045 水を求めて
百七十一日目。
心の内を反映するかのような厚い曇天。
嫌々ながら薄暗い中を、真っ暗穴目指して進んでいく。
久しぶりに穴をマジマジと見たが、以前と変わったところは特に無い。
石を結ぶと穴に下ろし小突いてみる。
何の反応もないし、何もわからない。
小枝に燃焼剤を塗り、着火して穴に落としてみた。
遥か下の方が仄かに明るくなり、十五分程で消えてしまった。
取り敢えず、下へ降りても酸素はありそうだ。
「カブ太、行くよ」
「ピコピコ」
エレベーターの準備を行い、いつでも収納で登り返せるように糸を張る。
肩口にぶら下げているランタンへ火をつける。
ランタンと言っても、普段は小屋で使っているデカイ鈴みたいな見た目のランプなのだが、今日はランタンと呼びたい気分だ。
そんなアホな事を考え、努めて平常心を保つ。
「フッ!」と強く一息吐くと、意を決して穴へ懸垂下降して行く。
高さの恐怖心とは違う、締め付けられるような恐怖心が襲ってくる。
心拍数が上がり、呼吸が乱れる。
どれほど降りたのだろうか、随分長く感じる下降を終え、ようやく下へ辿り着くと、そこから斜め下へ緩やかに横穴が続いていた。
足元には土が溜まり、骨が散らばっている。上を見れば、入口が小さな点になっていた。
糸を体から切り離すと、手早く登り返せるようにしっかりと準備を済ませておく。
荷物から燃焼剤を塗った枝を出し、ランタンから火を移す。
綺麗な岩肌が照らし出された。
まるでシールドマシンで繰り抜いたようだ。
岩質は石灰岩だが、鍾乳洞では無い。
完全に人工構造物だ。
穴は左右へ緩く蛇行し、先へと続いている。
立って歩ける高さがあるのはありがたい。
結界糸を広げ、慎重に奥へ進むと微かに水が流れる音が聞こえた。
やった!予想通り水があった!
少し急足になりながら、滑らかなトンネルを抜けると、体育館程の大きな空洞へと出た。
ここは自然の鍾乳洞だ。
天井からも地面からもツララが発達し、繋がって柱になっているものもある。
しかし、問題は視界全てにスライムがいる。
足の踏み場が無いとはこの事だ。
床、壁、天井と真っ黄色だ。
良く見ようと、壁のスライムへ火を近づけると、そこだけ穴が空いたようにスライムが逃げて行く。
面白い。これで床のスライムを退かせば進めるかな。
ウリウリと、地面のスライムを退かしていると、スライムに枝が当たり、火が燃え移った。
ビニールが燃えて縮むように、スライムが黒い煙を上げながら小さくなって行く。
おお、このまま燃やせば先に進めるな。
なんて呑気に考えていたが、スライムが爆発的に連鎖して燃え始め、辺り一面が煙で包まれた。
やばい。やばい。
煙に巻かれて死んでしまう。
猛ダッシュで引き返し、目が沁みて涙が止まらない中、どうにかエレベーターの準備を済ませる。
一気に収納で上がりながら、壁を蹴り付け、さらに加速させた。
穴上まで何とか引き返し、盛大に咳き込みながら、息が整うのを待った。
穴からは煙突のように黒い煙が吐き出され続けている。
煙は一向に収まる気配が無く、逆に濃くなってきた頃、地震が起きた。
断続的に揺れは続き、一時間程揺れていた。
この場で待っていても仕方ないので、煙が出る場所を探しに行く。
真っ暗穴以外からも、煙が出ているはずだ。
森のあちこちから煙が上がり、辺り一面が霧みたいになってしまっているが、真っ暗穴から真南の海岸から太い煙が出ている。
見に行ってみると、崖の途中に洞窟が開いており、そこから煙が立ち上っていた。
こんな所に洞窟があったのか。気付かなかった。
それからは、いくら待っても煙が収まらないので、左耳浜へ戻り、お風呂替わりに海で汚れを落としておく。
最近は日中でも、海に入ると寒い。
囲炉裏で温まり、ご飯を食べると布団に入る。
しかし、スライムがあんなに燃えるとは思わなかった。しかも、滅茶苦茶に煙が出るし。
真っ暗穴はスライムの燃え滓だらけだろうから、水があったとしても飲めるのかな。
もう一回、潜ってみるしか無いよなぁ。
会社に行きたくない日曜の夜みたいな気分を味わいながら、目を閉じた。
「カブ太、おやすみ。」
「カタカタッ」
◇◇◇
百七十五日目。
結局、朝になっても穴は燻っていたので、数日、冬支度とイカ釣りしながら、穴が冷えるのを待った。
イカ釣り成果の内、一杯は三キロを越える大型だった。知っているイカとは見た目が若干違い、少し気味悪かったが食べてみると普通のイカ。食いごたえがあって大満足。
穴から煙はもう出ていない。
冷やすのは充分だろう。
煙が出ていた崖の穴へ降りてみる。
崖の途中にあるので、アクセスが悪すぎる。
小さな洞窟で、奥行きは三メートル程しか無い。
一番奥には、子供なら通れそうな穴が続いている。
無理矢理に身体を捻じ込めば、ギリギリ通れるかもしれないが、つっかえたらそれで最後。餓死するしかない。
さすがにリスクが高すぎるので、真っ暗穴に戻ってきた。
前回と同じように穴を降り、大きな空洞へ戻ってきた。
壁や天井は黄土色をしていたが、今は火事の影響で酷く煤けている。
先へ進むと空洞が終わり、また通路になっている。
通路の途中は天然の鍾乳洞がいくつも繋がっている。恐らく天然の鍾乳洞に沿って、掘り進んだようだ。
水の音が近づき、通路の最後は崖で、崖下には天然のプールがあった。
大きな空洞の壁に通路が開いている形だ。
プールの奥には一段高くなった平場が見える。
通路から壁に張り付き、トラバースして平場へと降り立った。
平場からはさらに傾斜が続き、大きなスロープになっている。スロープを登ると、通路を作った主と思われる生物が横たわっていた。
「ブンッ」
とカブ太が飛び出して行く。
魔石を食べるつもりだと思うので、糸を伸ばして好きにさせてあげる。
見た事無い生物で、非常にグロテスクだ。
大きさは六、七メートル程だろうか。
白い円筒形の体から足が生えている。
口は大きく、ほぼ体の直径と同サイズだ。
所狭しと乱歯が並んでいる。
白い体から、親指程の黒い突起が無数に飛び出している。体毛なんだろうか?
それにしては、牙と言った方がしっくりくる質感だ。
勇気を出して皮を触ってみると、非常に硬い。しかし、弾力は感じる。大型トラックのタイヤみたいだ。
カブ太が喉元?に突進しているが、この皮に手が出ないらしい。傷すら付いていない。
周囲を伺うと、他に危険は無さそうなので、変な生物はカブ太に任せて、水を調べに行く。
水を汲み、口に含んでみる。
僅かに塩分を感じるが、ほぼ真水と言っていい。
一旦吐き出して、持ってきた水瓶を全て満たした。
水が手に入ったので、心に余裕が出来る。
これだけ有れば、安泰だ。今後、水で困る事は無いだろう。
「カブ太〜。どうにかなりそう?」
糸からカブ太の悪戦苦闘する様子が感じられるので、今度は素材剥ぎに登り返してきた。
カブ太が肩に登ってくる。
どうやら諦めたらしい。
カブ太で無理なら、石器では歯が立たなそうだが、物は試しと石器ナイフを皮に強く押し当ててみる。
案の定、傷すらつかない。石斧で叩くと跳ね返された。
「カブ太、ダメだこれ。全然歯が立たないよ。」
「ピコ」
歯だけでも取れないかと思い、ドリルを使うと、歯茎?に何とか穴を開ける事はできた。
しかし歯は抜けない。ペンチが有ればいけそうだが。
歯も諦め、足の爪を狙うことにした。
十五センチ程あるので、研げばナイフになりそうだ。
ドリルでグズグズになるまで、爪の周囲に穴を開けまくり、石斧で叩き、糸をかけ思いっきり引っ張る。そんな事を繰り返すと、ようやく、足の爪一本を手にれることが出来た。
人間とは欲深い生き物だ。
一本取れたのなら二本目もいけるはずと、さらに格闘の末、剥ぎ取る事ができた。
くそ〜、お肉を上手に焼くゲームは、三回くらい引っ掻けば剥取り終わってたぞ。現実は厳しい。
とにかく明日も剥ぎ取りにこよう。
しかし、水場の近くに大型生物の死骸があるのは、衛生上、不安でしか無いな。
ある程度剥ぎ取りが終わったら、スライム捕まえてこようかな。
あいつらなら綺麗に処理してくれるだろう。
終わったら、また燃やせば良いし。
疲れた体を引きずり、縦穴まで戻ってくると、地上の穴が見えない。外は夜なのだろう。
エレベーターでさっさと上がり、暗い夜道の家路を急ぐ。
水の心配も無くなった。何だかわからない生物から素材も取れた。
明日からは素材剥して、新ナイフの製作かな。
「カブ太、新ナイフが有れば皮も切れるかも。そしたら、魔石取れるはずだよ。」
「ピコピコッ」
「おやすみ、カブ太」
「ピコピコッ」




