032 干し肉作り
三十五日目か。
「おはよう、カブ太」
声をかけると、カブ太がベッドからモゾモゾと出てきた。
「ピコ」
なんか元気ないな。
今日は一旦、始まりの浜に戻ろう。
背負子にたっぷりと水は入れてきたが、殆ど飲んでしまった。水の補給が必要だ。
身体の痛みは、昨日よりはマシになったが、まだあちこち痛いので、数日は安静にしたい気持ちもある。
手早く荷物をまとめる。肉のせいでズッシリと重くなった荷物を抱え、始まりの浜を目指す。
左眉広場から真南に南下すると、崖に突き当たる。真下に涙沢が見えているので予定通り左目崖に着いた。高さは四十メートルはありそうだ。二十メートル程降りたところに、足場となりそうな岩棚が見える。
手早く降りるためのアンカーや、エレベーター用のアンカーを予備も含めて作っていく。
作業中に、水平線あたりに白い物が見えた気がした。目を凝らすと、僅かに小さな突起が見える。
船の帆じゃ無いか?
何度も見ても、はっきりしない。
そのうち見失ってしまった。
見失ったという事は、あの白い何かは移動していた可能性が高い。生物かもしれないが、船と信じたい。
しまった。狼煙を上げればよかった。
後悔しても、既に水平線には何も見えなくなっていたが、一縷の望みを掛け、急いで薪木を集めると火を起こした。火が安定したのを見計らい、生木の枝を上にかぶせる。ついでに、猪の脂身も少し混ぜておいた。
目に沁みる煙が立ち込め、空へ向かって煙が伸びていくが直ぐに北の空へ流されて掻き消えてしまう。
いつもより風が強い気がする。
生木を足し、太い煙になったので、そのまま焚火をしながら一時間ほど沖を見続けた。
一度見失ってから、白い突起は二度と見つける事はできなかった。
まぁ船かどうかも定かでは無い。少し期待してしまったが、落ち込む事はない。
狼煙はいつでも上げれるように、今度から準備しておこう。それを気付かせてくれただけでも、白い突起は意味があった。
プラス思考に、やや強引にでも意識を傾け、崖を降りる準備を終わらせる。
崖にぶら下がり、まずは二十メートル下の岩棚まで降りていく。
降り立ってみると岩棚は意外に広く、三メートル程の幅があった。
しかし、風が強くなってきた。
この島に来てから、ほぼ北風が吹き続いていたが、今日は南風だ。季節の変わり目か、低気圧が遠い場所に発生しているのかもしれない。
空は曇っており、雲の移動スピードがかなり速い。
最悪の事態も想定して、早めに浜に戻ったほうが良さそうだ。
急いで岩棚にアンカーを確保し、「涙沢」へと降りた。
崖を降りた事で距離を短縮した上、ジャングルを通らなかった事で、体力的にもかなり楽だ。
もはや通い慣れた感もある道のりを戻り、二時間程で始まりの浜へ戻ってこれた。
薪にする枯木を周辺で探し崖上から投げ下ろすと、懸垂下降し浜へ自分も降りる。
しかし疲れた。
取り敢えず肉と毛皮を流されないように糸で縛り、海水に放り込んでおく。
本当は肉の処理や保存食作りを進めたいが、水汲みと食事を済ませ、ゴソゴソとシェルターに潜り込んだ。
寝るわけではないが、横になって頭を整理していく。
やるべき事と優先順位だ。
船らしき物を見た。
当然、船じゃない可能性もあるが、もしも船だったらこの島から脱出するチャンスは逃せない。
狼煙くらいしか準備出来るものは思いつかないが、荷物の中に何時でも使えるように準備しておこう。
次は肉の確保。
取り敢えず十キロ程は持ち帰ってきたが、あれだけ大量の肉を放っておくのはあり得ない。
腐る前に出来るだけ保存食にしよう。
左耳岬の新拠点計画も進めたい。
近場に水は無かった。
「真っ暗穴」が鍾乳洞への入口であれば、水を入手出来る可能性もあるだろうが、現状、自ら降りる以外に調べる方法が思いつかない。
いっその事、始まりの浜で水を汲んで、普段の生活は左耳岬とするか。
いや早くても、片道四時間、今後、ショートカット出来そうな道を整備しても、三時間を切る事は無いんじゃ無いか。それは遠すぎる。
道を整備したり、左耳岬に小屋を作るにしても、伐採道具がいる。船作りにも必要なので、石斧作りが優先度は高いな。
あとは塩だな。食事を美味しくするにも、塩分補給にも塩作りは進めたい。
考えていくと、やる事はまだまだ多い。
考え込んでいるうちに眠ってしまったようで、外壁の葉がバサバサと風に煽られる音で目を覚ました。
外へ出ると、もう一時間程で陽が沈みそうだった。
やけに風が強い。
急いで、海中から肉を取り出し、毛皮は良く揉み洗い汚れを落とした。
肉に小さな巻貝が群がっているので、こそぎ落とし薄切りにしていく。
いくらも作業しないうちに、暗くなってきたので、火を起こし、焚き火の上にトライポッドを設置する。
トライポッドを補強するように、簀状の棚を作る。
切った肉を棚に乗せ、煙で燻していくが、肉の量が多すぎて、棚に乗せることが出来るのは僅かな量だ。
仕方なく、薄く大きめに切り出し、トライポッドに被せるように肉を吊るしていく。
奇妙な肉のオブジェが出来上がったが、まだまだ処理しきれない肉が積み重なっている。
少しでも減らすため、直接、火で炙り食べる。
切り出した部位が良かったのか、昨日ほどは臭く無い。海水の塩気もあり、食べる事は出来る。
しかし、独特のツンとくる化学薬品みたいな匂いというか味があって、正直、あまり美味しくは無い。
命懸けで怪我までしたのに、美味しく無い肉というのは労力に見合わず、次に取る事は無いだろう。
第一、猪がデカすぎて保存できない現状では無駄が多すぎる。命を奪ったからには、残さず食べたい。
取り敢えず、残った肉を薄く切って、流木で作った馬に吊るし、焚火の周りに置いていく。
夜中まで頑張って作業を続けるが、量が多すぎて全然終わらない。最後の方は分厚すぎて、乾燥せずに腐りそうだが、その時は仕方ないと、今日は寝る事にした。
「おやすみ、カブ太」




