009 食ってやる
目が覚めた。
噛まれた傷が酷く痛む。
どうやら死んではいないようだ。
頭に靄がかかったようでぼんやりとしている。
そしてまた気を失った。
◇◇◇
目が覚めた。
どれくらいの時間が経ったのかわからないが、より状況は悪いようだ。
目がよく見えない、そして傷口だけじゃなく、傷口周辺含め全身が痛い。何処が痛いかはっきりと分からない。吐き気に頭痛も随分とひどい。
死ぬかもなぁと思ったところで、また気を失った。
◇◇◇
目が覚めた。
酷く喉が渇いている。
何となくだが、体を動かせる気がする。
唯一、動かせる右手で、左手の蜘蛛の巣を退けていく。
蜘蛛の巣を掛けられた直後はギプスのように硬かった筈だが、何というかベタベタした柔らかいシリコンのような感触で、べチャッと剥がせる。
傍らに目の光を失い、ひとまわり小さく感じる蜘蛛がいた。
脇腹と右足の蜘蛛の巣も剥がしていく。
剥がした後は、木工用ボンドをベッタリと塗りたくった様な状況で、酷く気持ちが悪い。
這いずって移動し、水を飲む。
壁に背を預け上半身を起こす。
随分と状態は悪いが、なんとか動ける。
傷口を手で拭って見ると、紫色に変色しているが、回復しつつあると思う。根拠は何も無いけど、そう感じた。
喉の渇きが癒やされると、猛烈に腹が減った。
かと言って、磯まで行って貝を取れるほど元気はない。
しかし、何か食べないと今度こそ本当に死んでしまうだろう。
蜘蛛の死骸が目に入った。
ふと「食べたい」と、まるで第三者からの意見の様な、他人行儀にも感じる思いが自然に湧いた。
直ぐに我にかえり、「いやいやそれは無いわ」と思うが、ふつふつと食べたい気持ちが湧いてくる。
自分が自分では無い気がして怖い。
あーそうさ。俺は俺だけど、俺じゃ無いかも知れないんだ。突然、波打ち際で目覚めるし、腹はシックスパックだし、髪も伸びてるし、見たこともないデカイ蜘蛛に襲われるし。蜘蛛を食べたくなるし。
あれだろ。誰かの身体に入ったんだろ。
もうこれ異世界だ。絶対そうだ。
声高らかに叫んでやった。
「ステータスオープン!!」
はい!何も起きない。それ知ってる!
死にそうなほど弱ってるのに、変なテンションで、ヤケクソ気味に蜘蛛の前に座った。
生まれて初めて死をやり取りした相手を前に、蜘蛛といえど何故か敬う様な、なんとも言えない気がした。
食べたいと湧き上がってくる衝動を受け入れ、ナイフを突き立てた穴に指を突き入れた。
思いがけず、肉の中にコツリと硬い感触があった。
人差し指と中指で摘み、それを蜘蛛の体内から引き出してみると、それはアメジストよりも濃い、黒色に近い紫色の石だった。
これが蜘蛛の生命とも感じ取れた。
あまり深く考えずに、石を飲み込んだ。
違和感が喉を通り、胃の辺りにきた頃、不思議とカチリとした、何か腑に落ちるというか、ピッタリ嵌まった心地よさを感じたが、次の瞬間には、つい昨日まで感じていた地獄の数倍かとも思われる激痛と吐き気に襲われ、また、意識を失ってしまった。