第1章 アメリア=ドルチェ侯爵令嬢のばあい その2
「ある場所って?」
突然真っ赤になり俯くアメリア嬢を見て、またもやお互いに首をかしげてしまう私たち。
「じょ、」
「じょ?」
「女性・・・が・・・」
「うん。」
「女性がたくさん・・・いい・・・らっしゃって・・・・・・」
「はあ」
「・・・・・・殿方とイチャイチャするところですわ!!」
急に早口で一気にまくし立てた。
「ああ、キャバクラ的な?」
「高級クラブとかじゃないかのお~」
そんなことに真っ赤になるとか、若いっていいなあ~、可愛いなあ~と思っていると。
「“キャバ?”え?“クラブ”?」
アメリア嬢は顔をがばっと上げたかと思うと、目をぱちくりさせながら交互に私たちを見る。
「きっとその池本とかいう少年は、陰キャで女性に面識がないむっつりスケベと見た!」
「高校生くらいの男の子は、いろいろとシャイじゃからのお~」
「年上のダイナマイトバディーな女性に、熱上げちゃうお年頃だよね~」
「ああいうところは、経験豊富で対応がうまいご婦人が多いから、高校生くらいの若者だとイチコロじゃて」
などと、話していると。
「ほ、ほぼ裸・・・といいますか、布一枚くらいしか羽織っていない女性たちが、殿方にベタベタ触りまくる大変無作法な場所でしてよ!」
え?
なんでキレてんの侯爵令嬢。
「まあ。男性にサービスしてなんぼのお店だからね? 男は好きなんじゃないの? なんせ“おっぱいには夢と希望が詰まっている”って暴言吐き出すぐらいだから」
「ほほう。最近の若いもんはうまいこと言うもんじゃのお~。実際は脂肪しか詰まっとらんのにのお~。夢見すぎじゃわい」
ということは、鶴丸さんは胸の大きい女性には、そんなに興味ない・・・・・・と。
「で? そこで大人の階段を上っちゃいました的な?」
よくある話である。
男性の場合、上司やら接待やら・・・は社会人になってからにしても、大学生とか高校生なんかは先輩にって話、聞くもんね?
「大人の階段・・・・・・とやらはどういったものか存じ上げませんが、その結果、お部屋に引きこもってしまわれて、魔物討伐に行かなくなった・・・・・・というのが現実なのです」
「え? なんで?」
「なんでも。“ホルスタイン並みの垂れ乳ぶら下げた目のギラギラした集団に囲まれて、大変気分を害した”とのことで・・・・・・」
「はあ・・・・・・」
「大人の女性の魅力に気づくには、まだピュアすぎたんかのお~」
話を聞く限りでは、生身の女性とあまり面識のない子っぽいよね?
いきなりハードル高い女性がたくさん自分にむらがってきたから、怖気づいちゃったってとこかな?
突然なれなれしく激しいボディータッチなんてされたら、草食系男子と言いますか地味な陰キャタイプだったら、あれだよ、オオカミの群れに放り込まれた子ウサギちゃん状態だよねきっと。
「ホルスタインってなんなのでしょうか・・・・・・」
ハァ~っと可愛らしいため息をこぼすのだが、ケーキを口に運ぶことだけはやめない様子。
ハーブティーも5杯目になりましたが、その小さくて細い体にどんだけ入るのでしょうか?
「私たちのいた国では、めっちゃくちゃお胸がデカくて、牛乳をた~っぷりと出す家畜のことなのですよ」
「家畜・・・・・・ですか・・・・・・」
そうつぶやくと、アメリア嬢は先ほどまでせわしく動かしていた手をピタリと止め、コトリときれいに空になったお皿の上にフォークを置くと、眉間にしわを寄せ考え込んでしまったようである。
「アレ? 私、何か変なこと言っちゃいました?」
右手で小さく手招きをして鶴丸さんを呼び寄せ、耳元に手を添えて小さな声で聞いてみた。
「別に、普通じゃと思うのじゃが、なにやら腑に落ちないことがあるんじゃろうて」
と、相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままである。
「ではなぜ、あのような奇行をなさるのでしょう?」
「奇行・・・といいますと?」
「突然、国王様から貴族全員に、お話と言いますか命令という名の強制連行が行われ始めましたの」
「それがまさかの、“私、結婚したくありません”につながるの?」
「はい。当時各貴族に通達されたのが、“17歳前後の娘がいるものはすべて王城に連れてくるように”とのことでした」
最初は皆、お年頃の第一皇子のお妃様選定会だとばかり思い、派手に着飾りこぞって王城へ連れて行ったらしい。
しかし、王城の広間にお嬢様方が一か所に集められ一斉に連れていかれたのは、つい先日まで華々しい功績を掲げ続けていた、異世界から来た勇者“池本大翔”が居城としている、王城の数あるうちの別宅の一つ、“サンシャイン宮”であった。
彼女たちを受け入れた別宮の門は、そのあとすぐさま固く閉じられ、再び開くことはなくなってしまったのだという。
そしてサンシャイン宮に少女たちが入った後、誰も一度たりとも、彼女たちの姿を見たことがない・・・・・・というのだ。
しかも、サンシャイン宮に入った使用人たちさえも・・・・・・。
それからしばらくして、魔物討伐には応じるようになったものの、彼こと池本大翔はギリギリにやってきてはすぐさまサンシャイン宮に籠ってしまうを繰り返すようになったという。
お嬢様方のご両親には、本人直筆だとわかる“楽しくやってます”だの“元気でやってます”だのといった短い内容の手紙が、週に1・2度送られていたらしいので、最初のころは落ち着いていた。
のだが、それがもう半年も続いているのである。
それに加え、アメリア嬢のようにまだ登城していないお嬢様達には“来るように”と、しつこく王城から文が来るらしいのだ。
ではなぜ、侯爵令嬢であるアメリア嬢が今まで行けなかったのか?
「私ちょうどその頃、さるご貴族のご婦人様が開かれましたお茶会に参加しておりましたの。豪華に着飾った小舟を湖の上に浮かべてのお茶会で、それはそれは豪華でそして楽しかったですの。でもそのときにあまりにもテンションが上がりすぎてしまいましたのか、うっかり足を滑らせてしまいまして。気が付いたら私、湖に沈んでしまっていたらしいのですわ。私、泳げませんし・・・・・・」
と、恥ずかしそうにテーブルに右人差し指を突き立ててぐるぐるとまわしている。
なんと高熱と溺れたときの苦しかった記憶にうなされ、1ヶ月も寝たきりだったらしいのだ。
それから回復に向かった頃、あるうわさが貴族間でひそやかにささやかれるようになった。
『少女たちは皆、もうこの世にはいないのではないか』
と。
このうわさを聞いたアメリア嬢の両親は、まだ体調が回復しないというのを理由に断り続けたらしいのだが、つい前日、とうとうしびれを切らした王様の命令で強引に、馬車に押し込まれ連れてこられたのだという。
つまりは、人間版ドナドナらしい。
「私は、“お花を摘みに出たいのですが”と言って、何とか隙を作り、一目散にただひたすら逃げました。これでも幼少の頃より、“かくれんぼ”と“足の速さ”には、少々自信がございますの」
なぜか御令嬢はドヤ顔である。
「はあ・・・・・・」
泳ぎはダメでも、走るのは速いんだ・・・・・・。
昨今のご貴族様の御令嬢は、おしとやかだけではダメなんだなあ、それにしても“お花を摘みに”ってそんな言葉によく引っかかる従者がいたもんだなあ・・・・・・などと思っていると。
「亀代さんや。“お花を摘みに・・・・・・”とは、貴族間では“厠に行く”と同義語じゃよ」
「え? そうなの?」
と驚いている間に、令嬢の目の前には苺とマスカットとオレンジの入ったフルーツタルトが、コトリ・・・・・・と、置かれたのであった。