちなみに文章を読むときも、その“ギフト”効果で問題ないのだとか。
突然“異世界”に連れてこられた人たちに対する、こちらの神様の心ばかりのアフターケアなのだそうである。
だったら最初っから、“異世界召喚”なんて夢みたいなこと、できないようにすればいいのにね?
「暦の考え方や時間の計り方は、地球と同じだと認識しておるがのお~」
「へぇ~。わかりやすくて、助かるわ」
コレも、“神様のアフターケア”の一環なのだろうか?
「そうかそうか。3の月とはまだ余裕じゃ。そういえばジャミルンもまだ健在かのぉ~」
“3の月”と聞いて、鶴丸さんはとてもうれしそうである。
そして聞いたことない名前まで出してきた。
“健在”と聞くことからするに生き物のことなのかなあ?
「ジャミルン・・・・・・。ああ!あの見た目は可愛らしい魔獣ですね? はい。相変わらずわが国にはたくさんおりますわ。そんなに脅威の魔獣ではございませんので」
「それはよい!」
鶴丸さん、今までにない喜びようである。
嬉しさのあまり、左手のひらに右こぶしをポンって軽くたたきつけちゃうくらいに、嬉しそうなのですが。
顔の筋肉も、いつもの穏やかな微笑みが、緩んだ感じになっていますけど。
・・・・・・まあ、そんな笑顔も変わらず、お美しいのですが。
「? 貴族の御令嬢たちを助けるのに、何か関係あるんですか?」
“3の月”ということと、“ジャミルンという魔獣”が、彼女たちを助け出すのに、いったい何の関係があるのだろうか?
「関係ないと言われればそうじゃが、関係あるやもしれんからのぉ~」
「?」
何やら含みのある笑顔・・・・・・つまりは“自分で考えろ!”ってことね?
「さあさあ、話をしているうちに、外はすっかり暗くなってしまったようじゃ。二人とも、お腹が空いたじゃろう。明日に備え、早めの夕食をとって、ゆっくり湯船につかって、たっぷりと睡眠をとろうかのお~」
「はい。今からとても楽しみですわ」
「え?まだ食べるの?」
「もちろんですわ」
フフフフッって、口に手を当てて微笑んでいらっしゃいますけど侯爵令嬢様!!
さっきまで一体、何個のケーキをお召し上がりになりましたでしょうか?
信じられない侯爵令嬢の返答に、ただただ驚いていると、あっという間にテーブルにはちょっとしたディナーがセッティングされてしまっていた。
「あ、相変わらずオハヤイデスネ・・・・・・」
「これくらいしか、取り柄がないからのお~」
と眉を下げ、申し訳なさそうに言っていますけど、凄いことですから!
今日のメニュは、ふわふわなバターたっぷりロールパン。
それぞれの具が大きめにカットされ、柔らかくなるまでじっくり煮込んだ具だくさんのクリームシチュー。
シャキシャキで瑞々しいキャベツとつぶつぶコーンと薄くスライスしたハムのコールスロー。
そしてデミクラスソースの匂いと色が食欲をそそる、煮込みハンバーグである。
ハンバーグには、厚切りのフライドポテトにグリルトマト、そして茹でたアスパラっぽい緑色の野菜もついている。
「ま、まあ~~!! こちらに来てすぐに頂いた種類豊富なサンドイッチたちに、体の芯から温まる具だくさんで優しいお味の赤いスープ。それに、これまたいろんな味を楽しませてくれたケーキたち。それに加えて、ディナーのこのレベルの高さ。なんて素敵な食卓。こんなに豪勢なごちそうをいただいてもよろしいので?」
そういいつつもすでに、首元にはナプキン、そして両手にフォークとナイフを持っていらっしゃると思いますが。
「お代わりもあるんで、たくさん食べてくだされ」
という鶴丸さんの一言が、まるで試合のゴングだったかのように、侯爵令嬢はすぐさまハンバーグへとナイフを入れる。
「まあ、キャトルジャーのお肉が、こんなに柔らかいなんて」
そして口の中に入れると、
「肉汁があふれて、ソースの味と相まってとても美味しいです~」
とても幸せそうな笑顔で、ハンバーグを噛みしめている。
「“キャトルジャー”って何?」
「簡単に言えば、“異世界版の牛”といったところじゃ。ただしこちらは魔獣じゃがの。野生の群れのボスを倒せば、その群れにいた他のキャトルジャーたちは皆、人間に従順な家畜となり下がってしまうんじゃよ。肉はA5ランクが付くであろう上質な味がして、乳もたくさん取れる。角はトナカイに似ていて硬くて光に反射すると七色に見えて綺麗なために、武具や装飾品の材料として高値で売れるんじゃ。ただし、見た目は全体が可愛らしいピンク色をしており、黒い斑点のような模様が入っておってなかなか愛らしい魔獣じゃよ。大人しければの~」
そこで、“ホウ~”とため息つくのは何で?
“大人しければ”って、どういうことなんでしょうか?
鶴丸さんから、“キャトルジャー”という魔物の説明を受けている間にも、彼女は止まらなかった。
「こんなに柔らかで、味が濃厚なパン、初めていただきましたわ」
「この白いスープ。キャトルジャーの乳を使っているのかしら? それにしては生臭さがありなくて味がとてもまろやかで、お野菜は大きめなのに口の中に入れると、ほろりと崩れていってとても美味しいですわ」
「このサラダのようなものも、付け合わせのトマトも、さっぱりしていていくらでも食べれそうですわ」
「この付け合わせは、ホクホクしていて、こちらの野菜と共にこの茶色いソースをつけて食べると、とても美味しいですわね」
まるでグルメレポーターのように、食べては感想を述べるということを両手と口の動きを止めることなくそれぞれのお皿をせわしなく行き来し、次々と口へと運んでいった。
・・・・・・私、もうその姿を見ているだけでお腹いっぱいです!
ちなみに私は、ハンバーグの皿とロールパン1個にシチューだけで十分だったのですが。
「ほう。どれもおいしゅうございましたわ」
彼女が食べたのは、ハンバーグ40皿、ロールパン60個、サラダ17皿、スープ25皿という、大食い選手権真っ青の結果である。
あれだけ食べても、まだこれだけ食べれるって。この世界のお貴族様、マジ怖い!!
それからも侯爵令嬢は、驚きの連発であった。
『あれだけ食べているのに、トイレに行かないとか。まさか都市伝説の“トイレしない昭和のアイドル”みたいな?』
と思っていたが、やっと行きたくなったらしく、最初はわからないからと使い方を説明するために、私も一緒に同行した。
なぜか?
だってここ、異世界なのに!
しかも洞窟の中なのに、ウォシュレット付き水洗トイレなんだもん!!
(これは鶴丸さんのこだわりで、譲れないものらしい。)
そして案の定、
「え? 蓋が自動的に開きましてよ!!」
だの。
「この白いものに座ってするのですか?」
だの。
「キャーー!! 下からお水が!! こ、これは恥ずかしいと言いますが勇気が・・・・・・」
だの。
「え? 勝手に水が出た上に、一緒に穴に吸い込まれていきましてよ?」
「ふ、蓋が勝手に閉まりましたわ・・・・・・」
だの。
うん!!
初めて見る人は、こういう反応だよね?
次に一緒にお風呂に入れば、そこは大浴場。
洞窟の中なのに、とっても明るくて清潔で衛生的なスパみたいな大浴場。
二人で入るにはとてつもなく大きな檜風呂(これも鶴丸さんのこだわりらしい)で、どこからともなく湧き上がり、噴水のようにずっと流れ続ける温泉水。(これはこの洞窟の上が活火山だかららしい)
そしてシャワー完備!!
奥にはサウナ部屋も完備されている。(これも鶴丸さんのこだわりらしい)
「こんなに広い浴室って、私初めてですわ」
と、感動なさっていたかと思えば。
「え? この水が出るものは何ですの? これで最初に体全体を流すんですの?」
と、不思議そうにシャワーをつかみ。
「この長いもの、とても便利ですのね? 先から出る大量の水が気持ちいいですわ」
とても、気持ちよさそうに顔にかけていらっしゃる。
「まあ! このせっけんは泡立つのですね? それにこの滑らかさ。そしてとてもいい匂いがしますのね」
侯爵令嬢は意外にも、お一人で髪も体も洗うことが出来ました。
但し!
とても侯爵令嬢らしからぬ、豪快な洗い方で!
こんな可憐で見目麗しい美少女が、股広げてガシガシと力任せに体を洗うところは、正直見たくなかった!!
タオルで背中をペシペシ!!とか、どこの中年オヤジかよ?!
不安なので、ところどころ手伝いをしたけれど。
気分は姪っ子と一緒にお風呂に入って、全身くまなく洗ってあげた、あの時よりも慎重に行いましたよ。
だってこの陶器のように滑らかで美しい肌に、傷をつけるわけにもいかないし?
シルクのように滑らかできらきらとしている美しい髪の毛も、傷んじゃったらもったいないし?
そのかいあってか。
「うちのメイドたちよりも、優しくて丁寧な洗い方をなさいますのね」
という、お褒めのお言葉をいただきました。
(正直、一人でゆっくり入りたかった・・・・・・。)
なんでも、
『いつ何が起こるかわからない、それが人生!!』
という、ご両親の方針の下で、基本的なことは何でも自分でできるようになっているのだとか。
もちろん、普段はちゃんとそれぞれに専属のメイドさんが付いているらしいのですが。
・・・・・・えっと、私の思っていた侯爵令嬢とは、ずいぶんかけ離れていらっしゃるようですが。
この世界は、こんなものなのか?
これが通常運転なのか?
“裏では常に足の引っ張り合い、それが“上流階級”というものなのです。仕方ございませんわ”
と以前アメリア嬢が、複雑な笑みを浮かべて放った言葉を思い出す。
その彼女は、ドライヤーの存在にびっくりし。
しかし、使うことなくご自身の生活魔法で髪を乾かした後、浴室から上がって冷たいレモン水を飲み干すと、うつらうつらとし始めた。
椅子に座り、コクコクと前後左右に体をゆすっている。
やっとテンションが、通常運転になってきたようである。
まあ仕方ないよね?
初めて見るものばかりで、いわばU〇Jかディ〇ニーラ〇ドに来た子供みたいな状態になっちゃったみたいだもんね?
「お疲れのご様子ですな」
そこですかさず入ってきた鶴丸さんが、お姫様抱っこをして寝室まで連れて行った。
こうして私の新たなる出発初日は、たくさんの情報を得たと同時に、予想外の連続オンパレードでただひたすら疲れたという形で、終了を迎えたのである。