第1章 アメリア=ドルチェ侯爵令嬢の場合 その1
アメリアさんの話によると、こうである。
この世界はまさにラノベ世界そのもので、剣と魔法の世界そのものらしい。
魔物もいて冒険者もいて、世界観は中世ヨーロッパっぽいっていうのは事前にある程度、鶴丸さんから説明を聞いてたけれど。
なんでもこの世界は、貴族や王族という人種は生まれながらに魔力が高いが、普通の人たちは生活魔法が使える程度にしか魔力を持っていないということ。
それでも私にとっては“凄い!!”としか言いようがない。
だって、みんな魔法が使えるんだよ?
日本じゃ、地球じゃ夢のような出来事じゃありませんか!
しかもこの世界の魔法は“無詠唱”。
“言霊に力をのせて”ではなく“願えば叶う”が、まさに現実になる世界、素晴らしい!
“ファイヤーボール”だの、“エクストラなんたらかんたら”などという、恥ずかしい言葉をいちいち言わなくてもいいなんて、なんて素敵な世界なんだ!
・・・・・・などと、私が妄想を膨らましている間にも、アメリア嬢の話はどんどん進んでいく。
問題は、近年強い魔物が増え続けていて、世界各国で甚大な被害が増え続けているという点である。
そこで従来の戦力では不安になった各国の要人たちが、そろってやり始めたのが、“異世界人召喚”であるらしい。
これにはかなりの魔力を要するため、魔力の多い人たちがこの儀式に参加しなくてはならないが、危険を伴うために協力する貴族や皇族は極端に少ないらしく、犠牲になるのは日々激務をこなしながら膨大な魔力を持つまでにのし上がった、ランクの高い“冒険者”たち。
なんでも“経験値”なるものが増えていくと、魔力はどんどん上がっていくという仕組みらしい。
しかも、ランクの高い魔物を退治すると、その魔物からもそれ相応の魔力がもらえるって、魔力とは何ぞや?
この部分は、ホントゲームみたいって思ったけど、いやマジで!
そんな血のにじむ思いをして、魔力上げて国に貢献している冒険者の皆さんに、もしかしてこの世界の貴族って・・・・・・。
「ちょっとちょっと! さっき、“危険”って言ってたよね? もしかして冒険者たちって・・・・・・」
嫌な予感がして彼女の話に強引に割り込み聞いてみると。
「ええ。しばらくは脱力感に苛まれ、無気力状態になって使い物になりません。しっかり寝て食べてリフレッシュできれば、3ヶ月程で現場復帰できるかと・・・・・・」
憂いをおびた顔で、左ほほに手を当ててハァ~っとため息をついていらっしゃいますが。
「はぁぁぁぁ~~??? さっき、“危険”って」
「ええ、危険です。貴族や皇族にとっては」
キリリとした面差しで、私を見るアメリア嬢。
「3ヶ月も現場復帰できずに家に引きこもり状態で療養なんて。いつ何時派閥争いや権力抗争、はたまた跡目相続などで寝首を掻かれることか。それを考えると、1日たりともスキを与えるような真似はできませんの」
もっともらしく熱弁されていらっしゃいますが、私たち一般庶民からすると、どうでもいいお話なのですが。
それ以前に、どんだけ仲悪くてギスギス状態なんですか? アメリア嬢のお国は。
「あ。誤解なさらないように。一応、表向きはみな紳士淑女らしく、平和そのものですのよ。表向きは。でも裏では常に足の引っ張り合い、それが“上流階級”というものなのです。仕方ございませんわ」
オホホホ・・・・・・と、わざとらしく笑うアメリア嬢。
目が笑っていないので正直怖い!
その状態で、更に話は続くのだ。
結局、アメリア嬢の国では、魔法の研究が大好きで魔法研究所の責任者をしている第1王女と優秀な宰相の息子がタッグを組んで、魔力量の多い順からS・A・Bランクの冒険者20人ほどの魔力を借りて、お城の地下にあるという儀式の間にて、“異世界人召喚”なるものが執り行われたらしい。
なぜ、異世界人を召喚するのか?
それは、“神々の誓約”なるもので、こちらの世界の人間とは比べ物にならないほどの高い魔力を最初から持っている上に、ちょっと基礎を教えれば恐ろしい速さで次々と難しい技を身に付けていく強力な戦力であると共に、“勇者様”・“聖女様”などと祭り上げると、気持ちよく魔物討伐という危険任務を自分から先陣切ってやってくれるかららしい。
なんてチョロい異世界人の皆さん!
もとい!
きっと、異世界に夢を見すぎている日本の若者たちよ・・・・・・だと思われ。
・・・・・・アレ?
でも私が召喚されたところでは、儀式が行われたであろう場所には、胸糞悪い偉そうなクソガキ3匹と真っ赤で巨大な水晶玉しかなかったような・・・・・・?
「そして無事、儀式は成功しました。召喚術式の上に一人の少年がいたのです」
「その彼が、池本大翔だったと」
「そうなんです! あのおぞましい男が・・・・・・」
そういうとまたアメリア嬢はプルプルと体を震わせ始めた。
「ま、まあ落ち着いて。ね? ここにはその子いないし」
「おや。お皿が空ですな? 次は違うものを持ってこようかのお~」
彼女の背中をさすってなだめる私に対し、鶴丸さんは空の皿を下げると、すぐさま新しいケーキをのせたお皿を彼女の前にコトリと置いた。
って、侯爵令嬢、よっぽどお腹が空いていたんですね?
私たちのお昼ご飯予定のサンドイッチ全部一人で平らげて、具だくさんのミネストローネもお代わりまでして、いつの間にかレアチーズケーキをも食べきっているとは!
しかもそれ、私たちに話をしながらだよ? 凄くない? 侯爵令嬢!
っていうのか、この国の食事マナーは?
「まあ、この黒っぽいケーキ。ほろ苦くって、しつこくない甘さで、とても美味しいですわ」
「お気に召していただけて、何よりじゃて」
彼女は次に出された“チョコレートケーキ”までも、お腹に収めようとしていた。
「最初は、素直で大人しい方だったらしいのです・・・・・・」
池本大翔という少年は、年齢が17歳の高校2年生。
黒い学生服に身を包んだ少年は、帰宅途中コンビニに寄ろうとした際に魔法陣につかまり、乗っていたママチャリごとこちらの世界に召喚されたらしい。
最初は見ず知らずの世界に突然連れてこられ、戸惑っている様子だったため、第一王女が優しく宥めすかして説得しようとも、うつむいてばかりだったが。
「貴方は、我が国が求めていた“勇者”様なのです。どうかお助け下さい」
と涙ながらに懇願すると、なぜかやる気に満ちた顔つきになったという。
そして魔法と剣術の訓練に行くようになると、めきめきと頭角を現し、あっという間に騎士団や魔法師軍団をごぼう抜きにしていったのだとか。
もちろん、魔物狩りには真っ先に参加し、次々と強い魔物をほぼ一人で撃破。
冒険者不足で魔物退治がうまくいかず、不安一色だった国は、一気に明るさを取り戻していったという。
「ここまでは良かったのです。ここまでは・・・・・・」
そこまで言い終わった時には、すでにチョコレートケーキは綺麗に無くなっていた。
「次は、これなんじゃが・・・・・・」
お皿が空になったことをいち早く察した鶴丸さんが、次のケーキを差し出した。
「まあ。この白くてふわふわしたものは、さっきのサンドイッチの具にもありましたわね。甘酸っぱい苺とこの白いものの甘さがとても相性がいいのか、これも程よい甘さで美味しいですわ」
「それは良かったわい」
って、まだ食べるの?
そして話も続く。
「たくさんの魔物をほぼ一人で倒し、味方に損害を全く与えない見事な戦いぶりに、騎士団の皆さんたちがすっかり気をよくしてしまって。ある日の夜、彼をある場所へ連れて行ってしまったことから、いろいろと狂い始めたのです」
そこまで言うと、アメリア嬢は顔を真っ赤にして、両頬に手を添えながらうつむいてしまったのである。