001 ここ何処?
突然、溺れた感覚に襲われた。
慌てて顔を上げると、真っ白な砂浜だった。
水深はほとんどなく、時折、波が押し寄せてきている。
こんな所で寝ていた?いや、打ち上げられていたと言うべきか。
混乱する。訳がわからない。
口の中がジャリジャリとした砂の感触と、痛みにも似た塩辛さで、酷く不快だ。
首や背中は火傷のようにジンジンと酷く痛む。
とにかく、この直射日光から逃げようと、立ち上がって、フラフラと砂浜を越え岩陰に入った。
「何が起きてるんだ?」
そう呟こうとしたが、うまく声は出ない。
喉がとにかく乾いている。
パニックになりそうだが、気怠さと喉の渇きで、思考さえもぐったりとしており、ある意味、妙な冷静さを感じる。
周りを見渡すと、見た事が無いほどの透き通った青空と海。背後は崖の小さな砂浜だった。
それと、波打ち際で目が覚めた時から、気にはなっていたが、素っ裸だった。
一体、自分に何が起きたのか。
そもそも、記憶があやふやだが、仕事帰りに車を運転していた所だったはず。事務所を出るときに電気のスイッチを消し、自動ロックのかかる音を聞いた。確かに、そうだった。
車に乗り込み、ポッドキャストでラジオを再生した。有名なお笑いコンビの番組で、デカイ女芸人がゲストの日だった。そこまでの記憶はしっかりしている。
この状況を説明できるのは、「誘拐され海に捨てられた」くらいしか思いつかなかった。
とりあえず、なぜこんな状況なのかは考えるのをやめた。
そんな事より何より喉が渇いた。乾きすぎている。
まずは水を飲みたい。
そう思い、気怠い体を無理に起こした。
目の前にある大量の水は、恐らく海と思われる。未だ起きた時から喉に張り付く塩辛さがその証拠だ。
無いと思いつつも、僅かな期待を込め、波打ち際に戻り、指を浸して舐めてみたが、やはり塩辛かった。
崖を眺めてみるが、川の流れ込みの様なものは、全く見当たらなかった。
仕方なく、崖沿いに歩いてみることにした。
崖から波打ち際までは五十メートル程。崖の高さは三十メートル程だろうか。崖の真下に僅かばかりの背丈が低い草が生えていた。
水を求め、フラフラと歩くと、崖に色の濃い部分があった。
近づいてみれば、湿っている。
湿りを下に追いかけると、少し突き出した部分にポトポトと雫があった。
夢中で四つん這いになり、雫を舐めとる。
大丈夫。真水だ。
どれほどの間、そうしていたか。
口の中にはまだ塩辛さが残っていたが、少しはマシになった。
僅かではあったが水分を補給し、少し冷静になった頭に、煮沸消毒とか浮かんできたが、どうでもいいと思い直した。
水を集める容器や沸かすための鍋なんて何も無いからだ。そもそも、それ以前に素っ裸だし。
何も無いのだ。
そう思ったとき、急にとても恐ろしく感じてきた。
「いや、どんだけハードモードのサバイバルなんだよ」
誰に向かって言ったわけでも無いが、あえて言うなら神様に向かって愚痴ってみた。
半ば開き直り気味の思考に切り替わった。
気温は真夏。恐らく三十度は越えてるが、三十五度は無さそう。ただ、暑いには変わらない。じっとしているだけで汗が出てくる。
とりあえず、まずは水の確保をしなければ、数日の内に死ぬことは間違いない。
水の容器にしようと、貝殻を探すことにした。
予想を外れ、貝殻は水際ではなく、崖に近い位置で見つかった。大きな貝殻がゴロゴロと転がっており、すぐに何個も手に入った。
サザエの様な形だがつるんとした表面で、大きさは手のひらより大きく、十分な大きさだ。
合わせて、細長い枯れた草を撚り合わせて、三十センチ程のお粗末で紐とは呼べない、紐状のものを数個作った。
貝殻に砂を少し入れ、海水と合わせ、よく振る。
気持ちでも綺麗になればと思いやってみるが、あまり意味はないかもしれない。
先ほどの雫の位置まで戻り、紐状の草の一端を雫に付け、反対側を貝殻に入れる。これで待つだけで水が確保できる。
まだ喉は渇いているが、少し気が楽になった。
水を集めるのにそこらを歩き回ったが、この風景にいやな違和感を感じながら、ただ日陰でじっと水が溜まるのを待ちつづけた。