序章 洞窟をまだ抜けてませんが
「この中は壁も道もでこぼこしていてとても歩きづらいので、心配したんじゃが? だいじょう・・・・・・」
「あ、大丈夫です。怪我なんてしてませんよ? 私は元気です!」
とても心配そうな優しい声にいたたまれなくなり、思わず言葉をさえぎってしまう。
声のする方を横目でちらりと覗いてみれば、秒殺されそうな美しい顔が視界に入る。
彼は私の目の前に来ると立ち止まり、体を屈めると、まるで芸術作品かのごとくすらりとのびた、美しく整った右手を差し出してきた。
「それは何より。でも気を付けなくてはいかんのう。お互い若くは・・・・・・って、ん? そちらのお嬢さんはどちら様?」
私以外の人間がいることに、とても驚いた様子だった。
・・・・・・といっても、その美しい笑顔を崩さないまま、こてん・・・・・・と、可愛らしく首を右斜めに傾けていらっしゃるので、私が勝手にそう思い込んだだけなのだが。
まあ、驚くのは無理もないことですが。
「え? あ、え・・・・・・・」
かくいうお嬢さん・・・・・・私に抱き着いていた美少女は、声の主を見て言葉が出ない様子。
まあね。
私も初めて見たときは、驚きで言葉が出なかったもんね。
世の中に、こんなきれいな顔をしたしかも男性がいるなんて、って。
某有名なアニメの執事が実写版でいるってこういう感じか? ってくらいの容姿だからね。
真っ黒な燕尾服がとてもよくお似合いなすらっとした長身に、黒いシルクのような艶やかな黒髪をした、彫刻作品とでも言っていいくらいの整いすぎた顔立ち。
美少女さんに負けず劣らずの真珠のような白い肌。
こんなこの世のものとは思えない美人さんな男性見たら、まあ誰でもこうなるわな。
その微笑んだご尊顔も、眩しすぎて視界を失っちゃいそうな勢いですよ。
そしてとどめは、あの優しい声。
反則やん!!
あの声でささやかれたら、誰でも悪魔との取引きすぐさまオッケー出しちゃう破壊力やん!
見てみなさいよ、この美少女。
なにもかもにビックリしすぎて、顔真っ赤にしながら泣いておりますやん。
私の背中に素早く隠れちゃったやんって、私は壁か? 塗り壁か?!
・・・・・・まあ、いいけどね。
「亀代さん、私は、何か悪いことでも言ってまったのかのう? それとも儂が、怖いんかのう・・・・・・」
ああ!!
ショックを受けているのか、笑顔が切なさそうな表情へと変化する・・・・・・のに、何この人!!
表情がなんか、艶っぽいというか正直エ・ロ・い!!
美人おそるべし!
性別関係ないんだね? ってそこに驚くわ!!
「いやぁ~、まあ~、このくらいの年齢の女子は思春期でいろいろあるから・・・・・・」
頭をガシガシと乱暴に搔きまわしながら、この年齢くらいの子がイケメンに出会ったら? 私的にアルアルな適当な答えをある意味投げやり気味に返す。
「そうかそうか。若い女子の心は、ガラス細工のようにもろくて繊細で、かつ複雑じゃのお・・・・・・」
何やらホッとしたかのように、ニコッと微笑みかけちゃってくれましたよ。
あんな雑な説明で、そんな風にご理解していただけで、光栄ですよ。
ホント、見た目だけでなく中身もとってもいい人なんだよねえ。
美少女に視線を移せば、“え? 息してるよね?”って疑いたくなるくらい微動だにすることなく。
真っ赤に泣きはらした目を大きく見開いたまま彼を見つめ、その場で固まっていらっしゃるご様子。
ドライアイになるのではと心配になるくらい、そのままの状態ですが大丈夫?
そういえば彼が来たからすっかり忘れてたけどこの子、何やら私に助けを求めてきていたような・・・・・・。
「で? “助けて”って、どういうこと?」
生存確認をする意味で軽く質問をしてみれば、彼女はピクリと肩を震わせた。
どうやらどこかにすっ飛んでいった意識が、こちらに戻ってきたご様子。
目をぱちぱちさせていらっしゃる。
「ちなみに私は、“邪竜様”などという、中二病設定真っ盛りの生き物では・・・・・・」
ついでに誤解を解こうとしたのだが、そんな私の説明を彼女はすぐさま遮断し。
「お願いです。私、結婚したくありません・・・・・・」
全く説明を聞いてくれていないような言葉を、私めへと発してくださいました。
最近の若い子は、人の話を全く聞かないと思っていたけれど、異世界でも同じなんだなあ(諦め)と思っていたら。
「見ず知らずの、しかも何も知らない殿方との結婚なんて私、怖くて・・・・・・」
自分の言い分だけを一方的に話し始めた彼女はまたもや、目の前のイケメンではなくこの私の背中に、か細い両の手でギュッと上着を鷲掴みにしながらもその美しい顔をうずめ、嗚咽交じりに泣き出してしまいましたよ。
何故に?
普通は、イケメンに縋り付いて、可愛らしく泣くのではないのでしょうか?
解せぬ・・・・・・。
そして何よりも。
「え・・・・・・それってラノベ的には異世界でもよくアルアルな政略結婚・・・・・・」
運よく、年齢=彼氏いない歴を満喫していた私には、全く縁がないというかご相談に乗れないような内容なのですが。
よって私の答えは、一択なのですが。
「なにやら、お困りのようですな?」
“結婚”という一言に、めんどくさいことに巻き込まれるという考えしかない私の心の中をまるで読み取ったかのように、彼は自分の顎を右手でさすりながらその美しい眉間にしわを寄せ、とても心配そうな声でつぶやいた。
「え? まさか、話を聞くんですか?」
面倒ごとはマジ勘弁なのですが。