003 腹減った
日が暮れて直ぐに寝てしまったからだろう、夜中に目が覚めた。
手探りで頭の近くに置いた貝殻を探し、水を飲む。
ほぼ横になるスペースしかないので、体が起こせない姿勢で無理に飲んだら、少し零してしまった。
貴重な水なので、次からは気をつけよう。
ふと波の音に混じって、ガサガサという音が聞こえた。砂を掻くような音だ。
野犬かもしれないと思い、急に恐怖心が増す。
寝床の柱としている流木に手をやり、いざという時は棍棒がわりに使おうとシミュレートしながら、息を殺し、ガサガサという音に集中する。
そのまま体感では数時間を過ごしたような気がした頃、ようやく周りが明るくなり始めた。
寝床の中から、音を立てないように外を伺うが、まだよく見えない。
ずいぶんと明るくなってきた頃、音が止み水平線から太陽が昇ってくるのが見えた。
得体が知れない物が近くにいた事で、起きたばかりなのに既に疲れてしまったが、残っている水を飲み干し、意を決して外に這い出る。
棍棒がわりに一本の柱を抜くと、寝床はあっさりと崩れてしまった。
用心しながら、そろそろと周りを伺い音がしていた方に向かうと、何かを引き摺った後と魚の骨があった。引き摺った後に沿って、規則的な多数の模様が付いていた。
この模様は知っていた。
ヤドカリだ。
ヤドカリが歩いた後の模様だった。しかしおかしい。ヤドカリならばサイズがおかしいのだ。
まるで人を引き摺ったような大きさだ。
ヤシガニというデカいヤドカリもいるが、ちょっとそれくらいの大きさじゃない気がする。
後をつけてみると、崖に突き当たり模様は消えていた。どうやら、ここから登っていったようだ。
食料に出来るかもという思いと、身の危険を感じる大きさであり複雑な心境だった。
気を取り直し、一つ目の湧水ポイントへ向かう。
タップリと水が溜まり、勿体無い事に、貝殻から水が溢れていた。慌てて替えの貝殻を置く。
早速、溢れていた水を飲み、量を減らす。
「美味い!」
思わず声が出る。
昨日までは、どの水も薄い塩味だったが、今日のは本当に真水だった。
一息付いたところで、これからの事を考える。
まず、お腹が空いている。
いつから食べていないのか分からないが、相当にお腹が空いた。
それからシェルターの必要性を感じている。
朝方から大分、精神的に追い詰められたこともあり、安心できる場所が欲しい。それに夜は肌寒かった。雨が降れば低体温症も考えられる。
後は道具。とりあえずナイフの代わりが何としても欲しい。
洋服も欲しい。素っ裸だし。
実際、昨日の日焼けが痛い。熱中症を防ぐためにも早いところ洋服も準備したい。
優先順位を考えた結果、シェルターを第一として、ついでに食料確保とした。
火も欲しいけど、道具も何もない状況で、出来るとは思えなかった。
早速、辺りを探索する。
椰子の葉もどきを何枚か重ねて持ち、日傘がわりにする。
海岸を昨日とは反対に向かい、歩いてみた。
砂浜は小さく、全長で百メートルほどしかない。
少し内側に切れ込んだ崖の一段上がった辺りに、深い窪みを見つけた。
登ってみると高さ、幅二メートルで奥行きが三メートル程の完璧とも言える小さな洞窟が見つかった。切れ込んだ崖に沿って空いているので、入口が海に面しておらず、その点からも理想的だった。
そんな幸運に喜ぶべき所、考えていることは全く別のことだった。
さっき洞窟に向け、三メートル程度の崖を登ってきた。
若い頃、ボルダリングを趣味にしていた事もあり、岩を登るのは得意だ。
しかし、問題は何事もなく登れたことだ。
登っていた頃はともかく、今はビール腹のおっさんだ。平均体重を相当に越え、一言で言えばデブだ。
そんなデブがひょいひょいと登れるもんじゃないのだ。
マジマジと自分の腹を見てみれば、全盛期かよってな具合のシックスパックがあった。
おかしい。もうこれ、誘拐とかの話じゃない。
だって、記憶の中ではビール腹の俺が、シックスパックに一日でなるわけがない。
あちこちと体の思い出せる限りの傷跡、アザを探してみた。
無い。何も無い。
子供の時、塀から落ちて作った肋骨付近の傷跡、彫刻刀で切った傷、脹脛のロープバーンの後、全部ない。
爪もよく見れば、全然違う。
こう俺の爪は深爪してるみたいな爪だし、表面がガタガタしてるんだ。
髪の毛の長さも全然違う。もっと短髪だったんだ。
途方に暮れてしまった。
訳が判らないにも程がある。
新たに見つけた洞窟の中で、座り込んでしまった。
もうこれは、あれしか無いな。
意を決して、もう一度口にしてみた。
「ステータスオープン」
何も起きなかった。
何なんだよ。もーーー!
一体、何なんだ!
ロープバーンってのは、クライミングで滑落した時なんかに、ロープが絡んだりして、摩擦で起きる火傷のことです。
治りが遅く、痛いんですよね。
ロープの扱いが下手だった初心者の頃にやってしまいました。