第1章 アメリア=ドルチェ侯爵令嬢のばあい その4
「確かに。亀代さんは、類を見ない別嬪さんじゃからのお~。間違えるのは無理なかろうて」
にっこりと微笑みつつも、とんだ爆弾発言をしてくれた鶴丸さん。
一瞬、全身に雷が落ちたくらいの、衝撃でしたよ。
あなたの美的感覚とは一体・・・・・・。
「はい。お二人のような美しい方々、私、見たことありませんもの」
そして右頬手を添えて、にっこりと微笑む侯爵令嬢。
どう考えても、お世辞や社交辞令といった雰囲気は感じない。
そうか!
この世界、美的感覚がずれているんだ!
そういえば、平安時代はのっぺりとした平たいおたふく顔に、切れ長一重と筋の通った鼻に麿眉でおちょぼ口とお歯黒が美人の条件だったとか。
アレか。
時代とともに美人の基準が違うという、ヤツか。
そうなると。
もしかして50数年間、私に全く来たことのない“モテ期”なるものがとうとう到来するのか?
「だが断る!!」
「え?」
「ん?」
「この世界の“美女”基準が低すぎて。第一私、モテるのやなんだけど! 結婚なんてしたくないし、穏やか気楽なおひとり様スローライフが私の夢なのに!!」
そう。
日本にいるときは良かった。
小さい時から、“ドブス”だの“根暗のアニメオタク”だの、“デカ女”だの、男どもには散々ののしられて生きてきた。
生まれた時から2歳年下の美人な妹とは違い、祖父母に実の父親や親戚連中にまで、見た目で差別され続けてきた。
学生時代は、自分より背が高いからというつまらない理由で、よく背の低い男子からいじめられていたしね?
まあ、大人になってからも似たようなものですが。
でも、今の日本は男に我慢してすがって生きていかなければならない昭和初期くらいまでと比べ、女一人でも十分に生きていける時代。
むしろ家庭を持って、自分の好きなことを我慢して諦めて、家の家事をこなし出産から子育てをして、参加したくもないママ友とやらの付き合いに、血の繋がりのない旦那の両親の介護までしてなんて、考えただけでもゾッとした。
だから、生まれてこの方男性の興味を全く惹くことのないこの見た目と性格に、私は心から感謝していたのだ。
この見た目と性格で、私はおひとりさまという名の自由を手に入れたのだと!
金銭面に少々不安は残るものの、贅沢できなくても気楽なおひとりさまのほうが断然いい!!
煩わしい人間付き合いも、常に断捨離バージョンアップで、最低限度に抑えてあるあの距離感も私にとってはとても心地いいものだったのに。
「あの時、気まぐれであんなことするんじゃなかったなあ・・・・・・」
そうすれば。
こんな美的価値観の狂った世界に、来ることもなかったのに。
私。ブスで根暗なアニオタという自分に、誇りさえ持っていたのに。
「あの・・・・・・私、邪龍様の御機嫌を損ねてしまったのでしょうか?」
両手で頭を掻きむしりながら、あーだこーだと考え中の私を見て、アメリア嬢は何か誤解をしてしまった様子。
「いやいや。儂らほど長生きすると、いろいろあるもんなんじゃよ?」
そう言って、またもやきれいに空となった皿を下げ、今度は苺の乗った長方形のミルフィーユを出してきた。
粉砂糖が振ってあり、何とも可愛らしく仕上がっている。
それを見るや否や、令嬢は私を心配する気配が吹っ飛んだらしく、目をキラキラさせてミルフィーユへとフォークを伸ばした。
「まあ、サクサクした生地と白いのが何重にも重なっていて、これもおいしいですわ」
こちらもお気に召されたようである。
それにしても、まだお腹に入るんですね? 侯爵令嬢。
この世界の貴族は、美的感覚も狂っている上に、まさか皆さん胃下垂ですか? それとも生粋のフードファイター?!
エンゲル係数は、とんでもない数値をたたき出しているとみた!
それにしても・・・・・・。
あんなに食べても食べても、華奢な体躯って正直うらやましい!!
食べたらそれ以上に、体形と体重計に影響でまくりの私としては、とてつもなくうらやましいのですが。
「日本というところは、そんなに美の基準とやらが高いのでしょうか?」
「う~ん、どうかのお~。儂、そういうの疎いからのぉ~」
「私が美人と言われている時点で、この世界の基準はめちゃくちゃ低いよ? ヤバいよ?」
「そうかのぉ~? 儂はそう思わんのだがのぉ~」
らちが明かない。
「そういえば追われているんですよね? 追手ってどこまで来ているのかなあ~? っていうか、その人たち強いの?」
ひとまず話を逸らすことにした。
こんな会話、私が耐えられん。
話題を変えたいという思いが通じたのか、鶴丸さんは額に人差し指を当て、目を瞑ったかと思ったら、すぐさまこちらに向かってにっこりと微笑んだ。
「そうじゃのお~。この大森林内には、儂ら以外には人はおらんようじゃが・・・・・・」
え?
今何秒くらいだったっけ?
その前に何したの?
なんで分かるの?
もしかして見えるの?
「今使っているのは探索魔法とお見受けするのですが、どのくらいの範囲まで可能なのでしょうか?」
そっか。
これがラノベとかに出てくる“索敵魔法”っていうやつか。
・・・・・・
・・・・・・
何をどうしているのか、さっぱり分かりませんが。
「ん?じゃからこの大森林全体を、見た結果を伝えておるつもりじゃが?」
「え? この大森林全体を・・・・・・ですか?やはり異世界召喚された皆さんの魔力保有量は相当多いのですね」
侯爵令嬢様は、ただでさえ大きなその目をさらに大きく見開いて、口元に手を添えた。
それにしても、いいな~鶴丸さん。
この世界での滞在歴が、すっご~く長いらしいから、難なく使いこなせちゃってるの、うらやましいわ。
最初の掴みさえクリアすれば、私でも魔法使い放題らしいんだけど、そういやまだその掴みさえも教えてもらっていないんだよなあ・・・・・・。
「多分、さっきお嬢さんが言ってた“魔物の血肉があちこちに飛び散っている”のを見て、恐れをなしたのかもしれんのお~。所詮はその程度の連中じゃて」
フォッフォッフォッ・・・・・・と、意味深な笑いをする鶴丸さん、なんだか目が笑っていないような・・・・・・。
「でもどうするの? 私たち、異世界召喚された人間だってさっき言ったよね? 邪龍様っていうのじゃないって、分かったよね?」
「あ・・・・・・。そういえばそうでした。でも、異世界人であれば、膨大な魔力持ち。きっとあの訳の分からない男とも互角に戦えるはずですわ!ですのでお願いいたします。私を……行方不明となった令嬢たちを助けてくださいまし」
彼女は椅子から飛び降りると、その場でひざを折り綺麗な土下座を披露する。
アレ?
土下座って、三つ指立ててするもんだったっけ?
「この世界にも、土下座ってあるんだね」
「まあ、日本からもちょくちょく召喚されているらしいからのぉ~。日本文化もある程度は、この世界になじんでおるかもしれんの~」
いやいや。
日本にいても、そう生で見れるものじゃないから。
っていうか、私、現実で見たのこれが初めてですから。
「へ~。そうなんだ」
「そこで提案なんじゃが」
「はい?」
「亀代さんの目的と儂の目的を達成する前に、まずはこの世界のことを身をもって体験したほうがいいと思うんじゃが」
「はあ」
「手始めに、このお嬢さんの手助けをするというのは、どうじゃろう?」
・・・・・・なんだかんだでやっぱり、鶴丸さんは首を突っ込みたいようである。
これから一緒に旅をしようとしている私を気遣って、一応聞いてはくれているけど。
・・・・・・コレ、決定事項ですよね?
っていうか、超絶イケメンに目をウルウルさせながらじ~っとこんなに見つめられて、断れる女性がどの世界にいるとでも?
そんな色っぽい圧を掛けられて、正常判断ができるとでも?
「ソウデスネ。マズハソコカラハジメマショウカ」
“美形の圧力マジパねえわ!!そして、3次元が2次元に勝るって怖いわ~”
心の中で盛大な溜息を洩らしつつ、棒読みな返事を返すのであった。