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031 狩

 半ば予想通りというか、夜中に結界糸に何かが触れる感触で起きた。

 前回と同じく、「フッフッ」という荒い息遣いが聞こえる。


 ほぼ真っ暗だが、目が慣れてくるとシルエットが見えた。ずんぐりむっくりとした四つ脚の獣だ。

 牛なのか猪なのか……サイズでいうと子牛程度かと思うのだが、これ猪だよなぁ〜。普通の猪が何キロくらいか知らないけれど、俺より遥かにデカいので百キロ以上は確実にありそうだ。

 刺激したく無いので、結界糸を引き上げておく。


 カブ太がベッドから出てきて興奮しているのか、威嚇するように羽をブンブンと鳴らす。テントの中から、今にも獣に向かって飛び立ちそうな勢いで忙しく動いている。


「(カブ太、ちょっと静かにして。刺激しないで)」

 小声で伝える。


「ブーーーン!ブーーーン!」

 カブ太は全力で羽ばたく。


 カブ太、そんなヤル気出さないでと思った時には時既に遅く、テントの下からは、ザックザックと前足を掻く音とともに「ブフーーーッ!」と盛大な鼻息が聞こえてくる。


 脳内に「さぁ時間いっぱいです。待ったなし!」と冷めたアナウンサーの声が聞こえてくる。


 とりあえず、俺だけでも落ち着かなければ。


 カブ太が飛んで行かないように、繋いでいる糸を短くしておく。このまま頭上に居ればとりあえず危害は加えられないと思うので、まずは様子を見ようとしたが、ドッドッドッと地響きのような足音がすると、テントに衝撃が走った。舞うように激しく揺さぶられる。


 マジかよ。何だかわからないが、攻撃されたようで、揺れるテントに必死にしがみつく。

 

 ヤバい。静観しようと思ったが、この高さまで届くのであれば、話が変わってくる。

 カブ太は突進しては糸に止められ、ブンブンと猛り狂っている。


 やるしか無いと、仕方なく腹を括る。


 引き上げていた結界糸を垂らす。

 釣り針になっているので、一本でも刺されば、操糸スキルで心臓なり肺なり、内臓へダメージを与えれば何とかなるだろう。


 集中して、針が刺さるのを待つ。


 重低音の足音が周囲に響き渡り、スピードを乗せて猪が走ってくる音が近づいてくる。


 猛スピードの猪が近づき、針が刺さった感触が伝わったと思った瞬間、吹っ飛ばされるような衝撃と共に腕を持っていかれた。

 そのままテントごと引っ張られ、吊り下げていた枝がへし折られた。

 一瞬の浮遊感を味わい、地面に叩きつけられる。

 痛みを堪え、慌てて猪に繋がった糸を伸ばす。


「カブ太、大丈夫か!」

「ブーーーン!」


 力強い羽音が帰ってきて、とりあえず安心する。


 しかし、状況は最悪だ。テントから出ないと身動きが取れないが、糸でグルグル巻きになっているので、簡単には出る事が出来ない。


 また足音が近づいてくる。考える暇はくれないらしい。

 操糸スキルを全力で使い、足音がする方向へ糸を伸ばしてグチャグチャにもつれた糸の壁を作る。


 猪が触れた瞬間、一気に糸の硬度を上げる。


 ドッザーーッと転倒する音が聞こえたと思ったら、テントごと吹き飛ばされた。


 ゴロゴロと数メートル転がるとようやく止まり、土埃に巻かれ咳き込みながら、糸を広げテントから這いずって脱出する。


「ゴフゥッゴフゥッ」と荒々しい息遣いは聞こえてくるが、追撃はない。猪は動けないようだ。


 急いで猪に刺さっている針先を伸ばしていく。


 体の何処に刺さっているのかわからないが、グイグイと針先を伸ばし、抵抗が少ない箇所を、文字通り縫うように進ませる。


 「ピィギャー!ピィギャー!」と悲鳴にも似た鳴き声が聞こえ、ドスンドスンと暴れる音が響き渡るが止めを刺すべく、体内の糸を絞り込むように操作すると、気管に血が溢れたのだろう、溺れるような声を最後に、猪は動きを止めた。


 モゾモゾと肩の定位置にカブ太が上がってきた。


「良かった。無事か。」

 ホッとすると、全身が擦り傷だらけで、あちこち痛み出す。腕、脚、首とあちらこちらを順に動かすと、問題なく動く。幸いにも折れたりはしていないようだ。


 ヨロヨロと猪に近寄ると、暗闇に小山のような存在感の塊がある。


「カブ太、勘弁してくれよ。喧嘩売るにも相手を見ないと。こんなデカイのダメだって。」

「ブゥーン」


 カブ太が肩から飛び上がるが、糸で止められる。

 何したいのか分からないが、糸を長めに出してあげると、上空に上がり一際強い「ブンッ」という羽音をさせ猪に飛び込んでいった。


 糸をたどりカブ太の所へ移動すれば、カブ太は頭が見えない程突き刺さり、モゾモゾと動いている。

 次第に猪に潜り込み、見えなくなってしまった。


「カブ太、何してるの?」

 返事は無く、モゾモゾという感触だけが糸から伝わってくる。


 このまま待っていても仕方ないので、テントの残骸を整えて、近くの木に吊るす。

 荷物から水を出し喉を潤し、しばし休憩する。


 気合を入れ直し痛みに耐えながら、もうテントとは呼べないボロボロの担架を自分の体ごと引き上げた。


 目は冴えているが、身体が悲鳴を上げている。

 今日のところは寝て回復を図りたい。


 明日、明るくなってから猪の事は考えようと無理矢理に目を瞑ると、寝てしまった。


◇◇◇


 目が覚めると、目の前にカブ太がいた。


「カブ太おはよう」

「ピコピコッ」


 昨日肉に潜ったくせに、汚れているどころか色艶が良くピカピカと輝いてる。


「お前のせいで、エライ目にあったよ。」

「ピーコ、ピコ、ピコッ!」


 何だか不満気に、つぶらな瞳でコッチを見ている。

 カブ太なりに言い分があるらしいが、まぁ、肉が手に入ったから許してやろう。


 体を見ると擦り傷、打ち身の痕が多数あるが、痛いだけで、具合が悪いとかは無い。なんとか動けそうだ。


 早速、テントから降りて昨日の猪を見に行く。


 小山のような死骸に近づくと、獣臭さと血の臭いが混じり、酷い臭いだ。

 猪と思っていたが、微妙に違う。口に牙はなく、鼻がずんぐりと大きい。あとは背中が背骨に沿ってコブ状に大きく盛り上がっている。毛はゴワゴワとしており、非常に硬い。


 口からは大きな舌が、地面の血溜まりの中へデロンと垂れている。非常にグロテスクだ。


 カブ太が潜った痕だろう、喉辺りに小さな傷跡があり、傷口に何かの破片がザラザラと付着している。

 手に取り血を拭ってみると、ガラスの破片だった。


「魔石……かな?」

「ピコピコッ」


「カブ太、魔石食べたの?」

「ピコピコッ」


 いまいちカブ太の生態が分からないが、状況から見れば、昨日は魔石を食べに潜っていった様だ。

 美味しいのかな?


 良くわからない事だらけだが、とにかくこの肉を解体しなければ。しかし、今まで魚は沢山捌いてきたが、獣を捌いた事はない。

 毛皮も欲しいけど、どう捌けば良いかさっぱりわからない。


 取り敢えず魚と同じように内臓を出してみることにした。


 カブ太が潜った傷口からお腹を切っていくが、石器ナイフが切れないのか、皮が硬いのか、全然切れない。


 悪戦苦闘してどうにかお腹を切り裂き、大量の内臓を掻き出そうとするが、糸に巻かれグチャグチャになっていたので、全てを一纏めに糸で綺麗に巻き直し、体の外へ出してしまう。とにかく臭くて具合が悪くなる。


 腹の内側から皮と肉の隙間にナイフを入れ、双方を剥がしていくが、蝋のような硬くしつこい脂で作業は捗らない。


 中途半端に一部分の皮を剥がした所から肉を切り出し、脂身が多いブロックをようやく一キロ程取り出した。


 その後もお肉との格闘はお昼まで続けたが、結局、五十センチ程度の毛皮の切れ端と脂身の多い肉五キロ程を入手出来たに過ぎなかった。


 お腹が空いたので、火を起こし解体した肉を焼いていくと、美味そうな脂の臭いもするが、八対二くらいで圧倒的に臭い。

 早速食べてみる。


 飲み物かというくらい油が溢れ口内を満たす。

 ここまで脂っこい食べ物を久しぶりに食べたので、一瞬美味いかもと思い、ついかぶりついたが、とにかく臭い。気持ち悪くなってきた。

 しかも何か化学薬品みたいな味もする。


 血抜きとか、内臓を傷つけないとか、捌くセオリーを全部出来てないせいで美味しくないのか?

 確かに、内臓の臭い、もっと言ってしまえば糞尿の匂いが肉から取れない。

 

 しかし、この肉を放っておくには勿体無すぎるので、今日は解体作業を続けて、左眉広場にもう一泊する事にした。


 一日中、肉と格闘し、日が暮れる頃には、血まみれで獣臭くなった我が身と引き換えに、少量の毛皮と十キロ程の肉を切り出すことに成功した。


 新たに別の部位から切り出した肉は、ナイフや手を貴重な水で綺麗に洗った事が良かったのか、内臓の匂いは殆どしなかった。しかし獣臭と化学薬品みたいな匂いは残っており、夕食に食べたが美味しいとは言えない。


 残念な結果だが、今日の作業を終了して寝ることにした。


 そういえば、カブ太は肉にも内臓にも全然興味を示さない。魚の内臓は喜んで食べるのに。

 良くわからん奴だ。まぁ唯一の相棒だ。ゆっくり、理解していこう。


「カブ太、おやすみ」

「ピコピコッ」

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