043 やっぱり異世界
目線と同じくらいの高さを悠々と飛んでくるドラゴンが見える。
まだ距離があるので細かい部分は見えないが、羽ばたいて飛んでいる。
デッカい鳥がドラゴンっぽく見えるんだろうと思いたいが、残念ながらその可能性は薄そうだ。
一目散に左耳浜目指し、ダッシュする。
左眉広場あたりまで来た時に、ちょうど島の真上でホバリングするドラゴンが見えた。というか、目があった。
完全にこっち見てるよな。あのドラゴン。
ドラゴンの姿に圧倒され、しばし硬直してしまったが、気を取り直し急いで左耳浜へと走る。
ちょくちょく振り返りながらドラゴンの様子を伺うと、ドラゴンは反対側の右眉付近へ降りていった。
姿が見えなくなり、ちょっと安心していると、西の空に火炎の柱が立ち昇り、遅れてゴォッという音が風に混じり聞こえた。
うわぁ、関わっちゃダメな奴だ。
此処でサバイバル終了か。
本気で死を覚悟させられる。
それほど、圧倒的な存在だった。
完全に格が違う。向こうに殺す意思が有れば、こちらは何も出来ずただ殺されるだけ。
圧倒的に生物としての強者だ。
あまりの差に、却って冷静になってしまった。
目を付けられれば死。
運が良ければ、生き延びる。ただそれだけだ。
左耳浜まで歩き、小屋に着いた。
思った通り、ここは風裏なので風が強くない。
ドラゴンを刺激したくないので、火は使わず、干物を直接齧り、寝床に入った。
◇◇◇
翌朝、カブ太に起こされた。
カブ太は混乱の極みだ。
やっぱり来たか。
昨日、目があった時から、そんな予感はしていた。
バッサバッサと風では無い、音が聞こえる。
一応、見逃してくれないかと期待して、小屋の中で息を潜めていたが、羽ばたきの風が小屋に当たり、浜の方からズーンという着地の音が聞こえた。
諦めて、結界糸を広めに出して、小屋から出る。
何かしら、こちらを認知できる方法があるのだろう。いや、そんな難しい事じゃなく、飛べるんだから上空から見れば、小屋は一目瞭然か。
どうも逃げるのは無理そうだな。
まな板の上の鯉だ。
どうか殺さないでくれと祈る他ない。
木の影に隠れて浜を窺うと、仁王立ちしたドラゴンがコチラを見ている。
爬虫類のような目をしているが、意志を感じる目だ。
見た目はいわゆる西洋ドラゴン。意外に体毛が多い。
でも、やっぱりワニが一番近いかな。
それにしてもデカイな。二十メートルくらいあるんじゃ無いか?
あぁ今日が命日になっちゃうのかな。
情報過多で脳がオーバーフローしていると、頭に何だかわからないモヤが流れ込んできた。
上手く表現できないが、脳みそを指でマッサージされているような、纏わりつかれるような、変な感じだ。
次々にモヤから受ける感触が変わるうちに、何となく意味が伝わってきた。
「しゅ…」
「しゅ?」
「りか…い」
「理解?」
「わ…かる?」
「おお、分かる。これドラゴンさんですよね。話がわかるのですか?わかるならお願いですから殺さないでください。」
「ま…つ」
「待つ?」
激しめに脳みそがグニグニされる。
「わかる、か?」
「わかります。伝わってます!」
「おま…え、なに?」
「うーん、何と言われても。人間です」
「しゅ、しる」
「うん?ちょっとよく分かんないです。」
「しゅ、しるのか?」
「『しゅ』ってのが何か分かんないですね」
「なぜ、それ、すがた?」
「ん?姿?あー見た目ですね。よく分からんのですが、気づいたらこんな立派な身体になってたんですよ。すいません。中身はデブのオッサンです。食べないでください。」
「いつ、ここ、いる」
「百日くらい前からですね」
「われ、しゅ、さがす。おまえいっしょ」
「えっ!一緒に来いって事ですか?」
「まて」
「はい」
突然、始まったドラゴンとのコミニケーション。
いわゆる念話というやつだ。
凄いな。直接脳内で会話できるなんて、本当に凄いな。
怖いのも忘れ、「異世界全開だー」とか考えていると、脳みそをグニュグニュされる感触がまた強くなった。
「だまれ」
「いや、喋ってませんが」
「うるさい。考えるな」
「はい」
「よし、大体分かった。これで通じるじゃろ」
「おお〜凄い。普通に喋ってる。いや、喋ってる訳じゃ無いですね。でもバッチリ通じてますよ」
「お前、不思議な奴じゃな。それに五月蝿いのう。長いこと生きてきたが、出会った事が無い言葉ぞ。それに人間にしてはクモ臭いな」
「地球という星の日本語ですね。というか、他に人間がいるのですか?」
「黙れ。人間。ベラベラと喋るな。お前が主と似ていなければ、消し炭ぞ!」
「はい!」
黙れと言われても、思考を止める事はできない。
黙るってどうやるんだ?「黙る」と考える事が、黙っていない。やべ、ドラゴンさんを怒らせたく無い。
「もうよい!本当にうるさい奴じゃな。聞きたい事があるのじゃ。それに答えよ」
「はい!」
「お前は、訳を知らず此処に来たと言うたな。しかも、地球という星と言うたな。覚えている事は他に無いのか」
「何も無いです」
「我は主を長い間探しておる。忘れもしない主のお姿とお前はよく似ておる。そのものと言ってもよい。主に会っていないのか?」
「姿と言われても、鏡見てないからなぁ。悪いけど、何にも知らないですね。」
「そうか。ならば用は無い。」
「えっ、もう少し、もう少し話を聞かせてください」
「なんじゃ」
「この島から出たいんです。せめて、人間のいる場所を教えて下さい」
「お前より小ぶりの人間が、風下にようけおるわ。我を追いかけてご苦労な事じゃな」
ドラゴンはそう言うと山向こうへ飛び立ってしまった。いや、あの巨体で助走なしで飛ぶのかよ。
「カブ太、助かったな」
返事が無いカブ太を見れば、ひっくり返っていた。
「カブ太!大丈夫か?」
掴もうとすると、モゾモゾと脚を動かして、定位置にしがみついた。
良かった。カブ太も無事だ。
「いやー怖かったな。助かって良かったよ。」
「ピコピコ」
にしても、驚きすぎて頭がついていかない。
まずは生きてて良かった。
食われなくてホッとした。
あのドラゴンは知性が普通にあったな。
どういう進化であぁなったんだ?
というか念話だよ。
すげ〜な。脳みそグリグリされたら、なんか喋れるようになってたし。
あと風下?北か。前に船を見た。やっぱり人がいたんだ。
死を覚悟したが、それに見合う情報だった。
人がいる。しかも、北とわかった。
距離はわからないが、ドラゴンの感情からは近い雰囲気があった。でも空を飛べる奴の近いは当てにならん気もするが。
まぁいい。
船だ。船作るぞ!
こんな訳わからん島は急いで脱出するんだ!
気温が落ちてからは、一貫して南風に変わった。この風に乗れば、北へ向かえる。
よーし、俄然やる気出てきた。
いや、単に恐怖心に駆られているだけか?
しゃーない。この年で、チビりそうになる経験なんて、普通は無い。死ぬ事を覚悟出来ても、生きたまま食われて死ぬのは、死因のワーストランキング上位すぎる。
逃げて何が悪い。
船だ。とにかく船だ。
島脱出へのTODOリストを一気に組み立てる。
船の原材となる原材料探し。
帆にする布作り。それと暖かい洋服。
船に積み込む水瓶に、保存食。
当面、それくらいか?
「カブ太、脱出だ。島を出るぞ!」
「ピコピコッ」
その日から、忙しく脱出へ向けた準備の日々が始まった。




