025 相棒
ようやく辺りが明るくなってきた。
二十六日目の朝は精神的に疲労しグッタリした状態からのスタートだ。
これだけ痛めつけられると、「よくもやってくれたな」と昨日の獣に復讐心が湧いてくる。夜の間、めっちゃビビってたくせに、我ながら現金なものだ。
まぁ怖いから復讐しないけど。
食事等を済ませ行動開始する。
周囲を伺うが目立った痕跡はなく、昨日の生物は何だったのか気になるが、知る術がない。
とりあえず、危険は無さそうなので、テントを出ると、高い位置を目指し移動した。
昨日は慌てていたので、もう一度、しっかりと島の状況を確認しておきたい。
移動中、何気に折った小枝から懐かしいクスノキの臭いがした。もしかしたら、楊枝に使えるかもと思い、数本をバッグに入れ、一本は先を少し削り咥えておく。爽やかな鼻に抜ける匂いが心地いい。
毒があれば、何かしら変化があるだろう。
三十分程、上へ上へと歩くと、昨日と同じ場所に着いた。
木に登り、今日はしっかりと記憶していく。
島は、南側は全体的に断崖絶壁のようだ。
反して北側はなだらかに海岸まで傾斜しており、ところどころに浜が見える。特に左耳にあたる部分に大きな浜があり、最もリーフが発達している。
川は無いようだ。
島とわかった以上、長期戦を覚悟する必要がある。
安定して生活できそうな第一候補は左耳一択だな。
ルート的にも、最上段からは斜面を降りていけばアクセスできそうだ。
本格的に調査したい。
次の目的地が大体決まったところで、木を降りる。
咥えていた楊枝の匂いはだいぶ薄れていた。特に体調に変化はないので、細く削り直した。
また爽やかな匂いが立つ。楊枝で歯磨きをしていく。少し柔らかいが、それが良い。問題なく歯磨きが出来た。
ここに来てからの指歯磨きではスッキリしなかったので、かなり嬉しい。
些細な事だが気分も上向き、今回の探検はこれで終わる事にした。
色々と作戦を練り直す必要がある。一度、始まりの浜に帰ることにした。
昨日と同じ道を辿っていたつもりだったが、少しルートを外れたらしく、崖に突き当たった。
登ってきた斜面が左手に見えている。
海を見下ろすと、見覚えのある地形が見える。それらの位置関係から推測すると、ここは始まりの浜の真上に位置するようだ。
一ノ浜に繋がる岬も見える。
始まりの浜から一ノ浜迄は、それなりに距離があったのだが、それは海岸沿いを移動したせいであり、上から見ると直線距離ではすごく近い。ジャングルを突っ切れば、あっという間だろう。
いつかショートカットが必要な時があるかもしれないので、しっかりと方向を覚えておく。
崖沿いに進み、先日登ってきた傾斜を降りてジャングルに入っていく。
午前中の日が高い時間にもかかわらず、やはり薄暗かった。
頭上の木にスライムらしき模様を見つけ、あまり近づかないように気をつけながら、進んでいく。
もう間もなくジャングルを抜けそうな所で、目の前の木に黒く蠢く物を見つけた。
蜘蛛かと思ったが、ツルッとした見た目だったので近づいてみると、カブトムシだった。
大きさも姿形もほぼヘラクレスだが、色は焦茶で日本のカブトっぽさもある。
さらに近づくと木の上に向かい移動を始めたので、操糸スキルで糸を胴体に絡ませて捕まえる。
木から離そうとしたが、力が強く、無理に引っ張ると痛そうだったので、追加で糸を出し優しく足を木から剥がす。
空中にフワフワと浮かせて観察するが、何の追加情報もなくカブトムシとしか言いようがない。
「なぁお前、一緒に来くるか?」
「ピコピコッ」
当然返事を期待してた訳じゃ無く、唯の独り言だったのだが、予想に反してタイミングよくツノをピコピコと動かす。
楽しくなってもう少し話かける。
「俺さ、一人で海岸に住んでるから。エサは準備してやるからさ、色々島の事教えて欲しいんだけど」
「ピコピコッ」
「良いね、お前。話し通じてるんじゃないの?」
「ピコピコッ」
すっかり合いの手を打ってくれるコイツが気に入ってしまった。
「じゃ、お前の名前決めてやるよ。あれだな。カブ太な」
「ピコ」
ここは異世界。カブトムシに意思が通じてもおかしく無いのだろう。本気でそう思えるほど、タイミングが良い。そして名前には不満気に一回しかピコッとしなかったなこいつ。
「今からジャングル抜けたら、ニノ浜まで降りて、そのあと家がある浜に向かうから」
「ピコッ」
「ネットにしがみ付いといて」
「ピコピコッ」
カブ太に糸を一本繋いだまま、そっとネット付近に運ぶと、自らガシッと掴み、特に動くわけでもなくデッカいブローチみたいにくっ付いている。
問題なさそうなので、ジャングル出口へ進み草のトンネルを無理矢理通る。
開けた草地に戻り、さらに先の岩場を降りていく。
カブ太がネットの肩紐を伝い、肩付近に上がってきた。匂いでも嗅ぐようにツノをピクピクとしきりに動かして、何だか子犬のような感じで可愛い。
ただ、肩に食い込む爪が痛い。
糸を多めに出して束ね、肩と肩紐の間に挟んでおいた。
ニノ浜へと戻ってくると、まだ日が高いので、少し寄り道する事を決め、三ノ浜まで足を伸ばし、ゴロタ浜で硬い石を探す。
石を割ってみて、ナイフが作れそうな石英っぽい石が数個見つかった。色的にチャートかも知れない。まぁどっちでも良いか。何とかなるだろ。
三ノ浜から一ノ浜へ移動し、そこからさらに斜面を上がる。登りきり、いつもならここで岬方向へ向かい、崖沿いを進んで始まりの浜へ戻るのだが、位置的にはここから真っ直ぐジャングルを抜ければ、ショートカット出来るはず。
「カブ太、どうする?突っ切って危なくないかな?」
「ピコピコッ」
「それってどっちよ。危ない?」
「ピコピコッ」
「危なくない?」
「ピコ」
「お前、絶対言ってる事理解してるよね」
「ピコピコッ」
本当に理解してるのか、ただ声に反応してるのかはわからないが、とにかくカブ太が危ないと言うので、いつもどおりのルートで帰る。
浜上の崖に着くと、吊るしておいた水を回収し、たらふく水分補給する。
カブ太にもあげたが、一瞬口をつけたかどうかだった。
「水要らんの?」
「ピコ」
要らないらしい。
荷物を先に下ろしてしまい、崖にぶら下がると、糸を一気に出して浜まで降りる。
カブ太はビックリしたのか、肩から飛び出したが、糸で繋がってるので、そのまま引っ張られるように、一緒に降りてきた。
「やっと到着。カブ太、ここが俺の家。ん?家と言える物でもないか。まぁ住んでるとこやね。」
「ピコピコッ」
話し相手がいるのは精神衛生上、素晴らしい。
良い相棒ができた。
疲れているが、カブ太にも何かエサを探してあげないと。そう思い、シェルター下の小さな林へ向かう。
樹液がある木を探すが、残念ながら見当たらない。
カブ太に悪い事をしたと思いながらも、今日は日が暮れそうなので、明日、崖上へ登りジャングルでカブ太のエサは探すことにした。
水汲みを済ませ、魚を釣ると下処理でエラと内臓を出す。途端にカブ太が飛び降りて、内臓の上に着地した。
何やってるんだと思い、カブ太を掴み上げると、内臓をしっかりと掴み離さない。
ムシャムシャ食べてる!
まさかの肉食かよ。
「カブ太さん。美味いっすか?」
「ピコピコッピコピコッ」
美味いらしい。
まぁ、今日一日、肩に乗せてたけど齧られなかったし、大丈夫かな……大丈夫だろ。
「カブ太、俺は齧らないでね」
「ピコ」
いや自信無さそうに返事するんじゃないよ。
カブ太がご飯に夢中だったので、その間に自分も食事を終え、骨出汁スープを飲みながら、焚火の前でゆっくりする。
カブトムシっておが屑に潜って寝るイメージなんだけど、カブ太はどうしよう。
操糸スキルで壺型にフレームを作り、糸でグルグル巻きにして、中に草を詰め込んでみた。
「カブ太のベッド、こんなんで良いかな?」
「ピコ」
不満気だがゴソゴソと中に入ってくれたので、一緒にシェルターへ戻り、寝ることにした。
今日は疲れた。
しかし、話し相手がいるのは楽しい。
明日からも頑張ろう。
「カブ太、おやすみ」
返事があったのかは見えなかった。




