第1章 アメリア=ドルチェ侯爵令嬢のばあい その3
「まあ! これはまるでフルーツの宝石箱のような綺麗なケーキですわね」
と、どこぞかのグルメ番組のレポーターが言いそうな言葉を出しつつも、再びフォークを手に持つと、彼女はフルーツタルトを一口サイズにしようと切り始めた。
「あら?下は固いんですのね」
そういって一切れをフォークでグサリとさすと、そのままパクリと可愛い口へ運ぶ。
「この固い生地のサクサクとした歯触りと、白いものの甘さ、そしてフルーツの甘酸っぱさとが混ざり合って、とても美味しいですわ」
こちらもお気に召した様子である。
「こんなに何個もおいしそうに食べてくれると、作り甲斐があるじゃて」
鶴丸さん、何やらフンフンとご納得されれいらっしゃるようですが、いったい何種類のケーキを作っていたんですか?
まだ出そうな勢いですが・・・・・・。
そして彼女は、木々に隠れながら逃走している最中に気が付いたのだという。
今自分のいる場所は、はるか太古の昔、この世界を女神と共に協力して作り上げ、その後永き眠りについたとされている“邪龍”なるものが、封印されているといわれている伝説の森であるとに。
“邪龍と言われているのは、全身が真っ黒で巨大な龍だったから”
“見た目は禍々しいが、心根は正義感に溢れた清き龍である”
“悪しき心を持つものにしか、そのまれにみる莫大なお力を使うことはない”
幼いころから何度も読み返したというお気に入りの“邪龍物語”。
その中でも気に入ったフレーズを何度も読み返しては、密かに“邪龍”ファンであったアメリア嬢は、会えるかもしれないという期待が膨らんだからなのか、はたまた追っ手から逃げなければならないストレスからなのか。
突然、妙なスイッチが入ってしまったらしい。
私から見れば、明らかな“現実逃避”である。
“邪龍様に会えるかも~”
そう思うと胸が高鳴り、何とも言えない高揚感が令嬢の全身を包み込む。
そしてその気分のままに、足取り軽くテンションがダダ上がりで逃走からの、邪龍探しに勤しんでいたらしい。
だがここは知る人ぞ知る、“ヴィレッチェ大森林”。
ランク上位魔物しか存在しないといわれる、世にも恐ろしい大森林であった。
よって、邪龍探索中(=一応本当は逃走中)にアメリア嬢は今まで見たこともない凶悪な魔物の出現に、次第に不安になっていったらしい。
「っていうか、そんな状況でよく生き延びてここまで来れましたね?」
驚きである。
こんなか弱くて一人じゃ何もできなさそうな女性が、屈強の騎士軍団や冒険者パーティーでさえ、生き残るのは難しいと言われている、世界最恐最悪な森の中で、3日間も耐えきったのだ。
「念のため、これを持ってきておいて正解でしたわ!」
そう言うなり、すぐさま自分の首にかかっている、ところどころ何個かの宝石が取れてしまっているネックレスを外し、私たちへと差し出す。
「ほほう。これは“マジックアイテム”じゃの~。結構値のするものが、沢山ついておるようじゃのお~」
「へえ。そうなんですか」
「一目見てわかるなんて素晴らしいですわ! そうなんです。これは色によって違った効能をもたらす宝石のようなものですわ。魔力の高い者でも、見分けは付きにくいですのに」
「これ、どうやって使うの?」
「この石に魔力をある程度込めますと、色に見合った性能を発揮しますの。簡単に言いますと、この赤い色は炎属性、水色は水属性といったところですわ」
その他にも土属性・光属性・金属属性・風属性・雷属性などなど、結構な種類の石=魔法石というのが、この世界にはあるらしい。
ただし、とても高価な物なのでお金持ちの貴族でもない限り、なかなか手に入らないのだとか。
それに加えて、魔力量が多くなければ使えないので、使い手は限られるという代物なのである。
アメリア嬢は、ネックレスの他に、両手に石のついたブレスレット、両足にも石のついたアンクレットをつけていたのだが、それらは全て使い切ってしまったらしい。
この石に魔力を込めて魔物の口の中へと投げ入れ、内部から魔物を爆発させるという方法で、何匹もの強力な魔物をなぎ倒しながらも、この洞窟入り口にたどり着いたようである。
「私、こう見えましても物を投げるコントロールは、とてもうまいんですの。この石を飲み込んだ魔物が、まるでこうシャボン玉がはじけるかの如く血肉片となって飛び散るさまは、何とも爽快でございましたわ」
・・・・・・ソレ、あなたのような可憐なお嬢様に言ってほしくありませんでした。
ドヤ顔再びと思ったら、その時の光景を思い出しているのか、だんだんと理想のイケメンを見つけて呆けた女性のような、うっとりとした表情に変化していき、なんか物騒なことを自慢して話す令嬢、正直怖い。
「でも森の奥に入るうちにだんだんと、破裂しなくなっていって・・・・・・。ワクワクドキドキな時間が終わってしまい私、悔しくて悔しくて!!」
それでも体内で爆発があったことに恐れをなしたのか、はたまたそれなりにダメージを負ったからなのか、魔石を放り込まれた魔物が、再び追ってくることはなかったらしい。
「そしてだんだんと怖くなってきましたの。だってお腹がすいてきたんですもの」
しょんぼりと頭を落としつつも、フォークについた最後の生クリームにぱくりと食いつく令嬢。
「はい?」
「亀代さんや。お腹がすくということは、魔力が減ってきているということなんじゃよ。それにしてもお嬢さんや、相当魔力を消耗してしまったようじゃのお~」
そう言って気が付けば、きれいになったフルーツタルトが乗っていたはずの皿を下げ、今度はチョコレートっぽい色をしたクリームが何層にも掛け合わされた丸っこいケーキの乗ったお皿を差し出す。
「まあ、この茶色いクリームはさっきのほろ苦いのとは違いますのね。この茶色の下には真っ白なあのふわふわしたものが。あら? この白いのもさっきと違ってあまり甘くはないんですのね? それにしても美味しいですわ」
そしてまたもや、出されたモンブランケーキをその華奢な体へと納めていく侯爵令嬢。
このモンブランケーキは私も初めて見るので、食べてみたのだが。
「え? この世界に栗あるんですか?」
まあ、苺にバナナ、マスカットにキュウーイといった地球おなじみの果物が同じようにこの異世界にあるのも、驚きですが。
「ああ。似たような果実をこの世界で見つけてのぉ~。どうじゃ、日本の栗と変わらんじゃろ?」
「はい。表面を覆っているマロンクリームの甘さと、中に包まれてい甘くない生クリームの組み合わせが、とても美味しいです。あら? 底はメレンゲになっているんですね? なんか知っているモンブランよりも歯ごたえが軽やかで不思議な感じです。ああ、もちろん美味しいですよ?」
「気に入ってもらえて何よりじゃて」
そう言って、彼は今度は紅茶を出してくれた。
「お腹がすきすぎて疲れてきましたので、とにかく休むところはないかと思っていた矢先、この洞窟の入り口を見つけまして・・・・・・」
そして中に入ったら人影が見えたので、盛大な勘違いをしてあの出会いへと繋がっていったということである。
「で? 私をその邪竜と間違えた・・・・・・と。何故?」
「だって、邪龍様は普段は人間と同じ姿をしていると。でもこの世のものとは思えないくらいに美しいお姿をしていると言い伝えられておりまして。ですのであなた様のお姿を見たときに、邪龍様かと・・・・・・」
「ちょ、ちょっとまって!!」
彼女の口に軽く左手のひらを当て、話を遮る。
何故か?
彼女の話がおかしすぎるからだ。
私が・・・・・・この私が、この世のものとは思えないくらいに美しい・・・・・・だ?
え? ウソでしょう?!
この世界の“美”の基準は、いったいどうなっているの?
私は日本じゃ、のっぺり顔にベース型の顔の形、そして太い眉に奥二重と低い鼻に分厚いたらこ唇といった、どう見ても“美人”からかけ離れた存在だったはず。
“この世のものとは・・・・・・”っていう形容詞がついていいのは、鶴丸さんレベルでしょう?
私なんて、どう考えてもそんな顔立ちしてないよ?
中年太りで、陰キャ喪女の50オーバーのババアなんですけど?!