050 旅立ち
一年と三十日目。
脱出予定まで残り九十日。
脱出に向け、風が弱い日は南浜まで出かけ、船を動かしている。
船は改良を続け、直進性が良くなった事もあり、ある程度自由に動かせるようになってきた。
帆の扱いは、風の強さ、向き等に合わせた調整が難しいが練習を続けよう。
夜は星を観察している。南の空にあまり動かない星を見つける事ができた。しかし、動いてはいるので大まかな方向しか分からない。
それでも、あの星を目印にするしか無さそうだ。
◇◇◇
一年と六十日目。
脱出予定まで残り六十日。
操船はかなり上手くなってきた。
そういえば、ヨットは逆風でも進めると聞いた事があるが、この船はどうやっても逆風に逆らえない。
帆の形が関係してるのか?
ヨットみたいに三角形にした方が良いのかな。
試しに、帆の横棒を外して、上端を一纏めにしてみた。
向かい風を受け帆が膨らむと、横滑りしながらも微妙に風上に向かい前進してる。
これは良い!
ちゃんと帆を作り直して練習してみよう。
◇◇◇
一年と九十日目。
脱出予定まで残り三十日。
帆を三角にして、取り付け位置等も調整すると、ある程度船を自由に動かせるようになった。まだ細かな操船はおぼつかないが、大海原で行きたい方向へ行くくらいは出来る。
先日は左耳浜まで行って帰ってくることも出来た。
舟で行くと片道二十分で到着したのには笑ってしまった。距離感が随分と狂ってしまうが、良い事だ。
気軽に行けるようになったのは嬉しい。
船用の水瓶も完成した。
船の一区画に綺麗に並べて収まるように、角型水瓶を作り続けてきた。
四十リットルはあるだろう。
一日二リットル程の消費に抑えれば、二十日間程度は持つ。積載量から、これぐらいが限界だ。
焼物で作った水瓶は重すぎる。
保存食も集めなければ。ナッツ等は随時、拾い集めているが、そろそろ干物等の保存食作りも、始めよう。
◇◇◇
一年と百日目。
脱出予定まで残り二十日。
海水を飲めるようにしようと試行錯誤を続けてきたが、ある程度、形にすることができた。
小学校の時に、理科の実験で食塩水を濾過した事を思い出したので、上下に穴を開けた細長い水瓶を作り、中へ限界まで細くした糸を突き固めながら、ギュウギュウに入れてみた。さらに、木炭も詰めてみた。
これを使って濾過すると、塩味は感じるが、海水を直接飲むよりは随分とマシな水が出来た。
薄めれば使えそうだ。
恐らくこれでも塩分濃度は高いので、常飲は出来ないはずだが一時凌ぎの保険にはなるだろう。
無いよりはマシだ。
まだ風は暖かい北風が吹いている。
残る時間は保存食の入れ替えと、船用ロッド作りに非常食確保用のルアー作りでも進めていこう。
◇◇◇
一年と百二十日目。
脱出予定日となった。
幾分、気温は落ちてきたものの、風向きは変わらない。
まぁおおよその目安として決めていた期間だ。
待つしか無いか。
もっぱらルアー作りの研究を進めている。
今のところジグに糸で作ったラバースカート擬き
の組み合わせが好成績だ。
ジグと言っても、薄い石片に針を付けているだけなのだが。まぁ釣れるなら何でも良い。
◇◇◇
一年と百二十五日目。
ついに南風が吹き始めた。
まだ風向が安定しないので、十日ほど様子を見ようと思う。
それはそれとして、航海中の食糧問題が解決した。
カブ太が魔石を好むので、魚も釣れるんじゃ無いかと思い、蜂の魔石を針の根元に着けてみたら爆釣してしまった。
ルアー要らないじゃん。
何でもっと早く気づかなかったんだろう。島暮らしが楽になっていたのに…
◇◇◇
一年と百三十一日目。
出航に向け、出来るだけ新鮮な水を用意しようと真っ暗穴に潜っていると、爆破したような地響きで洞窟内が揺れる。
慌てて地上に戻った。
カブ太が朝から騒いでいたし、心当たりは十分にある。
◇◇◇
一年と百三十二日目。
左耳浜の小屋で寝ていたら、カブ太に起こされた。
バッサバッサと羽音が聞こえ、着地の重低音が響き渡る。
やっぱり来るよね〜。
気が重いが小屋を出る。恐怖心は無くならない。怖いものは怖いのだ。
目が合うと早速念話が始まった。
「人間、なぜ生きておるのだ?」
一年振りというのに、随分酷い挨拶だ。
「何故と言われてもですねー、一生懸命、工夫を重ねて精一杯生き延びてきたんですよ」
「そういう事ではない。そうか、他所の星から来た等と言うていたのは真なのだな。小賢しい人間の戯言かと思っていたが」
「真実のみです」
「此処は聖域。魔力の源泉ぞ。人間等、長く生きれるものではない」
生きていけない場所って言われても、何とも無いんだけどな……
「生き延びたのであれば、その姿はやはり主と関わりがあるやも知れんな」
なんだかドラゴンが一人で納得しているが、「主」とやらについて知ってる事なんて全く無いので、逆に申し訳ない。
「ちと興味が湧いた。我に触れてみよ」
そう言うとドラゴンが伏せをして、顎を地面につける。何か可愛く見えてきた。
「要らぬ事は考えぬ事じゃな。黙って、従え」
「はい!」
どこ触れば良いのかな。鼻でいいのかな?
悩みながらも、ドラゴンに手を当てる。
何やら目を瞑り、喉からはグルルと今にも喰い殺されそうな唸り声が漏れているのですが、本当に大丈夫なのでしょうか?ドラゴン様。
「黙っておれ」
無だ。俺は無になるのだ。何も考えない。そう石だ。俺は石。「俺は石」と考える石があるだろうか。否!まだ俺が居る。エゴを捨てるのだ。
「グルルゥゥ」
「……」
やばい。念話じゃなくて、唸り声で注意された。怒ってらっしゃる。
でも、考えるのを止めるって難しいんですよ。
「もう良い。大体分かったぞ。我が主の事も少しばかり分かった気がするのう」
「お役に立てたならば良かったです。はい」
「お前は人在らざるものじゃ」
「えっ、まさかの人間じゃ無い宣言」
「そうじゃな。そもそも生きておらん。作り物じゃな。我が主も魂を仮初の姿に移しておられたのだろう。あぁ主よ。何処に……」
「えーーー!俺、ゾンビ?」
「うるさいのう。そもそも生きておらぬのだから、死者もないじゃろう。魔力で動いておる傀儡じゃ」
「何かショックなんですけど。でも、もしかして、不死身だったりします?」
「知らぬ」
「はい」
「蜘蛛の魔石を取り込んでおるな。蜘蛛とはいえ、聖域におる蜘蛛じゃ。人間には到底受け入れられぬ魔力よ。その傀儡はよう出来ておる」
「そうなんですか……」
まいったな。情報過多でパニックになりそうだ。でも今は出来るだけ、情報を得たい。
「えーっと、俺、ちょうどこの島を出るところなんですが、人間の所へ行っても、俺、大丈夫ですかね?」
「知らぬ」
「そんな……」
「好きにすれば良いであろう。」
そう言い残し、ドラゴンは飛んでいってしまった。
相変わらず、身勝手なドラゴンだ。
「聞こえておるぞ」
「えっ、まだ繋がってる?」
島の上空で一度、此方を振り返ると、今度こそ島の反対側へと消えていった。
「カブ太!カブ太!」
「モゾモゾ」
良かった。またひっくり返ってたけど、動き出した。ドラゴンが来ると死んだふりしてるんだろうな。
それにしても、うーん、どういう事?
この身体が人形?
具合悪くなったり、怪我も普通にするんですけど……髪も爪も伸びるし、おならも出るぜ。
作った人すげーな。何にも違和感無いんだけど。
しかし、人間じゃ無いって言われてもな〜
俺は人間を止めるぞ〜とか宣言してお面被った方が良いのかな。
もう何でもいいか。
そうだよ。異世界だよ。いちいちびっくりしてらんないな。
糸が出せるんだから、今更だ。
あれだ。隠しワード叫べば背中から翼生えるし、肘から何でも切れるブレードが出るんだ。
でも生きてないって言われると、やっぱショックだなぁ。俺、死んだって事じゃん。記憶ないけど、やっぱり死んでたんかー。
でも、もうそれも今更な感じだな。
何となく解ってたし。
前の世界の事は忘れよう。涙も枯れた。
この世界で生きて行くしかないな。
生きるってのに疑問がつくのは気持ち悪いが、これ以上考えると哲学になってしまう。
俺は俺。
息吸って飯食って、泣いて笑って、生きてるぞーって考えてるんだから、人形でも生きてるって事で良いじゃん。人形の自覚無いしねー。
あーもう。あのドラゴンが来ると、良くも悪くも考えさせられる。
やる事は変わらない!
脱出だ!
出航は間近だ!
◇◇◇
一年と百三十六日目。
天気良好。風も穏やかに南風。
新月を避け、今日を出発日とした。
いよいよだ。
朝から積荷を確認する。もう何度目かわからない作業だ。
忘れ物はない。
持っていけない物は、シェルターにまとめておいた。誰か使うのならば、ご自由に。
おおよそ一年半過ごした島を眺める。
色々な事が思い出される。
長い長い日々と感じる一方、あっという間にも思える。
苦楽を共にしたカブ太の存在無くしては、成し得なかった無人島暮らしだ。
カブ太を航海に連れて行くのか、最後まで決めれなかった。航海はリスクが高すぎる。
何もカブ太までそんなリスクを負わせる必要はない。カブ太はこの島で暮らしてきたのだ。
最後は、カブ太に聞いてみよう。
カブ太はつぶらな瞳で此方を見ている。
「なぁカブ太、今までありがとうな。ついに島を出る日が来たよ」
「ピコピコッ」
「カブ太、お前どうする?一緒に来るか?」
そう言いながら、カブ太に結んでいる糸を外した。
「ブンッ!」
えっっ⁉︎
カブ太は目にも止まらぬスピードで、糸を外した瞬間、森へと飛んでいってしまった。
「ハハッ……」
乾いた笑いしか出ない。
それから一時間程待ってみたが、カブ太は帰ってこない。
潮が満ちてきて、出発の時間だ。
カブ太、ずっと森に帰りたかったのかも知れないな。そうだったら、一年半も捕まえてて悪い事したな。
相棒が急に居なくなったのは寂しいが、本当にカブ太には感謝しか無い。
「ありがとうな、カブ太。また、いつか会おう!」
大声で森に向かって叫んだ。
船に乗り込み帆を張ると、焼き立てのパンのみたいに、帆が膨らんだ。
滑るように船が動き出し、スピードに乗って行く。
後を振り返れば、一年半を過ごした島が、段々と小さくなっていった。
待ってろ文明!
待ってろビール!
絶対に辿り着いてやる!
おっさんの無人島生活、如何だったでしょうか?
本当はここで終わる予定だったのですが、少しサイドストーリー的な話を書きたくなったので、ストックが出来るまで時間を頂き、再開します。
次回より「聖域の覇者!カブ太列伝」を何話かお届け予定です。




