序章 簡単な自己紹介をしたら?
「まあ、亀代さんや。落ち着きんさい」
そう言って彼は、私の右肩にポンッと優しく手をのせた。
どうやら間違いなく、思っていることが顔に出てしまっているらしい。
そうなんだよなあ・・・・・・・。
昔っからすぐに顔に出ちゃうんだよなあ。
50歳過ぎてもまったく進歩しない自分に、自己嫌悪に陥っていると、彼は私の目の前で腰を下ろしその場に右膝を立てて跪くと、その美しい顔を私めへと近づけてくる。
そして。
「このように悲しんでいらっしゃる女子の話は、聞いてあげるものじゃよ。若いもんが困っておる。儂はもう終わりの見えているような年寄りじゃから、少しでも力になってあげたいのじゃが。ダメがのお・・・・・・」
その声で、そんな哀愁漂う雰囲気醸し出すのは反則です!
美形の憂い顔、マジパネェ~!!
アニオタでラノベ大好きな50過ぎの小母ちゃんの大好物をこれ以上、詰め込まないでいただきたい!
私が密かに脳内で悶えていると、彼は懐からハンカチを取り出し、そっと彼女の前に差し出す。
さすがジェントルマン!
流れるような美しい所作に、思わず見入ってしまいましたよ。
美少女といえば、少し頭を動かして彼の差し出したハンカチを見ると、何を思ったのかまたすぐに、私の背中に顔をうずめ、
「そんな。私の涙であなたのような素敵な殿方の持つ、そのきれいなハンカチを汚してしまうなんて・・・・・・・」
って、消え入りそうな小さい声で遠慮している様子。
え?
私の上着の背中、もうあんたの涙と鼻水でベチャベチャのグッチョグチョだと思うのですが。
それは良くても、彼のハンカチはダメってどういうこと?
「まあ、ひとまず移動しようかのお~」
何かを感じ取った様子の彼が、困ったような顔をしながら、ハンカチを差し出した手をスッと燕尾服の胸内ポケットに移動させるとそのまますっと立ち上がった。
・・・・・・と同時に突然、私たち三人を眩しい光が包み込む。
眩しさに目を閉じ、そして次に目を開けた瞬間・・・・・・。
「うん。なんかスタート地点に戻った気がする・・・・・・」
そう。
私が今朝までよく彼とお茶を楽しんだあの部屋に、彼女と並んで椅子に座っていたから。
そしていつの間にやら、私と美少女の目の前には、おいしそうなイチゴソースのかかった、レアチーズケーキが可愛らしいお皿に乗ってテーブルの上へと置かれていた。
そして彼はというと、手慣れた手つきでケーキの乗ったお皿と同じデザインのティーカップにお茶を注いでいた。
燕尾服を着ているだけあって、まさに執事がお仕えする主にする所作、そのものである。
コポコポコポ・・・・・・。
お茶を入れる音とともに、部屋中にやさしい香りが包み込む。
「これ、カモミール・・・・・・」
「亀代さんは、このハーブティーが好きじゃからのお~」
コトリ・・・・・・、湯気の立つ温かなハーブティーが机に置かれたとたん。
“グ~~~”
隣からものすごい音がした。
と同時に、美少女は顔を真っ赤にして両手でお腹を抱え込む。
「ご、ごめんなさい。私、昨日から何も・・・・・・」
そういっている最中にも、またもやさっきよりも大きな音がした。
「ごめんな・・・・・・・」
「まあまあ。まずはお腹を満たしなされ」
続けて謝る彼女の言葉をさえぎり、彼は美少女の目の前に、ポカポカと湯気の立つ具沢山タップリのミネストローネと、卵やキュウリとハムや鶏肉にフルーツなど具だくさんで多種多様なサンドイッチが綺麗に並べられた3段重ねのティースタンドを置いた。
「さあ、召し上がりなされ」
彼がそう言うと同時に、最初は驚いた様子の美少女だったが、空腹には耐えられなかったのか、恐る恐る震える手でまずはミネストローネを口にした。
「美味しい・・・・・・」
「お口に合って、何よりじゃて」
「え? もしかして・・・・・・」
「儂がその昔、いろんなところを旅していた頃、いろんなところで採取した食料がいろいろとあってのお。それを使って料理したんじゃよ」
ニコリと微笑む彼を見て、美少女はすぐさまほほを赤く染め、パッと目をそらすと、今度は生クリームたっぷりのイチゴのサンドイッチを口へと運んだ。
「これも、とても美味しいわ・・・・・・」
そう言って美少女は、ハムときゅうりのサンドイッチ、レタスとトマトと照り焼きチキンの挟んであるサンドイッチ、厚焼き玉子を挟んだサンドイッチなど次々と手早く手につかんでは口の中へと収めていった。
一心不乱にマナーなど関係なく、ただただ黙々と食べ続ける彼女を嬉しそうに眺めていた彼は、
「亀代さん、すまんのお。儂らの今日のお昼ご飯、だしてしもうたわい」
私のすぐ隣に移動したかと思うと耳元に手を当て、申し訳なさそうに小さな声でそうつぶやいた。
「仕方ありませんよ。でも見てて気持ちいいくらい、素敵な食べっぷりですよね」
見た目はとってもお上品なお嬢様っぽかったんだけど、やっぱり誰しも、おいしい食事の前ではこうなっちゃうものよね?
彼の作る料理は、本当にどれを食べてもおいしいんだもの、仕方ないわよ。
そう思いながら、彼の入れてくれた美味しいカモミールティーを口の中へと運んだ。
私がゆっくりとハーブティーを飲んでいる間に、3段トレイはあっという間に空となり、ミネストローネも飲み干した美少女は、そこで我に返ったらしい。
「ご、ごめんなさ・・・・・・」
テンパっているのか突然、椅子から飛び上がったかと思うと、なぜかフカフカの絨毯の上で、きれいな土下座をし始めた。
そんな彼女のそばにすぐさま彼は移動し、
「こんな時は謝るんじゃのうて、“ごちそうさまでした”といえばいいのじゃよ」
と言い、彼女に立ち上がるよう背中と右手を支えて促した。
「そうよ。まだデザートのレアチーズケーキもあるし。鶴丸さんの作る料理は、お菓子だってとっても美味しいんだから!」
彼に促されて再び椅子に座った彼女の目の前に、先ほどのチーズケーキの乗った皿を移動させた。
しかし、彼女はそれにすぐ手を付けることなく。
「ありがとうございます。こんなに良くしていただいたのに、私ときたら自己紹介もせず」
彼女はそう言うとすぐさま立ち上がり、その場でボロボロのドレスの両裾を両手で優雅に掴むと、膝を折って洋風スタイル的な挨拶を始めた。
「私は、この国のドルチェ侯爵が一人娘、アメリア=ドルチェと申します。この度は、このようなところに連れてきてくださった上に、おいしくて温かい食事まで提供していただき、どのようにこのご恩を返したらよいものかと・・・・・・」
「まあ、困ったときはお互い様じゃて」
「ですよね~」
丁寧なあいさつが始まってしまったため、つい彼女の話をさえぎってしまった。
なんかこの子、いつも唐突なんだよなあ・・・・・・。
「そういえば儂らはまだ、名乗っておらんかったのお。儂は、鶴丸竹重。通称鶴さんじゃ」
「私は、松永亀代。通称亀さんよ」
なんだか堅苦しい雰囲気になりそうだったので、軽めの挨拶でその場を和ませようとしたつもりだったのだが。
「え・・・・・・。貴女様は邪龍様では・・・・・・。それよりも、そのお名前・・・・・・」
「?」
「名前が、何か?」
急に彼女は怯えたような表情へと変化し、体をプルプルと小刻みに震えさせ始めた。
「それは・・・・・・、そのお名前は・・・・・・もしかしてお二人は、日本という・・・・・・」
「?」
「ああ。儂らは確かに、日本という国からこの世界に・・・・・・」
「もしかして、池本大翔というお方とお知り合いでは・・・・・・」
顔色を真っ青というよりは、白に近い色にさせながら彼女はさらにその細くて小さな体をガタガタと先程よりは目に見えてわかるほどに震わせ始めた。
しかし。
「? ソレダレデスカ?」
「儂もそんな名前の知合いはおらんのお~」
初めて聞く男性の名前に顔を見合わせ、お互いに首をかしげている私たちを見て、何故だかアメリアさんは震えをピタリと止め、胸に手を当ててホッと安堵の息を漏らしたかとおもいきや、その場に力なくヘナヘナと座り込んでしまった。
「その人に何かされたの? っていうか、やっぱり私たち以外にも来ているんだね? 日本人」
「相変わらずこの世界は、“異世界人召喚”なるものが、好きなようじゃのお~。ゲームのやりすぎなんじゃないんかのお~?」
「鶴丸さん、この国どう見ても、ゲームとかありそうな世界観じゃないんですけど? むしろラノベの世界観と言いますか・・・・・・」
「ああ。亀代さんが教えてくれた、“悪役令嬢”やら“チート”やらが出るという、小説じゃったかのお~」
「え? “げえむ”? “ラノベ”? “チート”?・・・・・・」
私たちの話に、アメリアさんはその大きな目をぱちくりしながら、困惑している様子である。
「で? その“池本大翔”とは? どのようなやつなんかのお~」
彼女の態度からして、明らかに何かとんでもないことをしていそうである。
ラノベの中でも結構、イタイ男の人多かったもんね。
“オレ最強!”だの“オレハーレム”だの。
異世界いったらやりたい放題できると思っている勘違い馬鹿が。
私たち、男性に頼らなくても生きていける女性たちからすれば軽蔑したくなるような、お頭の持ち主たちが!
「まさか、“勇者”とかかっこいい名目で来た童貞っぽい若~い男とか・・・・・・」
「え? 何かご存じなのですか?」
そしてアメリアさんは、これまで自分の身にあったことを弾丸トークで語り始めたのである。