019 決行
二十日目の朝だ。
期待と不安を半々にシェルターから出て、探検の準備を始める。
水汲み、魚釣り、火起こし、食事と済ませる。
白湯も作り、食後に少しゆっくりした時間を作る。
少し緊張している。
花見に行った時、斜めった場所にシートを敷いてしまって、尻が滑って座り心地が悪くそればかりが気になって仕方ない時のような、浮ついた意識だ。
うん。変なことばかり考えてしまうので、やっぱり緊張してるな俺。
シェルターに戻り、以前作ったロープで簡易ハーネスを作ろうとしたが、結び方を忘れてしまった。
緊急時に使えるテクニックだとクライミング仲間の自衛隊員に教えてもらったのだが、本当に使う時が来るとは思わなかった。
そして、その緊急時には結び方を忘れてしまっている。
自分の役立たずな脳みそが情けない。
仕方ないので、操糸スキルで要所、要所で結び合わせ、ガチガチに縫い合わせて、装着する。
ついでに手頃な石を拾って、いつでも取り出せるようにフックを作り、ハーネスにぶら下げておく。
魚の干物をチェックすると表面は柔らかいが、臭いは大丈夫そうなので、持って行く事にする。
食料、貝殻水筒、貝殻ナイフ、火起こしの軸棒と窪んだ石、靴、帽子と持っていく物を並べる。
全部をネットに入れ、落ちない様に口を縛る。
貝殻水筒は嵩張る上に重いため、本当はもっと持っていきたいのだが六個にしておいた。
荷物を崖下に置き、準備完了。
下見通り、難所が少なそうなシェルター横から登って行く事にする。
強めの風が吹き抜け湿度はあるけど、崖は乾いている。雨も降りそうに無い。
下から操糸スキルでアンカーを三箇所作る。
アンカーの一つを使い、先に荷上げする。糸をアンカー部のループを通し荷にセット。もう一本、荷物へ直接糸を付け、崖から離れるように引っ張っておく。
吊っている方の糸を収納で引っ張り、アンカーに到着したところで、固定しておく。
今度は二本、糸を出しそれぞれアンカーに固定する。
大きく深呼吸して、登り始める。
傾斜は薄かぶり大した事はない。ホールドも良いのだが、いかんせん棘があるので、一手一手、確認し登って行く。
突き刺さる様な鋭い棘の場合は、石で慣らして折って行く。
五メートル程登っただけで、腕が張ってきたので、
糸でぶら下がり、地面まで降りる。
緊張して力が入りすぎだ。動きが硬い。
スペックの高いこの体でも、前腕の持久力はクライミングに適したものではなく、すぐにパンプアップしてしまう。
数ヶ月トレーニングすれば慣れそうではあるが、今は無い物ねだりにしかならない。
ゆっくりと休憩して、先程と同じ位置まで登り返し、さらに上を目指し登って行く。
おおよそ十メートルを登り、ハーネスとアンカーを固定して、休みを入れる。
手足ともに指先を何箇所か怪我している。
出来るだけ傾斜が緩くホールドが多そうなルートを選び、糸を限界まで伸ばして次のアンカーを作っていく。
また荷物を先にあげ、二十メートル地点を目指す。
手も足も指先が痛いが、我慢して登る。
二十メートル地点までどうにか登り、再度、ハーネスで体を固定しておく。
ここから先は傾斜も緩く、楽に登れそうだが、腕が張ってるので、十分程、長めの休憩を入れる。
最後のアンカーを作っていくが、最上部は岩が脆く、アンカーが取れそうなところが無い。
やっと見つけた岩角にアンカーを作って引っ張ってみると、二十センチくらいの塊となって、岩が抜け落ちてしまった。
直ぐさま崖にヘッドバットするかのごとく張り付くと、頭の後ろを岩がすり抜けていく気配を感じた。ほっとしたのも束の間、右手が落ちていった岩に引っ張られ、激しい衝撃が伝わるのに加え、小石がバラバラと降ってきてた。
衝撃を受けた瞬間、糸を切り離し事なきを得る。
バサバサと雑木林に岩が落ちていった音が聞こえる。
危なかった。
頭に小石が当たったようで、ズキズキと痛むが、血は出ていなかった。
五メートル程上に良さそうな突起があったので、慎重にアンカーを取る。
グイグイと引っ張り、体重をかけていくが大丈夫そうだ。高度は稼げないがここより五メートル上がれるのであれば、その次は崖上に届くだろう。
一箇所しかアンカーが取れなかったのは不安だが、二十メートル地点に糸を繋いだままにしておけば、もし落ちても、滑落距離は最大十メートルで済む。
糸さえ切れなければ、死ぬ事は無いだろうと割り切り、どんどん登って行く。
傾斜は八十度程だろう。だいぶ緩いので登るのは楽だ。ホールドが崩れないか、軽く叩いて確かめながら登って行く。
五メートルを登りハーネスをアンカーに固定すると、糸を上へ伸ばし、崖上の木に結びつける。
しっかり確保が取れ、やっと緊張感から解放される。
糸に体重を預けながら、片手クライミングで最上部まで高度を上げ、最後に崖上に足をかけ、マントルを返す。
遂に崖上に立つ。
振り返れば、いつもより存在感を増した真っ青な海。眼下には二十日間を過ごした砂浜がポツンと見える。
見える限りの水平線には何も無く、船も見当たらない。浜から見ていた限り、わかっていた事なので、さほど落胆はない。
まだ終わって無いと、気を入れ直し、荷物の回収を始める。糸をだして荷物を引き上げようとするが、傾斜が緩いため、途中で引っかかり動かない。
仕方なく登ってきたばかりの崖を、荷物に手が届く所まで、降りて行く。
苦労して登り返し、何とか荷物を崖上に運び上げる。
急いで、貝殻水筒を一つ出す。
貴重な水だが、あっという間に全部飲んでしまった。
もう一つ出し手足の傷口を洗うと、絆創膏替わりに糸を巻いておく。
最上部は棘が酷く、まともに歩けないので、急いで靴を履く。
ようやく、落ち着けた。
木の根本に座り込み、周りの地形を確認する。
今まで過ごしてきた浜を中心とし、東へ一キロ程、崖が続いている。
北側と西側は鬱蒼としたジャングルが広がっており、南側にはリアス式海岸のような地形が、こちらも一キロ程続き、そこから先は見る事が出来ない。
北西方向には、木の隙間から崖が見えており、この場所よりさらに一段上がありそうだ。
さてさて、どちらへ向かえば良いのやら。




